五分が経った。長いようで、短かった五分が。
一応、私なりに理由を思い付きはした。しかし、自信が無い。――と言うより、現実味がない。
もし、私の思いついた理由が合っているのだとしても、普通なら行動に移そうとまではしないだろう。――いや、それを行動に移せるから、『実力者』なのかもしれない。
「さて、五分が経ちましたので、理由を説明したいと思います。……ただ、前置きさせていただきますと、これは自分の推測であることは予め了承をお願いします。あくまでも、鐘鳴の取った行動に対し、周りが納得し得る装飾を施しただけですので」
「Cクラスの坂柳有栖です。……その前置きは当然ですね。実際、私としても同意見です。アレコレ考えておいてなんですが、響君のことですから『え、その場のノリ』なんて返事を寄越しても不思議はありませんよ。少なくとも、それが私の知る鐘鳴響君です」
松雄君に対し、すかさず坂柳さんが相槌を打ったことで、先ほどのようにブーイングが上がることは無かった。
Aクラスから『まあ、アイツならなあ……』的な言葉がチラホラと上がっていることも、ブーイングを抑える要因だろう。
突拍子のない人物、なんてのはいるものだが、自分の常識には当て嵌まらない行動をするから、そう言われるのだ。
今回、鐘鳴君の取った行動はそれと同義。
それを無理繰り理解出来るように当て嵌めるのが『理由付け』だ。本人が埒外であればあるほど、大事なのは周囲が理解出来るかどうかだろう。
元より、あの瞬間に何ら行動を取れなかった者が、文句を言える筋合いは無いのだ。
「改めて私見を述べさせてもらうと、この特別試験の根底にあるのは『陣取り合戦』です。ボードゲームに例えると『囲碁』になるでしょう。各クラスに生徒という駒はあっても、初期配置が決まっていないのだから、『将棋』も『チェス』も『オセロ』――『リバーシ』も当て嵌まりません。
とはいえ、今しがた挙げたゲームの細かいルールを知っている必要はありません。重要なのは、駒の初期配置が決まっているかどうか、という点だけですから。
各クラス、リーダーとベースキャンプは必ず決めなければならない。基本的に、一度定めたリーダーとベースキャンプを変更することは不可能。
今回の試験において説明されたルールの内、鐘鳴が特に重視したのがこれです。そこに他のルールも加味すれば、特定のスポットにベースキャンプを構えるのが、この試験の常套手段なんですよ。
このスポットを見る限り、ここにベースキャンプを構えれば、少なくとも水に困ることはありません。おそらく、他のスポットも同様に何らかの救済処置があるんでしょう。……騙し討ちに近い形で連れてこられたとはいえ、あくまでも学校の試験ですからね。リタイア制度もありますし、死ぬことは無いようにしているんだと思います。まあ、引き換えに試験ポイントは一切残らないでしょうが。
それを踏まえた上で、です。仮に、スポットを他クラスに全て占有されたらどうなりますか?」
その質問から導き出される答えは、私の推測と同じだろう。
この試験は、常に『現在』と『未来』を秤にかけられているのだ。『現在』を優先すればポイントの消費は跳ね上がるし、『未来』を優先すれば生活がきつくなる。
二律背反。よほど協調性があるか、或いは統率の取れたクラスでもない限り、クラス崩壊が避けられない土壌があるのだ。
予算が少ない故に四クラスの中では比較的不便にも慣れているDクラスだが、それでも、無人島の環境と比べれば比較にならないほど恵まれているのは間違いないのだ。アレもない、コレもない、一週間とはいえ、そんな状況に耐えられるとは思えない。普段の生活が私たちより恵まれている他クラスなら尚更だろう。
つまり、ある程度のポイント消費は止むを得ない。スポット占有によるボーナスポイントはその補填。
しかし、スポットの占有が叶わなければ? 補填が無ければ?
「学級崩壊待ったなし、ということか……」
ポツリ。葛城君が呟いた。
「その可能性が高いでしょうね。無論、これはあくまでも『最悪』を想定した推測です。島の実情次第では全然大丈夫な可能性もあります。
ですが、『可能性』だけの状態で、しかも追い詰められた状態で、どこまで『希望』を信じられますか?
行く先行く先、スポットはあっても、全て他クラスの占有下。我慢に我慢を重ねても、試験ポイントは日々消費される。……そんな状態が続けば、先に心が折れるのが必定です。
もしあの時、鐘鳴に他クラスが続かなければ、『バカだな~』とでも思ってその行動を重く捉えなければ、或いはそうなっていたかもしれませんね。
鐘鳴のあの行動は、他クラスに対する『挑発』であると同時に、『注意喚起』だったわけです」
重い沈黙が広場を包む。
「でもよ! そんなんアレだ! きじょーの空論、ってやつだろ!?」
沈黙に耐えかねたのだろう。池君が叫ぶ。
「否定は出来ませんが、あの人間離れした速度を見たでしょう? 曰く、『真の武術家にとっては、テレビで流れるような一流格闘家も「弟子級」に等しい』だそうです。幼い頃から面倒を見てくれていた先生が言っていました」
「Dクラスの全総刃だ。……俺らが通っている道場の先生によるとだ。真の武術――俗に『裏』と称される界隈において、武術家は大きく三角形の位階に分けられるらしい。下層が『弟子級』、中間層が『妙手』、上層が『達人級』だ。まあ、厳密には更に分類されるようだけどな。
ちなみに、道場の先生方は上層の上澄みも上澄み。『特A級の達人級』なんて分類される人たちだ。――一方、俺たち門下生は、強さにバラつきこそあるものの、全員が『弟子級』だ」
池君の反論を松雄君が真っ向から潰し、更には全総君が補足した。その言葉に、広場には更なる沈黙が満ちた。
実際、松雄君の言う通り、リーダーになった四人の速度は人間離れしていたのだ。すぐさま対応していなければ、本当にスポット全てを占有されていた可能性は否めない。
「しかし、その代償として全クラスのリーダーが共有されてしまった。これでは、無事に試験を乗り越えられたとしても、CPへの反映が望めない。俺たちAクラスはそれでも構わんが、他のクラスにとってはどうなのだ? 逆転の目が無いのだぞ」
「あら? そんなことはありませんよ。もしかして、お気付きではありませんか?」
葛城君の尤もな言葉に対し、坂柳さんは嗤って否定した。
まさか、どうにかする術があるのだろうか?
あると仮定し、考えてみる。今一度、先生から齎された情報を思い返し、思考を回す。回して、回して、思い至った。
「リーダーの、リタイア」
ポツリ。
我知らず、口から零れた。
その言葉は、思いの外に響き渡った。
「ええ、そうです。ルールでは、正当な理由なくリーダーは変更出来ない、とあります。ならば、『正当な理由』を用意すれば良いんですよ。『体調不良によるリタイア』は正当な理由です。この試験のテーマは『自由』ですからね。作戦上必要と判断したのであれば、『仮病によるリタイア』も学校側は認めるでしょう。――いえ、認めざるを得ないのです」
笑顔を浮かべたまま、坂柳さんは語る。
大半が驚き、呆気に取られている中で、そうでない人員も僅かにいる。全総君に櫛田さん、一之瀬さんなどだ。……つまり、彼らはとっくにその方法に思い至っていたことを意味する。
遠い。果てしなく遠い。確かに、私は自力で思い至ることが出来た。しかし、色々なヒントを与えられて、であることも事実なのだ。畢竟、私と彼らとの間には、頭の巡りでそれほどの差があるのだ。自分が『井の中の蛙』に過ぎないことを、否応なく思い知らされる。
「待たせた」
不意に、綾小路君の声がした。
見やれば、綾小路君以外にも、各クラスのリーダーの姿がある。
「いやあ、楽しかった、楽しかった。普段の学校生活だと、どうしてもセーブしてる部分が大きいからなあ。偶にはこうしてハッチャケねえとな!」
「完全否定は難しいけど、それでもあのタイミングは勘弁してほしかったかな」
「同感だ。お前の行動をきっかけに、各クラス揃って思惑を外されたんじゃないか?」
「訊くまでもないことだろう」
こちらを置き去りに、彼らは彼らで言葉を交わす。……鐘鳴君が責められる一方であったが。
しかし、それにしても驚きだ。この無人島を走り回ってきたというのに、彼らは殆ど息を切らせていない。つまり、それだけスタミナがあるということだろう。
それだけではなく、こういった足場に関しても慣れている可能性が高い。少なくとも、そこらの一般市民よりは。
一目見て分かる通り、地面は私たちが慣れ親しんでいるアスファルトやコンクリートのそれではない。むき出しの土なのだ。慣れていない分、歩くのも一苦労だ。
「さって。見るに、情報交換をしてたってところか、葛城」
「ああ。お前が俺たちに何の断りもなく、突拍子な行動を取ってくれたものでな。――それで、スポットはどうだったんだ」
「各クラスで偏りが激しくなったな。あらゆる意味で」
「……奥歯に物が挟まったような物言いだな」
葛城君が鐘鳴君を見据える。
それに対し、鐘鳴君は肩をすくめて答えた。
「事実だからな。……想像は付いてると思うが、スポットによって用意されてる救済処置は千差万別だったわけよ」
「例えば洞窟。中には特に何があるってわけじゃあなかったけど、あそこを占有すれば、少なくとも雨風は防げるね」
「例えばビーチ。あそこには海で遊ぶための遊具があったな」
「例えば滝。あそこには釣り竿があった」
「それは……上陸前にアナウンスのあった『意義ある光景』か」
各リーダーが順次答えていき、それを受けて葛城君が頷いた。
まあ、私には『意義ある光景』とやらが何なのか分からないわけだが。医務室で寝ていたのだから仕方ない。――それでも、何となくの想像は付く。要は、試験に臨む上で学校から与えられたヒントだったのだろう。
「ああ。で、だ。俺たちは当初、この無人島合宿についてどういう説明を受けていた?」
「当初? たしか、無人島に用意されたペンションで夏を満喫、だったか? 細部までは覚えていないが、そんな触れ込みだったような気がする」
確かにそうだ。まあ、今までの流れから大して信じていなかったけれども。実際、こうしてサバイバル合宿なんてものをやらされている。――いや、まさか!?
リーダー陣の勿体ぶったやり取りは、私たちに『ある可能性』を抱かせるには十分過ぎるものだった。
「これ以上勿体ぶっても仕方ないから言っちまうが、ペンションはあった。そんで清隆に取られた。……マジでやられたぜ。費用対効果では最大限の物を掻っ攫われたんだからな」
「けど、その代償にDクラスが占有したスポットは最小だ。まあ、仕方のないことかもしれないけどね」
「ペンションがある、と踏んで、途上のスポットを無視すればこその結果であることは否定出来ない。相応のリスクも踏んでいるから文句も言えない。素直に認めるしかないな」
「正直、ほんの少し迷ったがな。だが、数を占有するのは割に合わん。ほんの僅かと言えど労力がかかることは事実だし、いくらボーナスポイントを稼いでも無に帰す可能性があるからな。それよりは、ポイントの使用を最小限に抑える方がマシだ」
各リーダーが何を優先したか。そして、それぞれの『運』。緒戦は、それが如実に表れた結果になった、と言ったところか。
Aクラスを目指す者にとって、CPの獲得は最優先と言ってもいい。この学校に入った生徒の大半は、進路希望をほぼ叶える、というこの学校の謳い文句に惹かれた面があるのは否定出来ないだろう。
私はそれに対して特に思うところは無いが、また別の理由でAクラスを目指していたのは確かである。――そう、過去形だ。今の私は、何を目指すべきか分からなくなっている。いや、正確には、その方法に目途が付かないのだ。
兄さんへの『憧れ』が無くなったわけではないが、より優先すべきは『兄さんに認めてもらうこと』。それは確かだ。しかして、今までの方法だとそれが叶うことは無い。否応なく他の方法を模索するしかないのである。
まあ私の現状はどうあれ、Aクラスを目指す生徒は沢山いる、ということだ。我がDクラスは学校からの評価が芳しくない分、それが顕著だろう。二千万PPを稼いで移動する、という手段が無くはないが、非現実的に過ぎるため、端から切って捨てているのだ。――それを『非現実的』と判断するかどうかが、もしかしたら『実力』の違いなのかもしれないが。
綾小路君は、その例外ということだ。特段Aクラスを目指しておらず、その気になればPPで移動することも可能だと踏んでいる。加え、他者への執着が薄い。だから、余裕がある。だから、熱がない。
そう考えると、高円寺君も同じなのかもしれない。何せ、彼は『高円寺コンツェルン』の跡取り息子だ。その時点で一般市民とはかけ離れた『力』を持っている。卒業後、会社への採用を認めよう、相当分の現金を支払おう……そう言われて、PPの交換に応じない生徒がいるだろうか? 塵も積もれば山となるのだ。先輩を含めてB~Dクラスの生徒に話を持ちかければ、二千万ポイントを貯めることも叶うだろう。
全総君と櫛田さんも似たようなものだろう。ただ、綾小路君と高円寺君よりは、他者に気を向けている。無論、それにも限度はあるが、現状ではそれによってDクラスが救われている面があるのも確かだ。
私は――どうだろうか? 或いは、心の底から『非現実的だ』と認めていたかもしれない。だから、クラスでの成り上がりを目論んだ。そう言われれば否定しきれない。
そう。Aクラスに上がる、と息巻いていながら、その一方で自分の実力不足を認めていたのだ。そのくせ、理論武装で取り繕って、それから必死に目を背けていた。
まったく。考える度に自分の情けなさが浮き彫りになる。溜息を吐かざるを得ない。
自分の実力に自負を持ち、その一方で、自分に――『限界』に見切りを付けている。それが私だったのだ。
そんな者に、一体何が成せるというのか。いや、安定を得ることは出来るだろう。ただし、大望を果たすことは出来ない。
なるほど。何となく見えた気がする。
まず私がすべきは、自分を信じることなのだろう。自分の限界はここではない、と心から信じることなのだ。そして、そのための手段を模索し、実行する。それが出来て、初めて私はステップアップ出来るのだ。
ああ! ああ! 自分を縛りつける、くだらない『倫理』や『常識』など取っ払ってしまえ! 私は!
ギシギシ。ギシギシ。……身体のどこかで音がする。或いは、音を立てているのは身体ではなく心か。
「学を見習えよ」
「お兄さんを見習ってちょうだいね」
学を、お兄さんを、学を、お兄さんを……その言葉が何度もフラッシュバックし、その度に私の身体は時を遡っていく。中学生、小学生、園児へと。
そして、園児の私を中心にして、その言葉が木霊する。学を見習え、お兄ちゃんを見習え……と。何度も何度も何度も何度も。
流石に我慢出来なくなって私は叫んだ。
「煩い! 五月蝿い! ウルサイ! うるさい……!」
私の反発に呼応してか、その声も徐々に聞こえなくなった。……それが痛いような、心地良いような、不思議な感覚だ。
そして――バリン。
音を立てて、ナニカが砕けた。
一体ナニが砕けたのだろう。私を縛りつけていた、目には見えない『鎖』か。或いは、私自身か。
そう思うと同時、私の身体は元の高校生のソレに戻っていた。
しかし、そんなことはどうでもよかった。
ああ、何ということか!? 世界は、こんなにも気持ちの良いものだったか!? 世界は、こんなにも色鮮やかに映るものだったか!?
歓喜! そう、今のこの身は、ただただ歓喜に包まれている!
「……堀北?」
綾小路君が、怪訝そうに私を見つめてくる。――いや、綾小路君だけではない。鐘鳴君が、白浜君が、坂柳さんが……各クラスにおいて『実力者』と見做されている人たちが、軒並み私のことを見つめている。
ああ、そうだ! 人よ! 世界よ! もっと私を見ろ! 私は!
私は堀北学じゃない! 堀北学になれやしない! 私は――堀北鈴音だ!
「何かしら、綾小路君」
「……いや。何か、雰囲気が変わったか?」
「フフ、そう見える? そうかもしれないわね。今はとても気分がいいの」
紛うことなき本音である。
実に不思議だ。気の持ちよう一つで、こんなにも変わるものなのか。
今までは綾小路君たちが巨大な壁のように見えていた。――それがどうだ。今ではそんなこともない。見え方がまるで異なっている。
色合いは違えど、それぞれの身からオーラが迸っているように見える。グルリと見渡すと、それは彼らに限ったことじゃない。この場の全員が、大なり小なりオーラを纏っている。私もまた、同じように。
察するに、これは私の感じているそれぞれの『実力』か。まるでオカルトやアニメだが、見えているものは仕方がない。
無理矢理に説明付けると、『五感と六感が複合的に働いた結果、そのように見せている』といったところか。一言で断ずるならば『錯覚』となるだろう。
まあ、そこの真偽はどうでもいい。役に立つなら使うまでだ。……ずっとオーラが見えるようだと、それはそれで困るけども。そこについては、要検証・要練習だろう。
オーラ量の多寡、勢いの大小はあれ、それを纏っているのは須らく『人間』だ。そこらの樹には一切オーラが見えない。
ならば、やれるだろう。確かに、量、勢い共に、今の私は綾小路君たちに劣っている。それは否定しない。否定しないが、それが『敗北』に直結するわけではない。いや、極論を言えば負けてもいいのだ。ただ、『負け方』に気を付ける必要があるだけで。
だがその一方で、私だって人間だ。一端の感情がある。負けたままで黙ってなんていられない。私は私を信じ、Aクラスを目指す。
そのためにも――
「さあ、新たに『
私は両手を広げ、高らかに宣言をした。……なお、後ほど後悔して地面を転がったのは余談である。有体に言って『黒歴史』だ。俗に言う、気分がハイッ! という状態になっていたのだ。
あんなお兄ちゃんを持てば、周りから、見習え、見習え、言われ続けるんだろうな……と。
幼い頃からそんな環境に身を置き続ければ、どこかしら歪んでいてもおかしくはないだろうな……と。
本作の鈴音は、『実際に歪んでいたけど、本人にその自覚はなく、周りからもそうは見えていなかった』という解釈です。
『兄への憧れ』を軸にして現実逃避的に視野狭窄を引き起こし、軸が軸であるために周りからは『ブラコン』としか見られなかった。……言葉にすればそんな感じです。