六月に入り数日が経った。話によると、いよいよ今日が中間テストの結果発表だ。それでだろう、クラスの奴らもザワついている。
元より高望みなんざしちゃいないし、赤点さえ出なけりゃあそれで良い。過去問を配ったのだって、俺の支持率を高めるための布石に過ぎん。
俺のやり方がダーティーであることは、誰に言われるまでもなく俺自身が理解している。畢竟、支持者が少ないことも。
だが、仕方ねえ。俺に出来るのは、俺がやりたいと思えるのは、こんなやり方くらいしかねえんだからな。
当初は、坂柳がリーダーとして立つのならそれで良いとも思った。誰かの下に立つのはムカつくが、それも相手によりけりだ。そしてあの女は、形こそ小せえものの傲岸にして不遜だ。少なくとも、大言を吐くに値する頭の良さは持ってやがる。それを認めないわけにはいかない。
しかし、あの女は動かなかった。だから、俺が立った。そして、俺が立った以上は俺のルールに従ってもらうだけのことだ。……たとえ暴力に訴えてでも。
お綺麗なお題目を聞かされたところで反吐が出るだけだ。金がねえ、と嘆き、気に入らねえ、とイチャモンを付け、羨ましい、と嫉妬する。そんな奴が世に溢れてるのが現実だ。
世は不平等が罷り通り、争いが無くならず、闘争の果てに進化する。国はその事実を大々的に認め、抜本的な改革に取り移るべきなのだ。
少し表を歩くだけで、似たような仕事が溢れている。それぞれに強みがあるのは分かるし、下請け的な立ち位置が必要なのも分かる。だが、いくら何でも多すぎる。ゴチャゴチャとし過ぎだ。
就職情報を調べれば、『即戦力希望!』だのといった触れ込みの募集もお目に付く。ゆっくりと時間をかけて育てる余裕が無いのが明らかだ。……その時点で矛盾している。
そんな矛盾が、国全体に蔓延している。なら、国が最優先にすべきは、それを整理することだろう。吸収合併、併合、言葉は何でもいい。それを後押しして、弱きを淘汰するのだ。職場の方針は変わるかもしれないが、別に仕事が無くなるわけではないのだ。働き手にとっては困るまい。
勤め先一つとっても、無駄に選択肢が多すぎるから、人手が分散し、結果として人手不足に陥っている。そこに資格だの何だのが重なって、必要な場所に人が行かない悪循環。それをどうにかしない限り、どの道この国に先はない。
俺の言うことが極論や暴論の類だということは自覚している。だが、そう思わざるを得ないほど、この国は過ごしやすくて――過ごしにくいのだ。
山中の隠れ里じみた『帰刻村』での生活を経たことで、尚更そう思う。……元は『鬼哭村』という名前だったらしいが、時代の流れの中、表に出ざるを得なくなった際に現在の名前へと改名したらしい。時の回帰――過去を懐かしむ思いを字に当てたのだ。
村での生活は確かに不便ではあったが、本当の意味で人間らしくあれたと思う。
ガキ同士のみならず大人同士でも喧嘩が日常ではあったが、終われば遺恨は残さなかった。畑や狩りの収穫物は遠慮なく分け合うし、困ったことがあれば隣近所のみならず村一丸となって解決に取りかかる。
利便性の向上と共に失われた人同士の営み、温かさが、あの村にはあったと思うのだ。
互いに遠慮なく本音でぶつかり合うからこそ、互いに分かり合えるのだ。思うところはあれ、認めることが出来るのだ。……少なくとも、俺はそう思っている。
だからこそ、この学校生活において、俺は俺という人間を偽らない。俺を恐怖するなら恐怖すれば良い。反発するなら反発すれば良い。文句があるなら文句を言えば良い。その悉くに対峙し、否応なく俺という存在を認めさせてやる。
実際、その効果は少なからず出ているのだ。ならばこそ、周りも完全否定は出来ねえし、させねえ。
「さて、お待たせいたしました。皆さん心待ちにしておられるようなので、早速採点結果の発表を行いましょう」
予鈴から程なくして現れた坂上は、そう言って持って来たポスターを黒板に貼った。生徒の名前と点数の一覧が、その大きな白い紙に記載されている。
「見事なものです。こうも満点が並ぶ結果は、そうあるものではありませんからね。特に、今年の一年生は豊作と言えるでしょう。私の知る限り、誰一人として退学者は出ていませんからね。例年であれば、C、Dクラスから一人くらいは出る者なんですが……。
来月の後半には夏休みに入りますが、その前には期末テストがあります。皆さんには、是非とも乗り越えていただきたいですね」
ほんのりと釘を刺し、坂上はサッサと教室を出ていった。
先の坂上のセリフ。裏を返せば、一年最初の中間で百点が並ぶのは珍しいことではない、ということを意味している。あんな難問を素の学力で乗り越えられる奴が何人もいるとは思えねえから、毎年、攻略法に気付く奴はいるってことだ。ただ、それを共有する奴もいれば、共有しない奴もいる。共有するにしても、仲の良い友人に限ったり、といったところか。
俺を始め、どのクラスにも『嫌われ者』の一人くらいはいるもんだ。そういう奴が、努力を怠り、運にも見放されれば、早期に退学してもおかしくはない……か。
一人結論を出した俺は、取り急ぎ注意喚起を促しておく。めんどくせえが、王として立った以上、やらなきゃいけないことでもある。
「お前ら、点数が良いからって調子に乗るなよ。予め答えが分かってんだから、百点取れたって不思議はねえんだからよ。……今回の結果で重要なのは、教師役と比較することだ。
俺が思うに、教師役を務めた奴らは過去問を使っちゃいねえ。――どうだ?」
前に出た俺は、教卓を叩き注目を集めた上で口を開いた。
教師役を務めた奴らから帰ってくる答えは、同意のみ。つまり、百点ばかりの坂柳は規格外にしても、他の奴らも素で80点台後半から百点を取れる学力を有していることになる。――とてもじゃねえが、俺には真似出来ねえな。
「過去問を使って漸く並ぶか、使っても追いつけねえ。それが自分たちの現状だってことを、シッカリと刻み付けておけ。それを怠れば、期末テストで足を掬われることになるぞ。今回のような裏技なんてねえんだからな。
とはいえ、テスト結果が発表されて安堵したことも間違いはねえだろ。だから、ストレス解放を兼ねて遊ぶ分には一向に構わねえ。要はメリハリを付けろってことだ」
取り敢えずはこれで良い。縛りつけすぎても良くはねえからな。ある程度の自由は残しておかなきゃならない。
俺の言葉に反発を覚える奴も当然いるが、完全否定も出来ねえからな。その反発心を自分磨きに使ってくれれば万々歳だ。
実際、こと『学力』という面で、俺たちCクラスとDクラスが最底辺なのは否定出来ない事実だ。個人レベルでは例外もいるが、全体の傾向としては間違っちゃないだろう。
だが、学力なんてのは一朝一夕で身に付くもんでもない以上、コツコツと積み重ねるしかない。正に、継続は力なり、ってやつだ。
しかして、それも己の意思が伴わぬことには効果が薄い。余程の才媛でもない以上、意思を伴わぬ努力で成果を発揮することは出来ない。費やした時間と成果が=で結ばれることなんぞ、早々あり得ることではないのだ。
一意専心だの一心不乱だのという言葉があるが、実行出来る奴なんぞそうはいない。人は誘惑に弱く、些細なことで心移りをする。だからこそ、少しでも勉強に向かう意思を持たせなければならないのだ。……赤点=退学という面倒なルールがなければ、もう少し楽だったのだが。
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「それで、何だってこうなってるんだ」
緋勇の奴が、俺に向かってそう言ってきた。視線、言葉、共に絶対零度の如き冷たさを持っている。
それに対し、俺は嗤って答えてやる。
「ま、そう目くじら立てんなよ。折角、中間テストって一つの山場を乗り越えたんだ。改めてクラスの親睦を深めよう、ってことのどこに問題がある?」
「ああ、行動自体に問題は無いさ。リーダーとして立派な振る舞いだとも。――問題があるとすれば、その費用を俺が支払わねばならないことだな」
「仕方ねえだろうが。人数が人数。オマケに部屋が部屋だ。食いもんに飲みもんを含めれば、経費は加速度的に膨れ上がる。ついでに言えば、晩には焼肉パーティーが待ってやがる。……流石に、こいつを徴収したポイントで支払うのもどうかと思うだろ。――つうか、お前が支払うのは納得済みだったじゃねえか」
そう、俺たちは中間テストを乗り越えたことを祝し、祝勝会と称して、休日にクラス総出でカラオケへと洒落込んでいた。現在、店舗の前にはCクラスの面々がワラワラとしてやがる。なお、晩飯には焼き肉店を予約している。参加費一切無用と触れ込めば、途端に全員が参加したのだ。……ちなみに、言葉通り、支払いは全額緋勇持ちである。
「まさか、うちのクラス全体とは思ってなかったからな。……まあ、良いさ。お前の裏を読めなかった、俺の不足でもある。支払うには十分なポイントが有るのも事実だし、使い道が特に有るわけでもない。今回は俺が持ってやる」
頭を押さえて深い溜息を吐いた緋勇は、そう言って矛を収めた。
今回の祝勝会、確かに緋勇は支払いを認めたが、参加者がクラス全体とは伝えていなかった。――正確には、緋勇が支払いを認めた後で、クラスへとチャットで参加を呼びかけたのだ。
大半の奴であれば俺の振る舞いに怒り狂うだろうが、緋勇は苦言を呈するだけで済ませた。……だからこいつは良い。端から見れば、お人好しもかくや、だが、その実は違う。まあ、お人好しな部分があるのは否定しねえが、『利』と『理』を認めればこそ、緋勇は己が支払いを持つことを認めたのだ。
まあ、いつまでも店の前に突っ立っていたところで仕方がない。俺は緋勇を引っ張り連中の前に進み出る。そして、緋勇の肩に腕を回した上で言ってやる。
「よおし、お前らよく聞け! 今回の祝勝会――まあ、カラオケと晩飯の焼肉だが、費用はぜ・ん・ぶ緋勇が持ってくれる。感謝を忘れんじゃねえぞ。あと、緋勇を説得したのは俺だからな。そこんところも忘れんなよ」
『おおーっ!』
途端に沸き上がる歓声。まあ無理もない。そうなると、当然ながら疑問を覚える奴も出てくるわけだ。
「奢りは素直にありがたいけど、緋勇は本当に大丈夫なの? この人数でのカラオケのみならず焼肉もってなると、結構な金額になるんじゃない? 月初めの振り込みが減ってる現状、たとえ払えるとしても、その後は大分ヤバくなると思うんだけど?」
そう言ったのは伊吹だった。まあ、抱いて当然の疑問ではある。そして、俺はそれが口に出るのを待っていた。それを発したのが伊吹だったのは想定外だが。
俺は緋勇に腕を回したまま、ニヤリと嗤いかけてやる。
「はあ……。ほんっとにこいつは……。気にかけてくれてありがとう、伊吹。まあ大丈夫だよ。現状でも百万は保有しているしね。……龍園に騙された部分が無いとは言わないし、支払いが痛いのに違いはないけど、問題が無いと言えば問題ない」
俺の意図に気付いたであろう緋勇は、一つ溜め息を吐いてから口を開いた。そして、それは新たな波紋を呼ぶ。
「百万って……」
そう零し、信じられない、とばかりに伊吹が絶句する。いや、絶句しているのは伊吹だけじゃない。
「別にこいつらは非合法な手段で稼いだわけじゃねえ。……俺たちがこの学校に入学してから、Sシステムのネタ晴らしを食らうまでの一ヶ月。その間に色々と疑問を抱いたこいつらは、自分たちなりに結論を出し、その上で教師へ確認に向かった。そして、バラされると不味いと判断した学校側は、説明される前に『裏』に気付いた『実力』を評価し、『ご褒美』と『口止め』を兼ねてポイントを譲渡した。当然、口止めであるからには、破られないように抑止力を働かせておく。洩らせば退学、とかな。――言葉にすれば、そんだけのことだ」
そう、先に学校側へ確認してしまえば、大量のポイントを得る代わりに重い十字架を背負ってしまい、大々的にクラスに働きかけることが出来なくなってしまうのだ。
つまり、坂柳は動かなかったんじゃない。動いた結果――動けなくなってしまったのだ。それは緋勇も軽井沢も同じこと。
なぜ俺がそのことを知っているかというと、五月に入った後で坂上から聞いたからだ。
実のところ、暫定的にクラスを支配下に置いた後で、俺も確認に向かっていたのだ。しかし、その時は誤魔化されてしまった。その理由は、俺が確認に行った時点で、既にクラスの『リーダー』として立っていたから。リーダーである以上、必然的にクラスへ色々と働きかけることになり、予想ならまだしも、確証を抱かせるわけにはいかなかったのだとか。
言われてみれば道理であり、学校側も俺の『実力』を認めていないわけじゃない。遅ればせながらご褒美は頂いたが、口止め料が含まれていない分、緋勇たちに比べると明らかに目減りしている。そのことから、内訳としては『口止め料』に比重が傾いていることが分かる。
額が少ないのは残念であったが、何も貰えないよりはマシであるので、その場では理解と納得を示しておいた。
「だから、こいつらが大金を持ってることにくだらねえ嫉妬をするんじゃねえぞ。機会は誰にでもあったんだからな。
ついでに言やあ、納得出来る理由さえあれば、こうしてクラスにも還元してくれるんだ。それで十分だと思っておけ」
「まったく、我がクラスの『王様』は口が上手いことです。そういうことであれば、次の機会には私が支払いを持ちましょう。その次には恵さんが。――まあ、機会があれば、ですけどね」
俺の言葉に続いて坂柳が口を開き、クスクスと笑って見せる。これにより、軽井沢と坂柳も緋勇に勝るとも劣らないポイントを保持していること、学校側に確かな『実力』を認められたことが明らかとなった。
正直、実際に支払いを持つのがこいつらである以上、ただでさえ低い俺の支持率の低下にも繋がりかねんのだが、それも考え方次第だ。実力者を動かせる、という事実を以て、俺の実力を認めさせることも出来るのだから。
究極、肝心要の際に意思の統合さえ出来れば、普段はいがみ合っていようが構わないのだ。
「人数の関係上、全員が全員同じ部屋ってわけにはいかねえ。十人部屋を四つ確保してあるから、それに合わせて好きに分かれろ。ただし、今後の相談もあるから、俺、アルベルト、石崎、金田、緋勇、伊吹、軽井沢、坂柳、椎名は固定となる。自然、誰か一人は貧乏くじを引くことになるが、そこは諦めろ。――んじゃ、入るぞ。今日のところは大いに楽しめ」
言うだけ言って、俺は店舗の中へと入っていった。
そして、相談もしたが、キチンと歌い楽しんだ。時にはバカ騒ぎも良いもんだ。
一人でも歌ったがデュエットもした。特に緋勇と歌った『万葉之花』は名曲である。――他の奴らには思いっ切り笑われたが。……納得がいかねえ。
『魔人』要素を絡ませるからには、歌わせたかったんです。
東京魔人学園外法帖ED『万葉之花』は名曲だと思ってます。