「ゔゔゔゔ……良かったです、本当に……」
「別に友達って泣くものじゃなくない?」
ボクは今まで友達と呼べる存在はいなかったし、ほしいと思ったことだってない。
それを踏まえてもテオラの喜び方は異常に見えた。
「魔法少女の友達って今までいなくて。望奈さんが初めてなんです」
「他の魔法少女は駄目だったの?」
「もちろん他の方々とも友達になりたいとは思ってますが……先程のお二人には断られて、残りの二人とはそんな雰囲気じゃなくて」
同じ職場の仲間として仲良くしたい気持ちはわかる。
ただボクの場合は……いや、たぶん魔法少女全員に共通することだけど、淫魔化したら容赦なく殺す必要があるよね。
だから必要以上に仲良くしない方がいいみたいな考えの魔法少女もいるんじゃないかな。
「残りの二人? 前に聞いた時は……確か音を消す魔法を使ってたフヨウと頭がイカれてるヴァリゼのこと?」
「そうですね。あっ、良ければ明日会いに行ってみてください。私ではダメでも、望奈さんならもしかしたら──」
実を言うと最初からそのつもりだった。
特にヴァリゼはボクが思うにかなり淫魔化が進んでいた。篝司令官はオヴェリアの方が近いと言ってたけど。
それに、テオラと仲良くしておくのは……今後の活動のためにもきっと有用。
ボクの見立てではテオラは淫魔化があまり進んでいない。必然的に関わる時間が長くなるし、共闘する機会もあるかもしれない。
「じゃあそうするよ。一人だとたぶん戦闘になるから、テオラも一緒に来てくれる?」
「う、嬉しい……でも私、仕事がいっぱいあるので無理なんです」
この流れで断られるの!?
*◆*
あれからボクは部屋へと戻り、夕食やお風呂を一通り済ませてから篝司令官と面会していた。
もし魔法少女がみんなこういう暮らしをしてるなら、あまりにも特別扱いしすぎだとボクは思う。最高に快適で不満は何もない。
久しぶりに満足のいく食事ができた気がする。
「素晴らしいですねここ。地上の楽園と言っても過言じゃないくらいには」
「その様子だとここでの生活は気に入ってもらえたようだな」
「はい。何一つ不自由はありません」
篝司令官は先生と繋がっているため、実質的に篝司令官の言葉は先生の言葉。
直接言えない事情でもあるのかな。まああの人の行動に意味を求めるのは無駄だってとっくの昔から証明されている。
「それで、報告通りオヴェリアの様子は淫魔化しているとは思えませんでした。民間人を巻き込もうとしていましたが、目的は淫魔退治ですし」
本人達から提出されたであろう報告書を見ながら、篝司令官は思考を巡らせる。
少し経った後、未だ考えながら話し出した。
「……確かに妙な点はないな。奴はとっくに淫魔化しているものと思っていたが、オレの予想が外れていたらしい」
「どうしてオヴェリアが既に淫魔化していると?」
「幾つか理由はある。中でもオヴェリアは欲望を溜め込み、姿を消して発散しているのをオレは怪しく見ていた」
欲望……欲望か。ボクには存在しないものだ。
魔法少女になれば欲望が見つけられる、と先生は言った。ボクには今欲望が生まれつつあると考えていいのかな。
オヴェリアのような魔法少女は欲望を常に解放してそうだけど。
「欲望を発散?」
「ああ、説明がまだだったか。魔法少女が欲望を溜め込むのは淫魔化を促進する危険な行為……よって、適度に発散するように命じられる。例としてはカティナの食事だな」
欲望を溜め込むのが良くないのはなんとなくわかるかもしれない。
したいのにできない状況が続けば、理性はやがて欲望に負けてしまうと思う。そして理性の敗北は淫魔化にも言えること。
肉体だけでなく頭脳が完全に淫魔化してしまった時こそ、魔法少女から淫魔へと堕ちる時。
「オヴェリアが隠れて何をしているのか。仮に民間人を拉致しているのであれば、淫魔化はかなり進んでいると見るべきだ」
「なるほど。では、明日ボクは他の魔法少女に会おうと思っているのですが──」
*◆*
「ねえ、エネア。何であたしはここにいる訳?」
「当然案内役だよ。どうせボク一人だと戦う羽目になるんだから」
次の日。ボクは篝司令官の許可を得て、オヴェリアの仕事内容を変えてもらった。
普通より楽な仕事になったんだから喜んでくれてもいいのに、その様子はどこか不満そう。
「昨日あんなことしておいて何その態度。あんたとは二度と戦いたくないわ、色々な意味でね」
あの時のパンチが相当効いたのかな? だとしたら嬉しい。ただ殺す為の戦闘なら、相手は感想まで言ってくれないから。
ボクは褒められて伸びるタイプ。ま、貶されても伸びるし何もなくても自力で伸びるけど。
「へー。そんなに痛かったんだ?」
「あ……当たり前よ! 視界が一瞬真っ白になって、最初は何をされたのかわからなかったの。理解した頃には既に追撃されて、それがまた──」
はっ、とオヴェリアはニヤニヤするボクの顔を見て口を閉ざした。残念、もっと聞いていたかったのに。
「この悪ガキ……! あまり調子に乗らないで!」
「もしまた戦う機会があれば、今度はもっとお腹を虐めてあげよっと。好評だったみたいだし」
「どこをどう聞けば好評だと思えるのよ」
今は前に音を消して周囲一帯を通行止めにさせていた魔法少女フヨウの元へ向かっている。
前と違い音は消していないようで、通行人の声や車のクラクションがむしろうるさいくらい。変身してないのもあってか民間人からもボク達が魔法少女だと気づかれていないようだ。
「これから会うフヨウってさ、オヴェリアより強いの?」
「あいつはテオラより弱いわ。要するに最弱」
なんだ、弱いんだ。音を消す魔法ってかなり強そうに聞こえるのに。
ボクと組めばどんな敵にも気づかれずに殺せるんじゃない? あ、でも淫魔には魔力で探知されるから無理なのかな。
そんな会話を続けていると、やがて目的地に到達した。
目の前にはかなり高い建物が聳え立っており、その迫力に少しだけ怯まされる。ボクが住ませてもらっているホテルよりも高そう。
ただ、これでも中央の電波塔よりは規模が小さい。流石に最重要施設と比べるのもどうかと思うけど。
見た所、カジノとか賭博場のような雰囲気だ。中からは一切の声が聞こえて来ないが。
自動ドアが開き、ボク達は中へと入り込む。
「──、──?」
「────────……──!」
世界から音が消えた。いや、中に音のない空間が広がっていた。
オヴェリアが面倒そうに頭をかく。何を言ってるのか聞こえないものの、なんとなくついてこいという意思を感じる。
「──────!」
オヴェリアの後に続く形でエレベーターに乗り、最上階へ。うわ、ここ47階まである。でもボクが住むホテルと比べて娯楽施設に寄りすぎているみたい。
少なくとも食事や風呂などの設備があるようには思えない。だってこの状況でまともに生活できなさそうだし。
音もなく47階に到着。降りた正面の巨大な扉にオヴェリアが手をかざし、扉は一瞬で消失した。
ボクが壊していいのかと戸惑ったのも束の間。ボク達が通り抜けた後には既に扉が再構築されている。面白い技術だね。
そして数多く並ぶ部屋のうち、迷いなくオヴェリアは右奥の部屋へと入る。
そこには大きなベッドの上で眠る小さな女の子がいた。可愛らしいパジャマ姿ですやすやと眠るその子は思っていたよりも子供。ボクと比べて……ギリギリ小学生くらい?
「──」
オヴェリアはその子の髪を乱暴に掴むと、容赦なく持ち上げ蹴っ飛ばす。ちょっとだけ可哀想。
瞬間、音が聞こえるようになった。
「うぇっ……けほっ、な、なんなのー?」
「面倒な魔法を使った罰よ」
「おぉー、声が出る! 聞こえるー!」
たった数分聞こえなかっただけなのに、とても新鮮に感じる。
やっぱり人間は音を聞いて生存してきた種族。音への執着は強いのかな。ま、この場に人間はいないけど。
「そいつが魔法少女フヨウ……本名、
「むー、おこさないでって言ったのに。莉華はいじわるだから嫌い……」
仲悪そう。
基本的に魔法少女って協調性がない人が多いのはなんでだろう。やっぱり淫魔化する素質を秘めてるから?
珍しく協調性のあるテオラもいつかこうなったりしちゃうのかも。
「んー? えっと、だれ?」
「ああ、ボクは魔法少女エネア。新しく所属することになったから、他の魔法少女と会いたいなと思って」
「ちがうほうの……名前をしりたい。わたしは蛍辺照日です」
違う方って本名か。
「ボクの本名は鎮羽望奈です。……呪ったりしないでよ?」
「望奈。うんおぼえた」
「はっ、馬鹿はこれだから。本名なんて知る必要ないのに」
確かにボクもそう思う。公私混同を避ける為にも魔法少女間の交流に本名は要らないよね。
でもそう思ったのをわざわざ口に出すから嫌われるんじゃないかな、オヴェリア。
ボクもだし、オヴェリアとカティナは基本的に魔法少女としての名前しか名乗らなかった。まあ篝司令官からデータを渡されてたので知ってたんだけど、別に知らなくても支障はないしね。
対してフヨウ、そしてテオラは本名を簡単にさらけ出した。そしてこちらにも本名の開示を求めた。
魔法少女としてではなく人間として交流したいのか、単にお花畑なのか。魔法少女と普通の人間の区別がついていない可能性もある。
「莉華。今のって"ぶじょく"だよね。弱いくせにあんまりぶじょくするなら、わたしだって"怒る"するよ」
「あまりイライラさせないでくれる? こっちもストレス溜まってるのよ。主にエネアのせいで」
「えー? ボクのせい?」
「当然!」
少しやばい空気を感じる。たぶん、このパターンは。
「
「
両者の変身後、部屋が暗黒に包まれていく。これは前にボクも味わったオヴェリアの魔法。
そして誰も見えなくなった……と思われたものの、即座に部屋へと陽光が差し込む。
フヨウは何かのリモコンを持っており天井がガラス張りになっていることからこの部屋に仕掛けがある。そう気づいた頃にはオヴェリアの闇が消え去っていた。
「いつもここでわたしは寝る。たいように照らされないとでもおもった?」
「チッ、無駄な健康意識め」
前戦った時に見たオヴェリアの攻撃方法は闇、斧、そして音。
闇が使えなくなった以上、残った二つで攻めたいと思っている筈。ただフヨウは音を消す魔法があるので必然的に。
「死ね」
オヴェリアは巨大な斧でフヨウを真っ二つに裂いた。上半身は床に落ち、下半身は動くことなく倒れ伏す。
しかしフヨウは全く痛みを感じていないようで、やれやれといった様子で笑った。もちろん断面からは血の一滴も垂れていない。
「ふふん。しなない」
ドロドロと溶けていくフヨウ。オヴェリアの蹴りに反応し完全に液体となったフヨウは床へと消え、一瞬にして天井から現れた。
その手には槍を持ち、オヴェリアへと突き刺さる……ように思われたが局所的な闇によって阻まれたらしい。そう言えばあの時も自分を守る闇は展開できていたし、光の中でも最低限は出せるっぽい。
すぐにフヨウは液体に戻り撤退。もう一度上からの攻撃を試みる。
「同じ手は通じないわ。『ロードオブミルキィ』」
「おなじじゃない。『尻子玉活法』」
闇の翼がフヨウに向かって閃光を放つも、そのフヨウは弾けてオヴェリアの背後へと瞬間移動。当たったのか当たっていないのかはわからなかったが、少なくとも絶好のチャンスなのは明白だ。
そしてフヨウは隙だらけのオヴェリアに手を伸ばし────お尻へと指を突き刺した。
「────っっっ!?」
「え? 何を……?」
「河童って知ってる? 望奈。川にせいそくする妖怪でね、お尻から"尻子玉"をぬくの。尻子玉には魔力がつまってる……」
名前くらいなら聞いたことがある。ボクは妖怪に詳しくないけど、なんとなく有名な存在なんじゃないかな。
フヨウが指を抜いて数秒後、がくりとオヴェリアが崩れ落ちた。意識は残ってるのに動けない……そんな顔をしている。
「わたしの淫魔ゆらいのちからはこれ。尻子玉をぬいて、こうどうさせない。莉華は……ざまぁ! だよね」
もぐもぐと尻子玉を食べるフヨウ。
魔法少女は怪物だと改めて認識させられる光景だった。とは言え淫魔由来の能力、か。
オヴェリアは母乳を出させる能力。フヨウは尻子玉を抜く能力。どちらも……何と言うべきか、そういうプレイに使えそう。
やがて淫魔になる存在が持つ能力としては丁度いいのかもしれない。
あ、でも男の人とそういうプレイをする時、フヨウってどうするのだろう。オヴェリアは自分に撃てるけどフヨウの魔法は自分に撃てなくない?
それともフヨウがする側なの? いや尻子玉は魔力が詰まってるらしいし、女の人からしか取れないよね。
淫魔の事情はやっぱりよくわからない。
まあ、ともかく。
フヨウとオヴェリアの戦いは。
「んっ、あっ、なに……? わたしのおっぱいがおかしい、あ、ああぅっ」
「や……っと……か」
オヴェリアの勝利で終わった。
勢いよくフヨウの胸から薄い黄色の液体が飛び出すのを想像したボクはそっと後ろを向く。……あんまり他人の痴態を見たいとは思わないから。
ごくごくと飲む音、フヨウの悲鳴、オヴェリアの笑い声が何度も響く。
魔力でできた母乳を飲んだオヴェリアは格段に回復して、逆に放出したフヨウはどんどん弱まっていく筈。
やがて声が収まる頃には両者の変身が解除されていた。
地面に倒れ伏すフヨウと高笑いするオヴェリア。なんだか……魔法少女がガチるとこういう戦いになるの、夢がないな。
ボクならもっと。もっと……? あれ、もっと何ができる?
体が疼く。
蚊帳の外だったから? ボクは戦いたかったのか? これが魔法少女の代償、その始まり──なのかもしれない。