「あ〜あ、おもらししちゃったね? お兄さん……これからの人生、あーしのおもちゃ確定だね」
淫魔により狂わされた男がまた一人。
その男は学校に上手く馴染めず、受験に失敗し、様々なバイトを転々としているうちに親からも見捨てられる不幸な人生を送っていた。
逆転をかけて輝喪戸市にやってきたものの……未だ不幸は継続中。当然、淫魔の誘惑に抗える筈がなかった。
子供のような見た目の淫魔にいじめられると、思わず昔を思い出してしまう。男は涙が溢れそうになっていた。
「う……ううっ」
「きゃ、泣きそうなのに嬉しそうな顔。そんなに気持ち良かった? 変態のお兄さん」
闇夜を裂いて、風が吹く。
人気のない裏路地、夜の営みを目的としたホテル、閉め切った屋内……あらゆる場所を風が駆け抜けた。
その淫魔は気づかなかったが、男はこれからの人生を想像して悦んだ訳ではない。
少し遅れて淫魔の視界がひっくり返る。
「えっ、あれぇ? なんかからだがうごかな────?」
血が流れると共に状況を理解したのか、大きな悲鳴を上げながら溶けゆく淫魔。
思わず淫魔は手を伸ばすも男が勢いよくそれを踏みつける。悲鳴が少しだけ大きくなった。
やがて完全に溶けて淫魔が死亡する。
全くの偶然、それも誰が意図した訳でもないが、男はトラウマを克服し新たな人生を歩み出す。きっと彼の不幸は終わりを告げただろう。
*◆*
「あの子が、こんな……ここまで……!」
ボクの予測は現実となった。
恐らく機関内での成績、ぶっちぎりのナンバーワン。魔力量は言わずもがな誰よりも多く、戦闘力もきっとボクに並び得る。想定通りならボクより上。
そして今夜ヴァリゼが起こした風により、この街に蔓延る下級の淫魔が殆ど死滅した……と思う。
人類にとっては正に神の風。
「ボクはあんなのを殺さないといけないんだ……」
改めて戦慄する。
かつて見たテオラの戦闘は人間だった頃のボクにとって驚異的だった。これが人間の領域を超えた戦いなんだと実感した。
でも魔法少女になってから思い返せば全然脅威だと感じない。ボクだって既に魔法少女なんだ。人外同士、立場は同じ。
そんな思考はヴァリゼによって一夜で書き換えられた。
人外の枠外の人外。バケモノの中のバケモノ。規格外を超えた規格外。
「強くならないと。強く、もっと……最強に」
翌朝。
そうして、強くなる為にボクがとった行動は。
「あのタイプは頭が弱点、だからこっちも頭で向こうは脚……だっけ」
「う、上から来ます!」
「大丈夫。あの三体は胸脚頭!」
バンバンと敵が地面に崩れ落ち、目標は達成された。
GAME CLEARの文字が大きく画面に映りリザルトへ。
「昇天完了。面白いゲームだね」
「今ので何か掴めましたか?」
「うーん……楽しめたけど、そういう方向ではないかな」
ボクはテオラを誘って様々な娯楽施設を巡っていた。
とりあえずシューティングゲーム、ボウリング、パチンコ辺りを遊んでみた。新鮮な体験で中々楽しい。先生と暮らしていた頃はこんなにも外に出ることはなかったから。
「……本当にこんな、遊んでていいのでしょうか」
「淫魔が一夜にして消えたから遊べてるんだよ?」
昨日ヴァリゼが起こした神風により淫魔が一時的に非活性化したので休みを与える、と篝司令官からの連絡があった。
そもそも強制的に休ませないとテオラは一生働き続けてそうだし、ボクの遊びに付き合ってくれる筈がない。
「でも。どこかで困っている人がいるなら、私は手を差し伸べたい。それは淫魔退治に限った話ではありません」
友達になって改めて理解した。
テオラの仕事への執着──人助けへの執着は明らかに異常だ。こんなお人好しほど早く死ぬ世界で、テオラの存在は異質すぎる。
「変身したら怖がって逃げて行くのに?」
「魔法少女になんてならなくても、生身でだって誰かを助けられる。力を持たない人にとって魔法少女が恐ろしいのは当然だと思います。だからこそ私達は人を助けて、社会に貢献しないと」
うん、異常。頭がいかれてる。
誰かを助けたいという想いが気持ち悪いだとか偽善だとかは言わないけど……うわ、そういうの言いそうな奴等の顔がいっぱい思い浮かぶ。
きっとボク以外の魔法少女はこういう所が苦手で友達になれなかったのだろう。
特に性格がきついオヴェリアや一般人を栄養扱いするヴァリゼとは合わないに決まってる。
「誰かを助けたいのなら、まずは自分を助けよう。最初に自分を救えないのなら誰も救えないよ」
「……望奈さんは正しいですね」
テオラはそれ以上何も言わなかった。本音はまだ何か言いたいだろうけど、自分でも相当無理をしているのに気づいてるんだと思う。
ボクの本音も自己犠牲はクソだって叫んでる。でもきっとテオラはボクとは違う考えだよね。だから本人には言わない。
魔法少女には欲望が必要なのに。
欲望により強化されていく魔法少女の特性を考えると、テオラはどんな欲で強くなれるのか。誰かのためじゃなく自分自身のために戦う方が欲望も満たせる筈。
いや、ボク自身の欲望すら理解していないのに他人の欲望が判る訳ないか。
「あー……お腹空いたし、ご飯食べに行こうよ! 近くにあるあの店とかどう?」
*◆*
ボクとテオラが選んだ店は回る寿司屋。
昼間だからか淫魔の所為か、人も比較的少ないように思える。
「すごい。これが回る寿司屋……」
「回る……? 回らない店は高いので流石に無理ですよ」
魔法少女の特権で順番待ちもなくテーブル席へ。ボクとテオラが向かい合う形だ。
様々な寿司がレーンを回転していて、かなり新鮮な光景が広がっている。
「いや、昔からこっちが食べたかったんだよね。回らない店に不満がある訳じゃないけどさー、自由な感じが羨ましいと思ってて」
「望奈さんの家って結構裕福な感じですか? 私はむしろ高級店の方が羨ましいなーと思います」
「あ、えっと、遠い昔の親がさ」
ボクはバカか。自分からベラベラ昔のことを話しちゃうくらい浮かれてる。
本当は先生が人が多いのを嫌って高級店にしか連れて行ってくれなかっただけ。高級店に来るようなタイプの人は騒いだりしないことが多いし。
あの人、大量にお金持ってるくせに回る寿司屋を貸し切ってほしいというボクの頼みは断っちゃって。
本人曰く回らない方が美味しいから上質な味に慣れてほしいとか何とか。ボクの初めての欲望が「回る寿司屋に行きたい!」になったらどうしてくれるんだ。
水を取りに行ったりと一通り準備を済ませてから、流れていたサーモンを取り食べる。
「こういう味かぁ。直球な感じが好きかも」
「あ、醤油かけた方が……」
「そのまま食べるのも意外と美味しいわよ? 次はトロを頂戴」
「っ!?」
自然な態度で知らない人がテオラの隣に座っていた。首にはラストチョーカーをつけており、同じ魔法少女だとすぐに気づく。
テオラが取っていた寿司を何の躊躇いもなく食べていることから見るに知り合いなのかな。
「あらどうしたの? そんなに震えて」
「……なんでいるの。帰ってよ。あとそれ私のサーモンなんだけど」
「いいじゃない。どうせ悠胡は無料なんだから」
「祐未は全部知ってて言ってるんでしょ」
「急に何? テオラの知り合い?」
「この人は……
な、なんか仲良さそう。
誰かをあまり悪く言わないテオラがこんな紹介をするなんて。それにすごく強い、か。
野良は社会的地位を得られない代わりに自由だ。淫魔を倒す必要もなければ人を助ける必要もない。
ただ当然グレー、或いは真っ黒な存在であるため機関の魔法少女や警察などの社会性のある組織からは敵視される。
欲望を満たすのが道徳的に良くない行為……例えば一般人を強姦して強くなる魔法少女がいれば、機関に所属しない方が欲望を自由に満たせるのかも。
ま、ヴァリゼが黙認されている時点で機関に所属した方がメリットが大きいとボクは思うけど。
「あー……。ボクは魔法少女エネアです。一応この街で2番目くらいには強いと自称してます」
「ふーん。ま、強い魔法少女は歓迎よ」
「どうも」
「それで? こいつは貴女に『自分はすごく雑魚だしすごく馬鹿ですー』って自己紹介したの?」
「そういうことしか言えないから意地悪って言われるの」
「文句あるなら強くなってから言いなさいよ。そこのマグロはわたしのね」
「私だって祐未が思うより強くなったよ! マグロは自分で取れば」
ハンバーグおいしい。
他人の言い争いって意外と心地良いね。ボクが話すのが好きじゃない……というか、ボクは口論なんて不毛なことはせず暴力で解決すると思うし。
先生に要求を通したいならそれなりの力を見せろと言われて育ってきたものの、実際にどうしても通したい要求は無かった。
まともな人間なら女の子にされた時点で命令なんて聞かないんじゃないかな。脅されたら別だけど。
「成績はどうせ最下位のままでしょう?」
「だから、最下位じゃなくて下から2番目!」
「最下位の奴はやる気が無いだけ。やる気がある分、実質最下位は悠胡ね」
「ランキング圏外の祐未に言われたくない……!」
勝手に注文しても大丈夫だよね。魔法少女は無料だから。
ボクがタッチパネルで注文したハンバーグが届いても尚、この二人の会話は止まらなかった。
「あの時から何も成長していない──いや、退化を続けているお前には心底失望したわ。淫魔の力を解放すれば更なる高みを目指せるというのに」
「必要なのは過剰な力じゃない……誰かを守れるだけの力。淫魔は祐未が倒してくれるから」
ハンバーグおいしい。
ボクの場合はひっくり返し、シャリと呼ばれる米の部分を上にして食べている。それにより肉のパワーがより強く感じられ、旨味が限界を超えて広がっていくのだ。
何となく食べ物を口に運ぶ時はひっくり返したくなるんだよね。エクレアとかホットドッグとか。
そう言えばテオラと……えーと、レイノだっけ。会話からしてテオラよりレイノの方が強いように聞こえる。
でもレイノはテオラが淫魔の力を解放すれば更なる高みを目指せると言う。
今まではテオラは弱い側の魔法少女だと思っていたけど、もしかしたら潜在能力がとても高いのか?
「他人に頼るのは止めろと前にも言った筈よ。それだけの力を持ちながら、無駄なことばかり」
「……同じ言葉を返すね。また一緒に──」
確かにあの時の強さは本調子じゃない可能性は高い。
淫魔の行動すら許さなかったヴァリゼと淫魔に反撃のチャンスを残していたテオラでは実力が大きく離れていると考えていた。
きっと違うんだ。
追加のハンバーグを食べ切ると、ボクは大きく声を上げた。店の迷惑にならない程度に。
「じゃあ戦おう。二人が」
「え?」
「テオラは知ってると思うけど、ボクは強さを求めてここにいる。少なくとも今はね。だから二人の戦いを見たい」
「な、何言ってるんですか!? 私は無駄な戦いなんてしません!」
「勝った方が要求を通せばいいじゃん。レイノは強さに自信があるみたいだし、負けたら言うこと聞いてくれる……でしょ?」
「そうね。絶対にありえない仮定の話だけど」
魔法少女の戦闘を観察する機会なんてあまりない。
戦ってくれた方がボクにとって都合が良さそうだし、何より面白い。レイノは煽れば絶対に動いてくれるだろう。
「戦ってよテオラ。また一緒に何かしたいのなら実力で勝ち取るしかないよ」
「あの、話進んでますけど私より望奈さんの方が強いと思うので望奈さんの方が」
「また逃げるのか。逃げた先へ不幸を持ち込むくせに」
「──ッ!」
魔力の質が一層、いや三層ほど変化した。
レイノの言葉の真意はよくわからないが、きっとテオラの逆鱗を引っこ抜くような意味があるのだと思う。
「二度とそのことは言うな!!」
「対戦成立ね。わたしが勝てばそいつを少しだけ貰うわ」
「は?」
指先はこちらを向いている。
「エネア。わたしと共に来なさい」
え、あ……?
トロフィーワイフ……?
*◆*
轟々と尖った魔力が激しく畝り、唸り、吹き荒ぶ。
寿司を食べ終わったボク達は人気のない場所を探し、今は使われていない廃工場へと足を運んだ。
輝喪戸市にもこんな錆びついた所があったなんてと驚く間もなく、二人の魔法少女は向かい合う。
……戦いの余波で建物が崩れなければいいけど。
「
声が重なる。
ついでにボクも変身しておいた。魔法少女にならないと視認すらできないと思うから。
でも、戦闘の始まりはボクが思うよりずっと早かった。
変身と同時に振り下ろされた刀をレイノが掴む。やっぱりテオラは速い。
白い衣装に身を包んだテオラとは対照的に黒い衣装を纏うレイノは手を離すと、続く斬撃を避け続ける。白と黒が乱れる様子は美しさすら感じた。
「欠伸が出そう。真面目にやってくれない?」
「あの時とは、違う! 私は魔法少女として戦う!」
テオラのギアは上昇していく。
実体が見えなくなり、軌道が見えるようになり、光すら遮断しそうな勢いへと到達。それでも斬撃は空を斬り続けた。
「何も知らない祐未が! あの時だって祐未が来てくれたら──っ、見てないくせに、全部否定するなーー!!」
当たる。レイノの着地隙0.1秒に差し込まれた斬撃は、通常なら確かに届いた筈だ。
テオラの動きは相手の動きを知っているからこその動き。なるほど、かつて親密な関係だったというボクの推測は事実らしい。
なら当然、テオラの動きはレイノに読まれている。
刀が届くその前に、テオラは大きく吹き飛ばされ地面を転がった。姿勢から見てレイノが超速で蹴飛ばしたのか。
「弱……」
「う、まだ──ぁっ!?」
「嘘。これは悪夢よね? 淫魔の力を解放しないのを考慮しても弱い。弱すぎ」
立ち上がる前に頭を踏まれ、テオラは地面に口付けする。レイノは刀を蹴りテオラの手をそっと掴んだ。
そして……指を一本ずつ丁寧に逆方向へとへし折っていく。
「んんんっっ!? んぐっ、んん!?」
「この街の魔法少女は最上位クラスが揃ってるらしいの。お前、ここにいる資格ないんじゃない?」
次元が違う。これがボクの感想だ。
ヴァリゼと同じく、根本から他の魔法少女を大きく上回っている。恐らくボクがテオラに加勢してもこの差は埋まらないだろう。
魔法少女として強いんじゃない。生物として強い。
一匹の蟻が蟻食に挑むように、生身の男性が淫魔に挑むように。絶対に敵わない相手は存在する。テオラは運悪く衝突事故を起こしてしまったのだ。
「せっかくエネアに実戦を見せてあげようと思ったのに、がっかりね」
「っ……っ」
指の後には腕、今度は反対の指と腕。普通の人間ならとっくに痛みで気絶している。魔法少女だって、すぐ治るとは言え痛みが消える訳じゃない。
あんな目には絶対に逢いたくないな……。
テオラの悲鳴が段々と小さくなっていく。ボクだってこんなに差があるとは思っていなかった。
次はヴァリゼにぶつけてみようか? ボクが無理なんだからオヴェリアやカティナ、フヨウじゃ相手にならないだろうし。
「ん……下らない演技はそろそろ飽きたでしょう? お前はお前らしく戦えばいいの」
レイノは立ち上がると、転がっていた刀をテオラの方向へと蹴る。
「動かないから、斬れば? その粗悪品で」
骨が正常に戻る音と共にゆらりと立ち上がるテオラはよろけた足で刀を拾い上げた。
そしてゆっくりと近づいていく。
「うあ、あああああぁっ!!」
躊躇いなく振り抜いた。それでも、傷にはならない。ダメージはただの一つも入らない。
レイノの首を狙った一撃はその肌に触れた瞬間、砕け散った。折れた切っ先が無造作に地面へ叩きつけられる。
「はぁ。つまらなかった。暇潰しに学校でも怖そうかしら。百人程度殺せば少しは退屈も紛れそう」
「っく……!」
再びテオラは蹴飛ばされ、地面を数回バウンドし柱へと衝突した。
「もう一度言ってあげる。真面目にやれ」
「────ふっ、あははは……勝てないや、祐未には。新しい道を探そうと頑張ってたのに、結局引き戻される。でも、淫魔と戦うのに自分を縛ろうなんて、そんな考えの方が傲慢だったのかも」
これは……何だ?
テオラの魔力が目に見えて上がっていく。発生源は折れた刀の中。
血と砂で汚れた白い衣装とは裏腹に本人の表情は清々しい。何があったら短時間でここまで急激なパワーアップを……まさか。
「今まで刀に魔力を封じてた……? それで刀が折れたから蓋が外れ、中に詰まっていた魔力が還元された……!?」
「望奈さんごめんなさい! 事情は後で必ず話します。今は、こいつを……っっ!!」
「漸くふざけた縛りが消えたようね。素手で荒く愚直に突っ込んできた、かつての姿と同じ」
本来のテオラは素手で戦うタイプなのに、今まで刀という慣れない武器を使っていたというのか。確か魔力を全然供給していないとも言っていた。
テオラは本当に何もかも縛っていたんだ。
逆に言えば、それ程にまで弱体化を重ねても淫魔を退治できていたことになる。本来の力はどれまで──違う。
そんな思考は捨てていい。後で聞ける。
「解放はしないよ。淫魔にはならない。けど真面目に戦う。祐未にこれ以上間違えてほしくないから!」
「面白い……それでこそ悠胡よ。潰し甲斐がある」
今はただ。二人の戦闘を眺めよう。