拙い文ですが、もし暇があれば、読んでください。
『ちょこっと、チョコのように~♪ もちょっと、チョコザイに~♪』
店のテレビから素っ頓狂な歌が聴こえてくる。画面に目を移すと、女の子たちがマイク片手に飛んだり跳ねたりと忙しそうに踊り散らかしていた。
「この子たち最近よく見るなぁ。YouTubeでもしょっちゅうオススメに出てくる」
お客さんの一人がテレビを横目にボソリと呟いた。
「
「いや十分知ってる…。店員さん、もしかしてファンだね?」
「い、いや…まあ……ファン
テレビ画面にまた目を向ける。どこか遠いところを見るような、寂しげな目でテレビの中にいるアイドルたちを見つめた。
「
幼馴染はアイドルなんです。
今から6年前に遡る。
ここは喫茶店「ミヤシロ」。
最寄りの駅から徒歩約20分。ガラス張りの窓から見える緑艶やかな観葉植物が目印のお店。昔ながらの珈琲や素材にこだわった軽食の数々。店内に流れるゆったりとしたジャズピアノの音楽。ユーズド感のある家具たちは昭和レトロを思わせる雰囲気を持っている。もしも純喫茶を五感で感じたくなったのなら、「ミヤシロ」に足をお運びください。
と、宣伝はこんなところにしておこう。
カチャリ。金フチ、アラベスク柄のコーヒーカップがソーサーに置かれた。ウチは食器にもこだわっている。
「うんうん。いいんじゃねぇの。香りも味も似てきたな、俺のに。流石は我が息子」
カウンターから脂の乗った中年オヤジが、満足げに話した。この人は私の父。名前は
「…まあ小さい頃からお父さんのを飲んできたからね。再現はバッチリですよ」
「再現ねぇ…」
「なんか不服?」
「いや良いとは思う。でも、再現というのもどっか違う気がするんだよなぁ…。高校卒業後は俺の店ぇ継ぐんだろ? なら似せるだけじゃあちょっとな…」
カップのフチを指でなぞりながら、ぼやくように父は言った。
「昔ながらの喫茶店が自分は好きでね。お父さんが大切に営んできたこの店を紡いでいきたいのです」
「父親としては嬉しい一言だけれども、お前がお前の店を作るんだ。違う側面見せてった方が良いぜ? 例えば、ヘビメタが常時流れてるとか謎解きゲームを楽しめる探偵風喫茶とか…」
「コンセプトカフェになるでしょそれ…。喫茶店は珈琲の香り漂う店内。静かな音楽。レトロな雰囲気。これ以外認めません」
「お堅いねぇ…」
父は冗談めかした言葉と表情と共に、両肩を上げた。
「それでいいの」
私は
目の前にいる中年オヤジの一人息子だ。父が喫茶店を経営していることもあり、幼い頃から店の手伝いをさせられてきた。いやむしろ、父は店を私だけに任せて遊びに行き、一人で店を回していたことも多々あった。
だから、店を継ぐことも自然なことだった。卒業後は店の経営権も預かっていた。そして私自身、不服にも感じていなかった。自分はこの仕事が合っていると自負していたし、喫茶店のこの静かな雰囲気が好きだったから。
いつまでも、この静寂を大切にしていきたい。そう思っている。
しかし、静寂も時には続かない。唐突に壊される。チリンと、扉に付いている鈴の音が聴こえたら
「あたし、アイドルになる!!!」
と叫びながら、女の子が勢いよく入ってきた。見知った顔だ。
彼女は
隣近所に住んでいる女の子。私とは物心付いた時から一緒におり、度々店にも遊びに来てくれる。俗にいう幼馴染。例えるなら
「おかえりイツキちゃ~ん。今日も元気一杯だねえ」
「ただいまー! 最上のおじさんもお元気そうでなにより、です! でねでね。それでねアキトシ君」
「…注文は?」
「え」
私の問いに、愛姫はまぬけな声をあげた。気にせず言葉を続ける。
「注文はいかがいたしますか? お客様」
「あ…じゃあとりあえず珈琲。ホットで。砂糖いっぱいで!」
「…かしこまりました」
私は珈琲を作るのに必要な物を戸棚から取り出し、キッチンの上に置いた。珈琲を淹れる準備を始める。
まず、挽いた珈琲豆をなるべく平坦にフィルターの上に敷き、「の」の字を描くように中心からお湯を注ぐ。蒸らしを行い、またその後同じ行程を繰り返す。抽出が完了すると、竹べらで軽く
カウンター席に座る愛姫にそれを差し出すと、彼女も一番に香りを楽しんだ。
「う~ん。良い香りだね。この優雅な香りはキリマンジャロだ」
「違う」
「え? あ、じゃあセイロン?アッサム?」
「ブルーマウンテンだよ。それ全部紅茶でしょうが」
「まあ似たような物でしょ」
「ジャンルが違うんだよ…」
愛姫はカップを口元に寄せ珈琲を啜った。
「…って、まったりしに来たんじゃない、あたしは!」
すると何かを思い出したのか、愛姫は首を大きく横に振り、カップを荒々しく置いた。割れるからもっと優しく扱って欲しい。
「聞いてね、二人とも! あたし、アイドルになります!!」
パリン。手を滑らせ洗おうとした皿を割ってしまった。
「そ、それは本当か!?」
「さっきの聞いてなかったの? 開口一番に言ってたじゃん…」
「い、いやまさか、でも、そんな。アイドルってあれだろう? 丑三つ時にプロデューサーから枕を投げ合う仕事を貰うっていう。危険な、あれだ」
「どれ…? 情報の錯綜がすごい」
「いやー。イツキちゃんは昔からかわいかったからなー。うんうん。アイドル姿もすぐに想像できる。頷けるなぁ」
「ですよね! 流石は最上のおじさん、見る目ありますねぇ!」
「うおー!」
愛姫と父は右手を高く突き立て、笑い合った。私は白い目で二人を見る。
でも、確かに、父の言うことには一理ある。愛姫は昔から、道行く人が二度見するほどの容貌を備えていた。容姿端麗を形容するに足る女の子であった。だから、昔も今も男に苦労しないくらいにはモテた。中学では今時珍しい、非公式ながらファンクラブなる物も設立されていたとも聞く。
そうだ、愛姫はこの時から学校のアイドルと呼ばれていた。なるほど、本物のアイドルになるのも秒読みだったという訳か。私は妙に納得した。
「アイドルになるのは分かった…。でもどうして?」
「どうして?」
「急じゃないか」
「え、えーと」
疑問を投げかけると、愛姫はばつが悪そうに、視線をキョロキョロと動かした。そして、おもむろにカバンの中から四角い紙を一枚取り出した。どうやら名刺のようだ。名刺には誰もが聞いたことのある、有名な芸能事務所の名が印字されていた。
「どうしたんだこれ?」
「今日クラスの友達と都内まで遊びに行くって言ってたでしょ? その時、街中で変な黒服の人に声かけられて、最初はキャッチか何かだと思ったんだけど、話を聞いたら芸能事務所のスカウトさんらしいの。驚いたー」
スカウト。実際にあるのか、そんなこと。
「それでね、その人アイドルグループを作るみたいで、そのメンバーを探してたんだって。確か…グループ名はMalty ☆ Kiss」
「…そんな冬の菓子みたいな」
「そうして、あたしが選ばれた! そう! なんてったって!」
「イツキちゃんはかわいいから!」
「うおー!」
愛姫と父は右手を高く突き立て、笑い合った。再び、私は白い目で二人を見る。
「それで、イツキはその話を受けると?」
「そうだねえ…。でも、どうしようかなとは」
「迷ってる?」
「少し…。あたし、歌うのも踊るのも好きなんだけどねー…」
そういえば、愛姫は歌が上手かったことを思い出す。声も透き通るような綺麗さを持っており、音痴じゃない。小学校に上がる前までの時は彼女のワンマンショーによく付き合わされてたし、クラスのカラオケではいつもトリを任されていた覚えもある。
「どうしたらいいかなー…」
普段の彼女からはあまり想像できない、物思わしげな声がポツリと聞こえてきた。
「…好きなら始めればいい。私も喫茶店の雰囲気が、「
つい、私は長々と話してしまった。要らぬお節介をかけてしまったと思い、後悔の念に駆られる。
「…あくまで一つの意見として参考程度に」
「…ううん。そうだね。うん。アキトシ君の言う通りだよ。あたし、アイドルになるよ! そして、アイドルで覇権を取る!!」
「あ、ああ」
「今のうちにイツキちゃんのサイン貰っとかなきゃだねえ」
この日から、幼馴染はアイドルになると声高らかに宣言した。
よく覚えている。