コーネリア軍によりイシカワの制圧が終わったばかりの頃に、それは起こった。
キュウシュウブロックの関門大橋が破壊され、他四箇所で陸路が、さらに玄界灘から強襲揚陸艇が多数侵入。フクオカ基地が瞬く間に占領された。
中華連邦のものと思われるそれらの艇体には、日本の国旗が掲げられていた。
『我々は、ここに正当なる独立主権国家、日本の再興を宣言する!』
フクオカ基地の通信機能を使い、大々的な宣言した首謀者の名前は
エリア11が日本だった頃、旧日本政府の第二次枢木政権で官房長官を務めていた人物で、ブリタニアによる侵攻後は中華連邦に長らく亡命していたが、エリア11でのゼロの活動に伴う内情不安につけこみ、中華連邦を後ろ盾に行動を起こした。
イシカワにいたコーネリアの軍はすぐさま移動。キュウシュウの奪還作戦を実行するものの、連日の暴風雨と中華連邦艦隊の攻撃により上陸作戦は難航、一時撤退を余儀なくされた。
そして、夜に悪天候がおさまったタイミングで上陸作戦が再開。それを阻もうと、中華連邦艦隊の迎撃も再び開始。
嵐が去った黒い海の上を、砲弾の嵐が飛び交った。
「ふっ、他愛ない」
中華連邦艦隊は関門海峡に鉄壁の密集防御陣形を敷いていた。
コーネリア軍艦隊が押され気味な様子に、中華連邦艦隊一番艦のブリッジに佇む司令官とその副官たちは、戦いの様子を眺めて勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「いくらブリタニアの魔女といえど、この防衛線は突破できないようだな」
「先の嵐のおかげでキュウシュウを纏める余裕ができたのもあります。日本で言う神風というやつでしょうか?」
「何でもいいさ。天は我らに味方をしている。じき本国から増援が来る。それまでここを耐え抜けば、我々の勝利は間違いない」
ブリッジにいる誰もが勝利を疑っていなかった時、警報音が鳴り響いた。
「何事だ?」
「上空を飛行する巨大な機影を確認!真っ直ぐこちらに向かってきています!」
「何!?」
モニターに映された拡大画像には、巨大な飛空艦の姿があった。雲の切れ間から現れたそれは上空を浮かんでいた。
「なんだあれは?ブリタニアの新型航空艦か?」
「いったい、どうやってあれだけの質量を?」
「何でもいい!各艦に通達。艦対空ミサイル発射用意、上空を飛行する巨大航空艦を撃墜せよ!」
「
司令官の命令により、中華連邦艦隊から無数のミサイルが立ち上がった。
赤い噴炎が一直線に空を裂き、航空浮遊艦へ殺到する。
当たればひとたまりもない量である。
しかし、曇を切り裂くように展開された淡い緑色の光の膜が艦体を包み込み、ミサイルの直撃を阻んだ。
「なんだあれは?」
「ミサイルが届いていないぞ」
「艦底部に反応!」
「何だと?」
モニターが拡大される。船の下部のハッチが開いた。
そこから現れたのは紅い影。
「ナイトメア……?」
「……あの砲はなんだ?」
艦橋がざわめく。人型兵器が抱えるには大きすぎる砲身で、異様な兵器だった。
「航空艦より急激な温度の上昇を検知!かなりの熱量です!」
「なに!?」
砲身に赤黒い光が現れ、大きくなっていくのが見えた瞬間、その禍々しい光が発射された。
砲口から放たれた奔流は、一本の光線ではなかった。
荒れ狂う洪水のように空一面へ広がる。
「何だあれは!?」
その光に接触したミサイルが消える。
一発、二発、十発。
次々と爆散していき、夜空に無数の火球が咲いた。
そしてその光が海へ落ちる。
一瞬の静寂。次の瞬間、海が爆発した。
艦橋が揺れる。巨大な水柱が立ち上がり、白い大津波のような霧が噴き上がった。
「何だ今のは!?」
「ただの対空迎撃ではないぞ!」
「わかりません。何らかの熱エネルギー兵器ではないかと!」
「ブリタニアの技術はそこまで…」
「あんなのをまとも食らったら!」
初めて目の当たりする未知の兵器に、各艦が混乱する中で更に問題が発生した。
「熱源急上昇!」
「海面温度異常!」
「レーダー反応乱れています!」
「光学系統が!」
「前方確認できません!」
「赤外線飽和!」
海面からせり上がってくる白い壁により、視界が悪くなるだけでなく、モニターがノイズで埋まり、識別マーカーが次々と消える。
「前衛艦からの応答がありません!」
「何だと?」
「蒸気による影響かと」
「通信再接続できません!」
「レーダーの方も駄目です!完全にノイズ化しています!」
司令は思わず前へ身を乗り出した。
前衛にいた突撃艦と他の艦、陣形の中央で命令を中継していた通信フラッグシップ艦まで連絡が取れない。
その上レーダーの目が潰されてしまった。
思わぬイレギュラーに司令官は焦りながらも命令を下す。
「狼狽えるな!中継がダメなら我が旗艦から直接全艦へ繋げ!動ける艦は攻撃目標をあの航空艦に、もう一度ミサイル攻撃だ!」
「駄目です!蒸気の影響で電波が減衰しているためレーダー誘導できません!」
「では艦砲射撃だ!」
「しかし蒸気で視界が悪いため狙いが……」
「集中砲火すれば自ずと当たる!!!撃て!」
艦隊は再び一斉射撃体勢へ移行した。
座標推定範囲へ面制圧による攻撃。
その判断はすでに“精密戦”ではなかった。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという、祈りに近い射撃。
しかし、緑色の障壁のようなものに阻まれ、航空艦に傷一つつけられないでいた。
「弾幕を維持しながら陣形を立て直せ!あれを撃つ隙を与えるな!」
コーネリア艦隊は二の次に、航空艦へ集中砲火を浴びせ続ける中華連邦艦隊。
対する航空艦は速度が落ち、防御するだけで反撃の様子がない。
時間が経過すると、艦橋内に異変を感じる。
「なんだ?」
いつの間にか艦橋内が湿った熱気で満たされていた。
換気口から流れ込んだそれにより、モニター表面や窓に細かな水滴が浮かび、通信士は何度も画面を拭っていたその時だった。
―――ドゴオオオン!
蒸気の壁の向こうから轟音が聞こえ、僅かに赤い閃光が見えた。
「な、なんだ今のは?」
「味方の砲撃か?」
「現状を報告しろ!」
「わかりません。煙が濃いせいで向こうの様子が…」
―――ドオオオン!
再び轟音と閃光が。
―――ドゴオオオン!
「いったい、煙の向こうでなにが…?」
艦橋に沈黙が落ちる。
誰も理解できなかった。
敵は何をしたのか。何が起きているのか。
分かることは一つだけ。
戦場が、ほんの数十秒前まで存在していた秩序が、音を立てて崩れ始めていることだけだった。
「下方に動くものが!」
「海面だと!?」
艦橋の全員が一斉に下を見る。
しかし、そこには何もない。
白い蒸気の壁が揺れているだけだ。
「もっと下です!」
「海面すれすれを移動している!」
「バカな……そんな高度で機体が維持できるわけがない!」
否定の声が上がる。
常識では不可能だった。
だが、その常識はすでに崩壊している。
次の瞬間。
蒸気の裂け目が一瞬だけ開いた。
そこに“影”があった。
背中に戦闘機の翼を生やした紅い機体。
地上を走るのが常識の筈のナイトメアが、海面をなぞるように滑っていた。
♢
オレ達はアヴァロンで一度式根島に寄った後、東京租界へと帰路についていた。
ランスロットにあった通信ログからスザクが命令違反を犯したのは確かで(本人にその記憶がないが)一度身柄を拘束されたスザクだったが、非常時のことだからというシュナイゼル殿下の鶴の一声で不問になった。だがアヴァロンに乗っている間、スザクは命令違反を犯したことを気に病んでいるようだった。
マーヤの方はアヴァロン内にある集中治療室で再生治療を受けている。幸いにも命には別状はないとのことで、東京租界に到着後、病院に搬送されるそうだ。
特派のテストパイロットチームが再び機能するのはしばらく先になる。
だが現実はそんな余裕を与えてくれないようだ。
「すまないね。色々と大変な時に」
「いえ…」
シュナイゼル殿下から呼び出しを受けたオレとスザク、ロイドはアヴァロン内の執務室に足を運ぶ。部屋にはシュナイゼル殿下とユーフェミア副総督にバトレー将軍、カノンという補佐官もいた。
三人の神妙な表情…そしてオレ達が揃って呼ばれたということは、何か面倒事が起こった可能性がある。
「呼んだのは他でもない。実は君達特派に頼みがあってね」
「何です?頼みって」
「さっき連絡があってね。キュウシュウブロックのフクオカ基地が、日本軍を名乗る者達に占拠されてしまった」
「日本軍……」
「中華連邦に亡命していた澤崎という旧日本政府の人物が首謀者のようだが」
「澤崎さんが!?」
どうやらスザクの知り合いのようだ。
「ということは、当然後ろ盾は………」
「中華連邦だろうね。あそこが運用している『
中華連邦は確かブリタニアとE.U.に並び、世界を支配する三大勢力の一つだったか。
そこが後ろ盾ということは、日本軍の正体は中華連邦の軍で、澤崎の目指す日本再興は完全な独立ではなく、中華連邦の傀儡国家になるということになる。中華連邦は協力する見返りにサクラダイトの採掘権を貰う………といったところか。
「私はトウキョウに着いたら、外交ルートで解決策を探る。君達は、このアヴァロンでキュウシュウに向かって欲しい」
「成程。コーネリア総督の軍もキュウシュウに?」
「既に向かっているが、できれば兵の消耗は避けたいからね。なるべく早い段階で決着をつけたい」
はぁ………大体察した。
要するにシュナイゼル殿下達を政庁に降ろした後、オレ達はそのままキュウシュウへ向かい、オレとスザクで日本軍を名乗る中華連邦の兵力に守られている澤崎の身柄を確保する、ということか。
「わかりました。”あれ”を試すにはいい機会、ですね?」
「あれ?」
「ガウェインにフロートユニットが搭載されていたのは知っているでしょ?あれをナイトメアへ追加装備することを主眼に小型化・軽量化した外装用飛行ユニットがこの船にあるんだ。ハドロン砲もあるけど、まだ収束制御が未完成だから攻撃には向かないけど」
そんなのまであるのか。
「つまり、オレとスザクはそれでフクオカ基地まで飛んで行くと?」
「そういうことになるねぇ、おめでとう!ナイトメアでの初の空中戦を体験できるよ」
全然嬉しくないな。
「そういうことだ。よろしく頼むよ」
「イエス、ユアハイネス」
即答したのはスザク だった。相変わらず迷いがない。いや、命令違反のことを気にしているのか今回は無さ過ぎる。元々命令を受ければ真っ直ぐ動くタイプだから扱いやすいが、同時に壊れやすそうでもある。
「ああ、それから」
シュナイゼル殿下が続ける。その瞬間、室内の空気が少し変わった気がした。
「今回の作戦指揮についてだが…」
何故か視線がこちらへ向いた。
「姉小路技術少尉、君に任せようと思う」
「「え?」」
「あはぁ」
「なっ」
「…」
数秒、室内が静止した気がした。スザクとユーフェミアが驚いた顔をする。ロイドはニヤニヤ笑い、バトレーは丸眼鏡がずれる程かなり驚き、カノンはわずかに眉を寄せた。
「……自分に、ですか?」
確認だけ返す。シュナイゼル殿下は微笑んだままだ。
「そうだよ」
「わ、我が君…いくらなんでも冗談が過ぎるのでは……」
「私は本気だよバトレー。彼は物事を俯瞰して見るのが得意そうだ。それに、人の動きを読むのも」
これは、試されているな。
この男は、人を信用して裁量を与えるタイプじゃない。
自由を与えて反応を見る。それで価値を測る。
「殿下、それは流石に危険では?」
バトレーだけでなくカノンも意見する。冷静な口調だが警戒は隠していない。
どうやらこの前のあの受け答えが少しまずかったようだ。
「心配ないよ、カノン」
シュナイゼル殿下は穏やかに返した。
「彼は合理的だ。少なくとも、無意味な行動はしない」
信頼ではないな。どちらかというと分析だ。
つまり、“現状では敵対する理由が薄い”と判断しているだけ。
「…それで、引き受けてくれるかい?」
滅茶苦茶断りづらい。下手に断れば不敬罪になりそう。
仮に断れたとしても、他者の手で作戦が考案されるとやりづらくなるだろう。特にランスロットを囮にした作戦に寄ってしまう。そしてオレはその巻き添えに………。
式根島でのことがあるからあり得る。
そうするとこの場でベターな選択は………。
「………確認ですが、作戦指揮の範囲にはこのアヴァロンの配置や装備の使用も含まれるのですか?」
「勿論だよ。船ごと特攻は勘弁して欲しいけどね」
成程。そこまで自由度を上げるのか。面倒だが仕方ない。
「……微力ながら尽力いたします」
他人に委ねるよりもは生存率が高い。
シュナイゼル殿下の話を一度整理する。
・澤崎の確保
→これはスザクにやらせる。ただ、ランスロットは突破力が高いが、長期戦と包囲戦に弱い。
・敵は日本軍を名乗る実質中華連邦の軍
→基地を占拠できるほどの規模で、当然戦艦もある。
・コーネリア軍の損耗は最小限に
→地形的に日本海か内陸、瀬戸内海を通って関門海峡へ向かうだろうが、敵もそんなことは想定しているため、正面衝突は避けられない。
・外交ルートでの解決を模索
→敵側の被害も最小限に抑える
つまり、敵味方双方の損害は少なく、かつランスロットに優位な形でフクオカ基地へ突入しなければならない。
ブリタニア軍の戦闘スタイルは、ナイトメアの高い機動力を活かした圧倒的な物量とスピードによる電撃戦が主。強者が強者らしく、正面から蹂躙するタイプだ。例えるなら、巨大なハンマーで正面から叩き潰すようなもの。
だが、オレにはオレのやり方がある。
『Z-01、EZ-01。フロートアタッチメントコンタクト。制御ライン確立、ファビオニクス―――』
トウキョウ租界で殿下たちを降ろした後、オレ達はそのままキタキュウシュウ方面へ向かっていた。
アヴァロンの格納庫では、ランスロットとマリスカスタムのコックピットブロックにフロートユニットの取り付け作業が行なわれている。
機体のコックピットに覆いかぶさるようにして装着されるランドセル状の赤いベースユニットは、鳥の翼のような形状をした
後ろにある電気熱ジェット推進装置とヒッグス場の限定中和による質量封じ込めとを組み合わせることで、回転翼や噴進装置などに全面依存せずに揚力と推力を発生できるようだ。一応固定翼機ではあるが、空中停止(ホバリング)やゼロ距離での旋回さえも可能とするマニューバが可能なようだ。
とはいえエナジー消耗が激しいことは変わりないが。
このアヴァロンの艦首にはナイトメア用ランチャーが搭載されていて、上空での発艦が想定されている。
だが、オレのマリスカスタムはそっちにはいかない………まだな。
「………キヨナガ」
コックピットのハッチを開けたまま機体チェックを行っている時、スザクから声をかけられる。
「キヨナガが考えた作戦、やっぱり僕がやった方がいいんじゃ?」
「ブリーフィングでちゃんと説明したはずだが」
「聞いていたけど、艦隊を一人で相手するなんて無茶じゃ………」
「この作戦は一人でやった方が効率がいい。それに言い出しっぺのオレがやらないと流石にな…」
スザクの役割は澤崎とかいう男を捕まえることだ。フクオカに着くまで、ランスロットはしばらく温存しておいた方が良い。
「まあとにかく計算通りいけば問題ない。失敗しても犠牲は最小限ですむしな」
「それって、自分一人の犠牲だけで済ませるつもりじゃ………」
「あくまで失敗した時の話だ」
オレの演算では、失敗する確率はかなり低い。
黒の騎士団が邪魔してこなければ予定通りに事が運ぶだろう。
「それはそうと……セシルさんから聞いたが、騎士を辞退したみたいだな?」
「………うん」
ユーフェミア副総督がアヴァロンから降りる際、スザクは騎士章を彼女に返したそうだ。
「一応聞くが、どうしてだ?」
「それは………ユーフェミア殿下は、こんな僕でも認めてくれたんだ。だから、迷惑をかけるとあの人が自分自身を嫌ってしまいそうな……そんな気がして」
スザクの性格を考えれば納得できる。だが………
「それだけか?」
「えっ」
「実はお前とゼロとの会話を聞いてしまってな。お前のその自己肯定感の低さと関係しているんじゃないかと思った」
「そうだったんだ……」
スザクの表情は落ち着いている。少なくとも外側は。
「……そうだよ。父を殺した………枢木ゲンブは僕が殺したんだ」
やはりか。
「咄嗟の行動だったとはいえ、僕が殺したことに変わりない。なのに、誰からも罰せられることもなくのうのうと生きている。そしてまたこうして守られて、殉職者や日本人の人達を横目に、一人だけ………そんな自分に、騎士の資格は………」
怒りでもない。悲しみでもない。
自分が父親を殺したことにより敗戦した日本を目の当たりにしたことでの罪悪感とトラウマ、自己否定………そして「罰がないこと」への違和感。
父殺しの呵責から自罰的なメンタリティを抱くようになった影響で、戦闘では常に自分の身を危険に晒そうとするなど、大胆な行動を取るようになったと。
整理されていない思考が、静かに積み重なっているのが分かる。
叶えるべき大望を持っているはずの人間としては矛盾した傾向の原因はそれか。
オレは少し考えた。正確には、どう答えるのが一番無駄がないかを。
「お前は自分が罰を受けていないことを問題にしているのか?」
確認にすぎない。スザクは一瞬だけ目を細めたあと、短く答える。
「……うん」
静かな声だった。
「お前は罰そのものを欲しいわけじゃないだろ?」
「えっ」
「罰というのは個人の罪悪感を和らげるためにあるものじゃない。秩序を維持するための仕組みだとオレは思う。お前は罰を受ければ解決すると思っているみたいだが、仮に軍法会議にかけられたとしても、父親を殺した事実が消えるわけじゃない。もし本当に罰が欲しいだけなら、降格でも拘束でも受け入れて終わりだ。だが実際はそうじゃない。お前が欲しいのは、自分が許される理由だ。違うか?」
「……」
スザクは何も返さない。否定できないんだろう。
「お前が感じている罪悪感は、罰がないから消えないわけじゃない。そもそも罪悪感は外部から解決されるようにはできていない」
ならどうするのが良いか。オレは結論だけを置く。
「罰がないこと自体が問題じゃない。問題は、今のままじゃ何も変わらないということだ。自分で折り合いをつけるか、行動で上書きするしかないと、オレは思う」
スザクの視線がわずかに揺れた。納得や理解ではなく、反発でもない。まだ、処理が終わっていないだけだ。
コイツは“罰による清算”という構造に寄りかかっている。
それが崩れれば、残るのは空白になる。
空白は、人間にとっては恐怖だ。
人は正しさではなく、既存の枠組みで物事を理解する。
枠組みが壊れたとき、まず止まる。
そして止まったまま、どこかで別の形を探し始める。
スザクは、おそらくその段階にいる。
オレはそれ以上は言わなかった。言葉で解決できる問題ならとっくに解決している。
必要なのは結論ではなく、次の行動だ。
「……キヨナガは」
数秒して、スザクがようやく口を開く。
「キヨナガは、今まで後悔をしたこととかは?」
普通なら少し考えてから答えるのかもしれない問い。だがオレの場合は違う。
「ない」
「そ、即答だね……」
「過去は変えられないからな」
再び沈黙が訪れる。おそらくスザクには理解しにくい答えだろう。
だが嘘ではない。白い部屋で学んだのは反省ではなく分析だ。
過去に価値がないとは思わない。
ただ、過去そのものを相手にしても結果は変わらない。
だから見るべきは現在と未来だけだ。
『―――まもなく、関門海峡に到達。EZ-01、移動の準備を』
ちょうど格納庫内でアナウンスが流れた。
「……ま。オレが言うのもなんだが、これが終わったらもう一度副総督と話すと良い。きっとお前の力になってくれると思うぞ」
オレはそれ以上何も言わず、コックピットのハッチを閉じた。
台車でマリスカスタムが格納庫内を運ばれる。
着いた先は艦内の下部、式根島でガウェインがハドロン砲を撃つ際に配置されていた場所には、ハドロン技術小型化の試験兵器であるハドロンブラスターが設置されていた。
といっても、通常ナイトメアが運ぶには大きすぎるくらいのサイズの大筒で、砲へのエナジー供給はナイトメア単独では賄えないため、アヴァロン艦内から伸びたエナジーケーブルが、ハドロンブラスターの背部へ直接接続されていた。
下部ハッチ前に立ったマリスカスタムを、巨大な砲身を脇に抱えた姿勢で固定し、最終チェックを終える。
『――瀬戸内海の戦線に到達』
艦橋から送られた映像がモニターに表示される。
かなりの数の艦隊が陣形を組み、キュウシュウに上陸させまいと防衛線を張っている様子が窺えた。
『敵艦隊、こちらを脅威認定。ミサイル発射シーケンスを確認』
オペレーターの声に、艦内の空気がわずかに張り詰めるのを感じる。
だが予定通りだ。
アヴァロンは前へ出すぎず、かといって退きもしない。
敵が『必ず撃ちたくなる距離』を維持していた。
『全艦より熱源増大!来ます!』
次の瞬間。夜の海を埋め尽くすように、中華連邦艦隊から無数のミサイルが発射。アヴァロンへ殺到する。
『ブレイズルミナスを展開。下部ハッチ、開放!』
ブレイズルミナスでミサイル攻撃を防いでいる間に艦底のハッチが左右へ展開され、機体のカメラを通して暗い空の様子が見えた。
『ハドロンブラスター、発射シークエンスへ』
「ハドロン粒子、加速」
マリスカスタムが抱えている巨大砲の砲身周囲で赤黒い光が走る。
艦内照明が一瞬だけ明滅した。
「ハドロン圧力上昇……限界域に到達」
オレは照準を細かく合わせない。
ロイドの言う通り収束制御は安定せず、精密射撃は不可能。
できるのは、ただ広範囲へ拡散照射することだけだった。
「ハドロンブラスター、発射」
トリガーを引くと、ビームは収束せずに広範囲の熱線として照射された。
広範囲の熱線が迫り来るミサイルを次々と破壊していきながら、海面へ触れる。
すると広範囲で蒸気が発生した。暗い夜空の下で、海そのものが沸騰したように白く煙り、巨大な水蒸気の壁が湧き上がる。
真っ白な海、いや蒸気の霧がモニターに映った。
『第一段階完了。高密度の蒸気幕形成を確認。視界不良、レーダー障害、赤外線飽和の発生』
『あはぁ、思ったよりも蒸気出たねえ』
通信機からロイドの楽しそうな声が聞こえた。
『キミの発想の転換面白いね。未完成品の欠点を直すんじゃなくて、欠点ごと運用に組み込むなんて』
「敵がたまたま最適な場所にいただけの話だ。オレじゃなくても思いつく」
『いやぁ、どうだろうね?』
なんということはない。
アヴァロンを“確実に脅威認定される位置”に置くことで、中華連邦艦隊の視線を固定。防空火器の集中攻撃を誘導した。
通常艦なら危険な攻撃でも、ブレイズルミナスで敵の火力を受け止めて時間を確保。
熱エネルギーの拡散照射で、ミサイルの迎撃と同時に水蒸気を発生させた。
無論適当に撃ったわけではない。高温で高密度の水蒸気が敵艦隊を包み込むように、風向きと潮の満ち引きを計算して照射ポイントを決めていた。
水蒸気には気象レーダーやミリ波レーダーで使われる特定の周波数帯(波長の短いマイクロ波など)の電波を吸収しやすい性質がある。
密度が高いエリアなら、電波のエネルギーがかなり弱まり、通信やレーダー、誘導ミサイルが使い物にならなくなる。
つまり水蒸気の壁が目くらましだけでなく、
これで中華連邦の艦隊はまともに連携が取れなくなる。
「これより、第二段階に移行」
『了解。アヴァロンを後退』
役目を終えたハドロンブラスターを床に置き、一般機のナイトメアに配備されている大型キャノンに換装する。
機体センサーを熱源から『音響および気圧変動モード』に切り替える。霧の中の空気の密度の違いから、大きな戦艦の位置はある程度逆算できる。
『霧の中だとレーダーは使えないから目視が一番の頼りよ。十分注意してね』
「分かっています。発艦の許可を」
『発艦、許可します』
通信回線の向こうからセシルさんの即答が返る。
背部の推進装置が低く唸る。
滞空するために常にエナジーを消費し続けるため、稼働時間が制限される。長時間の戦闘には向かない。
だからこの機体はフロートのみの飛行に頼らず、滑空する。
『マリスカスタム、発艦!』
「発艦」
前方へ進むと、足元が消えた。
上空へ放り出され、自由落下で機体が海面に向けて引きずり下ろされる。
前方モニターには蒸気と白い海が映るのみ。
その向こうに中華連邦艦隊がいる。
高度が落ち続け、警報が鳴るがオレは無視した。
高度二百。
百五十。
百。
そこで両翼を展開し、初めてフロートが唸る。
短く、鋭く、機体がわずかに持ち上がる。
その瞬間、海面から吹き上がる高温蒸気の上昇気流が機体を持ち上げた。
ふわりと、マリスカスタムの沈下が緩む。
空気の密度が高いほど、また水など密度の高い流体の中ほど揚力は大きくなる。
蒸気の谷間へ機体が吸い込まれていく。
目に見えない上昇気流を計器で探し、スラスターを噴射。ただし断続的に。
推力は最低限にし、姿勢制御に回す。
気流のコースを旋回し、高度を回復しながら空を滑るように進む。まさに鋼鉄のグライダー。
上空ではまだ爆発が続いている。レーダーの目を潰され、ミサイル攻撃から砲撃に変更したようだ。
思惑通り、敵艦隊の視線は空へ向いている。
誰も見えていないし、気付いていない。
白い蒸気の中を、一機のナイトメアが滑空していることに。
メインモニターで敵艦の輪郭を捉えた。
有効射程範囲に入ったところで、大型キャノンを構える。
一隻に照準を固定し、引き金を引く。
乾いた炸裂音と共に、砲弾が霧を裂いた。
アニメでフロート機と戦艦との戦いが無かったので書いてみました。