「失礼するよ」
七月二日の朝。そう言って教室に入って来たのは、二年の先輩にして、同じ生徒会役員の一人でもある、朝宮
生徒会では、同じく二年の南雲雅先輩と共に副会長を務めている。
「朝宮先輩!? おはようございます!」
「やあ、おはよう、一之瀬君。昨日伝えられた一年CクラスとDクラスの暴力問題の件だがね、会長が決を下すことに決まった。引いては、君にも後学のために審議の場に同席してもらいたい。
なに、難しく考えることはないよ。橘先輩も同席するからね。殆どは先輩方がやってくれるし、君にやることがあるとすれば、少しでも雰囲気を掴むことだ」
「……分かりました! その際は勉強させていただきます!」
「うん、良い返事だ。――さて、これで公用は済んだわけだが……」
そう言って、朝宮先輩は教室内をグルリと見回した。……言葉から察するに、私用もあるのだろう。今までの傾向から、誰がお目当てなのか見当が付かなくもない。
そして、私の予想は的中した。
「おはよう」
という挨拶と共に、教室へ新たに入って来た人物に視線がロックオン――したかと思えば、次の瞬間にはその場から姿を消していた。
見間違いかと思い目を擦るも、確かにいなくなっている。
一体どこへ――と思う間もなく、声が答えを運んでくれた。
「やあ、翔ちゃん! おはよう! 久しぶりだね! 元気だったかい! もちろん、僕は元気だったよ! ――まあ、君に会えなくて残念だったのも本当だけどね!」
見やると、翔君に抱きつき、頬ずりをしながらマシンガントークをブッパしている先輩の姿があった。――この瞬間、私が朝宮先輩に対して持っていたイメージが、ガラガラと音を立てて崩れたのは言うまでもない。
「え、流兄さん? おはよう。……ってか、ちょ、ま、苦しい!? ――ええい!」
対し、最初は穏やかに対応していた翔君だったが、終いにはその方針を変更していた。
掛け声と共に投げ飛ばしでもしたのか、朝宮先輩がコマの如く回転して離れていく。……この時の私は、余りの急展開についていけず、目が回りそうだな~、などと暢気なことを考えていた。
「……っと。いやあ、ゴメンね、翔ちゃん。つい嬉しさが天元突破しちゃったよ」
翔君に対して謝る朝宮先輩だが、その顔はニコニコ笑顔を浮かべているために、とてもじゃないが反省しているようには見えなかった。
「いや、兄さんいつもこんなじゃん。僕としては、会うたびに抱きつかれてるイメージがあるんだけど?」
「おや、そうだったかな?」
ジト目でツッコむ翔君に対し、朝宮先輩はそっぽを向いて、わざとらしい口笛を吹く。……この様子を見ると、確信犯であるのは間違いない。――いやまあ、言うほど犯罪行為か? と問われると、首を傾げざるを得ないけども。
ある意味ではセクハラ行為だけれども、おふざけの一環、と言い切られたら、こちらとしては反論するのも難しい。同性同士で、以前からの知人のようなので尚更だ。
「うん。けどまあ、鍛錬は欠かしていないようで安心したよ」
表情は笑みを浮かべたまま、けれど、声の質を変えて朝宮先輩は言った。やはり、あの行為にも理由があったらしい。
「それを言うなら、僕の方が驚きなんだけどな。僕らレベルになってくると、修行をするだけでも一苦労だ。幸い、僕の方は何やかんやと『達人級』の人たちが危惧した結果、敷地内に道場を用意してくれたのみならず、特A級の人も施設の管理人として来ているけど――兄さんの時には無かった筈だよね?」
「ああ、やはり君は良いよ、翔ちゃん。……取り敢えず連絡先を交換しようか。そこから先は、個人チャットで伝えさせてもらうよ」
翔君と連絡先を交換した朝宮先輩は、そう言い残して教室を出ていった。
怒涛の展開に目を丸くしていた私は、何を言うことも出来ずに見送るのだった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
何事もなく日々は過ぎ、早くも審議の日を迎えていた。……まあ、『何事もない』のはあくまでも私視点の話だが。生徒会が審議の場を取り持ち、決を下す以上、その一員である私は、可能な限り中立を保たなければならないのだ。
七月を迎えてから今日までの間、暴力問題の当事者であるCとDの両クラスは元より、我がBクラスとAクラスにもそこそこの動きはあった。学校直々に情報提供を持ちかけたのだから、当然と言えば当然である。
中でも、訴えられた側であるDクラスは中々に激しかったらしい。
要因としては、訴えられた当人である須藤君への協力者が、同じクラスであるにも拘らず少なかったことが第一に挙げられる。協力者は平田君を始めとして僅か数人となれば、如何に少ないかがよく分かる。
否定出来ない場合、自分の停学のみならずCPにもダメージが出る。にも拘らずのこの有様。それが、須藤君としては理解出来なかったらしい。結果、荒れに荒れて机やらに当たり散らしたとか。――逆説、そんなだから協力者が少なかったとも言える。たとえ今回を凌げたとしても、遅かれ早かれ似たようなことがまた起こる。そう考えれば、誰が好き好んで協力するだろうか。畢竟、労力を割く意欲など湧く筈もない。
更には、今月には期末テストが控えているのである。赤点退学は今回も変わらないのだから、学力に自信のない者ほど、よそにかかずらわっている暇などないだろう。
そんな感じでクラス内の温度差が著しいDクラスとは違い、もう一方の当事者であるCクラスは至って平穏だったとか。訴えた側、という余裕があるにせよ、期末テストに向けて勉強している様子がちらほらと見受けられたらしい。
生徒会室の中、私はそんなことを先輩方に語っていた。
「ほう? やはり同学年ということか。如何に中立宣言をしたとしても、そこそこ洩れ聞こえるものだな」
「まあ、あくまでも耳に入ってきただけなので、信憑性は定かじゃありませんが」
頷く生徒会長――堀北学先輩に対し、私は一応の予防線を張っておく。
「所詮は噂にしろ、この状況下で流れているのだ。とてもじゃないが、根も葉もない、とは言えんだろうよ。今回の件、我らとしては判決を下す上で、こういった風評も加味せねばならん。――まあ、実際に審議が取り行われることになるかは分からんがな」
「……? それはどうしてですか? 会長」
学会長の言葉に対し、小首を傾げて訊ねたのは、生徒会の書記を務める橘茜先輩だ。優しく人柄の良い先輩ではあるのだが、『学会長至上主義』的な一面も併せ持つ。
「それは――」
「おっと、会長。少しは橘先輩にも自分で考えてもらいましょうよ。――いや、もしかしたら橘先輩は、会長の口から説明を聞きたいが余り、分からないフリをしているのかもしれませんよ?」
「ふむ、一理あるか。橘の能力を思えば、確かに俺に訊きすぎるきらいがあるとは思っていた」
「ちょっと、朝宮君!」
「おや、何かご不満ですか? 僕は、会長が橘先輩を認めている、という言質を引き出したんですよ?」
「うぐっ! それは……」
未だ生徒会での仕事らしい仕事に携わった事のない私ではあるが、だからといって生徒会室を訪れていないわけでもない。そして訪れた際に状況が揃えば、だいたいこんな光景が繰り広げられている。まあ一言で言えば、朝宮先輩にオモチャにされる橘先輩の図、だ。なお、題名の醸し出すいかがわしさは一切ない。
審議の開始時刻は、帰りのホームルームからそこそこの余裕を持たせている。
何故かと言えば、掃除があるからだ。学校によって細かな違いはあるにせよ、放課後に掃除をするのは『当然のこと』である。事実、小中学校で何度もやってきたことだ。当校の場合、部活との兼ね合いもあるため、基本的には自クラスの掃除だけで構わない。
もっとも、その選出方法はクラスの自主性に任せている。そのため、誰が掃除当番でもおかしくないのだ。……そう、審議の出席者でも。
「……そろそろ開始時刻ですね」
チラリと時計を見やり、言葉を紡ぐ。……見ていて楽しい光景であるのは事実だが、蚊帳の外に置かれている気分になるのも事実なのだ。
私の邪魔立てにより、騒いでいた三人は揃って時計を見やった。
それから、程なくして扉がノックされた。最年少として応対に向かうと、扉の向こうに立っていたのはCクラスの担任である坂上先生であった。
「あー、突然申し訳ありませんが、私の生徒たちが、訴えを取り下げる、とのことでして……」
「やはり、ですか……。分かりました、諸経費を納めてもらえるのであれば、こちらとしては構いません」
「それでは、お願いします。費用の方は既に預かっておりますので……。今、お支払いします」
「……確認しました」
「では、私はこれで……。今回は騒がせてしまいましたね」
「いえ、稀ではありますが、こういうパターンもないではありません」
会長とのやり取りが終わり、生徒会室を後にする坂上先生を、私は黙って見送った。
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「では、答え合わせをしようか。――とはいえ、推測に過ぎんのも事実だが。まあ、可能性を模索するのも重要なことだ」
席に着いた会長は、机に両肘を立てて寄りかかり、組んだ両手を口元へ持ってきてそう言った。……分かりやすく言うと『ゲンドウポーズ』である。
「――と、言われましても……」
「どうした、橘。まさか本当に何も分からんわけではないだろう?」
「……あくまで推測ですよ? 見当外れでも呆れないでくださいね?」
会長の視線を受けた橘先輩は、小動物の如く縮こまりながら予防線を張った。
「結論から言うと、今回の訴え自体が本気ではなかった。あくまでも最優先は情報収集。それが叶うなら、あとはどの様な結果に転んでも問題は無かった。……訴えた側であるCクラスにしてみれば、それが本心だと思います。一之瀬さんもそうですが、二、三年生と比べ、一年生は知っている情報自体が少ないですからね。そんな『未知』が溢れている状況では、どんな情報だって値千金の価値を持つでしょう。――その実態が知れるまでは。
要はRPGの宝箱です。開けた瞬間、喜ぶかガッカリするかは、開けてみるまで分かりません。
問題行動が起こった際の、解決までの流れ。それだって同じです。ただ、仮に問題行動が起こったとして、当事者と部外者では、得られる情報に違いと限度があって然りです。故に、今回の黒幕――便宜上『黒幕』としますが――は、敢えて手駒に問題行動を起こさせたんでしょう。褒められたやり方でないのは否定出来ませんし、私としても好ましくない手ですけどね。
同時に、この学校では、度合いを弁えてさえいれば、そういったやり方もありです。詭道、邪道、外道、それらもまた『道』であることは確かですからね。……盤外戦術の許容範囲、今回の一件には、それを探る意図もあったんでしょう。
ターゲットが須藤君だったのは、偶然と言えば偶然であり、必然と言えば必然だった。諸々を鑑みると、Dクラスが最も狙いやすいのは事実。用意した『建前』も、上手く機能すると黒幕は踏んだんでしょう。
また、策とは一手で二つも三つも効果を狙うものです。その点においても、Dクラスは狙いやすかったのでしょう。
ただ、実際に策が動き出すと、黒幕に一つの誤算が生じました。それがCPの振り込み遅延です。――いえ、可能性としては思い浮かんでいたけど、実行するのは低いと踏んでいた、というのが正解かしら?
それでも、審議の日付けが公開――つまりは、遅延期間が提示されたことで、黒幕の危機感は大分薄れた筈です。振り込みのないまま延び延びになってしまうと、今度は自分のクラスが狙われてしまいますからね。
盤外戦術は望むところでしょうが――生憎と時期が悪い。何故か? 期末テストが近いからです。Dクラスほどじゃないとはいえ、Cクラスにも学力不振者は多い。中間のような対策が使えない以上、まじめに勉強するしかない。けれど、その時間が取れなければ退学の危機が高まってしまう。それは黒幕としても望むところではない。
そして、Dクラスの黒幕は、そんなCクラスの黒幕の心理を突いた。それによって『分け』に持っていった。……こんなところじゃないですかね? 審議による決着でない以上、DクラスはCPにダメージを負わず、須藤君も停学を食らうことはありません。まあ、ある程度の代価は払ったでしょうが、十分に『分け』と言える結果だと思います。
今日になって訴えが取り下げられたのは、Dクラスの黒幕に動くつもりが無かったから、と考えれば理解出来ます。一之瀬さんが耳にした噂だけでも、須藤君は結構な問題児みたいですしね。挑発されたという事実があれ、一方的に暴力を振るい、いざ訴えられれば『俺は無実だ。ハメられたんだ』では筋が通りません。そも、焦点を理解すらしていません。……これではね。助ける気が湧かなくても無理はありませんよ。
須藤君は運動能力に優れているようですし、見捨てるには惜しい。しかし、この性格では先が思いやられる。一度痛い目を見ないと、この性格の修正は難しいんじゃないか? ……そんな風に判断すれば、これからの学校生活を送る上での必要経費と捉え、動かなくても不思議はありません。
切羽詰まった状況になって、漸く須藤君が反省し、それを何らかの態度で示した。結果、Dクラスの黒幕が動き、Cクラスと交渉した。そりゃあ普通に考えれば、DクラスだってCPにダメージを負うのは嫌な筈ですからね。須藤君に改善の見込みが出たのであれば、ギリギリになって方針変更をしたとしても不思議はないでしょう。
また推測通りなら、元々Cクラスの黒幕はどんな結果でも構わなかった筈ですしね。条件次第では交渉を受け入れると思います」
それが、橘先輩の推測だった。
いやはや、見事である。普段のイジラレキャラからは、とてもじゃないが想像出来ない姿だ。やはり、会長が認めている人物なだけはあるのだろう。
「ふむ。俺も似たような考えだ。補足するならば、交渉によってDクラスの負った代価だな。
まず、第一にポイント。先ほど坂上先生より支払われたポイントも、元を糺せばDクラスの――須藤のポイントだろうな。あとは、暴力を振るった相手にも幾らか支払ったかもしれんな。……手持ちが足りてなかった場合、Dクラスの黒幕に借金でもしたんだろう。
第二に、バスケットボール部における、夏の大会のレギュラー選定の辞退。
作戦通りだっただろうとはいえ、Cクラスの生徒は須藤から一方的に暴力を振るわれて怪我を負わされたんだ。用意した『建前』を通すためにも、須藤の反省をしかと形にし、周囲に対する説得力を上げるためにも、この二点は必須だと思われる。
まあ、須藤としては憤懣やるかたない思いだろうが、そもそも須藤が暴力を振るわなければ、ここまで規模が拡大することもなかったのだ。本人の自業自得であり、勉強料であると捉えれば、決して高い買い物ではなかろうよ。
そも、バスケットボール部から齎された参考資料によると、須藤はプロを目指しているらしい。それ故にバスケに対しては真摯であり、身体能力、技術も十分にある。そこを顧問は評価し、レギュラー候補に選定したらしいが――こうも短気極まりないのではな。失格退場が目に見える、というものだ。今では、顧問も選定を取り消すか悩んでいるらしい。本人から辞退の申し込みがあれば、顧問としても渡りに船だろうな。
この推測が正しかった場合、総合的に見れば、Dクラスのダメージは極小だ。精々、須藤がCクラスに支払ったPPだけだ。……このことから、Cクラスの黒幕もそうだが、Dクラスの黒幕もまた、クラスにそぐわぬ『実力』を有していることが分かる」
そして、会長が。
二人が二人とも、審議を起こすに当たって提示された情報と、私の語った噂話から推測してみせたのだ。全く以て恐れ入る。……そりゃあ、独自の情報を持っている可能性は否定出来ないけども。
「そう、頭角を表そうと思えば、クラスに関係なく表すことは出来るのだ。厳しくはあるが、決して、学校の方針が間違っているわけではないのだ」
自分に言い聞かせるように、そして周囲に同意を求めるように、最後に放たれたその言葉が、私にはやけに印象的だった。
ともあれ、私が審議の場を経験することは、こうして無期延期となったのだった。
唐突にオリキャラを出すスタイルです。そりゃあ、逸般人がいるのは何も同学年に限りませんとも。
ただ、本作は基本的に各キャラの一人称視点で話が展開し、それが一年生に集中している以上、どうしても他学年のキャラは出しにくいんですよね。
あと、茜先輩がパワーアップしてるように見えるかもしれませんが、原作の時点で学会長に認められている人物です。このくらいは出来ても不思議はないと思います。
『人の輪』を尊びつつも果断さを発揮出来てしまう学と、『裏』を考えることは出来ても『和』を優先してしまう茜。
互いが互いを羨み、尊ぶ。……本作の学と茜はそんな関係です。