ダウナー男とサキュバスの話。   作:バンバ

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 お待たせ、待った?

 そして前後編です。そして作者の趣味回です。テラリウムは、いいぞ。




「前から気になってたんですけど、あの容器に入ってる植物って自分で植えてるんですか?」

「植物……ああテラリウム」

「テラ……?」

 

 ソウジさんに、前から気になっていたことを尋ねた。

 水槽の中に入れられた、山の中の景色を切り取ってその中に納めたような、小さな箱庭のようなインテリア。

 

「テラリウムね。仕事柄、あんま安易に休めなくてさ。体力も落ちてきたと思って」

「……ならいっそ、見たいものを作ればいいと?」

「そうそう」

 

 ならタバコを止めたらいいのに、なんて言葉は飲み込んだ。割と私自身がストレスの原因そのものである気がするし。あと、タバコを吹かしている時のソウジさんもなんだか絵になって好きだというのも、多少は関係あるかもしれない。

 

 あと、ソウジさんは言い方が変な時がある。迂遠な言い方をするというか、答えに直接触れずに、その外周を撫でるような。*1

 さては私相手*2だからパーフェクトコミュニケーションが成立しているのでは……。

 

 ソウジさんの語るテラリウム、私が特にお気に入りなのは、緑が生い茂る山肌の斜面に、石の祠が埋まっているように見えるものだ。サキュバスの私が言うのも変な話かもしれないけれど『神秘』という言葉を作った人はそれだけで文学的な才覚があるに違いない。

 

 日常の中には無い、自然が複雑怪奇な関係性が生み出すそういうものの計り知れなさ。私たちという一個人の存在が、どれだけ小さいものかと叩き付けてくるスケールの大きさと、その背後に感じざるを得ない超越的存在の影。

 きっと、昔の人間はその“影”に色んな名前を付けてきたんだろう。ある人は神と呼んだ。ある人は天使と呼んだ。ある人は悪魔と、妖精と、精霊と、みたいに。

 ……そう考えると、たまたまか、或いは魔界と過去から関わりがあったからか。淫魔、サキュバスの種族がその“影”の中にあるようで、不思議な気分だ。

 

 パターン化された安心できる要素、という側面もあるのかもしれない。古い時代、まだ自然と共に、或いは相手に生きてきた人間が、本能的に何かを感じ入る場所がそういう場所だった、という線もあるかな。安心であれ、恐怖であれ。

 

 私も、特に週に一回の水やりの時に、霧吹きで浴びた水滴が葉の表面に滴って、照明の光を跳ね返してキラキラと輝くその光景を、じいっと眺めていたいと思う。というかやった。お昼ご飯を食べて家の掃除をしていた時に、ふと目を奪われた。三時間は眺めていた気がする。……あの時は本当にビックリしたな。気がついたら時間が進んでいたようにしか感じなかったし。

 

 それに、何となくの緩い繋がりのシンパシー。私の自暴自棄に死にたがっていた時に抱いていた思いと、何となく似たもの。綺麗なものを見たい。彼が。私と同じ思いを。

 ……これ実質相思相愛なのでは?*3

 

 ので。

 

「よし、折角だし、明日作るか」

「え?」

「ま、ずっと家に居てやることが無いってのも大変だろうし、暇つぶしになればなって。嫌だったかな?」

「い、いえ全然」

 

 こんな急に、自分で何かを作る事になるなんて、思いもしてなかったのです。

 

「あ、あとアマチュアだから、そこまでの道具とかは期待しないでくれよ?」

 

 

 

 

「はい、それじゃやってきますかー」

「よ、よろしくお願いします先生!」

「先生はやめようぜ。なんか居心地悪い」

 

 テーブルの上に敷かれた新聞紙。握って使えるタイプの水差し、霧吹き。何かが入ったタッパー。小さめなハサミ。真っ直ぐなピンセットと、細い金属の棒。その上に置かれた蓋付きの、円柱型のガラスケース。

 

 それから、同じ色で、色の違うテープが貼られた4つのバケツに、ガラスのボウルとお玉。あと、細い筆。

 

 そう、何故かボウルとお玉が一緒に置かれている。料理で使うようなアレだ。筆も気になるけど、どうして?

 

「先に言っておくけど、普段使いのボウルとお玉は混ぜてないからなー」

「さ、流石にそれは疑ってませんよ!?」

「ホントかなぁ……まあ、絵面が悪いのは否定しないよ」

 

 ごめんなさいちょっとだけ疑いました。

 

「ま、それはいいか。とりあえずこのバケツ、四種類あるんだけど」

「えーっと、赤玉、バーキュ、ピート、炭……」

「そうそう。それを混ぜる。バケツの中にすり切り用のヘラが入ってるから、それも使ってね。とりあえず赤玉を4杯」

「はい!」

 

 蓋を開けると、褐色の乾いた小粒の土玉、キラキラと光るけどボロボロの砂利のようなもの、サラサラの粉のような土、小麦か何かの炭が入っていた。

 

 あの、どの口でアマチュアとか言ってやがったんでしょうかこの人。私視点では既にアマチュアの領域じゃなくなってるんですけど。それともアマチュアでもこれ位が求められるような趣味なんでしょうかテラリウムって。

 

 などと内心ビビり散らかしていたら、声がかかった。

 

「入れ終わったら、次はバーミキュライト……キラキラしてるやつね。それも4杯」

「バーミ……バーキュミ……」

「バーミキュライト。呼び辛ぇよなあ……」

 

 ……金色っぽい小粒の砂利は、一つ摘まんでみると軽くて、意外なほど脆かった。まじまじと見ると虫*4みたいだ。

 1、2、3、4杯と。ボウルに入れる。こうして見ると、お菓子でも作っている気分になる。

 

「ピトーモスでしたっけ」

「惜しい。ピートモス。それは2杯。あと籾殻炭は1杯ね」

「……あの、ケースに入りきらなくなりそうな量に見えるんですけど」

「うん。余るよ」

「いやほら、余ったら俺が居ない時にまた作ったりする時に、多めにあった方がいいかなって。……あー、別に趣味じゃ無かったら俺の方で使うから」

「いえいえいえ! 態々ありがとうございます!」

 

 善意と、若干の申し訳なさ。それを言葉と視線から感じてちょっと肩に力が入った。好きに、成らねば……なんてのは考えすぎだけど、思いを寄せる人と共通した趣味の話が出来るというのは、かなり大きいのではないだろうか。

 しかし、ふと疑問が過った。

 

「あの、ソウジさん。質問なんですけど」

「どうした? あ、それは全部混ぜちゃって良いからね」

「あ、はーい。それで、腐葉土とか入れなくて良いんですか? 何となく、栄養のある土ってイメージなんですけど」

「あー……」

 

「なんて説明したもんかなー」と右手で頭をガシガシと掻いて言葉を選んでいた。独り言を吐く時、声のトーンが低くなるのといい、ソウジさんの何かを考えている時の癖だ。好き。*5

 そういえば、昔読んだ教本に載っていた気がする。自分で頭を掻く人は、何かしら大きなストレスを抱えているか、他人に甘えたい欲求の表れであるのだとか。……前者だろうなぁ……。

 

「そうだな……まず、苔ってぶっちゃけ、植物じゃないっていうか……」

「え」

「いや厳密には“苔植物”って括りがあって、種で増えるフツーの植物とは別種なんだけど……あー、取りあえず『原始的な植物』が苔って認識してくれればいいや」

 

 あの、本当にマニアックな話になってきた気がする。本当にアマチュア気取りなの? 或いはテラリウムを作るというのはアマチュアであってもこれだけの知識量を求められる高度な趣味なの?

「あ、ひとくくりに悪魔でまとめたらアークもその中に入る、みたいに言えばいいのか?」と言われて何となく納得した後、ソウジさんは言葉を続けた。

 

「で、だ。アークって、俺が腹一杯にご飯食べるとして、同じ量食べる自信ある?」

「……………………ちょっとないです」

「ホントかなぁ……まあいいか。苔って、小食なんよ」

「……はい?」

「すっごい雑に言うと、原始的だから、体が効率的に栄養を吸収できない。そういう構造になってないんだ。そうなると、そういう栄養ってどうなると思う?」

「どう……腐って……え、一緒に腐っちゃったり、カビに巻き込まれる、とか?」

「大正解。まあ後、別に根っこから栄養吸収してないから土に混ぜてもあんまり意味がないんだよねえ。蓋するタイプのテラリウムなら尚更。あと根本的にダンゴムシとかカビを食べてくれる虫を入れたりするとか、例外は多々あるけど……」

 

 土を混ぜる手が止まる。もしかしてテラリウムって。結構な深遠なタイプの趣味だったりするのだろうか。

 

「とにかく、腐葉土はテラリウムには基本使用厳禁。いい?」

「わ、かりました」

「よし、そしたら、お玉に掬って、ケースに入れてみようか。取りあえず2杯」

「……真ん中で山になっちゃった」

「ここで筆の出番よ。土の位置を整えるんだ。斜面を作ってもいいし、真っ平らでもいい。思うままにね」

 

 ソウジさんが自分の分の土をガラスケースの中で、筆を使って水平にしてみせたり、わざと斜めにして斜面を作ってみせた。

 ……冒険するのが少し怖かった私は、平らに土を整えた。

 

「そうしたら、水差しで水を回しかけて」

「え、苔を先に入れないんですか?」

「いや、土が水を含んでないから、軽すぎてね」

「……?」

「苔を植え付けるタイミングになったら嫌でもわかると思う」

 

 取りあえず言葉に従って土を湿らす。……なんだかチョコレートケーキを作ってる気分になってきた。

 

「そうしたら、次は苔だね。余ってたタマゴケがあるから、それを使おうか」

「ついに苔ですね!」

 

 突然ながら、私、アーク・テレデジータはそこそこ器用だと自負している。要領もそこそこ良くて、学生時代はトップ……とまではいかなくても、実技も座学も好成績を収めていた。

 なので、というか。この時の私は知る由も無かった。

 ……綺麗なものは、それを作るまでの苦労も、相応のものがある、なんて当たり前のことを。

 

 

*1
アークに電流走る。

*2
疑似読心能力

*3
捕食者の目

*4
ダンゴムシかカマキリの卵のように見えなくもない

*5
アークポイント100点贈呈。10点からエッッッッな(ry




篠屋宗治
 コミュ障疑惑が浮上中。初心者にワっと情報の洪水を吹っ掛けるタイプ。
 趣味がインドア的。
 そもそも独り言が多い。
「ずっと家の中で縛り付けるのも心苦しいし、せめて何か趣味になるような……せや!」

アーク・テレデジータ
 突然情報の洪水をワっと浴びせられた。ちょっと無量空処。けど捌ききった。
 適正体重を取り戻した。
 ちょっとずつ視線がじっとりしてきた。ちょっと……?
 この後少し苦労する予定。
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