「あの……」
「結構美味しいじゃない。上品な店では決して味わえない直球の味。あえて悪く言えば下品だけど、結局こういうのでいいと思える魅力がある」
エネアとオヴェリアの戦闘が始まる少し前。
淫魔が潜むと観測されたラーメン屋にて、二人の魔法少女が食事をしていた。
そのテーブルには店の看板メニューであるラーメンの他に、唐揚げやチャーハンなどのサイドメニュー、ジュースなどのドリンクまで揃っている。
それらを常人には決して真似できない速度を維持しながら平らげていく少女こそオヴェリア──鬼咲莉華の姉。
「雫さん! 食べすぎですよ……!」
雫はもう一人……燐道悠胡こと魔法少女テオラの心配を無視し、店員に別のメニューを注文し始めた。
「次はこのラーメンを頂戴。トッピングはデフォルトのままでいいわ。あと唐揚げのおかわり」
「あの……私の分もあげましたよね? 次で最後にしましょうよ」
「あら、私はまだ満足してないのよ? それに無料なんだし貴女も食べたらどう?」
「無料だから抑えるべきなんですって!」
その身を以て国を守る魔法少女から代金など取れる筈もなく、法律によって魔法少女はどのようなサービスも無料で受けられる。
当然、それに対する補填は存在しない。日頃から戦ってくれている魔法少女へ感謝の心を持て……と政府は言う。国民は誰一人として納得していないが。
そもそも魔法少女に給料はない。
代わりにあらゆる物を買え、あらゆるサービスを受けられるのだから不満に思われることもない。
それに多くの場合、魔法少女は新型ゲーム機や人気のブランド品など年相応のものしか欲しがらない。"欲を出しすぎ"と判断されれば機関が直々に警告するからだ。
雫の暴食は"欲の出しすぎ"には当てはまらない。それだけの話である。
「お待たせしました」
魔法少女は食事の全てを栄養に……いや、魔力に変換できるため食べすぎる心配がない。むしろ食事量は多い程魔力の補給ができるのだ。
しかし食事よりも遥かに効率が良く供給量が高い手段があるため、一般的にはそちらの方法で補給される。
カティナとは対照的にテオラは殆ど食事を取らないが、それは逆に魔力を栄養へと変換しているから。
戦闘に必要な魔力を無駄に消費する方がおかしい、とカティナは常に考えている。
「──気味が悪い。貴女、食事も睡眠も碌にしないって聞いたけど」
「……私達がこうしている間にも淫魔に襲われている人がいるかもしれない。そう思うとじっとしていられないので」
「加えて誰ともヤらないんでしょう?」
「あ、当たり前です!」
「そんな姿勢じゃベストコンディションで戦えないのも当然ね」
食欲、睡眠欲、そして性欲。全てを満たさないのは魔法少女にとって自殺行為。
特に淫魔と深く関わる性欲は欠かせない欲望だ。それを最も体現しているのが男漁りを繰り返すヴァリゼである。
「私が誰かと愛し合うなんて資格はありませんから」
「自信がないならその貧相な胸を──ああ、来たみたい」
そう言うとカティナは食べ終わっていないものの、構わず席を立つ。優雅にラストチョーカーを装備した。
「
突然の変身に、困惑していたテオラも少し遅れて変身する。近くに淫魔の気配は感じない──未だ状況が掴めないテオラの耳をカティナは甘く噛む。
相手がテオラでなければ戦闘になっていただろう。
「え!? あの、何をっ」
「……『夢現バースト』」
続けてカティナは固有魔法を発動。
その効果は非常にわかりやすいもので、テオラの胸がはち切れんばかりに膨らんだ。
所謂、魔乳化というやつである。そして重心が変わったうえ魔力を胸に集められたテオラはふらつき、その場に座り込んだ。
「ふふ、本来はあの愚妹と合わせて使う魔法だけど。その様子だと効果はあるみたいね」
「な……んで急に、こんな」
「良く見て? 私達は恐らく既に淫魔の術を受けている。外の様子も、店の中の様子も幻覚と言ったところ。さっきのラーメンも恐らく幻覚。味は良いのに全く感動しなかった」
確かに妙だ、とテオラも漸く違和感に気づく。
店の中で魔法少女が変身して騒ぎにならない筈がない。この店は人が多い訳ではないが無人でもない。店員も既に淫魔に魅了されていたのだと推測した。
違和感に気づいた瞬間、テーブルや壁、天井など建物自体が消え暗い空間が広がっていく。
そこで信じられない存在を見た。
「っ、あ……」
「その姿を見せるなんて、相当破滅願望があるようね……! 私の原点であるその姿を!」
カティナが見たのはヤギの角を生やした幼子の淫魔。
かつて自らの家族を惨殺し姿を消した、悪夢の象徴。
かつて妹とともに復讐を誓った、憎悪の象徴。
「いいわ、お望み通り貴様はここで死ね!」
*◆*
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
最悪、女の子ならともかく、ボクは──!
「動きが鈍くなってるみたい。哀れねー、あたしに喧嘩を売らなければそんな目に合わずに済んだのに」
相変わらず分裂するオヴェリアを捉える手段がボクにはない。
妙にむずむずする胸と合わせて、ボクは苦戦を強いられていた。
「そのサイズならあと5分から3分くらい? お姉様と一緒なら既に噴出してるところよ」
「情報提供ありがと。3分もあれば目の前の敵を倒すくらい余裕かな」
「口だけの雑魚が偉そうに」
とは言え、ボクがどうすればオヴェリアを倒せるのか……未だに答えへ届かない。
ただオヴェリアの魔法は、その口ぶりから姉の方も似たような魔法があると推測できる。そして固有であることも。
そう考えるならボクにだって固有魔法はある筈。
オヴェリアの固有魔法はなんともくだらない魔法。しかし魔力が重要な戦闘においても相手への精神的ダメージという意味でも地味に役立つのが鬱陶しい。
ボクの固有魔法って何だろう。
向こうに習うなら尿意が止まらなくなる魔法とか、極度の便秘になる魔法とか……いや考えても無駄か。
どうせ淫魔に由来する能力。まともに戦闘で応用できるかわからないのに意識しない方が良さそう。
何十人目かのオヴェリアを斬り裂き、首を落とした所でその発想に至った。もちろん斬ったオヴェリアは闇へと溶けてすぐさま復帰してくる。
ここからは殺すくらいの力を出さないとやばい。他の魔法少女と違って、ボクが母乳噴出したら色々と終わっちゃうしね。
「普通に戦っても無駄、か」
オヴェリアの分身能力は恐らく全て本体なんだ。気配でわかる。
そして普通に攻撃しても無駄。殺す以前にダメージが通っているかも怪しい。
何をしてもこの暗い闇の中では──そう、闇の中では意味がない!
「あと1分? それとも30秒? 神へ祈っておいた方がいいわよ。ここで社会的に死ぬんだから!」
勝機は空にある。
「見えた。その暗闇、解き堕とす」
「バッタのように迂闊に跳ぶのね。また撃ち落とされたいの?」
「時間、空間が斬れるなら────闇すら斬れる筈。」
音波を放とうとしているオヴェリアはナイフを投げ打ち払い、斧を振るってきたオヴェリアを踏みつけて更に上空へ高く跳ぶ。
ここが最高地点、そう思われる高度まで到達した。
そして闇を斬る。闇に覆われた世界に
「なっ……あたしの能力を見破ったの!?」
「とっくに見破ってたけど、どう光を持ってくるか悩んでただけ」
予想通りオヴェリアは分裂を維持できなくなり、一つの実体に集合していく。
落下の勢いと共に斬れば勝てる。そう考えた瞬間、無数の魔力球がオヴェリアから放たれた。苦し紛れの連射。そんなものではボクは落とせない。
でも、それはただの苦し紛れじゃなかった。
凄まじい速度で斧が落下中のボクへ迫る。ナイフで逸らし躱すものの、その選択を予測していたらしい。
「壊れろッ!」
ボクの武器であるナイフが粉々に砕け散った。
オヴェリアにとって予想外だったのは、別にナイフはこれだけじゃないことだろう。今持っているのがなくなっても、虚空からいくらでも取り出せる。
ナイフなんて投げて消費するものだ。
すぐに代わりを取り出し、落下の勢いに合わせて振り抜く。
オヴェリアの翼を斬り裂いた。
「いっ……よ、よくも──」
「沈め」
鮮血と鮮血のようにも見える紅い魔力を浴び、オヴェリアの隣に着地し。
ナイフを捨て、振り返るオヴェリアの腹に全力のパンチをお見舞いした。拳がめり込む感覚が伝わってくる。内臓をぐちゃぐちゃに掻き乱してやった。
更に二発追加でパンチが入る。翼に気を取られ意識を逸らしていた場所への強烈な打撃は相当効いたと思う。
「ゔぇっ……あっ、ぐぅっ」
胃液を吹き出しながら倒れゆくその姿を見て、ボクは非常に満足。
戦闘には勝利したと言える。
……母乳が出たのか出ていないのかはこの際忘れよう。
でもまぁ、一つ決めた。オヴェリアにはあと数発腹パンする。じゃないとボクの気が収まらないし、こんな感覚を与えた罪はボクのパンチよりずっと重い。
力なく蹲るオヴェリアの頭を掴んで持ち上げる。
「ふー。このふざけた魔法、解除できるよね?」
「はぁぁ……? 翼斬られた時点でとっくに解除されてるわよ……おごっ!」
「嘘吐いても無駄」
もう一発。いや三発。
さっき翼を斬った時、結構返り血を浴びたから真相はわからないけど。ボクとしては解除されてる気がしない。
「ほ、本当にっ、あっぐ……!」
もっと、もっと殴らないと。
更に三発と思った所で邪魔が入った。
わかりやすく目立つように放たれた光輝く魔力球を片手で弾き、乱入者を確認する。
えーと……昨日渡された資料で見たことがある相手が来た。確かオヴェリアの姉の……魔法少女カティナ。
「暴れるのはそれくらいにしておきなさい」
「あれ? 淫魔を探してるんじゃなかったの?」
「淫魔はとっくに消し炭よ?」
とりあえずオヴェリアを雑に投げ捨て、敵意がないことを証明する。
「ボク、あんたの妹にかなり気持ち悪い魔法使われたんだけど。解除方法知らない?」
「あいつの翼が切られてるから既に解除されて……ああそういうこと。やがてその感覚は治るから安心していいわ」
まあ、そういうことなら許そう。慣れない相手に苦戦したけど、結局ボクが一番強いのは変わらなかったからね。
先生が最高傑作と認めるボクが負ける訳にはいかない。
カティナとボクが会話している所に聞き覚えのある声が入ってくる。
「あー! 昨日の人! どうしてここに?」
「あ、テオラ。ボクに感謝してね」
「昨日のことで!?」
この二人に説明する必要がありそう。
篝司令官から言われた淫魔化しているかの調査のことは隠しつつ、オヴェリアと一緒にいた経緯を説明した。
*◆*
「そ、それで新人に負けたの? ふっ、くくくく……面白すぎて泣けてきたわ……どれだけ面白いのよ私の妹は」
「笑うな馬鹿姉様。第一あたしが負けるってことはお前も戦えば負けるのよ!」
「魔法少女エネア。そして、望奈さん。良かったです名前が聞けて。昨日は最後まで名乗ってくれませんでしたもん」
「昨日は名乗っていいのかわからなかったし……」
時間の流れは速いもので、すっかり夕方になっていた。
ま、今回のミッションは達成かな。たぶん。
体感だけどオヴェリアは淫魔化してる訳ではない……報告していいと思う。だって淫魔なら屋敷に行った時点でボクを襲ってそうだから。
オヴェリアは純粋に性格が悪いと報告しておこう。私怨も含めて。
「莉華が負けてる間にこっちはヤギ角の淫魔……の幻影と戦ったわ。余裕だったけどね」
「アレがあんな臭そうな店にいたら拍子抜けでしょ」
「そう言わないの。思ってたよりずっとレベル高かったんだから」
「ヤギ角の淫魔って?」
そう言えば、オヴェリアがいた屋敷にもヤギのぬいぐるみが首吊りされていたような。
あの時は単純にヤギが好きなのかと思ってた。
「私と莉華はヤギ角の淫魔に家族を殺されたのがきっかけで魔法少女に志願したのよ」
「そう。あいつは絶対あたし達の手で殺す……だからエネア、もしヤギ角の淫魔を見かけたらあたしかお姉様に知らせなさい。死んでも殺す」
「文字通り死んでも復讐は果たす。必ず」
「う、うん。わかった」
ふーん。ヤギ角の淫魔、か。
ボクには関係ない話だけど、一応覚えておこう。もしかしたら恩を売るチャンスになるかも。
……ん、あれ。ヤギ角? 昔どこかでそんな人を見たような気もするし見てないような気もする。今度先生に聞いてみよう。
「……あの。雫さんと莉華さんで報告に行ってくれませんか? 私はちょっと望奈さんと話したいことがあって」
「どうぞ? 元から自分で報告しようと思ってたから。さ、行くわよ負け犬」
「だから実力は同じでしょ!?」
何とも騒がしい姉妹だ。オヴェリアとカティナの実力が同じくらいなら、ボクはその二人より強いとこれで証明できた。
そして昨日の戦闘からテオラよりもボクは強い。
この街いる機関の魔法少女は残り二人。その二人と邂逅するようなら是非手合わせしたいな。
あ、でもあいつらもオヴェリアみたいな気持ち悪い魔法を使ってくるならちょっと嫌かも。まだ胸が変な感覚。
「えっと、二人きりですね。それで……あー」
……テオラの様子が変。
ここで実はテオラが淫魔化していて、不意打ちでボクを襲ってくるような展開は……流石に無いよね。
「どうしたの? 自分の方が強いのを証明するために決闘を申し込む! ──とか?」
「ち、違います違います!」
まさか、テオラも篝司令官のようにボクの正体に気づいた? でも初対面での反応からテオラはあまり賢いタイプじゃないし、そういうのはなさそうだけど。
「不思議、ですね。いつの時代も私は臆病なまま」
「テオラが臆病? 臆病だったら知らない他人を人質にされて大人しく変身解除しないよ」
「あっ……ありがとうございます?」
これは違う。たぶんボクにとって不都合がある話じゃないと思う。そう信じたい。
内心胸をなでおろしつつ、ボクはテオラの言葉を待った。
「あの、同じ魔法少女として──友達になってください!」
「いいよ。友達ってあんまりわからないけど」
良かった。テオラにまで男だろとか言われたら本当に怖かった。
ボク達はこの瞬間、友達になった。
これまでの経験からテオラはまだまだ淫魔化しない。これからも同じ職場の魔法少女として働くのだと思う。
──でも、何故かとてつもない胸騒ぎがした。心臓の鼓動が聞こえる。
理由はわからないのに、何故かとても今のままではいけない……そんな気がした。
絶対にこの小説が消える確信があるくらいの描写を全消しして書き直したのは英断だと思います