ダウナー男とサキュバスの話。   作:バンバ

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 3〜4話で書きたいところだけで終わらせたい。




 ジッポの火を起こす。フィルターの甘みを噛み締めながら、軽く一吸い。

 強く吸い込み過ぎないようにして、香りを口内でくゆらせ楽しみ、一息に吐き出す。

 ブラックコーヒーを一口。なんでこう、コーヒーとタバコは相性がいいのか。口がエゲツナイ臭いになる事だけが難点だが。

 バルコニーに用意したイスに腰掛け、テーブルに足を掛けて上向きにため息。

 

「はあ」

 

 気の抜けた声だったと思う。あるいは肺に残った残り香を吐き出したような、浅い吐息だったかもしれない。

 先から燃え尽きて変わり果てた灰が顔にかかる前に、吸い殻入れに灰を落とす。

 薄曇りの夜空の、雲の向こう。月光環が良く映える。

 寒すぎるわけでもない、暑すぎるわけでもない、僅かな湿り気を含んで顔を撫でた。

 いい夜だ、本当に。

 

 …………。

 ……これ以上現実逃避を深めるには、酒が必要かもしれない。

 半分ほどまで味わったバニラフレーバーのタバコを、辛くなるのを承知で強く吸う。

 

「……えっほ、ゲホ!」

 

 むせた。舌先と喉に辛みにも、痺れにも似た違和感。

 それを押し流すように、1/3程残っていた缶コーヒーを飲む。

 違和感が消えない。それでいい。このイガイガ感が、現実を直視させる。

 火を吸い殻入れですり潰し、飲み口に残った僅かなコーヒーの残りで湿らせて改めて吸い殻入れにねじ込んだ。明日、一度溜めこんだ中身を全部出そう。絶対すごい事になってる。

 

「……起きてますかー?」

 

 本来は一人暮らしのオレが、我が家の中で誰かに声をかける異常事態。

 寝床のベッドの上に、薄い布団を被って寝ている、誰かに声をかける。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

 規則正しい寝息が返事だった。化粧っけのない、薄汚れた、浮浪者のような姿の女性。しかし、汚れていても、背中まで伸びる金髪は先程の月にも勝るほどの美しさがあった。

 

 浮浪者というのは、あながち間違っていないのかもしれない。最低限体を拭っていた時、酷い臭いだったし、痩せぎすの体は本当に枯れ枝のようだった。骨にピッチリと張り付く肌が嫌に生々しくて、エロスを感じる前に恐怖すら感じられた。

 

 こうして我が家に連れ込んで、寝かせているものの、本当に何をしているだと思う。警察を呼ぶべきなのだろうとも思う。

 

 側頭部に、鈍く艶めく角が無ければ。背中に、萎びた枯葉のような翼が無ければ。腰に、擦り傷まみれの、爬虫類のような尻尾が無ければ。

 

 溜息一つ。厄介ごと、だよなあ。

 そんな言葉を口の中で転がして、取り敢えずのやる事を考える。

 オレは一人暮らしである。彼女がいた経験もない。つまるところ、彼女が身に着けているのは、オレの着古した黒いシャツと、紺色のトランクス。その上から明らかなオーバーサイズのジャージを着せているのが現状である。

 

 なんかこう、申し訳ない。死にたくなってくる。勝手に人様の裸を見た挙句、男物の下着を着せている。状況を一つ一つ思えば、訳の分からなさが際立つ。

 

 ともかく。女性モノの下着と、最低限出歩けるような格好の衣服を買ってこなければ。

 時計を見る。長針が12を、短針が9をバッチリと、見せ付けるように示していた。

 この時間から売っているお店とか、あるのだろうか。

 

 

 

 

 ありがとうペンギン、フォーエバーペンギン……! こんなド田舎でも夜中まで営業してくれてありがとう……!

 

 強いて言えば女性の下着とかあんな値段するんだとか、今月の趣味のお金が全部消えたなとか、たまたま居合わせたおばちゃん店員さんの視線が鋭かった気がするがまあ何とかなった。

 

 「彼女が酒の飲み過ぎで服をダメにしてしまったので慌てて買いに来たが、これまで女性との付き合いがまるでない状態で慌てて飛び出してきた為にどういうものが必要かわからないので教えてほしい」と頭を下げて事情説明という名の大パチをこいたら鋭さを鈍くしてノリノリで助けてくれたので、あのおばちゃん店員さんには足を向けて眠れないが。

 

 ただ、やはりというか、女という生き物はどんな歳になっても色恋の話は気になるのだろうか。母さんもそうだったように思う。

 

 そんなことを考えながら車を運転する。十分という時間は、法定速度を守りながらでも考え事をするには充分な時間だ。

 

 彼女は、何者なのだろう。不明。ただし人間ではないか、訳アリの可能性が濃厚。

 どこから来たのだろうか。謎。というかこれらは考えても仕方がないか。

 ……魔法使い、悪魔、とか? ……いや考えても仕方ないって。思考を打ち切ろう。

 

 家に帰ったら、オレがやることは最低でも二つ。

 彼女が起きているかの確認と、メシの準備だ。

 

 

 鼻をくすぐるいい匂いに、目が覚める。暗いオレンジ色の照明が、瞳を優しく刺す。

 

 違和感。寝ぼけた頭を総動員して、周囲を見回す。自分の姿を見る。

 

 なんで私が、男の匂いがする布団の上で寝ていたのだろうか。

 

 どうして男の匂いがする服を着ているのか。

 

 最低限とはいえ、清める事さえ止めてしまった汚れまみれの体が、綺麗にされているのか。

 

 ここは何処だ。何が目的なのか。

 

 体が重い。酷い疲労感。だけど、この訳の分からない状態で二度寝が出来るほど肝も据わっていない。

 

 夢? そんなわけない。夢であってほしいと願ったあの日々が、嘘なはずがない。

 

 二年前の私も、高々卒業試験でここまで酷い目に遭うことなんて予想していなかっただろう。

 

 それもこれも、あの当時、人間界全域で発生していた病気のせいだ。あれのせいで適当な男を引っかけることも難しくなった。

 

 それだけで済めば問題はなかった。あの病気は私たちサキュバス、それどころか魔界の魔物たちにも感染し、その後遺症として、魔力の操作や魔法の行使、精気を糧にする事を困難にさせた。

 

 私が知る範囲の話になるけど、魔界のサキュバスたちは人間界から一旦手を引き、私は取り残された。

 

 人間界の戸籍もない、人間と比べても多少頑丈な程度の体と、辛うじて角や翼、尻尾を隠せる程度の魔法。

 これが自然豊かな森林、密林地域であればまだ良かった。そういった環境でのサバイバルの知識は多少心得があった。

 

 だけど、こんなコンクリートだらけで、自然物も少ない、人の手の届き過ぎた、冷たい、固い、怖い街。

 

 最初の頃は病気を完治させた後、適当な男と交わった。これでやっと帰れると。

 それがご飯に、魔力操作を戻すキッカケになり得ないことに気が付いた時、私は大泣きした。

 

 異常な熱気の夏の乗り切り方を考えて、そこまで綺麗でもない川に体を漬けて無理矢理乗り切った。

 

 人の目を避け、ゴミの中から僅かな食べ残しや飲み残しを漁って食べた。虫や蛆が集っていたけど、死ぬよりはマシだった。

 

 学校で習った通り、『日本人は綺麗好きが多くて、とても食に拘るが、何か一つダメな理由があったら食べ物を捨ててしまう』という言葉を思い出せて本当に良かったと思う。

 

 身を裂くような寒さと、コンクリートの街並みの相性の悪さを身を持って味わった。ホームレスのジジババたちに助けられていなければ、きっと外気と同じくらい冷たくなっていたかもしれない。段ボールとレジャーシートの偉大さを教え込まれたのもこの時だった。

 

 一年も経てば、私と交わろうとする男さえ現れなくなった。

 

 数か月後、私の体を成している魔力が、食べ物からまかないきれなくなってしまった。

 

 更に半年、助けてくれたジジババたちが、あの忌々しい病気に罹って、みんな死んでしまった。

 

 嫌気がさしていた。環境に。自棄になった。どうしようもなく。

 

 だから、死ぬならいっそ、観光でもしようと思った。私が綺麗じゃなくても、せめて綺麗なものの中で果てたい。そう思ってしまった。

 

 あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。

 長大な橋を歩いて渡った。なんとか全身に使えるようになった『姿隠しの魔法』で姿を隠してトラックの荷台に紛れ込んだりして、行く当てもなく色んな所へ行った。

 

 ああでも、コンクリートの街を離れて、自然が増えたら食べられるものが増えたのは良かったことだろう。

 山に成る美味しい木の実は、ちょっと不味い物もあったけど、なんとか私の体を繋いでくれた。

 

 今にして思えば、ああして山の中に潜んでいれば食べ物の心配は無かった。でも、生きることに疲れ切っていた。それを選び取らなかったのは、紛れもない私の意思だ。

 

 そうして、当てもなく観光を続けて。何処かの街の路地裏でプツリと、糸が切れたような気がする。

 

 

 

 

 改めて考えても、記憶と状況が連続していない。

 そんな私のことを置き去りに、状況は動いていた。鼻歌が聞こえる。低く太い、男のそれ。足音が確かに、近づいてきた。

 

 少しだけ、間をおいて。成るようになるしかないかと悲観的に諦観。確か、まな板の上の鯛、と言うのだったか。*1

 さあ、来い。

 

「……あ、おはよう、ございます?」

 

 若い、大柄な、眼鏡をかけた男がそこにいた。

 

「…………えーっと……たまご粥作ったんですけど、あ、アレルギー……ああいや、食べられないものとか、あります?」

 

 その声の低さからは読み取りにくい、見え隠れする性根の優しさ。僅かに触れた。

 本当に、無意識だった。サキュバスというのは、種族として読心とまでは言えないまでも、他者の心の機微を察することに長けている。

 男の機微を読み取り、それに応えて効率的に精気を集める為のもの。それが発揮された。

 

 純然な心配。害意もない。私を労わってくれていること。それが私に向いていることを知った。気が付いた。

 

 酷く煩い嗚咽と、溢れる涙が止まらなかった。この人を困らせてしまうと必死に抑えようとしても、止まらない。止まってくれない。

 

 そうして泣き続ける私を、この人は、優しく私を抱きしめてくれた。多少綺麗になっていても、汚れも、臭いも酷いだろう私を、それでもギュッと。

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 その温かさを、私は忘れることは絶対にないだろう。

 

 

*1
鯉である。





 ガテン系独身趣味人。ハタから見たらゴリラ。ちゃんと頭も回るし“触らぬ神に祟りなし”とは思うけど「何もしないで結果的に最悪のパターンになったりした時の後味の悪さを想像するだけで嫌だ」となるタイプの人種。かつて怖いもの見たさでウツ◯ボロスを読んだのが最大の理由。あとで名前は出る。

サキュバス
 コロナによって酷い目に遭わされたヒト。あと一日拾われるのが遅かったらガチで死んでた。極限状況で下心0の優しさに脳焼きされた。後で名前は出る。
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