たぶん、終わらん。
腹が減る、というのはとてもしんどい事だ。衣食住の中でも近代において軽視されがちだけど、この三つのうち一つを手放せと言われたりしたら、オレは食だけは手放せない自信がある。
自覚的な趣味の一つに食べ歩きがある以上、そこだけは外せない。
眠る彼女のあの体つきを思い出す。あんな、文字通り骨と皮だけしかない体。ひもじい思いをしていない筈がない。食べ物を好きに飲み食いできないのいうのは、本当に苦しいんだ。
何らかの厄介ごとを抱えていそうではあるものの、だからと言って大変なことに巻き込まれている誰かを見ず知らずの人だから捨て置く、というのは後味が悪い。
「キャラじゃねえんだけどな」
溢れるような、誰に語るでもない愚痴が出た。
とりあえず作るものも既に決まっていた。お粥、たまご粥である。というのも、どの道彼女が起きて飯を食えたとして、大量に食べさせる訳にもいかない。
飢餓状態の人に食べ物を食べさせすぎても死んでしまうとか何とか。漂流者のノッブもそう言っていた。
鍋を準備して、冷蔵庫にしまってある麦茶ポット……に常備している昆布出汁と鰹出汁だ。それぞれ100ml程、どぼどぼと鍋に落としていく。
そのままクッキングヒーターの電源を入れる。合わせ出汁を沸騰させる間に、冷凍庫からラップに包んだ一合分の冷凍ご飯と、生卵を一個取り出す。
「ふんっ」
こういう時、力仕事に慣れてて良かったと思う。
バキ、ボリンっと明快な音を聞いて、大体半分くらいの冷凍ご飯をラップから取り出して、残りは再度冷凍庫にしまい、取り出したご飯を鍋に入れて、氷で中身が冷めつつある間に卵を別の器に割り入れ、ささっと溶く。
「あ、ネギ……いや、てか、うん。いいか」
ここで失敗を悟った。そもそも彼女がすぐ起きるかもわからないし、そもそも卵を食べられるのかとか、そういう確認もできていないのに作り始めてしまった。アホか。気持ちが先行しすぎていた。
……今日、明日の朝までに起きなければ、ひとまず食べてしまおう。
鍋が沸騰し始めたので、ヒーターの出力を弱め、卵を溶いた時の菜箸でぐるぐるとかき回す。そうして十分。ヒーターを止める、溶き卵を回し入れ、軽くひと回し。少しだけ掬って味見。
悪くない。塩を入れてない為、どうしても薄味だが、出汁の旨味たっぷりだ。フワフワになった卵の舌触りと、お粥とはまた違った柔らかな食感のアクセントも悪くない。
昆布と鰹の出汁たっぷりのたまご粥、完成。
そのまま蓋をして、彼女の様子を見に行く前に、片付けを手早く終わらせる。
この手の食器洗いとかは後でまとめてとか考えてると、面倒臭さが優って死ぬほど面倒なくらい溜め込んでからやる羽目になる。小まめに小まめに消化するのが大事なのだ。何事もこれが大事。
ソースは学生時代自炊に目覚めた時の片付けを面倒くさがって二週間放置をして腐海を生み出した経験則より。
……だけど、ゲームとか本とかはついつい積んでしまうんだよなあ。あと格ゲーのキャラ対とか。他にもテラリウム用の容器とか。
ああ、高校時代の担任の言葉が蘇る。
『明日やろうは、馬鹿野郎の言葉』
『いつかやろうは、大馬鹿三太郎の言葉だよ』
そうして、片付けを終えて時計を見れば、時刻はドワンゴがお知らせしてくる中でも個人的に最も嫌な時間になっていた。寝なければ後が辛いという現実を突きつけてくるとか、その方向性で。
とはいえ明日は休みであるし、何より異常事態の対応が先決だ。
一応様子を見に行こう。起きてなければ、明日起きてから考えればいい。
そうして、起きていた彼女に声をかけて、大泣きされて今に至るのだが。
見ていられないくらい大泣きする彼女をそのままにしておくことが出来ず、宥めながら背中を軽く叩く。
「大丈夫、大丈夫です」
「うぇあああぁあああん! ひっ、ぐっ……ぅえええんん!」
何があったのかは知らない。正直なところ、あまり知りたくない。
厄介ごとに首を突っ込みたくないのはそうだけど、その人にとって大変なことがあったのだろう、と。理解、共感しよう。
ただ、その人の傷は、その人のものでしかない。オレは、その人にならない。
慰めたり、宥めることはしよう。ただ、下手な同情なんかは受け取り手の精神状況一つでどうとでも転がってしまうことを、嫌というほど知っている。
そうして十五分は経って、瞼を腫れ上がらせて、それでも泣き止んで「見苦しいものを、すみません」と頭を下げてくる彼女の頭を上げさせる。
「いいえ、お気になさらず。積もる話もあるとは思います。ただ、その前に」
「……」
「ご飯にしませんか?」
「……え?」
「ああいえその、先程言ったたまご粥を」
意表を突かれた。そんな顔に見えた。
キョトンと。ポカンと。そんなオノマトペがピタリと当てはまるくらい似合いそうな顔。
ぐぎゅーぐるるる。
ぎゅるぐるるーぐ。
そんな出来過ぎなタイミングで、それはもう凄い音が鳴った。五秒くらいは響いたか。
先程の泣き腫らした赤い顔とはまた違う理由で顔を真っ赤にしている彼女。
十秒、二十秒……と経って、俯きながらか細い声で「お願いします……」と返事が返ってきた。
「じゃあ、少し待っていてください。温め直しますので。ああ、先に水だけ持ってきますね」
そう言って、逃げるように寝室を出た。
ああ、水と一緒にタオルも持ってこよう。
♡
おいしい、うまい! おいしい、うまい!
頭の中の思考回路がそれだけで埋め尽くされていた。
とろみを帯びた、お米を煮詰めた、お粥という料理。黄金色にも似た色のスープの美味しさと、一緒に混ぜられていた卵の美味しさ。抑えられた微な塩味の後に波濤のように押し寄せる旨味。
スプーンひとさじに掬ったこの料理への深い感動を覚えていると、辛抱堪らんと温かいお粥を口に放り込んだ。うまい!
いくらでも食べられる。というかあの人の心配そっちのけで「おかわりさせてください!」と食べて、もう三杯目だ。
最初は「体が細くなり過ぎている状態で食べすぎると危ないみたいなので……」と私を説得しようとしていたあの人の意見を聞き入れようとした。したんだ。
もうね、胃も舌も掴まれました。
碌に飲み食いできなかった中、『善意100%で助けてくれた人が』『私の為だけに作ってくれた料理』を口にした私の胃袋、いや、体はもう、即落ちしていた。
食べ終わって一分もしないうちにまたお腹を鳴らした。しかもさっきより主張激しく。
『……』
『…………』
『……おかわり、持ってきますね』
『あ、ありがとう、ございます……』
恥ずかしくて死にたくなったのは、コラテラルダメージだと思おう。結果として、このお粥にありつけた。
この涙は、お粥が美味しいから出てるんだ。そうだ、きっと。
「本当に、お見苦しいところをお見せしました……!」
「いえいえ頭を上げてください!」
ポッコリと主張するお腹の重みと若干の息苦しさに反省しながら、それ以上の羞恥に襲われていた。
衣食足りて礼節を知る、なんて言葉が地球にはあると聞いたことがある。
ゆとりがなければ、ヒトは礼儀に関心を向けられない。
なるほど、先程の私そのものじゃないか。今すぐ少し前の記憶を消して……いやダメだあのお粥の味を忘れたくない……!
そんな反省しているのかふざけているのかわからないことを考えていると「あの、すみません」と若干の硬さを感じさせる、低い声がかかった。
「な、なな、なんでしょうか」
「その、お互い、お互いの名前を知らないなって。ああ、オレは篠屋宗治といいます」
そういえばそうだ。というより、本当に。
悪魔の末席に名を連ねつつ、命の恩人に名すら名乗らずにいるこの現状は、流石によろしくない。
沽券に関わる。
……二年間の生活の間に、そんな事を考える余裕さえ無くなっていたことを改めて突きつけられた気がして、やっと安心出来たんだと実感した。
そんな安心を、余裕を与えてくれたアシヤ・ソウジさんに万感の想いを込めて、口を開いた。
「これは失礼を。ソウジさん。では、私も。
私は、アーク。アーク・テレデジータ。悪魔……というより、サキュバスです」
男
名前が判明した。料理も趣味。そこそこできる。
拾った女の子を(安心で)泣かせて(胃袋を掴んで)離れられなくした鬼畜。
緊張とか色々あって言葉違いが硬い。
サキュバス
名前が判明した。前話時点で裸も見られてるし身体中触られてるし、今回で泣き顔見られたし胃袋掴まれたしで……3アウトってところか……。
本格的に余裕が出来たら捕食者の目になる。けど今はまだ情報とかが整理し切れてないので、話し方が若干コミュ障みたいな感じになってる。