ようこそ、逸般人たちのいる教室へ   作:山上真

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29_龍園翔:03

 無人島試験も早や五日目を迎えた。

 試験開始早々に起こされた鐘鳴の行動により当初の目論見は崩されてしまったが、これはこれで旨味がある。

 無人島故の不便さに不満を持っている奴らもいるが、言っても一週間のこと。半強制的に全クラスで協定を結ぶことになり、飯に困ることもなければ、日中は各自自由に過ごすことも出来ている。

 救済処置の一点で捉えれば、Dクラスの占有したペンションは最上だ。水洗トイレ、風呂・シャワー、調理器具……例を挙げればキリがないほどに揃っている。それを独占するのならば、他クラスからの羨望が怨嗟となってDクラスへと向かうだろうが、協定により他クラスが使うことも可能となっている。

 あとは、高円寺が早々にリタイアしたことも大きいだろう。他クラスも細々とポイントを消費しているが、Dクラスは一気に30ポイントの消費である。元々CPが一番低いことも相俟って、怨嗟が抑えられている面があるのは否定出来ない。

 結果、総じて見れば『サバイバル合宿』は『アウトドア合宿』へと成り代わった。精神的な余裕があるから、火起こし一つ取っても、文明の利器に頼らずにやってみようとする。焚火で魚を焼いてみようとする。日がな一日のんびりと魚釣りに勤しもうとする。……ヌルい環境故に団結力が育まれているのは、一体どんな皮肉だろうか。

 ここまでを見越して動いたのだとしたら、素直に称賛ものだ。鐘鳴とは知らぬ仲ではないが、関係性は薄いと言わざるを得ない。必然、周囲からの評価が判断材料となるのだが、だからこそ判断が難しい。バカと天才は紙一重、とはよく言ったものだ。

 緋勇を始め『道場』の奴らは、これ幸いと環境に即した修行を課せられている。中には門下生同士による対人試合もあり、娯楽の少ないこの環境下において一種の興行と化している。

 何度か試合を見学したが、なるほど、見事なものだ。まあ、不満点がないではないが、それは外野が言うことではないだろう。

 

「現状では白浜が一強、次点が櫛田、僅か下に鐘鳴、緋勇、全総、綾小路が横並び、大きく差が開いて軽井沢、更に開いて坂柳。純粋に『武術』で評価するならこんなもんだが――しかし、これに『氣』が加わると流石に変動するか。

 にしても緋勇の野郎、ああも『氣』を教え込みやがって。俺たちの流派の強みを何だと思ってやがる」

 

 正直、それについては文句を言っても良いだろう。緋勇の行動に理解を示さんではないし、すぐさま取って代わられることもないだろうが、それはそれだ。

 所詮、あの道場の奴らは、一時を共にしているだけの『寄り合い所帯』に過ぎないのだ。畢竟、それだけ多くの流派に氣が伝わることを意味している。先を見据えれば、つまりはそれだけ『龍技』の強みが減る可能性があることは否定出来ない。

 

「まあ、起こっちまったことは今更か」

 

 深呼吸して氣を落ち着ける。そも、『陰』の使い手は多いし、冷静に考えれば『遅かれ早かれ』だ。他の使い手から広まる可能性は、決して否定出来ない。単に、自分のすぐ傍で起こったから、アテられてしまったのだろう。

 それはそれとして、学校生活の方も考えなければならない。

 仕方のない部分があるとはいえ、初手が初手だったために、自分に対するクラス内の支持率が高くはないのが現状だ。それでも徐々に認められてきてはいるが、やはり言葉遣いや手法の荒さがネックになっているのは否めない。

 まあ、それを変えるつもりはないわけだが。人気取りのために自分の長所を潰したところでどうにもならん。

 それに、素の自分を認めている奴が少ないながらにいるのも事実。最優先は『CクラスをAクラスに上げたうえで卒業すること』。それを念頭に置けば、『名』や『実』の在り処などどうでもいい。

 しかし、クラス内の方針はそれで良くとも、クラス外に対してはそうもいかない。

 地力を上げました。見事逆転してAクラスに上がりました。そのまま卒業を迎えました。――などということは、現実的に考えて有り得ない。可能性を否定はしないが、ゼロに等しい。

 ならば、他クラスとの『繋がり』は有って然るべき。それも、ある程度は厳選しなくてはならないが。誰でもいいわけではないのだ。

 その中で俺が選んだのは、Aクラスからは松雄栄一郎、Bクラスからは神崎隆二、Dクラスからは堀北鈴音だ。

 この三人を選んだ理由は簡単だ。目的が俺と同じと踏んだからだ。自クラスをAにした上で卒業する。この一点が一致していれば、時には協力も成り立つ。

 特に、何が理由か知らないが、この無人島試験の初日に松雄と堀北は化けた。そして今の二人であれば、信が置ける、というものだ。

 

「この状況で余所事を考えるなんて、余裕があるわね」

 

 パチリ。

 軽い音を立てて、盤に駒が置かれた。置いたのは鈴音だ。ここはDクラスが占有したペンションであり、俺たちは遊具として用意されていた将棋を打っている。視界を移すと、同じようにボードゲームに勤しんでいるAクラスの松雄、Bクラスの神崎、Dクラスの佐藤、松下の姿もある。……興行見物に人が出払っているからこそ可能なことだった。

 

「ハッ、実際に余裕があるからな」

 

 パチリ。

 こちらもまた打ち返す。将棋は得意な方だ。囲碁にチェス、オセロなども。

 何せ、育った環境が環境だ。山の中ともなれば、娯楽の類は限られている。まあ、この御時世故にきちんと電気は引いてあったし、テレビゲームの類も無いではなかったが、それらの大半は脳トレや戦略ゲーに偏っていた。そして、自分の移動可能範囲にゲーセンの類は無かった。あるとすれば個人経営の雑貨店くらいなもの。だが、それで何が困るということもなかったのだ。

 武術を鍛えるには、武術だけを学べば良い、というものではない。色々な要素が付随して成り立っているのだから当然だ。『読み』もまた、その一つ。

 そして、『読み』を鍛えるには、これらのボードゲームが打ってつけだったという話。

 

「言ってなさい」

 

 パチリ。パチリ。パチリ。パチリ。……駒の応酬が続く。

 実際、堀北は大したものだ。こうして打っていれば、本当にそう思う。素人であることを自任していたし、事実、打ち筋は素人そのものだ。しかし、成長がハンパなく早い。あらゆる手を惜しみなく試し、その結果を即座に反映させている。なるほど、あの生徒会長の妹だけはあるだろう。

 だが、それだけに解せない。何故、これほどのポテンシャルがあって、今まで名が響いていなかったのか?

 

「柵に囚われて雁字搦めになって、憧れすらも知らずのうちに呪縛と化していた。……言ってみればそれだけのことよ」

 

 そして、これだ。

 俺の思考を読んでいるかのように、不意に確信めいたことを口にする。

 

「貴方も知っての通り、兄さんは凄いわ。私も幼心にそう思ったし、憧れるのは道理と言えるでしょうね。――問題があったとすれば、兄さんを認めるのは私だけじゃなかった、ということ。両親、隣近所の住人、学校の先生……多くの人が兄さんを褒め称えたわ。

 そして、その多くの人たちは、結果として私に兄さんを見習うことを強制した。――まあ、向こうがそう感じているかは分からないけどね」

「……ああ、なるほどなるほど。そういうことなら納得だ」

 

 堀北の説明で腑に落ちた。

 一面だけを見て短絡的に評価を下し、それを追いかけることを強要する。……まあ、流れとしてはよくある話だ。必ずしも間違っているわけじゃないからタチが悪い。

 そして堀北は、見事にその餌食になってしまった、ということだ。あの生徒会長を思い返せば、周りの行動にも逆に納得しかない。

 しかし、堀北と生徒会長は兄妹であっても別人だ。当然、得意分野も苦手分野も違って道理。その単純明快な事実を見逃せば、デッドコピーにしかならないだろう。

 だからこそ、その抑圧を跳ね除けることが出来たならば、見違えて映っても仕方あるまい。抑圧・強制されたもので得た結果だとしても、それに費やした努力が無に帰すわけではないのだ。むしろ、その過程があるからこそ、元来のそれより穴がない、とも言える。

 今の堀北を一言で言えば、以前に比べてお行儀が悪くなった、となる。――その反面、行動の一つ一つに余裕が生まれている。

 同時、選択肢の幅が広くなった。『Aクラスへと逆転する』を免罪符に何を成すか分からない怖さが生まれ、それを制限としてブレーキがかかっている。

 分かりやすく言えば、『利己』と『利他』で上手い具合にバランスが取れているのだ。個人的には、こういったタイプの方がビジネスライクな意味では付き合いやすい。

 

「さて、これで詰みだな」

 

 パチリ。

 駒を動かして宣言をした。

 

「…………負けました」

 

 堀北は盤面を凝視し、やがて敗北を宣言した。

 片付けを敗者に放り投げ、視線を他に向ける。

 松雄は佐藤と、神崎は松下と打っているが、その内容はまるで真逆。松雄と佐藤の盤面は一方的だ。他方、神崎と松下の盤面は中々に白熱の展開を迎えている。

 片付け終えた堀北もやって来て、両局の盤面を覗き込む。その表情は真剣だ。――まったく。中々どうして、勝ち気な女というのはそそられる。

 しかし妙だ。果たして、佐藤の奴はここまで弱かったか? いやまあ、確かに弱いは弱いが、以前に俺と打った時はもう少しマシだった気がする。少なくとも、時間をかけてゆっくり悩めば、ここまで酷くなることもなさそうなもんだったが。

 表情を窺うと、松雄は困り顔。佐藤は見るからにパニクっている。

 なるほど、そういうことか。

 松雄としては、指導の意味合いが強かったのだろう。冷静に考えれば、十分に対処出来る。そんな打ち筋だった筈だ。

 対する佐藤は、難しく考えすぎてしまってドツボにハマったパターンだろう。

 元より指導の意味合いが強ければ、ミスもまた許容範囲。そうして続けた結果、佐藤の方はミスにミスが重なり、ここまで一方的になったと見た。

 であるならば、二人の表情も頷ける。意図したことが全然出来ていないのだ。そりゃあ松雄も困惑するだろうし、佐藤もテンパるだろう。

 

「……うん。ここまでにしようか」

「うう~、ゴメンね、松雄君」

 

 そうして、松雄と佐藤の盤面は決着が付いた。……まあ、無理もない。あれ以上続けたところで何の益も無いだろう。

 

「……負けました」

「ありがとうございました」

 

 それから程なく、神崎と松下の対局も終わった。僅差で松下の勝利だ。

 全員の対局が終了したなら、軽く感想を言い合う。

 

「堀北については特に問題はねえな。素人としては上々だ。思いついた手を試すことも怖がらねえし、あとは年季と経験だろ。……これでも、こっちは小学校の時から周りの大人と結構打ってたんでな」

「経験の無さを言及されたら言い返せないのだけど、敢えて言うのなら、龍園君の打ち筋はイヤらしく感じたわね。頑張って打ってみたけど、終止翻弄されたイメージがあるわ」

 

 まずは俺と堀北から。

 

「佐藤さんは……率直に言って、考えて打つのは向いてないね」

「ガーン。……まあ、分かってたけどさ」

「勘違いしてほしくないのは、決して下手じゃないってこと。言ってみれば『本能型』の打ち手なんだろうね。佐藤さんの場合、一々考えずに感覚で打った方が良い結果を残せるんだ。

 実のところ、この数日間で何度か打ってみて色々と惜しい部分があったから、それを埋めてもらおうと思ったんだけどね」

「それって、遠回しに『頭を使うのが向いてない』って言ってるんじゃん! うう……悔しいけど否定出来ない」

 

 次に松雄と佐藤。

 佐藤が賑やかだが、俺としても同意見だ。

 世の中、理論も何もかも素っ飛ばして『正解』に手を伸ばしちまう人間もいる。こういったボードゲームにおいては、佐藤もまたこのタイプなんだろう。ただ、慣れてなく、経験も足りないが故に視野が狭いのだ。

 仮に、佐藤がボードゲーム以外でもこの手のタイプだとしたら、場合によってはとんだ伏兵になる。

 

「俺たちは……何か言うことがあるか? 松下」

「無いんじゃない? どっちもどっちで色々と試してみた結果、今回は私に軍配が上がっただけだと思うよ?」

「……だな。俺としてもそんな感じだ」

 

 そして、神崎と松下。

 この二人は、ある種の壁にぶち当たっている感じだな。

 まあ、周囲にいる奴らの影響もあるんだろうが。白浜に一之瀬、綾小路に高円寺に全総に櫛田、あんな奴らと一緒のクラスとなれば、そりゃあ受ける影響も大きいだろう。無論、この場に一緒いる俺たちの影響も否定はしない。

 なまじ、ある程度までは一人で熟せてしまう能力があるから、逆に攻略の目途が付かない感じか。傾向としては器用貧乏タイプだ。

 加え、堀北が化けたことで、より焦燥感が増していると見た。

 こういう場合、壁を高く見積もりすぎていることが多い。すぐ横に乗り越えるには手頃な大きさの壁があるのに、目の前の壁が大きすぎて他の壁に目が向いていないのだ。

 この絡繰り、早い奴はアッサリと気付くし、遅い奴はどこまでも気付かない。

 さて、この二人はどっちかな?

 俺は、密かに二人の苦悩を愉しんだ。

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