度々誤字報告をいただきます。それ自体はありがたいことなんですが、明確な誤字脱字以外は指摘しないようにしていただけると助かります。
正直、感性による部分まで指摘されても逆に困ります。書き手の感性と読み手の感性は違うんですし、文字だけで表現している以上、100%通じる筈もないんですから。
所詮素人なんですから、読めて、意味が通じれば、それで構わないと思ってます。互いにお金を貰ってるわけでも、払ってるわけでもないんですから。
上記の旨はあらすじにも載せておきます。
時間の経過は早いもので、当たり障りなく日々は過ぎ、既に月末。あと数日で七月を迎えようとしていた。――当たり障りなく? 私は自身の記憶を触り、大分常識が毒されていることを自覚すると共に愕然とした。
普通に考えて、身体を鍛える際にお地蔵さんを抱えるのは異常である。
また、『武術試合』と言えば一般的だが、打ち合う拳や蹴りが見えないのは、ハッキリ言って異常である。
しかして、私は今の今まで、それらを『普通』と捉えてしまっていた。
一つに、お地蔵さんを抱えるのは私に限らないこと。道場に通っている人たちは、鍛錬の際によくお地蔵さんを使っている。秋雨先生作の『しがみ地蔵』と『投げられ地蔵』は、道場で大活躍だ。
一つに、私以外の面々は、多かれ少なかれ軌道を捉えることが出来ているらしいこと。こうなると、見えないのは『私の修練不足』という結果に落ち着いてしまう。
所変われば品変わる、郷に入っては郷に従え、とはよく言ったものだ。いつの間にか、私はあの環境に慣れていたらしい。ヒイコラ言っていた最初の頃が嘘のようである。
「これはヤバいですね……」
思わず、声に出して呟いていた。
学校においても、普段から付き合う相手が道場仲間という点が大きいだろう。だから、これほどまでに自覚が遅れてしまったのだ。
異常者が自分を異常者と認識出来るのは、周りに健常者が多ければこそ。逆説、周りに異常者が多ければ、自分を異常者とは認識出来ないのだ。
何が困るかというと、合わせるべき『基準』が知らずのうちにズレてしまう可能性があることだ。
「――というわけで、感覚を取り戻すためにも、ここは一つ他のクラスに仕掛けてみたいと思います」
「何が、というわけで、なのかは分からんが、まあ、言わんとすることは理解した」
「で、何かプランは決まってんのか?」
危機感を抱いた私は、頃合いを見計らってクラスの上層部と相談をしていた。場所はいつぞやも訪れたカラオケである。
「ええ。まず、矛先はDクラスです。これには理由が二つあります。
一つは、手頃なターゲットがいること。
一つは、本格的な開戦にまではなり得ないだろうことです。
どちらかと言えば、後者が本命ですね。単純にターゲットだけなら、探せばAクラスにもBクラスにもいるだろうとは思います。ただ、Aクラスの場合、響君はともかく葛城君が徹底抗戦しかねないですし、Bクラスの場合、そもそも仕掛けられるかが分かりません」
「確かに、面白い! で済ませそうだよな、響なら。受けて立つ! にまで繋がりかねんところもあるが」
「そして、葛城君なら真っ向から受けて立ちそうだよね。有栖と龍園君の仕掛けなら、タチが悪いことこの上ないだろうし」
「Bクラスの場合、中間の対策中に図書館でちょっかい出したのが響いてくるか……」
私の言葉に、同意の声が返る。……タチが悪い云々は否定したいところであるが、平たく言えばそういうことだ。
しかし当然ながら、返るのは同意だけではない。
「AとBを狙わない理由は分かったけどよ、なんでDなら大丈夫なんだ? あのクラスにだって面倒な奴はいるだろ?」
「確かにね。綾小路、高円寺、全総、平田、櫛田、堀北……一芸特化型も含めれば、個人レベルで優れている奴は、むしろ全クラスで一番多いんじゃない? 反面、まとまりはうちのクラス以上になさそうだけど」
「そこですよ。まとまりがない。これが重要なんです」
石崎君に続き伊吹さんが声を上げた。……自分で答えを言っておきながら、それに気付いてなさそうなのが、若干残念である。
私は伊吹さんの言葉尻を捕らえて端的に説明する。
「……ああ、動かないってことね」
「いえ、そこについては断言出来ません。……ただ、Dクラスだけあって、種類は異なれ、一般的な視点で見れば『問題児』が多いんですよ。実力者も、そうでない者もね。
高円寺君については言うまでもありませんが、清隆君、刃君、桔梗さんも純粋な善人ではありません。情が無いわけではありませんが、動く際には『利』と『理』を秤にかける筈です。堀北さんについてはよく知りませんが、情を優先するのは平田君くらいではないですかね?
畢竟、Dクラスにおける実力者の大半は、私たちが攻撃を仕掛けたとしても、自分が動く――ターゲットを助ける価値があるのか吟味する筈です。何せ、ターゲットに選ばれるからには相応の理由があって然りですからね。
その理由――欠点を本人が自覚し、改善に取り組まないようなら、動く理由などないでしょう。その場を凌いでも、同じようなことを繰り返されたら無意味ですからね。
痛い目を見ることで、初めて成長出来る人物がいるのも事実。それを思えば、『必要経費』として受け入れる可能性も高いです。
まあ、それを度外視して動く可能性もないではありませんが、その場合も『分け』に持って行くことを選ぶでしょうね。所詮、CとDは下層クラスですから。現状、私たちが本格的にやり合ったところで、得をするのはAとBだけです。Aクラスが遠のくとなれば、如何なおバカさんでも矛を下げざるを得ないでしょう。
そして肝心のターゲットですが、須藤君以外あり得ませんね」
「須藤? ……ああ、小宮と近藤が言ってたバスケバカか。何でも、一年ながらに夏の大会でのレギュラー候補だとか。腕は良いが、短気で口が悪いってあいつらもボヤいてたな。あいつらだって人のことを言えねえだろうによ」
私の言葉を受け、石崎君が補足し、嗤った。まあ、その点は私も同意である。――だが、重要なのはそこではない。
「そう、小宮君と近藤君であれば、須藤君にちょっかいをかける動機があるんです。
同じ一年、しかもDクラスの須藤君は早くもレギュラー候補に選ばれたというのに、何で自分たちは……と、詳しい事情を知らぬ者であれば、そう受け取る可能性が高いです」
「そう言われりゃあ、確かに」
「つまり、人気のない場所に呼び出して、不満をぶつけてもおかしくないんですよ。嫉妬心と無縁の人間なんて、そうはいませんからね。呼び出される側の須藤君としても、そこについては理解が及ぶでしょう。何の関係もないなら無視するかもしれませんが、同じ部活仲間です。怪訝には思っても、呼び出しには応じる筈です。
二人には、そこで挑発してもらいます。あくまでも事実を踏まえた上で。
そうですね――
『須藤、お前、レギュラー辞退しろよ。これは嫉妬で言ってんじゃねえ、心配から言ってんだ。
お前はDクラスで、聞いた話、クラス内でもバカの筆頭らしいじゃねえか。夏の大会も大事だが、その前には期末テストがあるんだぜ? レギュラーに選ばれて、今以上に部活に熱を入れて、それで期末を乗り越えられんのかよ? 中間のような裏技は無いんだぜ?
な、悪いことは言わねえ。今回は諦めて勉強の方に集中しろって』
――とでも言っておけば良いでしょう。言葉は心配げに、表情は嗤うのがベストですが、そこについては無理も言えませんね。
そうまで言われて、短気な須藤君が、果たして我慢しきれるものでしょうか。問題を起こせばレギュラー落ち、期末での赤点退学……根底にそういった危機感を持っていればこそ、到底不可能だと思います。余計なお世話だ、というやつですね。言葉の応酬が、『暴力』という実力行使に及んでも不思議はありません」
私の言葉に、皆さんが頷く。その光景が、ありありと思い浮かぶのだろう。
何名かは笑いを堪えている様子なのが気にかかりますが、追究は止めておくとしましょう。……ええ! 全然! これっぽっちも! 心当たりはありませんが!
「そうなれば占めたもの。あとは学校に訴えるだけです。外傷という証拠があれば、真偽はどうあれ、学校側も問題として取り上げざるを得ないでしょう。
まあ、我がクラスが実利を得られる可能性は、半分もあれば良いところでしょうが。それでも、情報を得ることは出来ます。クラス間における問題が起こった際、どの部署が動くのか、どのような落としどころが用意されるのか……そういった情報が。
同時、Dクラスをこの問題に対応させることで、期末テストに向けての勉強時間を減らします。……決定的瞬間という『確証』が無いからこそ、周りも動く余地があるんです。
とはいえ、清隆君、刃君、桔梗さんが率先して動かない以上、早期の解決は難しいです。高円寺君は言わずもがな。平田君辺りは須藤君を助けようと動くでしょうけど、堀北さんはどうでしょうね。
ただでさえまとまりがなく、それでいて低学力者が多いクラス。必死になって右往左往することでしょう」
言って、クスクスと笑ってやる。
私の言葉に、石崎君や伊吹さんなどは目を丸くして驚いている。かと思えば――
『こわ……』
と異口同音に呟いた。
失敬な! この程度の盤外戦術、初歩もいいところでしょうに。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
さて、迎えた七月一日。ポイントの振り込みは――無い。
グループチャットを確認したところ、どのクラスも振り込まれていないらしい。
そこまで確認してから、私はニヤリと笑みを浮かべた。どうやら、小宮君たちは上手くやってくれたようである。クラス間での暴力沙汰ともなれば、流石にCPに影響が出るらしい。真偽定かならざる内は――正確には、何らかの結果が出ない内は、学校側も振り込むわけにはいかないのだろう。
「あくまでも事が起こったのは六月の末ですし、タイミング的に決着が七月にズレ込むのは仕方ありません。既に振り込んだ分を撤回するわけにもいかないでしょうし、結果自体は六月のものとして反映される、といったところでしょうか」
それ故の振り込み遅延。一定の筋は通る。
「――が、不味くもありますね。想定はしていましたが、まさか本当に当事者以外のクラスにも影響が出るとは……。証拠が無いのが裏目に出ましたか。
タイミング的に、学校側も須藤君への聴取はまだでしょうし、それが済み次第、AとBには振り込まれると良いんですが……」
笑みを一転、頭を押さえて溜息を吐く。
AとBの生徒なら、全体的にCとDよりはポイントに余裕はある筈だが、それと振り込み遅延を許容出来るかは別問題。全くの無関係なのだから尚更だ。巻き込まれた側として、その不満は当事者と振り込み元である学校へ向かうだろう。
学校側もそれを承知しているだろうが、だからこそ、結果が出るまで振り込まない可能性もある。そうすれば、AとBも解決に向けて動き出す可能性があるからだ。早期解決を図るには妥当な一手である。
同時、対岸の火事ではいられない、という危機感を植え付けることも出来る。学校側にもリスクはあるが、意識の改革を促すには打ってつけであることも否定は出来ない。
そしてこの問題の解決後、今度は巻き込まれた側であるAとBが、CとDへ向かって盤外戦術を仕掛けてこない保証は無いのだ。
そうなった場合、ハッキリ言って時期が悪い。学力不振者が揃っているのは、Cも同じなのである。Dが相手、かつ、仕掛けた側であるから今回は余裕があるだけなのだ。AやBが相手、かつ、こちらが仕掛けられた側になると、勉強の余裕があるとは思えない。期末テストで赤点の危機である。
「とはいえ、そこまで悲観的になることもありませんか。
今回の措置、確かに一定の理はありますが、学校側もリスクを負っているのは明らかです。遅延するにも限度があるでしょう。引き延ばせても、一週間から十日、といったところ。その程度なら、巻き込まれた側も憤懣を抑えておけると思いますし」
我ながら些か楽観的な思考であるとは思うが、情報が足りないのだから仕方がない。
取り敢えずの結論を出した私は、支度を整えて学校に向かう。道場での成果は着実に出ており、入学当初ほどには通学するのにも時間がかからない。スタスタと歩いていける。……ランニングも可能だが、データが出揃っていないこともあり、全力ダッシュは控えるように先生たちからは言われている。
また、私が健康体操として嗜んでいた太極拳だが、夏先生から見てもらっている。夏先生の師匠は剣星先生の実兄であり、それもあって夏先生も一通りの中国拳法を修めているのだとか。まあ、どうしても得意不得意はあるようだが、基礎を見る分には問題ないらしい。
教室へ着くと、全体的にザワついている。今回の件、クラス内でも情報統制を図っているので仕方のないことだ。
「ちょっと、大丈夫!?」
席に座って、見るともなしにクラスの様子を眺めていると、不意にそんな声が響く。
視線を向けると、今回の立役者がやって来たようだ。小宮君と近藤君、そして金田君。所々にガーゼを貼ってあるその様は、見るからに痛々しい。
「おや? その様な怪我をして、いかがなされましたか?」
「ええ、まあ、少し……」
私の言葉に、代表して金田君が応対する。――事情を知っている者にとっては、何とも白々しいやり取りであろう。
「まあ、答えたくないのであれば構いませんが……。同級生の誼です。幾らか見舞金を包むとしましょう。……代表して金田君にポイントを送りましたので、三人で分けてください」
送ったポイントは九万。一人頭三万である。私の策で怪我をさせたことを考慮すれば、見舞金としても妥当なところだろう。
「これはこれは……。感謝しますよ、坂柳女史。診察代やら薬代やら、支払えはしましたけど、手持ちが些か心許なくなったのも正直なところでしたので」
此度の策は私の原案である。元より、私が幾らか渡すのは規定事項。額自体は決めていなかったが、これまた白々しいやり取りだ。ポイントを受け取った金田君も苦笑気味である。
そんな彼は私に礼を言い、早速、小宮君と近藤君にもポイントを分けた。
「三万って……ホントに良いのかよ、坂柳?」
「こんなに貰っちまって……」
「ええ、構いませんよ」
小宮君と近藤君が額を見て問いかけてくるが、私は笑顔で頷いてやった。必要経費と考えれば安いものである。
「おお、良くやった三人共。……で、こいつらに幾ら包んだんだ、坂柳?」
「一人頭三万ですね」
直後、龍園君も登校してきたかと思いきや、三人を軽く褒め、私へと見舞金の額を確認してきた。……本当にイイ神経をしている。
黙っていても良いのだが、どうせ金田君たちの口からバレるため遠慮なく教えてやると、龍園君は見るからに眉を顰めた。
「チッ。……ったく。良い神経してやがるぜ。こっちはテメエ以上に手持ちに余裕がねえってえのによ」
龍園君は舌打ちし、不満タラタラに端末を操作する。
「おら。今、代表して金田に送った。三人で分けろ」
「五万……って、こんなに良いんですか、龍園さん!?」
「あ? 俺の命令でテメエらには身体を張らせたんだ。元より織り込み済みではあるが、その結果として怪我を負ったとなれば、相応の代価を払うのが筋だろうが。俺は確かに暴力を厭わねえが、筋を通さねえわけじゃねえぞ」
かく言う龍園君だが、少なからず強がっている部分もある筈だ。徴収金を含めれば結構な額になるが、入学早々の裏試験における『ご褒美兼口止め料』を貰っていない限り、素のポイントでは大きな開きがあるだろう。
だというのに、トップとしては私以上に支払わねばならないのだ。根底が暴君である以上、そうでなくば組織形態が瞬く間に瓦解する。言わば、支配者としての『矜持』と『責務』だ。
しかしその一方で、支持率の増大に繋がるのは間違いない。今しがたのやり取りで、その詳細までは分からずとも、三人が怪我を負うことになった原因に龍園君がいることは明らかとなった。それに対し、一人当たり五万ポイントの報酬を支払っている。怪我の度合いを見ても、治療費にはどう見ても過剰である。である以上、その分はどう考えたって報労となる。
キチンと働きに報いてくれるのであれば、暴君であっても構わないと考えるのが人間だ。パフォーマンスとしても上々だろう。実際、龍園君の言葉に嘘はないのだから。
だが、感情的な人物はどこにだっているものだ。
「おい、龍園! 今そいつらに払ったポイント、俺たちから徴収したやつじゃねえだろうな!?」
「あ? 時任か。相変わらずうるせえ奴だな。――んなわきゃねえだろうが。あくまでも俺個人の手持ちだよ。何なら見せてやるか? 徴収したポイントは、別IDを購入してそこに収めてるからよ」
吠え立てたのは、クラスの中でも反龍園君の最先鋒――時任裕也君である。
事ある毎に反発する様は、正直見ていて痛々しい。一言で言えば、時任君のそれは『同族嫌悪』であろう。勝ち気、言葉使いが荒い、執念深い等々、客観的に見れば龍園君との共通点が多いのだ。それでいて、あらゆる面で龍園君に劣っている。それを認めたくないが故に、キャンキャンと犬の如く吠えるのだ。
その反骨心には一定の敬意を払うが、ハッキリと言えば器が違う。案の定、龍園君に軽く受け流されていた。
必然、周囲から失笑を買い、それでまた龍園君への不満を溜めている。……見ている分には滑稽で面白いが、代わり映えがなければ飽きも来る。今では逆にウザったい。
仮にも、龍園君は私が認めた人物である。それを考慮すれば、不満を抱くな、とは言えない。だが、それを声に出すならば、その前に頭を働かせろ、とは思う。何度も何度も同じようなことを繰り返すのは、本人が成長していない証左である。
そして迎えたホームルーム。周りの疑問も何のその、坂上先生は振り込みが無いことに対して碌な説明を寄越さなかった。――CPは発表したにも拘わらずだ。
しかして、帰りの際にはそれが一転。
先週金曜日の放課後――つまりは先月最後の登校日に、CクラスとDクラスの間で暴力問題が発生したこと。それによりCPに変動が起こる可能性があるため、ポイントの振り込みが遅れていること。当事者に確認は済んでいるが、両者の言い分に矛盾があること。事は監視カメラの範囲外で起こったため、真実が不明なこと。しかして、目撃者がいないとは限らないこと。以上を踏まえ、真相究明のためにも情報提供期間を設けるが、予定通りに行けば来週の火曜には判決が下されること。
幾つかの事情を明らかにして坂上先生が教室を出ていくのを、私は黙って見送った。