あれは嘘だ
何十といたインクブスだがファミリアの前では無力だ。
数分前までは威勢が良かったが、リーダーと思わしき個体が肉塊に変化したあとから逃げ出そうとする個体が増えた。
まあ、第2包囲網のアシダカグモたちによって等しく肉塊になっているが。
「こうなるとは・・・、ぜひともお礼が言いたかったです」
「まあ、あの状態ではしょうがない」
囮の役目をしてくれた黒いウィッチはいつの間にか何処かに行ってしまった。
彼女自身もかなり負傷していたし、気絶していたウィッチも抱えていた。
誰でも安全をとって撤退を選ぶだろう。
「また会えるでしょうか?」
「分からん」
同じウィッチとはいえ活動場所が違えば一生会うこともない。
ひとまず、今日あった事をどのようにナンバーズたちにどう伝えるか考えるとしよう。
護衛であるオオムカデに腰を下ろし説明の内容を考える。
その時、異変が起こった。
「ゴッ!ガ!」
「ゲホッ!ゲホッ!」
「ガアァァァ!」
僅かに残っていたインクブスたちが急に苦しみ出した。
今まで多くのインクブスを肉団子に変えてきたきたがこのようなことは初めてだ。
慌てて体を起こし下を覗き込む。
「グルルル!」
「ゴガアァァァ!」
目は血走り体の一部からは血管が浮き出てこころなしか体格も一回り大きくなった気がする。
嫌な予感がし、近くで肉団子を作っていたスズメバチを仕向ける。
これで何とかなればよいのだが。
「ウガアァァ!」
「そんな!」
オークの横振りによって外骨格が砕かれスズメバチはエナとなって消滅する。
普段であればあの程度の攻撃など掠り傷にもならないはずだ。
やはりあの凶暴化はただ事ではないらしい。
目の前の異常事態を観察していると足元が揺れる。
「おいおい、冗談だろ」
道路に残っているファミリアからのテレパシーによると凶暴化したゴブリンが柱を折っているらしい。
たかがゴブリンが?・・・いや今はそこではない。
私の身体能力ではこの揺れるビルから他のビルへと跳ぶのは難しい。
「シルバーロータス!」
大きなヒビが屋上にできる。
この状況をどう乗り切るか考えているがもう時間がないらしい。
ビルの崩壊に巻き込まれかけたその時。
「手を!」
突如頭上から声をかけられた。
急いで手を伸ばすと強い力で掌を掴まれ体を引っ張られ向かい合うような形で抱き寄せられる。
そしてその勢いのまま向かいのテナントビルの屋上にある看板へと突っ込む。
「大丈夫か?!」
私は看板に衝突した際に放り出され為ほぼ無傷だが、彼女は塔屋にそのまま激突してしまっている。
「何とか無事ですわ」
黒い衣装に付いた砂埃を払いながら瓦礫を押しのけでてくる。
衝突した際に嫌な音がした気もするが気の所為だったのか?
「本当か?」
「本当です」
「だが―――」
「おい、もっかい来るぞ!」
彼女の胸元のネックレスが叫んだ瞬間、再度足元が揺れる。
どうやらまたビルを崩壊させる気らしい。
「ッ!すみません」
そう言うと私の体を横向きに持ち上げ、俗に言うお姫様抱っこのような形で崩壊するテナントビルから離れる。
「おい」
「叱責は後でお願いしますわ!」
文句を言おうとしたが助けてもらっている手前何も言えなくなってしまう。
そのまま数棟移動し、少し高いアパートの屋上へ着地する。
「ここなら大丈夫でしょう」
そう言って私を丁寧に地面へ降ろす。
こちらから交差点はギリギリ見えるがあちらからは視認は困難。
そんなありがたい場所だ。
「それで、何がありましたの?」
彼女は、笑みを消して金色の2つの目が真剣にこちらを見てくる。
彼女からしてみたら念の為戻って来たらインクブスたちがあれだけ変化していたのだ。
現場にいた私が一番の情報源となるのだろう。
とは言ってもこちらは対した情報は持っていない。
「突然苦しみ始めたかと思ったらあのようになった」
「そうですか・・・」
私は先程起こった事をそのまま説明する。
中身のない私の情報を聞くと彼女は複雑そうな表情をする。
「まあ、分かりました。貴重な情報ありがとうございます」
そう言うとおもむろに立ち上がり逃げてきた方向へ進もうとする。
「待った、何をしようとしている?」
「すみませんが時間がありませんので」
そう言って再度戦場へ出向こうとする彼女の手を掴む。
「痛ッ!」
「っ!、すまん」
歩みを止めようと軽く引っ張ると痛みが走ったのか私の手を強く振り払う。
右肘を押さえながらこちらを睨む彼女を見るに、私の予想通りかなりダメージを負っているらしい。
「それで、時間がないというのはどういう意味だ?」
「・・・」
声のトーンを落とし少し威圧するように問う。
彼女の様子を見るに時間がないというのはおそらく本当のことだろうが何故そこまで急いでいるのかが分からない。
「答えないのなら向こうにはいかせんぞ」
通常時ならまなしも重症のウィッチ1人ならば私でも止められる。
自分の怪我の大きさも理解しているのか急いで逃げることもなくその場に留まっている。
「分かりました。説明しましょう」
数秒考えた後、説明する気になったらしく室外機に腰をかける。
そして手の平を下に向けるとマジックを唱える。
「
彼女がマジックを唱えるとエナが集まり私達の目の前にホノグラムでできた建物のようなものが出現する。
「これは?」
「この周辺を映したものです。それでここを見てください」
彼女が指出したところには2つのピンクの点と複数の赤い点が動いている。
赤い点の方が動くスピードが速くピンクの点にも追いつきそうだ。
「ピンクの点がウィッチを赤い点がインクブスを表しています」
「なるほど、だから時間がないのか」
「はい、ですので―――」
「だがそれだけか?」
これは完全に私の勘だが彼女は何か隠している気がする。
確かにもう少しでインクブスは追いつきそうだ。
しかし、それでも後10分程の猶予がある。
彼女は私と異なり戦闘には準備はそこまで要らないように見える。
それならば少しでも怪我を癒すのに時間を割いたほうが勝率は上がるだろう。
ここまで急いで行動しようとするのには何か別の理由があるはずだろう。
「それはその・・・」
「すまん、言えないことならばいい」
「・・・いえ、明かしましょう」
「おい、いいのか?」
「ここは明かすべきだと思いますので」
彼女のパートナーが考え直すように言うが彼女の考えは変わらないらしい。
先程よりも真剣な表情で私の顔を見てくる。
「私の変身は少々特殊なものでして、時間制限がありますの」
そう言うとネックレスの裏側を見せてくる。
そこには円状に宝石が散り得られているがほとんどのものの色があせてしまっている。
「これだと変身していられるのは後25分程です」
「なるほどな」
「分かっていただけましたか?」
確かに彼女の言うことが本当なのならばここまで急いでいるのも分かる。
今日初めて会話した信用はできても信頼はできない者と共に戦うよりも自分一人で全て終わらせる方が楽なのだろう。
少し前の私のように。
「それでは行かせていただきますね」
これ以上は話さないと言わんばかりに室外機から立ち上がりインクブスのいる方へ体を向ける。
が、改めて彼女の歩き方を見るとかなり無理をしているのがよく分かる。
このままでは彼女が犠牲になってしまうだろう。
「いや、待て」
「何故ですか?」
屋上の縁に足を乗せまさに今飛び出さんとした彼女を呼び止める。
彼女からしたらもう話すこともないのだろう。
はたから見ても不機嫌なのがよく分かる。
「後5分だけ待ってくれ」
「・・・5分で何か変わるんですか?」
疑うような目で私を見てくる。
先程私のファミリアが瞬殺されたのを知っているのだろう。
確かにこの場にいる彼彼女では対処できない。
だがもう少し待ってくれるのならば・・・
「私のファミリアが来る。少なくとも1人で対処するよりもリスクは下がるはずだ」
私の手札はあれだけではない。
もう少し時間があれば援軍がこの場に来る。
すでに近くにいる他のファミリアを招集しているがそれでも時間がかかってしまう。
「頼む、少しでいいから待ってくれないか」
「ここは俺も賛成だ相棒」
「・・・」
彼女のパートナーも私の考えに賛成してくれるらしい。
普段から一緒に行動している相手の言葉に考えが揺れるらしくしばらく迷った後、口を開く。
「どうせここで断ったとしてもあなたは来るんでしょ?」
「ああ」
彼女の言葉に対し私は即答する。
当然、他にも援護する手段は幾つもある。
が、彼女の協力があった方がリスクも被害も少なくできる。
私は祈りながら彼女の次の言葉を待った。
「なら、少しでもリスクが少ない方を選ばせていただきますわ」
そう言って彼女は近づいてきて手を出握手を出して来る。
これは協力してくれるという解釈をしても良いだろう。
「よろしくお願いしますわ」
「ああ、もちろんだ」
賛成してくれた事を少しばかり喜びつつ私はその手をしっかりと握り答える。
さあ、インクブス狩りの時間だ。
ウィッチの武装について
※あくまでモデルですのでサイズ感等はもちろん違いますし、形状も全く一緒というわけではありません。