高度育成高等学校に入学して翌日、早朝。
僕は改めて自分の記憶を振り返ってみたが、やはり前世のことは覚えていない。名前、家族構成、どのように生きどのように死んだのか、そういった諸々がサッパリだ。
今生を生きるに当たりそれはそれで助かっているのだが、何故、僕は『白浜兼一と風林寺美羽の息子』という要望を出したのか?
前世の記憶はないが、残っている知識はある。特に、転生体のベースとなった作品――『史上最強の弟子ケンイチ』についてはそこそこ覚えている。
武術の才能はないが、他の才ある者たちに努力で並び立ち、引いては、敵味方を問わず人を惹き付ける魅力を有する主人公。無意識に相手の逆鱗を踏み抜く特性を有しているが、結果的に見れば、それが一足飛びに距離を縮めているのも事実。
一方、主人公以上の才能と実力を持ち、引いては、それが学力や家事全般、経済観念にまで及ぶ万能ヒロイン。
その両者の良いとこ取りを出来れば、そりゃあそこまで生活に困ることはなさそうだ。実際、そこまで困っていない。武術の鍛錬は辛いが、同時に楽しくもある。面倒事も降りかかるが、規模が違うだけで、それはどんな家に生まれたって同じだろう。
以上を鑑みると、希望を出したところで何の不思議もない。理論上はそういう結論に落ち着く。
「さて、取り敢えず鍛錬しますか……」
無理を言って入学した面があるのも確かだから、疎かにするわけにはいかない。一応、調べたいことがあるから早めに切り上げなければならないが。こちらもまた、安定した学校生活を送るためには疎かに出来ないのだ。
ストレッチとランニングで早朝鍛錬を切り上げ、身だしなみを整え、朝食を済ませて学校へ向かう。
旨い話には裏がある、なんてのは今更言われるまでもない。ポイントの説明に関しても怪しい部分があったし、だとするならば謳い文句も同様だろう。『希望する進路にほぼ百%進むことが出来る』なんて、どうぞ疑ってください、と言わんばかりだ。
とはいえ、世の中は千差万別、十人十色。疑わない者だっている筈だ。もしかしたら、一月で全てのポイントを吐き出す者だっているかもしれない。そういった者が、果たして生活を続けることが出来るだろうか? 学校側にとって、残す意味があるだろうか?
可能性が皆無とは言わないが、限りなく低いだろう。各学年各クラスの教室を見ることで――正確には机の数を数えることで、参考にしようというわけだ。
まずは自分たち新一年生だが、机の数が一致していれば、各クラスの生徒数は同一である、と判断出来る。後はそれを二、三年生にも当て嵌めればいい。机の数が不一致であれば、それだけ『学校からいなくなった生徒』がいることを意味する。各クラス均一ならばまだしも、偏りがあるようならば、それだけ出来の悪い生徒が在籍し、容赦なく退学させられた、と仮説を立てるには十分だろう。
自室を出て、エレベーターへ向かう。丁度稼働中であり、誰かが下りてくるようだ。相乗りさせてもらうとしよう。満員ならば階段を使えばいい。
「あれ? おはよう、白浜君。こんなに早くから学校に行くの?」
「おはよう、一之瀬さん。ちょっと調べたいことがあってね」
エレベーターの中にいたのは、クラスメイトの一之瀬帆波さんだった。誰もが認めるだろう美少女であり、立派な胸部装甲を持っている。性格は把握しきれてないが、その一点だけで是非ともお近づきになりたい人物だ。……自分も男である。馬先生ほどはっちゃけてはいないが、少なからず影響を受けているのも事実なのだ。
彼女は未だ私服であることから推測するに、ロビーの自販機にでも行くのだろう。
エレベーター内で会話を交わす。
「調べものって?」
「うん。全学年全クラスの教室を見たくてね。これだけ時間が早ければ、先輩も少なそうだし」
「ふぅん? ……ねえ、私も一緒に行っていい?」
「構わないけど、支度は手早くしてね? 出来れば、同学年にもあまり気付かれたくはないからさ」
「うん、分かったよ。じゃあ、ゴメンだけどロビーで待っててくれる?」
一階に到着し僕を吐き出すや否や、エレベーターは再び上へ向かって行く。結局、一之瀬さんが下りることはなかった。もしかしたら邪魔をしてしまったかもしれない。
「けど、一之瀬さんか……。どっかで会ったことがあるような気がするんだけど、気のせいかな?」
一之瀬さんを待つ間、記憶を漁る。あれほどの美少女となれば早々忘れないとも思うのだが、時間の経過と共に薄れていくのも否定出来ない事実だ。出会った時とは印象が違う可能性もあるだろう。しょっちゅう出会う相手でなければ、抱く印象なんて簡単に移ろうものだ。特に女性の場合、化粧一つで見かけのイメージはガラリと変わるのだから。
「ゴメン、お待たせ!」
記憶を漁っている内に、そこそこの時間が経っていたようだ。若干息を切らしつつ、一之瀬さんがエレベータから降りてくる。
「いや、そんなに待ってないよ。――ところで、一之瀬さんって僕と会ったことがあるかな? どうも記憶に引っ掛かるんだけど……」
考えても分からないので、歩きながら素直に訊いてみることにした。記憶違いなら、それはそれで構わない。思い出せないことや勘違いを続けることこそ、相手にとって失礼だろう。
「あ~、覚えてくれてないかぁ。いやまあ、記憶に引っ掛かってるだけでもマシなのかな? ……ねえ、白浜君。昨年、デパートで出会った女の子をモデルに絵を描かなかった?」
その言葉に、記憶が刺激される。集約する。そして、思い出した。
「ああ! そうか、一之瀬さんはあの時の女の子か! いやあ、思い出せてスッキリしたよ。――それにしても、一之瀬さんもよく僕のことを覚えてたよね」
「そりゃあね。危うく道を踏み外しそうになったところを救ってもらったんだもん。モデルをするに当たってキチンと書類を用意してくれたから、お母さんの説得も簡単だったし。ばかりか、後日になってから何かの賞に受かったとかで、賞金の半金が書かれた小切手まで送られてきたし。正当な理由があったから断るに断れないし。これで忘れろって言う方が無理があると私は思うな」
ニコニコ笑顔で一之瀬さんは言うが、纏う空気がちょっと怖い。しかし、甘んじて受けるしかないだろう。
僕としては、女の子が万引きを行おうとしていることに気付いた以上は見過ごせなかったし、話を聞いて何とか出来る手段があったから何とかしただけだ。一之瀬さんにもモデルを務めてもらったので、代価としては正当である。そして、賞金の半額を送った時点で、僕にとっては終わった事だったのだ。
ただし、それはあくまでも僕にとっての見方である。一之瀬さんにとってはまた違う、という話だ。
事の仔細を思い出せば、それも納得である。救い主がそのことを綺麗サッパリ忘れていたとあっては、救われた方としては複雑だろう。
言い訳をさせてもらうならば、『人助け』は僕にとってそう珍しいことではなかったのだ。父親から継いだお人好しなところが働くのか、度々困っている人に遭遇した。その一方で、母親から継いだ天才性が働けば、どうとでも対処可能だった。たとえ個人での解決が無理でも、人脈を頼れば問題なかった。
つまり、一之瀬さんの心情がどうあれ、僕にとっては『数ある内の一件』でしかないのだ。これで仔細を覚えていろと言う方が無理である。思い出しただけマシというものだ。
そうこうしている内に学校に着いたので、教室に荷物を置き、予定通りに各クラスを回る。人がいないため、思いの外スムーズに終わった。長居は無用、と教室に戻る。
「結果は一目瞭然……だね」
「これは……」
一之瀬さんは言葉を失くしているが、一年生以外はどのクラスも机の数に差異がある。二年生は特に顕著だ。付け加えれば、全体的にCやDの机が少ない傾向にある。
「考えられる可能性としては、評価基準を満たさない生徒は容赦なく切り捨てているんだろうね。生徒を実力で評価する、という言葉には反していない。ポイントだってタダの筈はないし、当然と言えば当然の処置だ。
もっとも、それをチェックするにも、人の目には限りがある。敷地内のあちらこちらに沢山の監視カメラを仕掛けているのは、それを補うためだろうね」
僕は教室の天井――監視カメラを指差した。
一之瀬さんが天井を見上げ、顔を戻すのを確認してから言葉を続けた。
「授業態度、コミュニケーション能力、学力、運動能力、思考能力……社会に出て必要とされる能力は山のようにある。話を真面目に聞かない奴は論外だけど、話を真面目に聞いていても能力が足りなければ意味がないのも、また事実。周りに迎合するのも必要だけど、時と場合によっては断固とした態度を取る必要もある。……例を挙げればキリがない。
そして、昨日の説明の際に先生は言葉を濁していたけど、ポイントは毎月変動だろうね。それも、おそらくはクラス単位での評価。このポイントの上下運動によって、クラス自体が入れ替わるシステム。
つまりは、Aクラスが学校評価で最優秀な生徒たちで、Dクラスは劣等生の集まり。そう考えれば、CとDの机が少ないことにも説明が付く。ただ、あくまでも学校評価でしかないのも事実。だからこそ、変動が考慮されている。……故に、この学校の謳い文句が適用されるのも、Aクラスだけと見るべきだろう。
あと、大まかにはクラスごとに傾向があるかもしれないね。Aクラスは『器用貧乏』、Dクラスは『一能突出』といった具合に。もちろん例外もあるだろうけど……」
推測を語っていけば、一之瀬さんは絶句していた。呆っとした表情でこちらを見つめている。……美少女に見つめられると、何か照れる。
「一之瀬さん?」
「え? ……う、うん! 聞いてる聞いてる! 大丈夫大丈夫! ――けど、凄いね白浜君って」
「そう? ――うん、そうかもしれないね。周りに凄い人が多かったから、その影響も大きいんだと思うよ」
最初は首を傾げてしまったが、自分を客観的に評価すれば、確かに『学生』という枠を飛び越えている部分は多いだろう。
母方の血の影響故に、この身体は武術以外にも多大な才能を有している。それこそ、響にだって劣るまい。
そんな奴が幼い頃からあれもこれもと興味を示した結果、猫可愛がりするかの如く教えてもらったのだ。特に母方の祖父と岬越寺先生には色々とお世話になった。馬先生にもお世話になったが、出来る分野であの二人には及ばないのも事実である。
まあ、そんな『英才教育』を受けたのが僕なのである。加えると、そこに父親譲りの『努力する才能』が加わっている。師匠方には及ばないにせよ、そこらの学生は凌駕しているだろう。
「確かに、絵で賞を取って大金貰ってたもんね……」
僕の言葉に対し、一之瀬さんは遠い眼をして頷いた。
「ああ、そうそう。僕のことは翔で良いよ。名前で呼ばれる方が慣れてるからさ」
「そう? それじゃあ、翔君って呼ばせてもらうね。私のことも帆波で良いよ」
「じゃあ、帆波さんで。……それで話を戻すけど、学校生活の対策として、まずはポイントを節約する方が良いだろうね。間違いなく、機会としてはマイナス評価の方が多いから。プラス評価として考えられる機会は、定期試験とか行事とかしかないんじゃない?」
「御尤もだね。分かりやすいところで、授業態度に廊下の走行。確かに、マイナスの機会の方が多そうだよ。……となると、授業態度が悪くても注意されない可能性の方が大きいかな?」
「たぶんね。楽な環境に溺れる奴はお呼びじゃないと思うよ? 一ヶ月後、ポイントの下降変動を以て、否応なくその『現実』に直面する。それが、この学校のシナリオなんだと思う。
だからこそ、学校の思惑を見破った者には『ご褒美』があるかもしれない。むしろ、実力を評価するというのなら無い方がおかしい」
「引き換えに、周りに対する口止めを強いられる。そんなところかな?」
「可能性でしかないけどね」
ああ、このやり取りが楽しくて仕方ない。相手が帆波さんのような美少女なら尚のことだ。
中学の時も友人はいたけれど、誰もが誰もポンポンと言葉を返してくれるわけじゃなかった。それでその人の魅力が損なわれるわけじゃなかったけど、不満に思ったのもまた事実。その点に置いて、帆波さんの思考能力は悪くない。
「さて。次は帆波さんの方から題材を上げてみようか。対策として他に考えられること、先生の説明で気になった部分、何でも良いよ」
「……じゃあ、翔君のことが訊きたいかな。友だちのことを碌に知らないってのもおかしな話だし」
「ハハ……。確かに尤もだ。それじゃあ、僕のことを話そうか。まあ、言えないこともあるけどね。質問形式で答えるよ」
「それじゃあ、交互に質問して答えよっか。知るだけでなく、知ってほしいし」
そうして、他のクラスメイトがやって来るまで、僕と帆波さんは質疑応答を繰り返すのだった。