ようこそ、逸般人たちのいる教室へ   作:山上真

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08_坂柳有栖:01

 入学して半月も経てば、私たち以外にもシステムに疑問を覚える者がチラホラと現れたようだ。――ただ、その後の行動は人によって異なる。疑問止まりで終える者。答え合わせに行く者。個人の利を捨ててでも、クラスの利を取りに行く者。実に様々だ。

 そして、我らがCクラスにも、クラスの利を取りに行く者が現れたようである。

 

「おい、お前ら。今日からこのクラスは俺が仕切る。黙ってる奴は同意と見なす。従えねえ奴はかかって来い。否が応でも従わせてやる」

 

 朝のホームルームの時間。坂上教諭の許可を取って教室の前に立ったその男――龍園翔君は、傲岸にもそう言い放った。

 まあ、悪くはない。現状に危機感を抱き、それでいて前に立とうとする意思を持っているのだから。私が力を貸す上での最低基準は満たしている。

 正直、Aクラスでの卒業特典などに興味はない。――しかし、私が私である以上、Aクラスでの卒業は必須条件だ。

 ただ、その過程は問わないのも事実。最終的にAクラスで卒業出来ればそれで良いのだから。結果良ければすべてよし、とは便利な言葉である。

 高校生活そのものは、私にとってゲームでしかないのだ。ゲームである以上、優先的に注視するのは、如何に楽しむか? ということだ。

 或いは響君のように、彼氏を作ってのアバンチュールを目指すのも有りかもしれない。――それを目指す場合、私の体型でそれが可能か? という問題が付きまとうのだが。女子の中でも小柄な方、かてて加えて『胸もストン』では、一般的に考えて難しいだろう。

 私は自分の身体を見下ろしつつ、溜息を吐いた。いつだって現実は厳しいものだ。――とはいえ、希望を捨てるにはまだ早い。少なくとも、見目の問題は無い筈だから。

 それはさておき。

 私が最初からクラスのリーダーとして立つのでも良かった。――が、流石にそれは難易度が高すぎる。現に、今目の前には、己こそがリーダーたらん、とする者が現れているし、何にも増して、私には明確な弱点がある。運動能力が低い、という弱点が。

 親睦を深め、信頼なり信用を勝ち取った後でなら、クラスメイトも十分に吞み込める弱点だろう。完全無欠な人間など、おりはしないのだから。

 逆に言えば、クラスメイトが認めるには時期尚早ということだ。何せ、私の強みは知力である。Sシステムに関しては契約により口止めされている。授業では、真面目に受けていない者の方が多い。テストでもあればアッサリと結果を出すことも出来るが、未だその機会はない。……これでは、強さの示しどころがない。

 また、私は歩くのにも苦労している有り様だ。その姿は、周囲も折に付け目にしていることだろう。……そう、現状では弱さばかりが目立っているのだ。歩行補助具でもあれば、周りも早々に弱さに対する理解と納得を示したかもしれないが、無い以上は言い訳としか取られない。そんな無駄なことをするつもりはない。

 人生では、確かに難題に挑戦することも必要だろうが、バカ正直に挑むだけが手段じゃない。余裕がない状況ならまだしも、余裕があるのにそんなことをする奴は、ただのマゾヒストでしかない。そして、断じて私はマゾじゃない。

 ならば、現時点で私がリーダーに立つ理由はない。精々、軍師ポジでも楽しませてもらうとしよう。

 

「貴方が仕切るというのなら、それはそれで構いません。――が、私たちを無条件で従わせられるとは考えないでください。よろしいですね、龍園君」

 

 龍園君が仕切ることを肯定しつつ、言うべきことは言っておく。バカでないのなら、条件次第では従う、と言っていることを理解する筈だ。

 ついでに、私たち、とすることで、さり気なく龍也君と恵さんを巻き込んでおく。これもまた、龍園君の実力を測る一手となる。

 

「私たち、ね。訊くが、緋勇と軽井沢の二人で合っているか?」

 

 そして、これが龍園君の返答だった。どうやら、この程度は承知していたらしい。まあ、分かりやす過ぎるのも確かだったが。

 

「ええ、それで合っていますよ」

「フン。だがそう言うってことは、当然、俺を納得させられる理由があって言っているんだろうな」

「もちろんです。ただ、理由はありますが、口頭で説明することは出来ません」

「行動で示す、ってわけか……。面白れえ。良いだろう、お前ら三人はそれまで保留にしておいてやる。――だが、納得出来ねえ結果だったら、無条件で従ってもらうぞ。その点は覚えておけ」

「それは困りますね。理由に納得出来ない場合は、また別の方法を取らせてもらうとしましょう」

 

 会話のドッジボール。だが、向こうも理解するだろう。こちらが、支配されることを是とする性格ではない、ということを。

 これもまた、龍園君の出方を測る一手だ。必ずしも『支配』に拘るのか、場合によっては『譲歩』を認めるのか。……先の龍園君の言葉を認めていれば、内心で認めていても、否と返事をするだけで、私たちは彼に従うこととなっていた。当然、そんなのは認められる筈もなく、だからこその返答だ。

 

「チッ、頭は回るようだ。良いだろう、お前たちは『同盟』扱いにしてやる。――だが、シッカリと務めは果たせよ」

 

 そして、彼は引いた。これが示すのは、彼が優先するのは『自分の支配』よりも『クラスの勝利』だということ。そして良くも悪くも、そのための手段は選ばない、ということだ。

 

「ええ、もちろんです。私は天才であることを自負していますから。貴方がリーダー足り得る限り、シッカリと協力はしますよ」

 

 私も返事をし、これにて一応の決着はついた。

 だが次の瞬間、クラスから更に声を上げる者が現れた。

 

「そういうことであれば、私も坂柳さんの意見に乗らせていただきます。龍園君がクラスの指揮を執るのは構いませんが、読書の時間を減らされるのは困りますので。

 その代わり、頭脳面での協力はさせていただきます。もっとも、私は坂柳さんのように『天才』と自負しているわけではありませんが……。それと、運動面には期待しないでください」

「チッ、椎名てめえもか……。良いだろう、お前も保留にしてやる。――だが、俺の認める実力に届かねえ場合、譲歩は少なくなると理解しておけ」

 

 私とのやりとりで面倒になったのか、龍園君は椎名さんに対しアッサリと保留を認めた。

 ともあれ、これで否応なくCクラスは変化を迎える。それがどう働くのか、実に楽しみだ。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

 迎えた放課後。

 私は道場への道を歩いていた。その歩みは自分で言うのもなんだが、牛歩の如くゆっくりである。まあ、それも仕方ないだろう。生まれてこの方、補助具を使わずに歩いている時間の方が少ないのだ。挙句の果て、元々が岬越寺先生以外は匙を投げた病状である。どうしても慎重にならざるを得ない。

 転ぶことへの恐怖はないが、転倒による再発への危険性は否めない。理論上は大丈夫だそうだし、自分でも納得しているが、あくまでも理論上である。程度によってはあっけなく崩れ去るのも間違いない。

 だからこそ、こうして足繁く道場へと通っているのだ。道場主である岬越寺先生と谷本先生は、聞いた話、どちらも大層な武術家であり、その実力はテレビで流れるような一流武術家とも一線を隔す、とのことである。加え、それぞれが治療の心得を持っており、ばかりか、正規の資格まで取得している。正に出木杉のような人物だが、それ故に、心理的、実質的な安心感は高い。

 彼らの監督下にあるが故に、安心して色々とチャレンジ出来るし、その範囲を経験則として身体に覚えさせることも出来るのだ。

 岬越寺先生の方も、主治医として経過観察を兼ねることにも繋がるので損はない。半ば巻き込まれの谷本先生には迷惑をかけているが、口では何だかんだ言っても実際にはシッカリと面倒を見てくれるのだから、ツンデレもいいところである。

 そんな谷本先生だが、自分の術理を継承するための『正式な弟子』を抱えている。それが櫛田桔梗さん。Dクラスの生徒だ。私から見ても、色々な意味で圧巻な人物である。

 この桔梗さん。学校内とは違い、道場ではすこぶる口が悪い。なお、こっちが本性とのこと。

 まあ、そんな口の悪い桔梗さんだが、言ってることは至極尤もで為になることばかりである。私に対しても、懇切丁寧に面倒を見てくれている。言葉で損をするタイプ、というやつだ。だからこそ、余所では人の良い仮面を被っているのであろうが、その努力は想像するに難くない。

 それと並行して、武術は元より、頭脳にも力を入れているのだから、全く以て恐れ入る。清隆君と刃君が過ごしたあの施設と違い、自ら望んでやっているのだから尚更だ。――そりゃあ、やらされている部分もあるのだろうけど。

 彼女は真正の負けず嫌いだ。その一方、プライドは高いが、自分の弱さを認める強さもある。そして、弱さをそのままにしておかない努力家でもある。……何度か私の得意とするチェスに付き合ってもらっているが、一目で分かるほど実力を上げてきていることからも、それは明らかだ。

 遊びにも手を抜かない、と感嘆すべきか。生き苦しそう、と同情すべきか。どうにも判断に迷うところである。

 つらつらと考え事をしている内に、いつしか道場へと着いていた。

 

「はっ……はっ……はっ……はっ……」

 

 私が道場でやっていることは、一言で言うと『おさらい』である。世の高校生たちが小中学で経験してきた体育の授業。私自身は一度たりとも参加することがなく、ずっと見学に徹してきたそれを、改めて学び直しているのだ。

 そも、高校の授業というやつは、小中学でのそれを履修済みである、という前提のもとに成り立っているのだ。そこについては個人差があり、だからこそ成績が分かれるわけだが、あくまでも自己責任。高校の教師が、わざわざ中学の内容を教え直してくれるわけでもない。

 その点で言えば、私は完全に出遅れている。身体を動かすのが苦手だから、走るのが嫌いだから、などという一般的な理由ではない。その位置にすら到達していないのが私なのだ。経験をしていないが故に、そういった感想を覚えるにも至っていないのが現状だ。

 だからと言って、その理由が理由である。小中学併せて九年分を学び直さなければならないのが実情ではあるのだが、そこに『身体の調子を見ながら』という補足が付くのである。未だ再発の可能性が捨てきれない以上は仕方のないことではあるのだが、ゆったりペースなのが現実である。

 しかしその一方で、私が体育の授業を受けられなかったのは、『医師の判断』という自分ではどうしようもない理由があったのも事実。そもそもの根幹である病状が治り、医師の許可も出ている以上、私が学び直そうとするのを学校側も止めることは出来ない。――そう。この特殊な高校であっても、だ。

 そんなわけで、私は岬越寺先生か谷本先生同伴の下でのみ、放課後にプールを使うことを許可されている。――水泳部でもないのに、だ。一レーン丸々借り切っているのには若干心苦しいところがないではないが、こちらも切実なので、水泳部には理解を示してほしいものである。

 また、体育の授業の際にはどちらかが監視役として就いている。異例のことではあるが、現状自体が医学的な意味でも異例なのだ。普段の生活はともかく、体育など身体を動かす場合には、ある程度のデータが揃うまで注意深く見る必要があるだろう。

 何せ、私自身が私の限界を把握出来ていないのである。監視役を置かず、普通の感覚で授業をさせた結果ぶっ倒れ、挙句の果てにポックリ逝かれてしまっては、学校側としても問題どころの話ではない。――が、それが起こり得る可能性を秘めているのが私なのだ。それを思えば、異例でも止むを得ない処置だろう。

 授業はさておき、道場では専ら、ランニング、マット運動、水泳に勤しんでいる。……が、データが集まるにつれ、徐々に範囲を広げていくとのことだ。私としても異論は無い。早く追い付かないことには、体育評価が『下』の一途だ。それは流石に御免被る。

 まあ『ゆったりペース』と言ったところで、それはあくまでも私の体感に過ぎない。出遅れている、という自覚があるからこそ、どうしたって焦りもする。

 実際は非常にハイペースと言えるだろう。基本的に、放課後を丸々費やしているのだから。授業の一時間刻みで学んできた世の学生に比べれば、明らかに過密である。

 まして、それを見ている人物が人物だ。武術家の中においても、達人の中の達人、と称されるだけの実力を、二人の先生は持っているらしい。加え、医術の一端をも修めている。普通に考えて、『医者』と『武術家』というのは、方向性こそ異なるものの『身体のプロ』という点では共通している。それを一人で熟せるというだけでペースは上がるというのに、一般的な医者と違って、ある意味で『安全性』を慮外に置いているのだ。

 

「そりゃあね。本来なら九年間という時間を掛けて学ぶべきことを、早々に修めようというんだ。一般的な基準に則っていたら、どれだけ時間がかかるか分かったもんじゃないよ。

 まあ、私自身はそれでも構わないのだけど、学校からの体育評価は最底辺の常連となるだろうね。君自身が、それを是と出来る性質ではないだろう? 

 大丈夫。私と谷本君が見るんだ。苦しいだろうし死にそうな目にも遭うかもしれないが、死にはしないし死なせもしないよ。そこについては太鼓判を捺そう」

 

 再会した際、岬越寺先生から言われたセリフである。

 一抹の恐怖はあったが、私はこれに理解を示し、納得もした。お願いします、と頭も下げた。だから、今現在こうして道場の床にぶっ倒れているのも――全ては自分の選択の結果である。 

 

「おら、いつまで倒れてやがる。休憩は終わりだ」

「……はい」

 

 谷本先生に言われ、返事をして立ち上がる。自力で立ち上がらなくても、結局は立ち上がらされるのだ。そんなのは、既に嫌というほど経験している。

 仮に寝転がったままでいることを許されても――

 

「立ち上がれないのかい? ん~、それじゃあ仕方ないね。これでも抱いておいてよ」

 

 と、岬越寺先生が『お地蔵さん』を乗せてきたことがある。岬越寺先生の自作らしいが、非常に重かったことを覚えている。それでいて、乗せているだけならギリギリ耐えられない重さではない。

 結局のところ、起き上がろうが横になったままだろうが、質が変わるだけで苦しいことに変わりはないのだ。――なら、起き上がった方が幾らかマシというものだ。如何に苦しくとも、世の学生が『体育の授業』で学んだ内容であることに違いは無いのだから。

 言うなれば、これが『諦めの境地』というものなのだろう。一度乗った時点で、途中下車が許されないタイプだったのだ。もはや終点まで行くしかないのである。

 そうやって自分を慰めても、時折弱音が襲ってくることは防げない。そもそも、防ごうと思って防げるものではない。

 そして、今もまた弱音が襲ってきた。

 選択、誤ったかなぁ……と。

 現状には、『天才』の自負など何の役にも立っていなかった。  




『ケンイチ』世界観が混ざれば、有栖さんとてこんなもんです。
いや、有栖って『天才』を自負すると同時に、ひどく負けず嫌いっぽいですし。苦難にも敢えて踏み込んでくれると思います。
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