キヴォトスの塵塚さん 作:装甲アッサム春雨
空を見上げれば晴天、まさに雲一つ無い青空で少し遠くを見渡せば、古式ゆかしい街並みが見える。
「隊長ー、荷物纏め終わったよー」
「おーう、今行くー」
分厚くゴツイブーツで崩れそうなガラクタの山を踏み締め、その少女はのそのそと山を降り、仲間が乗るトラックの助手席に乗り込む。
「今日の稼ぎはどんなもんじゃろな」
「期待するだけ無駄じゃろな、と。シスターフッドの炊き出しがあるから、それに期待だわな」
「マリーちゃん会えっかな?」
「んあー、どうだろうな」
揺れるオンボロトラックに揺られ、ツナギのファスナーを腹の辺りまで下ろしながら、隊長は仲間に欠伸をしながら答える。
「最近は何か忙しいみたいだし、あんまり期待しない方がよかろ」
「そーだよねー。って、検問?」
「なんかあったのか?」
二人が前方の車両越しに見たのは、正義実現委員会の検問だった。
最近のトリニティは何やら騒がしく、正義実現委員会や救護騎士団があちこちを走り回っているのを見るが、検問は久しく見ていない。
何かあったのだろうかと二人が疑問している中、順番が回ってきた。
「はーい、どうもどうも。正義実現委員会っす。ちょっとお話いいっすか?」
「おーう、仲正じゃん。アタシらはこっから鉄屑売って、シスターフッドの炊き出し行くけど一緒にどうよ?」
「ありゃ、塵塚さんっすか。んー、お誘いは嬉しいっすけど仕事があるんで。一応、積み荷の確認いいっすか?」
「あいよ。ちょっと待ってな」
助手席の少女、塵塚は正義実現委員会の仲正イチカに頷き、車から降りて荷台の幌を外す。
積み荷は鉄屑の山、まだ使えそうな車や戦車の部品の山だった。
「買い取り先は何時もの業者っすか?」
「おーう、許可証もあるよ」
「はいはい、……確認したっす。通っていいっすよ」
「あいよ。ご苦労さん」
塵塚が助手席に乗り込むと、トラックは再び走り出す。
「隊長、何があったか聞かなくてよかったの?」
「ん? ぜっーたいに厄介事だから関わらない方が吉。つか、ガッコの問題に関わりたいか?」
「あー、イヤだー」
「だろ。なら、さっさと売り払って今日の飯どうするか考えた方がよっぽど吉だ」
「じゃあ、今日はシスターフッドの炊き出しと……」
「まあ無難に屋台のフィッシュ&チップスかね」
「うえー、ハズレは引きたくなーい」
「なら、コンビニ飯か」
「でも、コンビニ高いじゃん。特にトリニティのはさ」
「まあ、トリニティのお嬢様相手の商売だから、良い品高く売りますだろうさ」
走るトラックの窓から見える景色は、煉瓦造りの街並みと如何にもお嬢様然としたトリニティの生徒達。
皆、明日の悩みも無さそうに華やかに微笑んでいて、鉄の熱さや冷たさ、日差しの無遠慮な暑さも知らず、何の重荷も痛みも担いだ事も無い様な平和な面だ。
「たーいちょ、今日はあそこ行こう。前にローストビーフが山盛りで出た店」
「んあ? ……ああ、彼処か。今もやってんの?」
「やってるやってる。私、先週見たもん」
「そーかそーか。じゃあ、そこにするか」
「そーそー、さっさと稼いで飯食って寝よう」
そうするに限る。塵塚は頷いて、景色を眺めるのをやめた。
もう終わった事を考えても仕方ない。そんなくだらない事よりも今日の飯だ。
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「隊長ー……」
「言うな。……取り締まりが厳しいって話だから仕方ない」
「でもぉ……」
鉄屑を売り、懐が温かくなる予定の二人だが、現実はそうはいかなかった。
馴染みの買い取り業者の話だと、何やらトリニティ内が騒がしくなっており、その関係で一番高値の戦車の部品の流通に規制が掛かってしまい、普段の半値程の収入になってしまった。
「大将が無理して買い取りに色付けてくれたんだから、今日はこれで我慢しな」
「ういー、これじゃあお風呂直したらスカンピンだよー」
「応急措置も限界がきてるよなー」
嘆きながらもトラックは街を進み、二人がよく見知った広場へと着いた。
そこはシスターフッドがよく活動をしている広場で、キヴォトスでは付き物の余計な争いがあまり起らない稀有な場所だ。
「炊き出しやってる」
「列も少ないから並ぶなら今だ」
二人はトラックから降り、炊き出しの列に並ぶ。
週に一回、この広場ではシスターフッドによる炊き出しが行われる。
これは食うに困った二人の様なドロップアウトした学生や、浮浪者の救済の為に行われている。
なので、スケバンやヘルメット団もここを襲撃する事は無い。
自分達もたまに恩恵に預かっている上に、仮に襲撃しても得るものは無く、二人の様な者達を敵に回す事になるからだ。
「うひょー、シチューだよ隊長」
「ああ、しかもパンもデカイぞ。では」
「「いただきます」」
炊き出しのトレイを受け取った二人は、近くのベンチに腰掛け、良い気分でスプーンと手を動かしシチューとパンを食べる。
本日の昼食
シスターフッドの炊き出しシチューとパン
シチュー¦シスターフッド特製。具は少なく見えるが、昨日から一日かけて煮込んでいるので具は溶け込み柔らかく、優しい味
パン¦何処でも買える白パン。柔らかくシチューによく合う
「あぁ~、染みる~」
「朝飯無しでこれは効くなぁ」
「それは良かったです」
しみじみとシチューとパンを食べ進める二人の前に、一人見知った姿が現れた。
シスターフッドの一人、伊落マリーだ。
「あ、マリーちゃんだ。お久」
「おーう、あれから聖堂の時計はどうよ?」
「お二人のお陰で時間のズレも無く動いてますよ。本当に有難う御座います」
「そりゃなにより。かなり古い時計だったから、定期的にメンテナンスはしてな」
「はい」
二人は鉄屑等の回収の他、シスターフッド所有の古道具や設備の整備修復も請け負っている。
「塵塚さん、御手洗さん。あのお願いしたい事が」
「なに?」
「また修復?」
「はい、実は聖堂内の配管に何か詰まってしまった様で、業者の方を入れるには少々……」
「あー、礼拝堂の奥かな? あそこは詰まり易いし」
「まあ、古い建物に無理矢理通した配管だから詰まるか。ショウコ、午後は?」
「予定無し。空いてる」
「よし、ならこれ食って休んだら見に行くか」
「了解隊長。ほら、マリーちゃんも立ってないで座りなよ。話そ話そ」
「は、はい」
「……ショウコ、あんまり無理を言うな。マリーも仕事があるんだ」
「ああ、いえ少しなら大丈夫ですよ」
それから最近のトリニティはどうだの、今日の稼ぎが少かっただのと、とりとめのない話を二人はマリーと交わした。
「さて、と。そろそろ行くか」
「もうそんな時間? んじゃ、聖堂で会えたら会おうマリーちゃん」
「はい、お二人もお仕事頑張ってください」
「おーう、そんじゃな」
綺麗に平らげたトレイを持ち、塵塚と御手洗は立ち上がり、炊き出しのテントへ向かっていく。
その背を見ながら、マリーは小さく溜め息を吐いた。
「……本当なら、こんな風に話さなくてよかったのに」
悔恨、マリーの声と視線はそれだった。
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「くぁー、疲れたー」
「まさか配管を交換する事になるとは……。予備の資材があってよかった」
二人は疲れきった顔で夕方の街を歩いていた。
聖堂内の配管詰まりの原因は、掃除に使われるモップや棒たわしの抜け毛と、経年劣化による配管の破損だった。
狭い煉瓦造りの隙間に入り込み、どうにかこうにか詰まりを除去し、怪しい箇所を交換し終えた。
もう今日は何もしたくない。ヘトヘトだ。
「肉、肉が食いたい……」
「ああ、やっぱり行くか」
疲れきった足取りで、二人は灯りに誘われる虫の様にある店に入る。
そこはトリニティの裏通り、治安は悪くはないがお行儀は悪い。そんな所にある安い大衆食堂。
「……ご注文は?」
「ローストビーフサンド!」
「あと、ポテトとコーラ!」
「量は?」
「「大盛り!」」
パグの店員に全力で注文し、椅子に座った二人はテーブルに突っ伏した。
「シャワー貸してくれて、ツナギ洗濯してくれたのはいいけど……」
「話長いんだよな、サクラコさん……」
配管を交換し、今度は自分達が聖堂の詰まりになりかけながら、這う這うの体で隙間から這い出してきた二人を待ち構えていたのは、トリニティ総合学園でシスターフッドの首長を務める歌住サクラコだった。
泥と埃、その他よく分からない汚れに塗れた二人を見て、サクラコは迷わず二人をシャワー室に叩き込み、ツナギはおろか下着まで洗濯してくれた。
その間、シスターの予備の制服を借りた二人は、サクラコの話し相手となったのだが、やはりというかサクラコは相変わらず話が長かった。
本人は世間話のつもりだろうが、何も知らない者からしたら何らかの密約と取られてもおかしくない言葉選びと雰囲気。流石はトリニティの陰の支配者()と噂されるだけの事はあった。
「……まあ、気遣いには感謝してるけど」
「どうにもならん事もあるって」
二人が繋がりを持つのはシスターフッドと救護騎士団のみで、時折来るティーパーティーからの依頼は全て突っぱねている。
まあ、色々あったのだ。
「で、それよりも」
「そう、今は……」
「お待たせしました。ご注文のローストビーフサンドとポテト、コーラになります」
本日の夕食
ローストビーフサンド¦斜めに切られた断面から細かく刻まれたローストビーフとマスタードソースと言い訳程度の萎びたレタスがバターで焼かれたパンにこれでもかと挟まっている。
しかもこれがなんと四つ?!
ポテト¦よくあるくし切りポテト、まさかのごんぶとソーセージ二本付き?!
トリニティ総合学園では出てこないこれでもかと塩と香辛料たっぷり
コーラ¦市販品ではなくクラフトコーラ、グラスが薄く氷結するくらい冷えている
「「いただきます!」」
二人は迷わずローストビーフサンドに齧りついた。
たっぷりのバターで挟まれ焼かれホットサンドになったローストビーフサンドは、ざっくりと歯切れが良く、中のローストビーフも細切れになっていて噛み千切り易い。
そして、噛む程に溢れるバターと肉汁、酸味が強めなマスタードソースに肉に絡めてあった甘いソースが合わさり、言い訳程度の萎びたレタスも、なけなしの瑞々しさをこっそり主張していて、二人の口中はもう無敵だ。
溢れる肉汁とソースで手が汚れるのも構わずに、四つの内一つを瞬く間に平らげると、二人はポテトを二切れ三切れ掴んで無敵の口に放り込む。
ホットサンドの後味に容赦なく下品な味付けのポテトの油と芋の味が合わさり、無敵を通り越して無敵艦隊が形成された。
「隊長、ソーセージやべえや」
「ああ、バカみたいにハーブ効いてる」
ついでとフォークも使わず手掴みで焦げ目たっぷりなごんぶとソーセージにかぶりつけば肉汁と脂、それらを押し退けて力強いハーブが叫んでくる。
無敵艦隊主砲発射である。
「おい、ショウコ。お前……」
「へへ、このソーセージとポテトをサンドに捩じ込んで食ったら、もう最強で優勝だよ」
「それは反則だろう。アタシもやる」
二人してホットサンドにソーセージを無理矢理捩じ込み、二つ目に取りかかる。
肉の連合艦隊が参戦だ。
牛と豚、それぞれ違う味と旨味と脂。そして、容赦ない味付けが暴れ散らす中、そこに炭酸が弾けるキンキンに冷えたコーラを流し込む。
連合艦隊の勝利、優勝だ!
「かっー! 効くぅ」
「疲れた体に染み渡るなぁ」
ホットサンド、ポテト、コーラの順で食べ進め、二人はあっという間にテーブルの上を空にした。
「さて、お勘定お願いします」
「はい、全部で……」
この量と味でこの値段と、二人の財布もあまり薄くならずに満足した二人は帰路に着く。またあのオンボロトラックに揺られて、愛しのあばら屋に帰るのだ。
「と、その前に」
塵塚は立ち止まり、店員に名刺を渡す。
「あの、これは?」
「廃品回収、清掃代行。万困り事は、我々〝塵塚ダストシュート〟にご相談ください。では、ご馳走さまでした」
そして、塵塚は先に行った御手洗の元へと歩く。
二人はトリニティ郊外で廃品回収、代行業務を請け負う〝塵塚ダストシュート〟
キツイ仕事も、旨い飯があればそれでチャラだと笑いながらトリニティだけでなく、キヴォトスのどこでも駆け付ける。
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