ようこそ、逸般人たちのいる教室へ   作:山上真

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07_櫛田桔梗:01

 時間の経過は早いものだ。素直にそう感じる。

 外面の良い仮面を被って周りに対応しているのは中学の時と同じだが、あの時ほどのストレスはない。それはやはり、少なからず素を出せる相手がいるからだろう。

 中学の時も師匠には素を見せていたが――見せられる相手が師匠しかいなかったのも事実。家族は『女の子らしくない』として、私の本性をあまり好いてはいなかった。私自身、言うことは分からないわけではなく、同時に家族が好きだったこともあり、本性を見せないように気を付けていた。

 そして、結局は多大な失敗をしてしまった。まあ、それすらも師匠にとっては織り込み済みだったようだが。曰く『失敗なくして成長もない』。全く以てその通りで、反論する余地はない。

 実際、今現在の私は過去の行いを反省し、成長した。環境柄仕方のない部分もあるとはいえ、師匠以外にも素の自分を見せているのだから、間違いなく成長だろう。だが、思いの外にそれが楽なのだ。素を見せている相手が、どいつもこいつも一等上等な実力者、ということもあるのだろうが。

 世の中には、三種類の人間がいる。認める部分は認めた上で、尚も自分より格下な奴、自分と同等の奴、自分よりも格上の奴だ。

 自分で判断しているくせに、自分でもその基準が何なのか分からないのが玉に瑕だが、同等な奴と格上の奴が相手ならば、意外なほどにストレスは溜まらない。初めて気付いた事実だ。

 成長というのなら、放課後の付き合いを断るようにしたのも大きい。中学の時は外面を良く見せようとする余り、ホイホイと付き合っていた。これでも武術家の端くれだ。体力的な面での問題はなかったが、ストレスの解消が追い付かなかった。結果、最終的には学級崩壊を引き起こしてしまった。

 ビクビクしながら師匠に報告したら――

 

「得難い経験になったろ」

 

 の一言で済ませられた。

 不安が一周して怒髪天だったが、見限られていないことが嬉しかったのも確かな事実。

 その時の反省の意味もあり、放課後は専ら道場を訪れている。何の理由もなく誘いを断れば不信感を抱かれるが、正当な名分があればその限りではない。良識のある人物は、部活動に精を出す相手をわざわざ放課後に誘ったりはしないものだ。それをするとなれば、よっぽどの理由があるが、そもそも良識が無いかのどちらかだ。

 部活動ではないが、『習い事』というのは同等の説得力を持つ。実際に道場に通っているのだから、丸っきりの嘘でもない。まあ入学した当初は、道場があることも、師匠がいることも気付いてはいなかったのだが……。突然目の前に師匠が現れた時は、非常に驚いたものである。

 驚くと言えば、目の前の光景もそうだ。

 入学式から一週間。クラスメイトの池寛治と山内春樹は、毎日のように遅刻寸前の登校を繰り返していた。遅刻していないだけ、『三バカ』で一纏めにされている最後の一人、遅刻と居眠りの常習犯である須藤健よりはまだマシではあるのだが……。

 そんな二人が、今日に限ってはやたらと早く登校している。一体全体どうしたことか。

 

「いやあ、授業が楽しみ過ぎて目が冴えちゃってさぁ」

「分かる分かる。まさかこの時期から水泳があるなんて、この学校は最高だよな! スク水姿の女子を、目に焼き付けなきゃな!」

 

 疑問の答えは、自白という形で早々に分かった。クラス中に響く大声で言葉を交わしているのだから、分からない方がおかしい。いやまあ、今日、水泳の授業があることは知っていたし、大半の男子のバカっぷりも知ってはいたが、流石にこれにはドン引きだ。

 しかし、水泳か……。

 一つ思い立ち、荷物を席に置いたら歩を進める。行き先は清隆の元だ。刃の方でも良かったのだが、率直に言って、コミュニケーション能力では清隆の方が明らかに劣っている。清隆の場合、隣席が堀北ということも加わって、周りの人の数が明らかに少ないのだ。そのため、私、清隆、刃の三人が教室で話をする際は、清隆の席に集まるのが暗黙の了解と化しつつある。

 

「おはよう、清隆」

「ああ。おはよう、桔梗」

 

 互いに名前を呼んで、挨拶を交わし合う。これも道場様様だ。

 しばしば、連帯感を表す言葉として、同じ釜の飯を食う、という言葉が使われる。他人同士が生活を共にすることで苦楽を分かち合う、といった意味合いを持つが、納得や理解の要因にもなる。

 今回の場合、『同じ道場に通う仲間』、『先生からの言い付け』という名分を用意してやることで、互いが名前で呼び合うことに対して、周囲が理解と納得を示すための土壌を形成したのだ。――無論、師匠はもちろん岬越寺先生も、そんなことは一言も言っていない。だが、周りにそれを知る術はない。それこそ、同じように道場に通わぬ限りは。

 名前で呼び合うことは、仲の良さを示す一因として見られがちだ。加え、最初の内は『君』付けをしたり、如何にも慣れていない様を装ったりしたから、今では周囲も疑問を抱いてはいないだろう。まあ清隆と刃に対しては男子からの嫉妬が凄いようだが、そんなのは私の知ったことではない。

 

「はようさん、二人とも。……で、どうしたのよ?」

 

 流石と言うべきか、呼ばずとも刃がやってきた。何か用件があるのも察しているらしい。

 

「率直に言うけど、今日の水泳、勝負しない? 一人一万ポイントで」

「へえ? なるほどなるほど。まだ一週間、そんくらいの余裕はある。……面白い、俺は乗った!」

「……良いだろう。道場では負け越しだが、水泳となればまた別だ。勝ちはオレが頂かせてもらう」

 

 武術界隈では、武術家の位階は主に三段階に分けられる。『弟子級』、『妙手』、『達人級』だ。

 最下層が弟子級だ。ほとんどの武術家は弟子級に分類され、武術を始めたばかりの初心者から、常人とは比較にならない者まで、その幅は広い。テレビで活躍するような一流武術家も、その多くはこの位階であり、所詮はスポーツだ、とは師匠の弁である。私たちもここに位置する。

 中間層が妙手。弟子以上達人未満の強さに達した武術家を指す。戦闘力は弟子級を大きく上回っているが、実力、精神共に不安定で危険な状態、と言われている。才能の無い者にとっては、基本的に武術家としての最終到達地点となるそうだ。

 最高層が達人級。多大な才能を持ち、努力を怠らなかった武人のみが到達する完成された武術家、とされている。……が、達人級の中でも更なる格差が存在し、ただ達人級と言うだけでは、達人級の中では最下層となるらしい。

 特A級の達人級。達人級の中でも強大な者に対し、尊敬の念を込めて使う便宜上の呼び名、とのこと。並の達人が束になっても敵わないほど強大な実力を持つそうだ。

 師匠によると――

 

「これは岬越寺先生の受け売りだが、『この段階になると上に向かって昇り詰めるのではなく、達人という果てなき崖を転がり落ちていく』そうだ。……言い得て妙ではあるが、特に反対意見はない」

 

 とのことである。

 私の知るところでは、師匠や岬越寺先生が該当する。

 超人。特A級の達人級をも凌ぐ実力を誇る、と言われているが、その詳細は不明である。師匠は該当者を知っているようだが、私は知らない。

 ぶっちゃけた話、位階としては最下層の弟子級に位置する私たちだが、それでも、身体能力はそこらの高校生を軽々と凌駕している。

 これを明らかにした場合、待っているのは忌避か称賛だろう。だからと言って、周りに合わせるべく必要以上に力を抑えるのは苦痛なのだ。ストレスが溜まった結果どうなるかなど、もはや言われるまでもない。

 どの道バレるのが時間の問題ならば、早期からバラすことで都合の良い環境づくりに勤しむ方が得策だ。幸いなことに、この学校には御尤もなお題目がある。実力で生徒を評価する、というあれだ。実力を披露した結果、必要以上に持ち上げられたり避けられたりするようならば、学校側に何とかしてもらえばいい。こちらは生徒として、学校の言い分に従うだけなのだから。

 堂々と賭け事を申し込んでいるが、何の問題も無い。ポイントの譲渡は公に認められていることだし、それに条件付けをしただけなのだから。敗者が勝者にポイントを譲渡する、と言い直せば分かりやすいだろうか。

 世の中、賭けているモノが大切なほど真剣に取り組めるのも、一面の真実だ。高が一万ポイント、されど一万ポイント。新入生にとっては大金だし、それは私にとっても変わらない。二人はどうか知らないが、私の場合、口止め料の振り込みを来月に回してもらったからだ。

 それと同時、私の場合は『負ける』ということ自体我慢が出来ないタチだ。尚更真剣に臨むとも。

 幸か不幸か、離れた場所では男子たちがバカ話を繰り広げている。女子の胸の大きさで賭けるって、何だそれは。女子として怖気が走る話題であることに間違いはないが、一口千ポイントとはいえ、賭け事をしているのはありがたい。うちのクラス内におけるバカの代表格だって、ポイントを賭ける、ということに気が付くのだから、私が気付いたところで何の不思議も無いのだ。

 そして、池たちのみならず私たちだって賭け事をしているというのに、話が聞こえている筈の堀北は、その重要性に気付いた様子がまるでない。……これでは、気にするだけ損というものだ。最低限の警戒だけで十分だろう。

 堀北は私と同じ中学だ。クラスは違っていたが、私の所業を知っている、ということだ。だからこそ、同じクラスにいるのを知った際は驚愕し、それとなく警戒をしていたのだが、彼女には他者と触れあう気がまるで見受けられない。中学時代と相も変わらず、ということだ。

 情報とは、持っているだけでは何の意味もない。使い時、上手い使い方、というものがあるのだ。

 なるほど、確かに堀北は私の過去を知っている。私の弱みと成り得る情報を持っている。――だが、あれでは十全に活かすことも出来ないだろう。

 提示すれば、ほんの一時でも騒がせることは出来るかもしれない。それは否定しない。しかし、出所のハッキリしない不確かな情報に、一体どれだけの信憑性があろうか? よしんば出所がハッキリとしていても、その提唱者次第で信憑性が変動するのは間違いない。

 仮面とはいえ外面の良い私と、周りを見下し一人を好む堀北を比べた場合、十中八九私の方が信じられる。真実は虚偽へと移り変わる。白も黒へと塗り替えられる。――そのことを、堀北は理解していない。情報の提唱を他者に頼めば、自分でやらない卑怯者となり。自分でやれば、誹謗中傷したと言われるだろう。どちらにしろ、負のレッテルを貼られることになるのだ。

 出身中学に確認すれば、どちらが正しいかは分かるかもしれない。……が、この学校の制度故に、自分で調べるのは不可能だ。学校側が自発的にそこまでするとも思えないし、頼んだところで相応のポイントが必要になるだろう。

 加え、個人情報の取扱いに厳しい昨今だ。まして、瑕となり得る事柄だ。余程の事情がなければ、出身中学も他所へ提示することはすまい。

 二人への提案も受け入れられたため、私は自分の慎重さに自嘲しながら席に戻ることにした――のだが、聞き捨てならない言葉が耳に入り、急遽方向転換することにした。

 

「ねえ、山内君? 今、聞き捨てならない言葉が耳に入ったような気がしたんだけど、私の気のせいかな」

 

 口調は優しく、それでいて絶対零度の眼差しを向けて、私は山内に問いかけた。質問の態を取ってはいるが、その実は断定だ。これで自分の非を認め、素直に謝るならそれで良し。

 

「な、何のことだよ櫛田ちゃん」

 

 残念。山内は誤魔化すことを選んだようだ。いや、もしかしたら素で気付いていないのかもしれない。

 

「そう、それが答えなんだ。……正直さ、胸の大きさに対する賭け事程度なら見逃しても良かったんだよ。実際、女子だってそれを非難出来たもんじゃない。ネットの掲示板で、男子に対して色々とランキングを付けてるわけだしね。対象についてはドン引きだけど、むしろ、表立ってやってる分、清々しいとさえ思える。私にとっては愛嬌の範疇だったわけ。

 たださ、山内君。君が佐倉さんに告白された、ってのはどういうわけ? あんな地味な女フった? 私や長谷部さんクラスじゃないと付き合わない? ――寝言は寝ている時に言うものだよ。弱い犬ほど良く吠える。見栄を張るのも大概にすることだね。

 ここだけの話、とか言いながら大声で話してるんだもん。場合によっては、今のやり取りに対し、佐倉さんへの誹謗中傷で訴えられるよ。そして証拠はなくとも、証言者はいる。少なくとも、クラスの女子は全員、佐倉さんの味方になる筈だよ。そうなった場合、君は勝てるのかな。

 私はクラスや学年の垣根を問わず皆と仲良くしたいと思ってるけど、だからと言って万人に優しくするわけじゃないんだよ。そして今の返答で、私は君への興味を捨てた。これ以降、私が君に優しくすることはない。あるとすれば、君が己の強さを自覚し、それを示し、私を納得させた場合のみ。それまでは、必要が無ければ話しかけてもこないでね」

 

 話し終えた時には、教室は静寂に支配されていた。心なしか、空気も冷え込んでいる気がする。

 一端とはいえ、予期せぬ形での本性の暴露。内心で、やっちまった、と思いつつ、行動自体に後悔はない。

 雑魚が粋がる姿は、見るに堪えないのだ。そして、『女』というだけで見下してくる輩も。まあそれでも、見所のある雑魚なら、まだ我慢も出来るのだが……。

 嘘も方便。大ボラだって、吹き方次第では強力な武器となる。そしてそれこそが、山内の強さに他ならない。だというのに、肝心の本人がそのことを理解していない。

 虚栄心を満たすのは大いに結構だが、ホラを吹く以外に能力が無いのに、唯一の武器の使い方がこれでは、見るべきところなど有りはしない。

 これで言い返してくるようだったら、多少なりと反骨心を認めても良かったが、それもないのでは尚更だ。

 静まり返るクラスを余所に、これからの方針について悩みながら、私は己の席へと戻った。

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