男に元々オトモアイルーは居たけれど、男が登山に傾倒していくに連れて愛想を尽かされた感じ。
特に何の変哲もない明朝にドスバギィが駆け込んできた。
村の本日の見回り担当達も特に何も起きているようには思えていないようだが、ドスバギィはとにかく急かすものだから取り敢えずと準備をして、背中に乗って走るがままにされていくと、この村の縄張りはまず超えて、そこから更に遠く先まで。
俺もまだ探索した事のないような距離まで離れて、流石にどこまで行くんだ? と聞こうとした頃。真っ白に雪が降り積もる中にはとても不釣り合いな、デカい緑色が見えてきた。
悍ましさすら感じるその色は、咄嗟に俺を身構えさせた……が。
その緑色の上半身は洞穴の中に埋まっており、そして狭い穴に強引に頭を突っ込んだせいか抜けなくなっているようだった。更に言えば、踏ん張って引き抜こうとするであろうその後ろ足や、暴れているべきその胴体と遜色ない太さを誇る尻尾は、ビクビクと震えるばかり。
何か記憶に引っ掛かるところがあるようで、気付いた。
「……ああ、ここ、トビカガチの亜種の寝床か」
アオアシラが引きずられていった方向と一致していたのに気付いた。
要するにアオアシラの死臭に誘われてやってきた訳だ。そして詰まった。トビカガチ亜種が中で生きているかどうかは知らんが、その毒を喰らって引き抜くにも引き抜けなくなっている。
「俺にどうして欲しいんだ? あのトビカガチ亜種の事は仲間なのか?」
そうではないようだった。
「……恩でも売っておきたいか?」
そんな感じらしい。まあ、俺としてもアイツは結構人の縄張りには流石に入って来ないとは言えど、そのすぐ近くまで良くやってきている個体だったから討伐してしまうのもアリかと少し考えていた位だったし。
俺としてもそうするのに越した事はない。
「じゃあ、取り敢えずは、と」
片手剣を手にして、イビルジョーに近付く。
捕獲も容易く出来るだろうが、捕獲したとしてもここから調査出来るような大型のギルドがある場所まで運搬するコストの方が遥かにデカい。イビルジョー自体ももうどちらかと言えば既知の竜に属するし。
太い血管が走っているところを、何ヶ所か深く切り裂く。暴れられるか少し危惧したものの、もう既に毒が全身に強く回っているようで、抵抗もない。
そしてどばどばと飛び出してきた血が止まらない事を確認する。一時間もあれば事切れてくれるだろう。
「……で、問題は、解体だよなあ」
イビルジョーは、市場での扱いがすこぶる悪い。一般受けは言わずもがな。食用としても適さない。武器、防具としては優秀な方ではあるが、ぶっちゃけコイツ程に危険度の高いモンスターのそれならもっと良いものが他に多くあるし、更に言えば加工の難易度も他の竜種やらより高いという。敢えてこいつの武器防具を使うってのは、正直変な好みだ。
「ま……新人の勉強にするか。そういう訳で、新人を連れて来ようと思うが、一旦村まで送り返してくれるか?」
ドスバギィは快く頷いた。
そしてクシャルダオラも居ないこのタイミングで空っぽにする訳にもいかないので、新人二人の内まず一人と、興味を持った狩人志望の子供を連れて戻ってきた頃には、イビルジョーの周りにはなみなみとした血の池が出来ていた。
イビルジョーの異質さをそのまま体現するかのようなドス黒い血。子供は、意外とそれを見てもそこまでショックを受けていなかった。
「意外とこういうのは平気なんだな?」
「腹をくり抜かれていたゴシャハギよりは……」
そういうものなのか。分かるような、分からないような。
「まあ、取り敢えず。解体しながら勉強するとしようか」
今日一日はそれにつきっきりになりそうだ。
イビルジョーは、全身そのものが武器だ。その巨体を振り回すだけで致死的な威力になる。胴体とそう変わらない大きさを誇る尻尾は、伏せて躱そうとしても地面スレスレにまで這ってくる事があって、その場合はこのスパイクの部分でガリガリと削られて酷い事になる。食われるよりはよっぽどマシだが。
そして同時に、尻尾はイビルジョーの弱点でもある。殆ど退化したような前足もあって、その全身のバランス制御は殆どこの尻尾に頼りっきりだ。だから、尻尾を切断出来てしまえば、複雑な動きなどどれも出来なくなるイビルジョーも多い。
それで、この後ろ脚だが、折ろうとは考えない方が良い。全体重を支えているだけあって骨も筋肉も、ハンマーや徹甲榴弾をしこたま打ち込もうがびくともしない。やるならこうして血管を切る方を考えた方が良いんだが、それも簡単には狙えない。
竜に踏まれたら基本的にどれも大惨事な訳だが、狩人だと頑丈な防具や柔らかい地面に助けられるという事も多い。だが、イビルジョーはダメだ。どんな防具を着ていても、地面が柔らかくとも、等しくぺしゃんこにされるだけの体重がある。
更に踏まれなくとも、その巨体で脚を地面に思い切り叩きつけようものならば、地震のような衝撃が走る。それで転んでしまえば。イビルジョーにそれを見られたら、起き上がる前に今度こそぺちゃんこにされるか、むしゃりといかれるか。
それと意外にも弱いのがこの何にも役に立ちそうにない前脚だ。退化しつつあるとすら思えるようなこの前足にも神経はいっちょまえに通っているらしく、驚く程に怯んでくれる。ただ、執拗にいじめても大したダメージにはならないし、すぐに千切れたりするから、本命を狙う為の始めに狙うようにした方が良い。
それで、全身がはちきれんばかりの筋肉で覆われているコイツの胴は基本どこも硬い訳だが、柔らかいのが尻尾と、そして胸だ。コイツの吐く靄のような龍属性のブレスは触れるだけで全身に龍の雷を駆け巡らせるが、その肺活量を支える為に柔軟性が高い訳だな。
ただ、ここを攻めるにはイビルジョーの懐に潜り込まなければいけないのには変わらないんだが。
うん、そうだ。イビルジョーを倒すには、自ら死地に潜り込まなきゃいけねえんだよな。そんなのどれを相手にしても一緒だろうがって話だが、背中を取るだとか、側面に回り込み続けるとか、足元でちょっかいを出し続けるとか、そんな幾つかの獣竜、時に古龍にすら通じる定石がこいつにはどれも通じねえんだ。だから、古龍ですら倒したチームがイビルジョーに全滅させられるとか、そんな事も珍しくはない。
正直……一人だったらラージャンよりやりたくねえ相手だよ。ラージャンも同等に危険な相手だが、あいつの攻撃は全て勢いをつけてこそ威力を発揮する。要するに予備行動が基本ある訳だ。更に体躯も大きくないから避けるのもそんな難しくないし、動きをきちんと見れていればどうにかなってくれる。だが、イビルジョーはこの巨体そのものが凶器だ。大した予備行動なしに命を刈り取る行動もあれば、次の行動が分かっても避けきれないような範囲の攻撃が飛んでくる事もある。うん……だから、今回イビルジョーが来て、こんなバカみたいな姿を晒していてくれて、正直助かったよ。やりたくはなかった。
尻尾と後ろ脚を解体し終える頃には昼も過ぎていた。
汚れないように気をつけていても、臭いがこびりつくのは止められず。
そして食い続けなければその体を保つ事すら出来ないこの欠陥生物は、その内にある強力な消化液が自身の肉体を溶かし始めているような、嫌な臭いを醸し出し始めていた。
放っておいても、数日経たない内にこの不安定な肉体は崩れ落ちてくれるだろう。
だが、そうすれば素材はどれも使い物にならなくなるが、もうそれでも良いかと思うくらいに疲れた、というより面倒臭くなってきた。
ついでに言うと、トビカガチ亜種は生きているようだった。外恥も厭わず助けてというような弱弱しい声が洞穴の中から時折聞こえてきていた。
まあ、二度寝を貪っていたらイビルジョーが巣穴に顔を突っ込んできていた。そして逃げ場所もない。
悪夢にも程がある。生きているにせよ、憔悴しきっているのには想像に難くない。
「今日一日はこれで終わるなぁ……」
結局解体をしないとトビカガチ亜種はこの中に何日も閉じ込められたままなので、助けて恩を売るなら解体を続けるしかなく。続けるなら、大した価値にならずとも素材は剥ぎ取りたい。
内臓を引っ張り出して、外に投げ捨てた。
普通ならすぐにでも肉食の竜やらが寄ってくるが、時に狩人の防具すら溶かして使い物にならなくさせる強烈な腐食作用を持つ、まるで生物の臓器から発しているとは思えない臭いを醸し出すそれには最早竜避けですらある。
ただ……これを人が使おうとも思わないだろう。
解体の様子をちょっと離れて見ていたドスバギィも、近付こうとはしない。
「一旦休みますか?」
「そうだなぁ」
火を軽く起こして、携帯食料をモソモソと食べて休んでいると、作業の音が聞こえなくなった事に不安になったのか、洞穴の中から早く助けてくれというような声が何度も聞こえてきた。
「うるせえ、助けて貰えるだけ有り難く思っとけ」
日も暮れようとする頃、やーーーーっとイビルジョーを引っ張り出せるくらいにまで解体が進んだ。とは言え、どれだけ解体しても洞穴にみっちりと詰まったイビルジョーを引っ張り出すのも面倒臭いというか、人手が流石に足りないので火薬を持ってきて肉体を爆発させる事にしてしまう。トビカガチ亜種がその衝撃で埋もれたら……まあ、その時はその時だ。
内臓があった場所に火薬を詰めて、距離を取って爆破。
小規模な爆発が起きて、血肉が派手に弾け飛ぶ。
「汚ねえ花火だ」
妙に格好つけた言いようからして、漫画か何かの台詞でもあったか。
俺がそう察したのを察したのか、続けて言ってきた。
「超能力……厳密に言えばちょっと違うけど、そんな力を持つような人間、いやこれも厳密には人間でもないんだけど、そんな人間同士の戦いの話っすね。ある悪役が、その超能力っぽいそれで、人間の体を内側から弾け飛ばすんです」
「ふぅん……これ、クシャルダオラは実際に出来るけどな。多分」
「えっ」
「クシャルダオラの中でもかなり上位の奴しか出来ねえだろうし、あいつはそんな下衆い殺し方……毒を使ってこない限りはやらないよ」
そう言って体を起こす。
「もう少し爆破すれば、穴がきちんと開くだろう」
「…………」
新人が俺に続くのが少し遅れた。
別に、古龍が超能力じみた訳分からない力を持っているのは今に始まった訳でもないだろうに。
もう一度の爆破。弾けたイビルジョーの頭。イビルジョーの頭というものによって無理に拡げられ、そしてその支えを失って一気にバランスを失った事によりどしゃりと落ちた洞穴の上の土砂。そしてぽっかりと穴を開けた先の洞穴。
トビカガチの亜種が、ボロボロな状態で出てきた。
多分、内側で龍属性のブレスも喰らったのだろう、しかも洞穴の中で充満したそれを纏めて喰らえば、食われなかったにせよ大ダメージなのには間違いない。だからか、全身の所作もとても覚束なかった。しかし、ただではやられなかったのもその通りなようで、爆散したイビルジョーの顔のどれにも、トビカガチ亜種のその毒針が突き刺さっていた。尻尾にも毒針の残弾は一本たりとも見当たらず、そうして靄のブレスに殺される前には無力化する事に成功した、と。
そして、俺達狩人を前にしても抵抗する気力もないように、イビルジョーの死体から離れると、そのまま体を丸めた。
「……どうするんだ? 後はお前が世話でもするのか?」
そうドスバギィに聞けば、いや、後は大丈夫だろうと、俺達と一緒に帰ろうと歩み寄ってきた。
「まあ、それもそうか」
「え?」
理解出来なかった新人にそのまま帰る事を伝える。
「龍属性のブレスをたっぷり喰らったようだが、食い千切られたり涎を浴びた訳でもなく、五体は普通に動いているし、別に飢えている訳でもねえ。これ以上介抱する必要もないだろう、って事だな」
剥ぎ取ったイビルジョーの素材をドスバギィの背中に乗せると、露骨に嫌な顔をしたが、その位は対価として我慢しろと返す。
これを対価としても正直釣り合うかどうか微妙なところだ。マスターランクって訳でもなさそうだし。
「…………いつもの倍疲れた日だったな」
「さっさと体を洗いたいです」
「同感だ」
*
翌日、俺の留守中にここを任せる友人が来た。
任せるタイミングはまだもう暫く先だが、村専属の狩人でもなければ基本的に毎日をどう過ごすかは自由というものだ。元来高級取りな職業ではあるのだし。
「なんか……お前、更に人外じみた雰囲気になってねえか? いや、それより変に臭うんだがこれは……イビルジョーか?」
「直接戦った訳じゃねえんだけど、解体したからな……」
「まあ、俺も少し疲れたし温泉あるんだろ? 入らせてくれよ」
「へいへい」
二度温泉に入っても臭いは完全には取れてくれなかった。
ポポのタンシチューやら、各種保存食から派生した郷土料理や酒を飲みながら。
手練れの狩人が来るのならば、後ろめたいものがあるとまず疑う程の辺鄙な場所ではあるものの、俺が暫くの間留守にするというのは既に共有されているし、クシャルダオラと繋がっている事まで知っている俺の知り合いだという事で、今回は最初から歓迎ムードである。
こっちの話も落ち着いてから聞いてみる。
「そっちは特に何もないのか?」
酒をちょいと飲んでから友人は堰を切ったかのように喋り始める。
「いや、本当に何もないんだなこれが。
本当に凄い事を成し遂げたりだとか、未知に出会したいとかそういう思いを抱いているなら、あんな都会の近くで何かが起きるのを待っているだけっていう受け身でいる事自体が間違いだよなって。
俺は町が気に入っているから別に良いんだが……、あの教官はそれを分かっていながら認められないタイプなんだなって最近気付いたよ」
聞けば、俺がどういう経験を経てどうなっているのかを知った後、俺の悪評を広めようとか見苦しい事をしているのだとか。去った人間の悪評を広めて何になるんだか。
結局あの教官は、一定よりは上には行けない事を理解して、浪漫を諦めた上で人に教える立場になる事で自尊心を保とうとしたのかもしれない。
最終的にそんな結論で友人は締め括っていた。
「それで? あのクシャルダオラとは相変わらずか?」
「相変わらずというか……。多分、俺が人里に居る事を心底では快く思ってないんだろうなってのが、少しずつ分かってきてなあ。こんな事まで出来るようになっちまった」
軽く風を流して見せると。
「うおっ!? ……お前、それ他の人には迂闊に見せない方がいいぞ」
「それがなー、気付いたら無意識にやってるんだよこれ。この力、俺の外付けじゃなくて、あたかも俺に最初からあったかのように振る舞っててな、もうこの村の人にとっては周知の事柄だよ」
「そりゃあ……寿命も竜人並みになってるんじゃねえか?」
「というか、竜人ってそうやって古龍から加護を受けて変質した元人間なんじゃねえかなって思ってたりもする」
「……有り得なくもなさそうだな。何たって竜ってついてるんだしな」
そんな友人は、普通に優秀な、今でも色んな場所で様々な竜や古龍までを狩っている狩人として、新人や子供に色んな話をしてくれた。
久々に会ったドスバギィも俺の友人の事は覚えていて、撫で回されて良いようにされていた。
それから友人は、少し言い淀むように呼吸を溜めてから。
「……ここに来る直前くらいに俺も四人でラージャンに挑んだんだけどさ、二人死んだし、俺が生き残ったのも結構運が絡んでの事だったし、……正直ラージャンにいきなり一人にされて勝ったお前にはやっぱり才能あるって思ったよ。
俺はもう、四人がかりでもラージャンとは対峙したくねえ」
思い出して恐怖に震えたのか、腕ががくがくと震えていた。
「俺は当てにならない位に特殊だからなあ。クシャルダオラ、しかもかなりの上位個体と親しくなって、ラージャンという古龍級生物に唐突に遭っても怖けない位には感覚が麻痺してしまったから」
「だとしても、お前以外の全員がいきなり瞬殺された状態から持ち直して、一対一で勝っただろ?
俺はその時の事見ていないけど、そんなの……俺だったら等しくお陀仏しているだろうよ」
その時の事を振り返ってみて。どうしてあそこまで覚悟を決められたのか。どうして最善のパフォーマンスを出し続けられたのか、思い返してみると。
「…………俺が死んだら、悲しむ奴が居るっていうのが、覚悟を決められた理由だったんだろうな……。
クシャルダオラもだけれど、特にこいつ。まだ小さいただのバギィだった、前の群れで唯一生き残ったこいつを残して俺が死んだら、もう立ち直れないだろうなって。
うん、守るべきものが居る、遺して逝けない奴が居るってのは、折れない芯になる。俺が言える事はそれくらいかな」
「……それが人間じゃないってのがお前らしいよ」
*
それからもう暫く。前金もきちんと支払って俺の貯蓄も殆ど空になり。
この近隣の土地柄や竜の事を共有するのも基本的に終わっていつでも旅に出られるようになった後にクシャルダオラが帰ってきた。
もう既に若干体は錆びてきているようで、鼻以外にも赤茶色が混じり始めている。
そして、ティガレックスは連れて戻ってはいなかった。
「殺したのか?」
『それも含めてだが、良い話と悪い話がある。どちらから聞きたい?』
……古龍もそういう事するんだな。
「……良い話からで」
『ティガレックスは調教出来た。王に調教して貰おうと思ったのだがな、ネルギガンテの方に感化されてな。
王が今までにない程に悔しがっていたのは見てても中々に面白いものだった。
しかし、やはり私と貴様が旅に出るのに対して、ティガレックスのみを置いていくのには流石に危ないだろうとの事で、もう暫く預かっているとの事だ。
私から見ても、驚かざるを得ない程に穏やかになっている』
「……悪い話は?」
『そのティガレックスを、私と貴様が帰ってきた頃……具体的には、春が過ぎる頃に王とネルギガンテが連れてくる。
ついでに、ネルギガンテは自らの子を一匹ここに置いていこうと考えているようだ』
「…………うん? え?」
想像を軽く超えてきたんだが?
『ネルギガンテとも色々話を出来たのだがな……あ奴は言ってしまえば、地頭の良い馬鹿だった。親も居ない環境で、一匹で己の力だけで生まれ育ったようだから、それにしてはとても温厚だし頭も回る、とも言えるが。
そんな奴が子供が意図せず出来てしまい、自らがどういう存在かも自覚していたならば、色んな場所に蒔いた方が良いだろうとかそんな事を考えて、更にそれには王も賛同する始末でな……。
それに巻き込まれてしまった。言わば、ティガレックスを調教した見返りという訳だな』
要するに……ティガレックスを調教しようとしなければそんな事にもならなかったんじゃ。
『今頃、新大陸の方に子供を数匹送り届けているはずで、それが受け入れられてしまったら、きっとその他の場所にも蒔こうとするだろう』
「上手くいかない事を祈りたいな」
『……奴の感覚からすると、上手く行ってしまいそうだがな。
蒼い星とネルギガンテ、猛き炎と原初を刻むメル・ゼナ、それらも似たような関係らしい』
人間の感覚からしたら、意図せず出来てしまった子供を他者に押し付けるとか屑にも程があるんだけどな。
まあ、ネルギガンテはそもそもが無性生殖だと聞くし、そういう価値観は本能レベルで異なるのかもしれない。
「参っちゃうな……」
『ひとまずは私が育てようと思う。調教出来たとは言え、ティガレックスの事もあるしな』
……それはそれで少し不安なんだけどな、というのは黙っておいた。
若干錆びついてきたその全身。口調からは苛立ちは感じないが、仕草には落ち着きがない。自ずと纏っている風からもそれを感じられる。
近況を伝え合う会話。こっちもイビルジョーが来て自滅した事やら、トビカガチ亜種に恩を売っておいた事を伝える。
『貴様、ドスバギィに優し過ぎないか? まだ大した強さではないとは言え、群れの長になれる程度には成ったのだろう』
「いやまあ、あのトビカガチ亜種はいっその事、討伐しても良いかとも思っていたけれど、恩を売って働いてくれるならそれの方が得だしな」
『恩という概念がそもそもないような竜も居る事を忘れるなよ。そもそも、そんなものは弱みと見做して付け入る竜の方が多数だろう』
「まあ、それは……」
実際、あのトビカガチ亜種はあれから恩を返すような事をするどころか、姿すら見せていない。だから、そもそもどういう個体なのかを正直分かりかねている部分もまだあるのだが。
正直なところ、出来れば討伐したくないというのもあったりする。
あの個体への警戒とかそういう訳ではなく、討伐してしまったら、クシャルダオラに与えられた力と共に芽生えてきた毒嫌いを一気に加速させてしまいそうなのが嫌だという一点で。
「その時は、その時という事で」
『それで、もう行けるのか? 代わりの狩人……貴様が良く共に酒を飲んでいた奴がもう来ているのだろう?』
多少急かすような口調。旅に行こうと言ったのは、脱皮までのもどかしさを紛らわす目的でもあるのかもしれない。
「それはもう、明日にでも」
『なら明日、明朝。ここで待つ』
「承知。それなら、もう今日は帰ってしっかりと長旅の支度をしてくる事にする」
『分かった。待っている。
後、イビルジョーの臭いはもう少し消しておいてくれ。そうでないと、貴様と言えど背中に乗せたくはない』
「本当に……解体なんてしなきゃ良かった」
そう言って今日は帰った。
体からはもう臭ってないと思いたいんだけどな。防具ももう何度も消臭してるんだけどなあ……。もう何回かやっておくか。
*
「……という事だとさ」
「お前が地下で体験してきた事は聞いていたけどさ。お前、本当の本当に古龍ばっかりと縁が出来つつあるんだな。
いや、信じていなかった訳じゃないけど、少しくらいは誇張があるんじゃないかとか思わざるを得なかったからさあ。
暫く帰らないでこっちで過ごすのも面白いかもな」
「雇う金は微塵も無えぞ」
「ここら龍脈も通ってんだろ? それなら採集だけで十分食えるだけの金は稼げる」
「まあ、それもそうだが……鍛えておかないと危ないぞ。
言ってあるけどな、この鱗……共鳴のせいで、ここを襲って来る奴は最低でもラージャンとかなんだわ」
「稀にしか来ないんだろ? しかもこんな寒い場所までラージャンは来ないだろうしな。俺にとってはイビルジョーの方がよっぽど良い」
防具も武器も、消臭して寒空に干して、を更に何度か繰り返して。
……うん、大丈夫な、はず。
「そんな薄着で外に出て……それもクシャルダオラの影響か?」
「まあ、これに関しては軽い方だな。キリン亜種と共鳴した人と知り合ったんだけど、そっちはもう……湯を撒いたら地面に落ちるまでに凍ってしまうような寒さでも薄着で、外で平然と寝る」
「それ……人間なのか?」
「クシャルダオラからすれば、猛き炎とかの方が人間じゃないんだってさ」
「それは……まあ分かる。俺もカムラに行ってみたんだけどさあ、あそこの住民達、子供まで覚悟が決まり過ぎてるんだぜ? 一般家屋にも当たり前のようにラージャンの角があった時は、そりゃあもう、腰を抜かした」
「……ラージャンの群れを退けたっていうの、マジだったのか」
「それどころか死傷者なしの、誰もトラウマとかにもなってないどころか、笑い話で済ませてるぞ。
百竜夜行でヌシ? 二つ名? とかも追い返したりしてあの人達、もう感覚が麻痺してるどころかぶっ壊れてるんだと思うわ」
酷い言いようだ。その通りだとも思うが。
荷物の支度。とは言え、登山をする訳でもなしで、持っていくものと言えば携帯食料と水と、携帯コンロと、まあその位。そして一番重要なのが、乗り人が使っている竜用の鞍。遠くから高値で取り寄せた。
流石にクシャルダオラの甲殻が金属にしては柔軟性を保っているとは言え、それにずっと尻を乗せていたら酷いい事になりそうだし。
「本当に、古龍が人を背中に乗せるんだな」
「まだ乗った事はないんだけどな。……運ばれた事自体はあるんだが。
それと……実を言ってしまえば、少しだけ緊張してる」
「少しだけ?」
「ほんの少しだけ、な」
もうクシャルダオラに対して畏れ多いとかそんな感情は抱いていないはずだけれど、流石に背中に乗るとなると少しは感じるようだった。
「ま、道中の無事をって言っても何事もないだろうから、土産だけ期待してるわ」
「土産って言っても塩くらいしかねえかもよ?」
「それで十分さ」
「そんなもんか?」
「そんなもんさ」
*
翌日の早朝。
旅に出るというのに、先には霊峰しかない道へと歩いていく俺の事を、警戒に就いている村人達は最早当たり前のように見送る。
途中、ドスバギィがやってきた。
「二十日から三十日くらい留守にするが、しっかりやってるんだぞ」
そう言えば、その長い尻尾で俺の顔……眼鏡を軽く叩いてきた。そんな怪我はもうするんじゃないぞ、という事らしい。
「俺もあそこから更に強くなったけどな」
だからと言って、改めてこの強さであの地下で片目を切られずに済んだかと言われたら、そんな自信もないのだが。
「まー……いざとなれば狩人の誇りなんぞ捨ててやるさ」
力関係だけで言ってしまえば、出会った時よりも幅は開いているのだ。
俺が5から10まで強くなっている間に、クシャルダオラは20から40……もしくは50以上まで強くなっている。
そして、所詮俺は狩人だ。乗り人ではない。古龍と力を合わせて戦うなんて事をしても相乗効果を発するどころか、足を引っ張るに過ぎない。
村を守るという、俺が人の世界で暮らす為の事柄にはそう簡単に力を借りる訳にもいかないが、共に旅に出るという事柄なら話は別だ。外敵が来たとしたら、クシャルダオラに任せるべきだし、それが最善でもある。
それでも不安そうな感情を完全には排しきれていないドスバギィの首をわしわしと撫でていれば、すぐに待っているクシャルダオラの高く伸びた頭が見えて来た。
「待たせた」
クシャルダオラが、一緒に来たドスバギィを見て少し目を細めた。
『道連れを流石に乗せていくつもりはないぞ?』
「分かってる」
そう返しながら、鞍を取り出す。
『臭いも……うむ、ほぼ気にならないな。それなら……さっさと乗れ』
こそばゆさ。クシャルダオラとしてもそういう感情を抱いていたのだと今更ながらに思い至る。
「それじゃ、言葉に甘えて。
じゃあ、行ってくるぞ」
俺を見つめるドスバギィを最後にもう一撫でしてから、クシャルダオラの前脚に足をかける。
よじ登りながら、鞍を取り付けて腰を落ち着けた。
『意外と違和感もないものなのだな』
「乗り人達が愛用しているものだからな」
『それでは、別に焦らす必要もなしで、行くとするか』
「そうだな。大丈夫だ」
返せば、クシャルダオラが立ち上がってゆっくりと翼を広げる。その強靭な骨格の動きが、鞍を通じて俺の全身に伝わってきた。
そして翼をゆったりと羽ばたかせると共に周りを強い風が包んだかと思えば、クシャルダオラの体はまるで浮き上がるかのように、俺ごと飛び立つ。
すぐに地面が遠くなる。ドスバギィの顔が真上を見るように動いた。
「お、おお」
思わず飛び出す感嘆の声。
『怖くはないか?』
「いやまあ、それは流石に……いや、少しだけ。でも大丈夫だ。……いい景色だな」
『そうなのか?』
「俺達は翼なんて持ってないからな」
『仕掛けつきの槍使いが空を飛んでいるのを見た事があるが』
「……あれはただのバカだから」
そんな事を言っている間にどんどん高度は高くなっていく。村すらもが眼下に見えてくれば、いつの間にか友人がこちらを見ているのが見えた。
手を振れば、振り返してきた。
顔を戻す。
「……それじゃあ、お願いしますという事で」
『それでは、飛ばそうか』
「うおっ!?」
ぐん、と体が引っ張られたかと思えば。
ガルクに乗った時とは比べ物にならない速さで、景色が置いていかれ始めた。
郷土料理と化した保存食といえば、ニシンの山椒漬けが好きです。
クシャルダオラの風を操る力を気圧を操る力として拡大解釈しているけれど、これトリコのセツ婆だなという事に気付いた。
自分がキャラの名前とか微塵も覚えない人間だからというのもあって(酷い時は、小説を一冊読んでおいて主人公の名前が分かんない時すらあったり)、ここまで登場しているキャラ全て名無しのままでやってきてるけど、キャラ増え始めて少しずつ苦しくなってるのを体感している。
まあ、今更名前付ける気もないけど。