ようこそ、逸般人たちのいる教室へ   作:山上真

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03_緋勇龍也:01

「おはようございます。お早いですね?」

 

 教室に入るなり、そんな言葉で迎えられた。

 確かに早い方ではあるが、言う程の時間でないとも思う。ただ、クラス内には自分と彼女の姿しかないため、言葉に矛盾が無いのも確かだ。

 

「うん、おはよう。坂柳さん――で良かったかな?」

 

 記憶を漁り、返事を返す。

 うちのクラスは、見るからに『武闘派』というか、『不良』というか、『反抗的』な生徒が目立つ。それがこのクラスの特色なのかもしれないが、そんな中にあっても異彩を放つ人物はいる。その一人が、この少女だ。肩ほどまでの白銀の髪と合わせ、紛うことなき美少女と言えるだろう。

 席としてはご近所さんである。

 

「ええ、合ってますよ。そちらは、緋勇さん――で合ってましたか?」

「間違いないよ。――ところで、俺が早いというなら、君はよっぽどだと思うけど? まあ、俺は勉強のためだけどね。平均かそれ以上に出来る自信はあるけど、この学校の方針を鑑みると少しばかり心許ないんだ」

 

 紛うことなき本音である。昨日、四人で軽く勉強もしたけど、ダントツでビリだったのだ。危機感を刺激されても仕方あるまい。

 勉強をするのを苦とは思わないが、だからこそ、家でやると止め時を忘れて遅刻する可能性が否めなかった。それを防ごうと思えば、学校でやるしかあるまい。

 

「あら? 真面目ですね」

「そうでもないよ。――ところで、そっちの理由は教えてくれないのかい?」

「フフ……。女の秘密を知ろうだなんて、割と大胆ですね」

「仲を深めようと思えば、時にはそういった態度も必要だろう? ――まあ、教えてくれないならそれでも良いさ。当初の目的に移らせてもらう」

 

 言い置き、教科書に目を向ける。流石に昨日の今日で問題集など買ってはいない。である以上、どうしたって教材は教科書となる。

 

「やれやれ、もう少し会話に付き合ってくれてもバチは当たりませんよ?」

「同意しよう」

 

 言って、教科書を閉じた。

 

「おや、勉強はもうよろしいのですか?」

「どうにもね。教科書だと手応えが感じられない。これじゃあ、やるだけ無駄だ」

 

 目をパチクリとさせて問いかけてきた坂柳に対し、正直に答える。

 

「というわけで、会話をしようか。……そうだな。君がこの時間から登校しているのは、歩くのに時間が掛かるから、でどうだい?」

「ッ……!? 驚きましたね。どのような理由で、そう判断しましたか?」

 

 こちらの投げかけた質問に対し、坂柳は息を呑んで驚愕を露わにした。どうにか意趣返しが出来たようだ。揶揄われるのは構わないが、揶揄われるだけ、というのは勘弁願いたい。

 

「いくつかある。まず第一に、君がただ席に座っているだけだからだ。俺のような勉強目的ではなく、校内の別の場所に用があるわけでもない。まあ、既に用を済ませた可能性は否めないが……。

 第二に、君はアンバランスだ。佇まいを見るだけで、君の身体がある程度鍛えられていることは分かる。その割に、何と言うか……本当に鍛えただけ、という感じなんだ。

 以上の理由から、君は頭の良さに自信があると見た。少なくとも、高校一年の内容に関しては、勉強せずとも済むほどには。……まさか、勉強しようとしておいて俺のような間抜けを晒す奴がそうそういるとは思えないしな。

 そして、身体のどこかに不調を抱え、長らく闘病生活を続けていたと判断した。身体を鍛えたのは、治療なり手術なりに必要な体力を備えるため。……元より身体を動かすことが目的でないのなら、アンバランスさにも納得だ。

 おそらくは余程の難病。不調が治ったのもごく最近で、現在は経過観察の状態にある。

 この時間から登校していることを考慮すると、この学校に入学するに当たって無理矢理退院したか、『歩く』という行為自体に慣れていない可能性が挙げられる。そう、前以て通学に時間がかかることが分かっていたから、早い時間に寮を出て、早い時間に到着したんだ。――どうだい?」

 

 口に出さなかった理由に、岬越寺先生の存在も挙げられる。聞いた話、岬越寺先生は優れた柔術家というだけではなく、優れた芸術家にして優れた医師でもあるらしい。他の医師が匙を投げた病状も治してのけたことがあるとか。

 どうせなら、『一石二鳥』や『一挙両得』を狙いたいのが人の性というものだ。『お目付け役』として受け入れる『達人級』が谷本先生と岬越寺先生だったのには、そういった裏事情もあったと考える方が筋も通る。谷本先生は鍼灸や漢方も学んでいるらしいし尚更だ。

 

「フ、フフ、フフフフフ、アハハハハハハ……ッ! 見事です! お見事ですよ、龍也君! 貴方のことが気に入りました。私のことは有栖と呼んでください。

 仰る通り、私は知力にこそ自信を持ってますが、幼い頃からずっと、杖を使っての歩行を余儀なくされていました。先天性の心疾患を抱えていたんです。

 そんな中、父が方々に手を尽くし、漸く見つかったのが先生でした。先生はそれまでの医師とは違いました。諸々の条件が必要にはなりますが、『治る』と断言してくださったのです! 私は自身を『天才』と自負していましたが、だからこそ身体面がコンプレックスでした。そこに論拠を提示されたら、鼻先に人参をぶら下げられた馬と同じです。先生と、その協力者を信じて取り組みましたとも。

 身体を鍛えるのは先生の監督下にある状態でのみ。身体の内部を鍛えるために、漢方も山ほど飲みました。無論、先生方にも都合というものがありますから、付きっきりというわけにも参りません。おかげで時間は掛かりましたが、結果はこの通りです。未だ万全とは言えませんが、杖無しでの歩行が叶っているのです! 

 ただ歩く。たったそれだけの行為が、今の私にとってはこれ以上ないほどに嬉しく、幸せを噛み締めているわけです! ――もっとも、慎重を期す必要があることには違いありませんが」

 

 有栖は狂ったように笑い、歓喜の声を上げた。どうやら、指摘が良い方向に働いたようである。場合によっては、弱みを握られた、と頑なになる可能性も否めなかったのだ。

 

「……コホン。失礼。つい、気が昂ってしまいました。

 龍也君は学力に自信がないとのことでしたが、『見』に関しては目を瞠るものが有りますね。まさか、ほぼピンポイントで当てられるとは思いもしませんでした。――お言葉から察するに、身体を鍛えておいでで?」

「家伝の古流武術をね。まあ、師たる父が亡くなってからは、専ら自主学習がメインで、たまに分派した流派と模擬戦をやるくらいだけど」

「なるほど。私の場合は太極拳を齧っていますが、精々が健康運動としてです。状態が良好になれば、もう少し教えてもらえる約束を先生方に取り付けてはいますが、先は長いですね」

 

 素直に頷いた。

 

「さて。龍也君の『見』がどこまで効果を発揮しているのか、もう少し確認させてください」

「この学校の制度について話し合おう、という解釈で良いかな?」

 

 有栖は答えず、笑みを深めるだけだった。

 

「毎月のポイントは変動制である」

「それも、おそらくはクラス単位の評価でしょうね」

「授業は真面目に受けた方が良い」

「私語や携帯操作などは以ての外でしょうね」

「廊下も徒歩移動を心掛けるべきだ」

「廊下を走ってはいけません、というのは小学生の時から言われてることですしね」

 

 ポンポンポンポン、こちらが言葉を投げかければ、有栖は即座に相槌を打ってくれる。それだけで、有栖にとっては考え済みの内容であることが分かる。

 そのやり取りは暫く続き、先に根を上げたのはこちらだった。

 

「いや、凄いな。流石、頭脳面においては『天才』を自負するだけはある、と言わざるを得ない。……昨日、一年の各クラスに一人ずつ友人が出来たんだけど、頭脳面では俺がドンケツでね。果たして、有栖と比べるとどちらが上かな?」

「へえ? それは気になりますね。お名前を教えていただいてもよろしいですか?」

「勝手に教えるのは個人情報的にどうかとも思うから、昼食を一緒に取る、ということでどうだい? 向こうの都合がつけば、紹介するよ?

「では、それでお願いします」

 

 そういうことになり、早速チャットを送ることにした。

 さて。

 ここが学校の教室で、今日が平日である故に、俺が登校した時点では二人きりだった教室にも、時間が経てば人が増えて道理である。とはいえ、流石はCクラス――俺と有栖の予想では『底辺予備軍』である――というべきか、未だその数は少ない。予鈴にも早いため、仕方のないことかもしれないが。

 

「おはよー。えっと、緋勇君と坂柳さんだっけ? 二人とも早いねー!」

 

 そんなCクラスにおいては、この時間から登校した彼女は十分に『優等生』と呼べるだろう。席は俺の隣である。タイプの異なる美少女に囲まれた俺は、『勝ち組』と言っても良いのではないだろうか。

 

「おはよう。ああ、緋勇龍也だ。そっちは軽井沢さんで良かったかな?」

「おはようございます。ええ、坂柳有栖です。そちらも、このクラスにおいては十分に早いですよ。……御覧の通り、登校してる方が少ないですから」

「ありゃ、ほんとだわ。……名前は合ってるよー。軽井沢恵。とりま、よろしく」

 

 言葉遣いはギャルっぽい軽井沢だが、立ち振る舞いはそうでもない。どことなく、武術の香りが見て取れる。

 

「よろしく。……急な質問で悪いけど、軽井沢さんは何か武術でも?」

「ッ……!? まあ、初心者も初心者だけどね。……けど、それが分かるってことは、緋勇君も何か武術を?」

「家伝の古流武術をね」

「ふぅん? ところで、緋勇君はそれを訊いてどうするつもりなのかな~? もしかしてぇ、私を襲おうとか考えてたりするぅ?」

 

 挑発的な笑みで軽井沢が訊いてくる。単に揶揄っているだけだとは思うが、如何せん、聞こえが悪い。――いや、敢えて挑発的な態度を取ることで、こちらの真意を測ろうとしているのか?

 

「人聞きの悪いことを言わないでくれ。気になったから聞いただけだよ。

 昨日、友人たちと一緒に武道場へ行ってね。そこの責任者は紛うことなき達人だし、月額も五千ポイントと安いから、もし良ければどうかな? と思ってね。男ばかりで華が無いのも事実だし……」

「ぷっはは。下心を正直に言っちゃうんだ!? う~ん、確かに興味はあるけど……。もう少し聞かせてもらっていい?」

「責任者は岬越寺秋雨先生で、副責任者が谷本夏先生だ。岬越寺先生は柔術家で、谷本先生は中国拳法使いとのことだ。また、どちらも頭脳明晰であり、分野は違えど医療の心得が有るそうだから、怪我をした際の心配は格段に落ちる。あとは……費用の割に、道場の設備は凄く整ってるよ。そこらのジムも顔負けなんじゃないかな?」

 

 これも個人情報ではあるのだが、学生と大人の違いがあるし、何より、道場を開くに当たりオープンにしている情報ばかりである。個人情報の漏洩には当たらない、と信じたい。

 

「先生がいるのですか!?」

「先生がいるの!?」

 

 俺の説明に、有栖と軽井沢が同時に口を開いた。

 直後、互いに顔を見合わせ、こちらを見やり、一呼吸置いてから、有栖が口を開いた。

 

「岬越寺先生は私の主治医でもあります。ここへ入学するに当たり余り良い顔をされませんでしたが、まさか本人がいらっしゃるとは……」

「私は岬越寺先生に手術してもらったことがあってね。私が武術を学び始めたのは、それがきっかけ」

 

 互いに説明は最小限。それでも、分かることはある。

 

「世間は狭い、と言うべきか……。先生たちが来ることになったのは、ここの環境とか、武術界隈の思惑とか、そういった諸々が絡み合った結果らしい」

「へえ~。まあ詳しいことはよく分かんないけど、今日の放課後にでも先生の道場へ連れてってよ」

「そうですね。私も挨拶をしておきたいので、よろしくお願いします」

 

 どうやら、こちらに拒否権は無いらしい。まあ、特に反対する理由もないが。

 

「別に構わないけど、今日いるかは分からないからね」

 

 それでも、予防線は張っておく。

 如何な『達人級』とはいえ、休みは必要だろう。二人体制である以上、自然とローテーションを組むことになると思われる。……が、そこら辺について確かなことは聞いていないため、断言することなど出来る筈がない。

 そこで、予鈴が鳴り響いた。クラス内にも見るからに生徒が増え始め、途端に喧騒を増していく。

 

「ありゃ、予鈴が鳴っちゃったね。おしゃべりはここまでかな」

「ですね。……ああ、そうそう、軽井沢さん。言うまでもないことですが、授業は真面目に受けてくださいね? 来月もポイントが欲しければ、私語や携帯操作はご法度ですよ」

「ふぅん? とりま了解」

 

 それから程なくして、Cクラスの担任である坂上数馬先生が姿を現し、朝のホームルームが始まった。

 しかしまあ、行儀の悪い生徒が多い。先生の話も、聞いていない生徒の方が多いのではなかろうか。この喧騒だと、或いは聞こうとしても聞こえない可能性がある。何とも先行きが不安になる光景だ。

 毎月確定の出費があることだし、個人でポイントを稼ぐ手段を模索した方が良いかもしれない。この敷地内、探せば『霊場』が存在しないだろうか? 中学時代は、それっぽい場所に散々とお世話になったのだ。怪異の類はサッパリと出現せず、主に野生動物とか食い詰め浮浪者が登場する『霊場』だったが……。

 そんな経験を持つが故に、決して『無い』とは断言出来ないのだ。ワンチャン、探す価値はあるだろう。

 俺が新たな目的を定めるのと同時、先生が教室から出ていくのであった。 




『よう実』世界観に『ケンイチ』世界観が加わった結果、有栖は心疾患が治り、杖無しでの歩行が可能となってます。恵はイジメを受けた過去こそあるものの、傷跡は残ってませんし、イジメグループにもやり返してます。
良くも悪くも、その結果のクラス変動です。
原作の場合、有栖はドクターストップがかかっていたからこそ、体育の成績では一定の点数が与えられていた想定です。
本作では心疾患が治り、それによりドクターストップが外れてこそないものの緩和されたが故に、体育の成績が原作以下となってます。
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