ようこそ、逸般人たちのいる教室へ   作:山上真

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23_松雄栄一郎:01

「はあ……」

 

 溜め息が零れる。既に入学してから三ヶ月以上が過ぎ、もはや夏休みを迎え、今は高校生には似つかわしくない豪華客船に乗っているというのに――自分の心は曇ったままだ。

 いつからこうなったのだろうか? 自問するも、答えはすぐに出る。今自分が通っている『高度育成高等学校』以外、全ての高校から入学の取り消し処理を食らったからだ。加えると、父さんが懲戒解雇を食らい、再雇用が叶わぬ状況下だったことが拍車をかけている。

 母は自分を生むのと引き換えに亡くなり、ずっと男手一つで育てられてきた。仕事柄家を留守にすることも多かったが、とても尊敬の出来る父さんである。

 それに、父さんが留守の際には幼馴染の家に預けられたり、父さんの知人――先生が面倒を見てくれたので、父さんと過ごせぬこと以外は、そう寂しくも思わなかった。

 そんな折に起こった、父さんの懲戒解雇である。俄かには信じられなかったが、父さんはどこか納得済みだったように思う。自分が入学の取り消し処理を食らった際、巻き込んで済まない、と謝って来たので、心当たりもあるのだろう。

 詳しくは知らないが、父さんは解雇を食らう前、元政治家先生の執事をしていたらしいので、思い浮かぶものが無いではない。所謂『社会の闇』というやつだ。

 だとしても、『高度育成高等学校』への入学を取り止めさせることが出来なかったことから、その手の広さに限度があることもまた確か。

 同時、自分の進学先が残っていたことで、父さんが安堵していたのも。

 父さんは『心配するな』と言ってくれていたし、その言葉を信じたいとは思うが、状況が分からぬことが暗澹とした気分を晴れさせない。少なくとも、自分の知る限りではどこもかしこも惨敗だったのだから。

 その状況が改善されたのか否か。……この学校の特色の一つである『許可なき外部連絡の禁止』が、この上なく痛い。

 この心のモヤモヤが晴れぬ限り、自分がこの学校生活を楽しむことは出来ないだろう。……そう思えてならない。

 

「よお、どうしたよ? 折角の豪華客船だってのに。元気ねえなぁ、松雄」

「……ああ、橋本か」

 

 声をかけてきたのは、クラスメイトの橋本だった。

 Aクラスに相応しい、と言うべきか。総合的に優れた能力を有しており、それはコミュニケーション能力も同様。人脈の構築に勤しんでいる様で、機会があれば自分にも度々話しかけてくる。

 コイツのこの振る舞いに、ある程度救われているのは否定出来ない事実だった。

 

「いや、こうして学校の敷地外に出ても、結局家族に連絡を取ることは出来ないんだな……ってさ」

「何だよ、おい。早くもホームシックかぁ? ……ま、気持ちは分からんでもないけどな。実際にこの環境で過ごしてみると、思ってた以上にキツイ部分があるのは否定出来ねえ」

「……ああ、全くだ」

 

 再度、甲板のフェンスにもたれて深い溜め息を吐いた。

 

「……やあ。君は松雄栄一郎君、で合ってるかな?」

 

 そんな折、自分に話しかけてくる人物がいた。……金髪の美形で、歳は四十前後といったところだろうか? 誰だろう? 少なくとも、自分に心当たりはない。

 

「ええ、自分は確かに松雄栄一郎ですが……。失礼ですが、貴方は?」

「これは失礼。僕は谷本夏といってね。もう一人と一緒に、普段は学校の敷地内で武道場を運営している。分かりやすく言うと『武術家』だ。ちなみに、得手は中国拳法。……ま、本業――それとも副業かな?――は別にあるけどね」

「谷本、と聞くと、真っ先に思い浮かぶのは『谷本コンツェルン』ですが、何かご関係でもあったりします?」

 

 横から橋本が口を挿んだ。

 

「ああ、社長だよ」

 

 それに対し、谷本さんは機嫌を損ねることなく、笑顔のままで言葉を返した。

 

「社長!?」

「あの『谷本コンツェルン』の!?」

 

 当然と言うべきか。気付けば、僕と橋本は驚愕の叫びを上げていた。

 

「ああ。それでまあ、相応の人脈も持っていてね。誰からとは言わないけど、松雄君のことも聞いてはいたんだ。だからと言って敢えて探す気もなかったけど、今回の旅行は良い機会だから探してみることにしてね。こうして声をかけたわけだ。……僕はこれから『手紙』を落とし、それに気付かずこの場を立ち去る。君はそれを拾い上げて、読了後、どのような方法でも良いから僕に届けてくれ

 

 自分たちの驚愕に答えるように説明をし、その最後に、風や他の生徒の叫び声に紛れ、こちらに聞こえるかどうかの小声で、本題と思しき部分を話された。

 

「……え?」

「それじゃあね」

 

 そして、こちらの疑問に答えることはなく、谷本さんは自然な様子でこの場を去っていく。言葉通り、これまた手紙を落としながら。

 意味がよく分からないが、こんな回りくどいことをする以上、あの手紙は自分宛なのだろう。風に飛ばされては堪らないので、すぐさま拾い上げる。ご丁寧に、手紙の宛先は『谷本夏様』となっていた。中身を見られない限り、偽装は十分だ。

 

「なんだそりゃ? ……手紙か」

「そうみたいだね」

 

 周囲を見渡すも、既に谷本さんの姿は見付からない。

 

「まあ、『敷地内での生活』という点では共通していても、社会人となれば僕ら生徒とは違う部分もあるってことだろうな。社長さんなら尚更だ」

「ま、そりゃそうか。経営方針やら何やらとあるだろうし、確かに『外部連絡の禁止』なんて言ってられないだろうな」

 

 自分の言葉に、橋本は納得した様子で頷く。……この様子だと、どうやら先ほどの谷本さんの言葉は聞いていないらしい。まあ、それも無理はないだろう。自分としても、『読唇術』と併用することで辛うじて分かったくらいだ。

 

「まだ近くにいるかもしれないし、少し探しに行ってくる。じゃあね、橋本」

「手伝うか?」

「別に良いさ。最悪、先生伝いに渡してもらうから」

「ふぅん? なら、別に良いか。じゃあな、松雄。島に着くまでには、ちっとは元気を出せよ!」

「ああ、ありがとう」

 

 そうして、橋本と別れてその場を後にした。

 もちろん、谷本さんを探す気はない。正確に言うと、探す気はあるが、それはこの手紙の内容を確認してからだ。

 向かう先は共用の男子トイレだ。自室として宛がわれた部屋はクラスメイトが一緒のため、落ち着いて読むことは出来そうにないからだ。十中八九『校則違反』に当たるので、この船上でプライベートを確保しようと思えば、簡単に思い浮かぶのはトイレの個室である。

 トイレに着き、個室に入り、鍵を掛けてから手紙の封を開ける。ありがたいことに密封はされていなかった。と言うよりも、元は密封されていたのを既に開封した形跡があるし、消印等も残っている。中身だけが別物なのか、その判断は付かないが、相応の小細工を施してあるのは確かだ。

 高まる期待を胸に、中身を取り出す。

 

「……………………父さん。先生。翼」

 

 万感の想いを胸に、ただそれだけを絞り出した。

 果たして、それは父さんからの手紙であり、良く面倒を見てくれた先生からの手紙であり、何をするにも一緒だった幼馴染の少女からの手紙だった。父と、先生と、少女が一緒に映った写真も同封されている。

 手紙によると、無事に父さんは再就職が叶ったらしい。それには先生の伝手も大きく寄与したようだ。また、幼馴染の少女もこの学校を目指す旨が記載されている。……今現在においては、最もありがたい情報だ。

 腕を口に押し当て、泣き声が洩れるのを防ぐ。全く以て、人間とはなんと現金なものか。さっきまではあれだけ暗澹とした気分だったというのに、今は洋々としている。嬉し涙が止まらない。

 そして一度気分が上向いてしまえば、今度は先程までの自分に苛立ちが募る。父に、先生に、そして少女に、恥じぬ自分になると誓ったのは、かつての己自身ではなかったか? だというのに、今の今までまで腑抜けていたのは一体誰だ? それもまた己である。だからこそ、全く以て度し難い。

 

「ああ、気分を入れ替えないとな。分かってる。――だけど、今だけは、もう少しだけ、この感情に浸らせてくれ……」

 

 ここまで嬉しかったことなど、一体いつぶりだろうか。腐っていた自分に腹が立つのも事実だが、この想いも本当なのだ。だからこそ、自分を諫める内なる声に、同意しつつも言い訳をする。泣き終わったら、今度こそシャンとするから。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 鏡を見ると、目が赤くなっていた。久しぶりに泣いたからか、それとも結構な時間を泣いたからか。

 ともあれ、便箋と写真を懐にしまい、自室へと向かう。リゾート合宿――どこまで信じられるか分かったものではない。――が終わってからも確認出来るよう、キチンと持ち帰らねばならない。そのためにも、持ち込んだ荷物に混ぜる必要がある。

 ルームメイトは誰もいなかった。まあ、こんな豪華客船だ。一般市民には早々縁のある物じゃないのも事実。出来る限り堪能したい、と行動するのは、特段おかしなことでもないだろう。……だからこそ助かるわけだが。

 便箋と写真をしまい、備え付けの洗面所で顔を洗った後、再び部屋を出る。谷本さんを探し、空のレターケースを渡す必要があるからだ。

 気分が上向いたからか、目に映る光景が色付いて見える。

 しかし、振り返ってみると、谷本さんの言葉に疑問を覚える。普通と言えば普通。だが、わざわざ『どのような方法でも良いから』などと付け加える必要があるだろうか? 考えすぎと言われれば考えすぎな気もするが……。

 この学校の特色に染められた部分もあるのだろう。どうにも気になって仕方がない。そして一つ気になると、他の部分も気になってくる。

 

「谷本さんは僕のことを聞いてはいたが、敢えて探す気はなかった。しかし、今回の旅行では気を変えた。……人は些細なことでも気を変える生き物だし、船上では行動範囲も人数も、敷地内に比べてグッと狭まる。だから、別段おかしなことじゃない」

 

 考えを整理するため、敢えて声に出す。

 

「おかしなことじゃないが、谷本さんが気を変えるに当たって、何がしかの要因があった可能性は否めない。むしろ、その要因故に気を変えた、と見るべきか……。

 となると、心当たりとして思い当たるのは先生しかいないな。色々と面倒を見てくれたのは確かだけど、プライベートは殊更謎の人だったし。――ワンチャン父さんの可能性も無くはないけど、元政治家先生の執事とはいえ、干された人物にそこまで目を向けるものがあるとは思えない」

 

 言葉にすると、納得感が高まってくる。

 実際、先生からは武術も学んでいたのだ。谷本さんも『武術家』を称していたし、その点でも共通点がある。

 

「と言うか、ほんと先生って何者なんだろうか? ここ最近はともかく、父子家庭という状況で自分がこれまで腐らずにいられたのは、間違いなく先生のお陰だし。改めて考えると無性に気になってきたな……。

 多芸多才な人で、武術、勉強、芸術、医療、あらゆる分野を嗜んでいるのは間違いない。あとは『精神』を重要視する人でもあったな。……自分に分かるのはこれくらいか」

 

 うん、改めて先生のことを思い返しても、謎が多い。むしろ、より深まった感がある。と言うか、父との繋がり自体が謎だ。

 

「まあだとすると、十中八九、谷本さんのお目当ては先生だろう。……敷地内で道場を開いている、って言ってたな。つまりこれは、暗に『教え子を通して届けろ』って言ってるのか?」

 

 可能性は無くもない。少なくとも、谷本さんが『外』との連絡が取れるのは確定したわけだ。バカ正直な方法でレターケースを届けるようだと今回限り。一捻り加えた方法であれば、これからも仲介してくれる。そう考えることも出来るからだ。

 

「となると、探すべきは『道場』の門下生か。その中でも、最善は中国拳法使い。……言葉にするだけでも気が遠くなってくるな。入学以降は大して周りに目を向けていなかった分、難易度が高いぞ」

 

 結論を出すと同時、溜息を吐いた。……まあ、自業自得な面も多大にあるのだが。

 

「むしろ、これで考えすぎだったら目も当てられないな」

 

 実際、その可能性もあるからタチが悪い。あくまでも、自分の推測に過ぎないのだ。

 

「まあ、リハビリ代わりには丁度良いか」

 

 それも事実。

 長らく『武』を学んでいるのなら、その影響が少なからず動作や佇まいに表れるものだ。ならば、人を探すにしても、それを目途にすればいい。場合によっては、既に片鱗を示している可能性もある。

 

「まずは掲示板を当たるか」

 

 端末を操作し、一年生の中でも運動能力の優秀者を男女問わずピックアップする。水泳の授業で『最優秀者にはポイントプレゼント』なんて企画をやってくれたことがあったので、範囲の絞り込みも容易な部類だ。……少なくとも、ある程度の目安にはなる。

 

「都合が良いな。クラスメイトにも該当者がいたのか」

 

 生憎と、今の今まで周りにそこまで気を配っていなかったこともあり、細かな部分までは覚えていないのだ。ハッキリ言って、今の自分は紛うことなき『情報弱者』である。

 

「ともあれ、早速向かいますか」

 

 そして自分は、件のクラスメイト――鐘鳴響を探して歩き出した。 




これもまた『バタフライエフェクト』の一つです。
まあ、半ば以上オリキャラ化してますが。情報が少ないんだから仕方ありませんね。
最初は話数タイトルを『???』にしようかとも思いましたが、結局止めることにしました。
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