「まあ、そう簡単に見付かったら苦労は無いんだけど……」
暫し船内を歩き回り、当然の結果に愚痴が零れた。
学校の敷地に比べれば狭いとはいえ、人一人が歩き回るには十分に広い。利用可能な施設の類も多く、行き違いも含めれば、尚更見つけにくいのだ。
「あれ~、もしかして松雄君?」
「うん?」
そんな折、声をかけられた。まあ、現在地は甲板である。先刻も橋本や谷本さんに声をかけられたことを思えば、特段不思議なことではない。
そして声の方を見れば、そこには三人の女子がいた。おそらくはグループで行動しているのだろう。その中の一人が、自分を指差している。声を上げたのは、この女子だろう。よく見れば、自分の記憶を刺激するものがある。
「…………ああ、佐藤さんか。久しぶりだね」
「反応おそっ!? もしかしなくても忘れてたでしょ!」
そうそう、確かにこんな子だった。当然ながら今とはメンバーが違うが、中学生の時も彼女は女子とグループを組んでいた。そしてタチの悪いナンパに引っ掛かっていたのを助けたのが、面識を持ったきっかけだったか。
以降、翼共々行動を一緒にすることもあったが、自分の状況が一変したこともあり、次第に疎遠になっていった。
「正直に言えば。言い訳になるけど、ちょっと精神的に余裕が無い日々が続いててね」
「……っはぁ。それは既に聞いてるよ。そもそも、それをきっかけにして疎遠になっていったんだからさ。――それも忘れてたの?」
「……ゴメン」
そうだったのか。言われて、初めてそのことを思い出した。改めて、大分精神的に参っていたことを自覚する。
「もう良いよ。一報を欲しかったのが本音だけどね。……まあ、あの時に比べれば大分持ち直したみたいだし。うん、良かったよ」
「……ありがとう」
そう。佐藤さんはギャルっぽい見た目や振る舞いとは裏腹に、他人を思いやれる少女なのだ。だから、自分も翼も、付き合っていて苦には思わなかったのかもしれない。
しかし困った。久しぶりの再会は嬉しいのだが、今の自分にはそれよりも優先したいことがある。いつまでも時間を食ってはいられない。――いや、これも考えようか?
早々にこの場を辞する文言を述べるべきか、と思い立ったところで、自分の冷静な部分が『待った』をかけた。
自分が情報弱者なのは自認している。その点を鑑みると、自分一人で対象を探すのは如何にも効率が悪い。そも、手始めに鐘鳴を探すことにしたのも、同じクラス故に他よりも接点があるからだ。その接点を
入学してから、まだ三ヶ月。――されど、三ヶ月。あらゆる意味で、注目を集める者は集めているのだ。
そして、自分の朧げな記憶でも、琴線に引っ掛かる存在はいる。例を挙げるとDクラスの須藤だろうか。顔は知らないが、CP振り込み遅延の原因となった暴力問題の当事者として、また、もう一方の当事者が属するCクラスに赴き白昼堂々土下座した人物として、その名前は知れ渡っている。……それこそ、自分の記憶にも残るくらいに。
まあ、流石に須藤が件の『道場』の門下生ということはないとは思うが。
それでも、谷本さんほどの『武術家』が道場を開くに値するだけの実力者が、生徒の中にいることは否定出来ないだろう。正直、自分には谷本さんの実力を測り知ることは出来ない。先生同様、遥かに格上ということが分かる程度だ。自分とはそれだけの実力差がある。
しかし、その事実こそが推測を裏付ける要素となる。
そう。そんな実力者が目をかける相手が生徒の中にいるからこそ、敷地の中に道場を構え、谷本さんほどの方が運営者として常駐しているのだ。
そして、その人物は一年生の中にいる。自分に手紙を渡す用事があったにせよ、それだけで船に乗り込む必要も無いだろうから、そう考えた方が筋が通るのだ。あくまでも、自分に対する用事は『ついで』だったのだ。
少ない情報から組み立てたにしては、突飛とは言えない推測だろう。
「ところで、時間に余裕があるようなら、人探しを手伝ってもらっても良いかな?」
「人探し?」
「うん。今日、船に乗ってから会った人がいるんだけどね。その人が手紙を落としていったから探しているんだ」
そう言って、空のレターケースを見せる。
「先生とか船のスタッフさんに届けるんじゃダメなの?」
「それも有りだとは思うんだけどね。この学校の風潮を思うと、ちょっと乗り気になれないんだ。二、三会話をしたんだけど、回りくどい言い回しをしていたから尚更ね。……それに、どうも自分を狙い撃ちにしてきた感がある」
「個人を狙い撃ちに? ちょっと信じ難くはあるけど――いや、でも、青田買いの一種と考えれば……」
自分の言葉に、佐藤さんと一緒にいた女子が考え込む。佐藤さんの紹介によると、松下千秋さんというようだ。
正直、ありがたい。敢えて誤解させるような言い回しをしたのだから、深読みしてくれるなら万々歳だ。
「ああ、無視する形になっちゃってごめんなさい。私はDクラスの松下千秋。佐藤さんと篠原さんのクラスメイトよ。……そっちは、松雄君、で良かった?」
「ええ。Aクラスの松雄栄一郎です。改めてよろしく」
「松雄君、凄いんだよ~。正に『文武両道』を地で行ってるんだから。中学の時の全国模試でも、度々上位にランクインしてたんだよ」
名乗ったところで、佐藤さんからの捕捉が入った。持ち上げられるのは照れ臭くもあるが、純然たる事実であるし、より松下さんを深読みさせる要因となる。
「まあ、ついさっきまでは精神的に参ってたんだけどね。ただ、それも手紙の落とし主との会話をきっかけにして持ち直すことが出来たんだ。だから、単に手紙を届けるだけでなく、直接礼を言いたいのもある。さっきはその余裕も無かったからね。……実際、あの人との会話が無ければ、今も周りの景色が色褪せて見えていたと思うよ」
「うん、そういうことなら手伝うよ! ……いいよね?」
「ま、施設は多いけど、特に何をやりたい! ってのも思いつかないからね」
「それじゃ、早速連絡先を交換しよっか」
そして、連絡先を交換した。橋本しか連絡先の入っていなかった端末に、一気に三人も増えたのだ。ちょっと嬉しい。
「探すのは良いんだけど、何か手掛かりとかない?」
「金髪の美形で、四十歳くらいの男性。普段は学校の敷地内で、他の人と二人で『武道場』を運営してるらしいよ。もう一人が何を教えているのかは分からないけど、あの人は中国拳法を得手としているらしい。そんでもって、とある『コンツェルン』の社長さん。僕は向こうを知らなかったけど、向こうは僕を知ってたみたいだね」
「となると、可能性として真っ先に思い浮かぶのは『先生』との武術繋がりかな? 私自身は数回会ったくらいだけど、あの人も凄かったよね~。
あとは松雄君のお父さん繋がりの可能性も無くはないけど……」
「正直、父さんの方は無いかな、と思ってる。繋がりがある可能性自体は否定出来ないけど、今となっては父さんに目を向ける必要性も無いだろうしね」
「ちょいちょいツッコミどころがあるのは否定出来ないけど、そこは置いといて。探すとしたら『道場』の門下生になるかな? ……うん、それらしい存在に思い当たらないでもないね。少なくとも、私たちのクラスに三人、道場に通っているらしい生徒がいるよ。――もちろん、その『道場』かどうかまでは分からないけど」
「へえ! それはありがたいな。……紹介してもらっても?」
「ちょっと待ってね。連絡してみる」
そう言って、松下さんが僅かに距離を取る。メールやチャットではなく電話をするのだろう。
そもそもがそこかしこに人のいる甲板だ。元よりある程度の喧騒はある。そこに風切り音も含めれば、よほど気を配らない限り、少し離れただけでも会話は聞こえなくなる。その道理に違わず、無意識に行っているであろうジェスチャーや表情の変化から察するしかない。
「連絡取れたよ。あっちも都合よく甲板にいるってさ。舳先の方で待ち合わせたから、早速行こっか」
「ありがとう、松下さん」
礼を言い、一緒に舳先へと向かう。
舳先にもまた、男女問わずあれこれと人がいたが、その内の一グループがこちらに向かって手を振っている。それにより佐藤さんたちも気が付いたらしく、手を振り返す。
そのグループは結構な人数だった。男女問わずで構成されている。中には鐘鳴の姿もあった。
「やあ、鐘鳴。君も一緒だったのか」
「やあ、松雄。随分と雰囲気が変わったな。朝とは見違えている。――しかし、参ったな。君ほどの手練れを見逃していたなんて、元より低かった観察眼だが、更に自信を無くしてしまう」
まあ、挨拶するなら知人から、ということで鐘鳴に声をかけたのだが、向こうは返事を返すや否や深々と溜息を吐いた。
『……松雄?』
そんな中、男子の二人が異口同音に首を傾げた。その態度が気にはなったが、先に自己紹介を済ませることにする。
「ええ、松雄栄一郎です。Aクラスに在籍しています。ちょっと人を探してまして、偶然出会った佐藤さんたちに付き合ってもらったわけです」
そう切り出して、経緯を説明した。
「ああ、それはまた何とも……。確認だけど、その探し人って谷本夏で合ってるよね?」
「はい、合ってます。……良かった。敢えて口にしなかった名前を即座に出せるということは、それだけ深い付き合いのようだ。――ところで、お名前をお伺いしても?」
「まあ、私の師匠だからね。そりゃあ、付き合いも長いわよ。――ってあれ? 私のこと知らない?」
「残念ながら。前述の通り、先刻までは精神的に余裕が無かったもので……。たぶん、入学してから今日までの、大半の情報は聞き逃している自信があります」
「いや、それ自慢出来ることじゃないからね? まあ、いいか。私はDクラスの櫛田桔梗。こっちの二人が、同じくDクラスの綾小路清隆と全総刃」
「……綾小路?」
何故か、その名前が琴線に引っ掛かった。
間違いない。自分はその名前を知っている。どこだ? どこで知った? 焦りにも似た情動が湧き上がり、猛スピードで記憶を漁る。
「……その反応。どうやら、偶然というわけではないらしい。……そうか、お前は松雄の息子か」
そう言って、綾小路と紹介された方が自分を見つめる。知らず、見つめ返した。
「桔梗に紹介されたが、オレの名前は綾小路清隆。お前の父、松雄が執事として勤めていた綾小路篤臣の血縁上の息子になる。……生まれ育った施設の一時的な稼働停止に伴い、あの男は松雄にオレの世話を申し付けた。少なくとも、衣食住に困ることなく日々を過ごすことが出来たのは間違いない。オレに対し、この学校へ入学するよう勧めたのも松雄だ。今から思えば、感謝の念は尽きないな」
「……そう、ですか。その言葉で、色々なことが腑に落ちた気分です。
ある日、父は唐突に懲戒解雇を食らい、自分もまたここ以外の受験先から軒並み合格の取り消しを食らいました。父も再就職を目指してましたが、どこもかしこも落ちる有り様。そんな状況下で入学を迎えることになり、校則から外の情報を得ることも出来ず、暗澹とした日々を過ごしていたわけです」
ある種の難癖、八つ当たりに等しい。それでも、目の前に立つ綾小路清隆という男に対し、言わずにはいられなかった。お前のせいで、お前の父親のせいで、自分と父さんは散々な目に遭ったんだ! ……と。
敢えて遠回しに告げたのは、やはり八つ当たりだからだろう。この男が関与していることに間違いはないが、父さんの行動が要因であることも間違いないのだ。
「まあ、それも谷本さんと会ったことをきっかけにして払拭されたわけですが。
それにしても、息子さんの前で言うのもアレですが、貴方の御父上――綾小路篤臣氏は随分と器の小さな人間のようだ。一言で言えば、身の丈に合わぬ権力を持った子供、でしょうか。
そもそもにして、父さんに貴方を預けたのは自分であるくせに、その行動にキレ散らかしているんですから。そりゃあ、勝手をした父さんも悪いでしょうが、執事の性格くらい知っていて然るべきでしょうに。むしろ、そんなだから人の好い父さんにも愛想を尽かされたんでしょうね。平たく言えば自業自得。子供の癇癪に巻き込まれたこっちとしては堪ったもんじゃない」
しかし、コイツの父親に対しては違う。裏事情に見当が付いた今、怒りが滾々と湧き上がり、それが口を衝いて出る。
「ハッハハハハ……ッ! あの男がガキか。――違いないな。
何せ、『力を持っていながらそれを使わないのは、愚か者のすることだ』だの、『すべての人間は道具でしかない。過程は関係ない。どんな犠牲を払おうと構わない。この世は「勝つ」ことが全てだ』だのと教えるような男だからな。……まあ、長年それを聞かされたおかげでオレも大分毒されているわけだが。
ある意味で言っていることは間違いじゃない。だが、人は成長するにつけてブレーキを踏むようになるものだ。そのブレーキの踏み込み具合や機能の違いが、『子供』と『大人』、『凡人』と『才人』を分けるんだろう。『極端』しか為さず、教えずでは、『社会不適合者』この上ない。
ああ、その点で言えば、あの男は確かに『大人になりきれなかったガキ』なんだろうよ! クックックックックックッ、ハーハッハッハッハッ……ッ!」
実子ということもあるんだろうが、溜まりかねるモノは自分以上に持っていたようだ。自分の言葉に賛同したらしく、綾小路はそれまでの無表情を一転させ、満面の笑みで高笑いを上げている。
「わお!? まさか、清隆の奴がここまで喜びを露わにするなんてな。思ってもみなかったぜ。――ああ、さっき紹介されたが、俺は全総刃。清隆と同じ施設の出だ。偶にしか会うことはなかったが、松雄さんの人の好さには、俺も大分救われたよ」
お道化たように全総が言うが、その気持ちは周りも同じらしい。驚きを露わに綾小路に目を向けている。
ともあれ、一人高笑う綾小路を背に挨拶を済ませる。
「う~ん。やっぱり、松雄君の『先生』とやらがカギだろうね。普段は外面よくしてるけど、内心では大半の相手を見下してるのが夏おじさんだから。その『先生』によっぽどの価値を認めない限り、取る行動じゃないと思うな。――まあ、偶に素でお人好しなことをするから断言は出来ないけど」
「とはいえ、自分も『先生』について知ってることは少ないんですよね。長年お世話になっていてアレですけど。精々が多芸多才な人で、偶にふらりと旅に出たり、言葉で表すのも難しい腕前を持つ武術家で、名前が
「ああ、ゴメン、松雄君。その名前を聞いて、たぶん理由が分かったよ」
その声に白浜を見れば、頭を押さえて俯き、深々と溜息を吐いていた。
「理由は分かったけど、あくまでも想像でしかないし、合っていた場合、だからこそ容易く口に出来ることでもない。悪いけど、今は理由を訊かず、呑み込んでおいてくれるかな。夏おじさんは呼び出すからさ」
そう言われると、気にはなるが疑問を呑み込まざるを得ないだろう。少なくとも、今の自分にとって優先すべきは谷本さんの方だ。
白浜は言葉通り谷本さんを呼び出してくれ、自分はレターケースを返して礼を言う。
「――『一影』の弟子だけはある、というわけか……」
その際、ポツリと漏らした谷本さんの言葉が、やけに耳に残るのであった。