「……一体全体何だってんだよ!? Aクラスは自分からリーダーを教えてくれたんだ! だったらそれでいいじゃねえか! 何だって綾小路――どころか他のクラスの奴らも、それを真似して飛び出してったんだよ!? ワケ分かんねえよ!」
須藤君の叫び声が響く。言葉通り、状況を認識してはいても、理解が追い付いていないのだろう。……まあ、理解が追い付いていないのは私も同じだが、その憤懣を地面に当てるのは止めてもらいたい。スタート地点から動いていない現状、生徒どころか教師の目もあるのだから。
そんなわけで、まずは彼の行動を止めに入る。
「須藤君、その怒りは分からなくもないけれど、どうにか抑えてもらえないかしら。今は地面が砂浜だからまだ良いけど、場合によってはペナルティを食らっているわよ。環境汚染はマイナス20ポイントのペナルティ――忘れたわけではないでしょう?」
「……まあ、そりゃあな」
「場合によっては、環境破壊もこれに含まれる、と私は思うのよ。
例えば木の枝。よく分からないけれど、男の子ってそういうのを振り回すのが好きなんでしょう? それが落ちている物なら構わないわ。けれど、手頃だからってその辺の樹から折り取った場合、当然、樹はダメージを食らうわよね? それを放置すれば、その僅かな傷みはやがて樹の全体に影響を及ぼし、根を伝って地面へ、そこからまた範囲を広げて……と、極端な言い方をすれば、こういうことも起こり得るわけね。
今は『木の枝』で例えたけれど、人間にだって当て嵌まるわ。軽い怪我でも放置すれば、場合によっては重症化するでしょう? それと同じ理屈ね。
まあ、だからこそ私たちは手洗いうがいを始めとした衛生に気を付けているわけだけど、それも絶対じゃないわ。風邪を引けば熱を出すことだってある。そうなった場合、私たちは薬なりお医者さんなりに頼ってそれを治そうとするわけだけど、それが望めない環境であれば? 場合によっては死ぬかもしれないわね。
衛生観念の低い、或いは観念があっても対処法のない戦国時代なんて、死人が顕著だったらしいわよ? 戦死者に限らず、ね。
私たちの大半は、この環境に対する知識が薄いわ。あったとしても、あくまでも人間を主体としたもの。そんな状況下で環境破壊が起こった場合、その行き着く先は、と考えたら――ほら、立派な環境汚染でしょう?」
私なりに、分かりやすく、懇切丁寧に説明したつもりだ。
言及した通り、極論であることは否定出来ないが、どこまでが『環境破壊』で、どこからが『環境汚染』として扱われるのか、私たちには判断のしようが無いのだ。あくまでもそれを決めるのは学校側なのだから。である以上、危険意識を植え付けておくに越したことはない。
その一方で、ここまで極端な言い方をしたのにも理由がある。人とは、須らく自分の身に置き換えることで、理解しやすくなる生き物でもあるのだ。『環境』を『人の身』に、『破壊』と『汚染』を『怪我』や『病気』に置き換えれば、須藤君でも理解出来るだろう、と踏んだのだ。
私個人としては、ここまで分解しなくても理解してほしいのが本音だが、人とは『十人十色』にして『千差万別』な生き物であることも、この高校生活で否応なく実感させられたのだ。
要は興味・関心の度合いでしかないのだ。
仮に、これがバスケットボールの話題であったなら、私は碌な意見を上げることも出来ないだろう。興味・関心が低く、学校体育で関わった程度しか知らないからだ。作戦の立案は出来るかもしれないが、上辺の知識しかない以上、穴が開きまくりなものとなる筈だ。――反面、普段はアレな須藤君はポンポンと意見を述べてくれるだろう。
突き詰めて言えば、今までの経験から、人によって『一』の基準が分野毎に異なるのだ。学校の授業が、学年毎に難しくなっていくのも同じ理屈である。小学五年生にはその学年の授業が『一』となるが、小学一年生にとっては五年生の授業は『五』であるのだから。
畢竟、『基準』を分解していけば、やがて万人が理解出来る『基準』に行き着くのが道理だ。――逆説、これで分からなかったら、私にはもうお手上げである。
「……ああ、そういうことか」
幸い、須藤君も理解してくれたようである。……よく見れば、須藤君以外も耳にしていた様で、ウンウンと頷いている姿が見える。
そこで、パチパチ、と拍手の音が響いた。
「どうも、Cクラスの椎名ひよりと申します。すみませんが、お話は聞かせていただきました。うちのクラスに説明する際に、使うことを許可していただければ幸いです」
「……別に構わないけれど。結局は同学年なんだから、似たり寄ったりなことは言えるでしょうし。――いえ、だからこそ許可を求めてきたわけね。後々にクラス間で『言った』『言わない』の論戦になるのを防ぐため」
「そういうことですね。血気盛んな方々は、そういったことも『クラス間闘争』の種にしそうですし。特に、うちのクラスは龍園君が率いているので尚更です。
さて、本題に入りましょう。坂柳さんからのお遣いでDクラスの皆さんを誘いに来ました」
「あ、俺も俺も! よお、平田。一之瀬の遣いで誘いに来たぜ。……あ、『はじめまして』の人もいるから自己紹介すると、Bクラスの柴田颯だ! 平田と同じサッカー部だな!
俺もそうなんだけど、クラス問わず、大半の奴らは白浜たちの行動の意図を理解してねえと思うんだよ。だから、そこら辺に対して意見を交わさねえか、ってことだった。んなわけで、全クラスに対して誘いをかけている」
Cクラスのみならず、Bクラスの生徒までやって来た。そして、同じ誘いをかけてくる。
「構わないよ。むしろ、こちらとしてもありがたいくらい」
「どの道、状況説明はしなくちゃならんかったからな」
「では、早速動きましょうか。如何せん、この場は日差しが厳しいですからね」
その意図を私が考えている間にも、櫛田さんと全総君によって話は進み、否応なく動かざるを得なくなった。
まあ、日差しが厳しいのは確かなので、場所を変えるのには同感だけど――そういうことか。そこまで考えて漸く気付く、自分の頭の巡りの悪さに苛立ちが募る。
そしてこれが、自分の『立ち位置』であることを、『実力』であることを、否応なく認めなければならない。
同時、理解してないなりに動ける、動かせる人材がクラスにいるかどうか。図らずも、それを叩きつけられた形になる。
取り敢えず、ビニールやシート以外の支給物資は置き去りに、各々の手荷物を持って移動を開始する。その道中、佐藤さんが口を開いた。
「ねえ、櫛田さん? 状況説明はありがたいんだけど、なんで他のクラスと合流するの? そりゃあ、場所の移動には賛成だけど」
「う~ん。教えても良いんだけどね。自分でも考えてみよっか。どの道、合流したらその点についても説明するし。何より、私たち全員が答えを知っているんだよ。ただ、それに気付いているかいないかの違いでしかないの」
「え!? ってことは、先生が言ってた説明の中に答えがあるってこと?」
「そういうことだね」
そして、佐藤さんは――それ以外も考え出した。
聞いていて思う。上手い捌き方だ。櫛田さんは、ほんの少し佐藤さんに対して時間を使うことで、それ以外の人たちにも考えさせることに成功している。
また、櫛田さんのあの口調は仮面だとクラスメイトの皆が承知している筈なのに、反感を覚えている様子も見受けられない。――私とは違う。ありのままに接しているのに、私は反感を抱かれてばかりだ。
何故? どうして? 自問が脳内を駆け巡り――よそう、これ以上の現実逃避は。私は、既にその答えを知っているのだから。
ああ、そうだ。私は輪の外の相手に価値を見出さず、どう思われようと構わないが故に、粗雑な扱いしかしてこなかった。
一方、櫛田さんは上辺だけとはいえ、優しく、丁寧に接している。
である以上、当然の帰結なのだ。感情に『正しさ』など関係ないのだから。
人を蔑ろにして、人に支持される道理などない。他人に対する接し方。その積み重ねが、私と櫛田さんに対する人望の差として表れているに過ぎないのだ。
気付いてしまえば簡単なこと。――けれど、気付いてしまったからこそ、その心の何と痛いことか。
常々、兄さんには言われていた。
ああ、全く以てその通りだ。私の狭い世界に存在するのは極々限られた人ばかりで、その大半にそっぽを向かれているのが実情なのだ。その『現実』を受け入れるのが怖くて、必死で見ないふりをして、だから兄さんに縋っていたのだ。いつからか、『憧れ』という言葉を言い訳にして。
我ながら情けない。偉そうに人のことを言えたものではないじゃないか。
きっと兄さんは、私以上に私の心情を見通していたのだろう。だから、厳しく突き放していたのだ。逃避の先にある結末など、大半が碌なものではないのだから。
自嘲している間に、森の中の広場へと辿り着いた。日差しも、その大半は木の葉が遮ってくれている。明る過ぎず、暗過ぎず、心地のいい塩梅だ。片隅には小川が流れているためか、空気が涼やかだ。
広場の中央部には無人島には似つかわしくない機械がある。きっとあれがスポットなのだろう。
「さて、あの場に残っていた全クラスの生徒が残っていたようですね。――手始めにDクラスの方。誰でも構いませんので、A~Cクラスの生徒に対し、この場の利用を許可していただけますか? 無論、制限付きで構いません」
「もちろん構わねえぜ、有栖。制限としては……そうだな。意見交換の終了が一つ。各クラスのリーダーとの合流を済ませるまでが一つ。この二つを満たすまでが妥当だと思うんだが、どうよ?」
全総君がこの場の生徒たちを見回しながら言った。……反論はない。まあ、意見交換が主題なので、あまりに厳しい制限を課して他クラスに去られたら本末転倒なのも間違いない。それを考慮すれば、確かに妥当なところだろう。
占有しているDクラスから許可が下りたことで、それぞれが持ってきたビニールなりシートなりを敷いて座り込む。
中央部たるスポット付近には、全総君を始め、各クラスから何人かが進み出た。……おそらくは、各クラスのリーダー格。私がその場にいないことに、遠巻きから眺めているだけの自分に、不甲斐なさが募る。
「ああ!? そっか、そういうことか! あの場で話すには日差しが厳しくて、だけど場所を移動すればスポットに行き当たる可能性があって、各クラスのリーダー全員が飛び出して行っちゃったから占有済みな可能性があって、そうなると無断使用のペナルティを払わなきゃいけなくなる可能性があって、だから全部のクラスに誘いをかけたんだ!」
そんな折、佐藤さんが叫んだ。ある意味で空気を読めてないが、ある意味で正解の行いだ。
「ええ。まあ、そういうことですね。……響君に端を発する一連の対応。その意図を理解している者、気にしている者、気にしていない者、各クラスには様々にいると思われます。それを踏まえてのお誘いだったわけです。他にも諸々の思惑があることは否定しませんが、今しがたそちらの方が仰られたこともその一つです」
「その一つは『暇潰し』でしょ、有栖さん。スポットエリアの無断使用によるペナルティが怖いし、うかうかと動けなくなっちゃったしねえ。かと言って、初期位置に突っ立ったままじゃ日差しが厳しい。だったら、全クラス巻き込んで、当座の安全地帯を確保するのが道理だもんね」
「否定はしませんよ、帆波さん」
「ほらほら、有栖も帆波ちゃんも睨み合いは一旦ストップ。……それじゃあ、これから意見交換、及び状況の説明をしていくのでよろしく。あ、質疑は随時受け付けるから。それと、各自最初にクラスと名前を言ってちょうだいね」
櫛田さんの言葉を皮切りに、全員ではないが中央部の人たちが一礼をした。外野はそれに拍手を返す。
「Aクラスの葛城康平だ。大多数が思っているだろうことを、代表して質問させてもらう。……本当に鐘鳴の行動の意図が読めているのか? 我ながら不甲斐ないことだが、俺にはサッパリ分からん」
「司会進行を押し付けられた――もとい、務めることになったBクラスの神崎隆二だ。同じことは俺も疑問に思っている。
さて、誰に答えてもらうかだが――俺の独断と偏見で決めさせてもらう。まあそのためにも、理解出来ている人は手を挙げてくれ。
あと葛城、初回だから仕方ないが、次からは先に挙手をしてくれ」
葛城君が真っ先に口を開けば、神崎君がそれに続いた。その口ぶりは軽妙で、抜け駆けした葛城君に注意も入れている。
挙手をしているのは、中央部と外野に数人ずつ。基本、外野はクラス毎に纏まっているので、知った顔が一人でもいればクラスの判別は容易だ。
「……じゃあ、そこのAクラスの男子、お願い出来るか」
「Aクラスの松雄栄一郎です。……鐘鳴の行動についてですが、あの時点では最良にして最上の行動だったと言えるでしょう。
まず、自分たちは共通して、この島の事前知識がありません。試験についても同様で、先生に説明された事しか分かっていない状況でした。である以上、『最悪の事態』を想定してもおかしくはありません。鐘鳴は、それを考え、行動したんです。
それは――答えるのに五分ほど時間を置きます。皆さんも考えてみてください。自分が今言ったことがヒントでもありますので」
そう言って、松雄君は言葉を切った。勿体ぶった態度に周囲からは少なからずブーイングが飛ぶが、それを意にも介していない。
「おい、今ブーイングした奴。残念だったな、お前らは長生き出来ねえわ。卒業前に退学すんだろ」
そして、中央部から龍園君がヤジをし返した。……まあ、言葉は悪いが、言っていることは尤もだ。考えても分からないなら仕方がない。だが、考えることすら放棄しているようでは、確かに脱落する可能性が高い。
外野はさておき、私も考えなくては。
リーダーを明らかにしてでも防がなくてはならない最悪の事態。
真っ先に動かなければならない、その理由。
果たして――それは?