ダートマス海洋学校〜日本と英国の血を引く少女〜 作:Audio
気持ち良く吹き抜ける潮風。
明るく海面を照らす太陽。
目元にかかった自身の髪を軽く抑えながら、1人の少女が船のタラップを降りていく。
「イギリスか…あれから何年経ったんだっけ…」
そう呟き、ここイギリスの地に足を踏み入れた1人の少女【
「マリア、お父さんが迎えに来てくれてるわ。多分あの駐車場だと思うのだけど…」
そう言ってマリアの手を引いていくのは彼女の母親【
「むしろ…父さんと母さんラブラブなんだよな…娘としてはもう少し自重してほしいとこなんだけど…」
2人を迎えに来てくれた父と合流した途端、マリアは目の前で繰り広げられている両親のスキンシップに若干の困惑の表情を見せる。何度かイギリスに来日したことのあるマリアだが、日本で暮らしてきた時間が長い彼女にとっては、少し受け入れがたい部分があるのか、毎回周囲の目を気にしてしまう。今もキョロキョロと周囲の視線が気になっているようで少し落ち着きがない。
「マリア‼︎よく来た!小学校卒業おめでと、それと、ようこそイギリスへ!」
「ちょっ…!と、父さん…恥ずかしいよぉ…」
そんな娘の悩みはつゆ知らず、マリアを抱き上げグルグルと回っているのが彼女の父親【
「大きくなったなぁマリア!お母さんに似てきたんじゃないか?」
「父さん…もう…下ろして…」
マリアの持つターコイズブルーの瞳は父アイザックから受け継いだものであるが、それ以外の優しく整った顔立ちに黒い髪、左目の泣きぼくろなどは日本人の母、香織からそっくり受け継いだものだ。
「よし!それじゃ我が家へ帰るとするか!2人とも車に乗りな」
「うぅ…気持ち悪い…」
父が車のドアを開け2人に声をかけるが、マリアは自身が持ってきた革製のトランクに腰掛け俯いていた。
「どうしたマリア⁈船酔いか⁈その程度じゃブルーマーメイドにはなれないぞ!」
「どう考えても父さんのせいでしょうが…うぅ〜…」
そんなこんなで両親の手を借り車に乗り込んだマリア。今は父の運転で車を郊外へと走らせている。道中顔色の悪かったマリアだが、流れていくイギリスの景色を眺めつつ、落ち着きを取り戻した彼女は、ふと一つの疑問を両親に投げかけた。
「そういえばさ…私、中学は何処に行くの?
◇◆◇◆◇
ポーツマス郊外にある一際大きな建物。巨大な門を構え、レトロな雰囲気ながら立派な作りをしたこの豪邸こそ、父アイザックの職場であり、これから家族3人が一緒に暮らす家でもある。車をガレージに止め、広い庭園を抜け、玄関ポーチまで向かうと、黒のフロックコートと、グレーのストライプ入りのパンツを身につけた長身の男性が立っていた。男性は父に気が付くと軽く一礼をした。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「ああ、ただいまエド」
そう言って、父はその男性に車の鍵を渡す。
「あら、執事なんていたのね」
「まあな。前に仕事の都合でイギリスを離れることになってな。その間、警備を雇ってもよかったんだが、先代から付き合いのあった社長が紹介してくれて…彼は【エドワード・リンデマン】、家事全般とこの庭の手入れをしてくれてる」
「まあ!助かるわ!よろしくお願いしますね、エドワードさん」
家事全般、その言葉に嬉しそうに反応した母は、執事のエドワードと挨拶を交わす。
「宜しくお願い致します奥様。ところで…マリアお嬢様が見当たらないのですが」
「あら本当。多分…あそこじゃないかしら?」
母は庭園の一画を指さす。先程まで一緒にいたのだから遠くへは行っていない。母の言う通り、マリアの姿は彼女の昔からのお気に入りの場所、四方を背の高い木々に囲まれ、強い日差しも木漏れ日として心地よく差し込んでくれる庭園の一画にあった。
「…ダートマス校に編入…試験は一週間後…日本語ならまだしも英語でなんて…」
木陰のベンチに座り、小さく震えていたマリアは、車で移動していた時の会話を思い出す。
〜〜〜
“そういえばさ…私、中学は何処に行くの?
“あぁ、マリアがブルーマーメイドになりたいって言ってたから良い所を用意してやったぞ!…ダートマス海洋学校だ!”
“なっ…⁈”
“編入試験は一週間後だから…頑張ってね、マリア”
“一週間後⁈っていうか母さん知ってたの⁈”
“まぁなんて言うか、それは…お父さんが言いたいって…サプライズしたいって言ってたから…”
“そんなこと…確かにダートマス校に入れたら嬉しいけどさ…ダートマス校って言ったらイギリストップの海洋学校だよ?そこに一週間で…たった一週間の勉強で入れるわけないじゃん…”
“大丈夫、貴方なら出来るわよ”
“日本の海洋小学校はレベルが高いことで有名だからな。そこで主席だったマリアなら大丈夫。その知識はこっちの学校でも十分に通用するはずだ。受験資格も問題ないし、書類は揃えてあるから、後は試験に合格するだけだぞ”
“そんな…”
〜〜〜
「はぁ…」
マリア自身、海洋知識はそれなりにある。それについては自信も持っている。しかし、その知識は全て、日本の学校で、日本語で学んできたこと。英語の読み書き、日常会話に問題が無くとも、ダートマス校という名門校の試験ともなれば、少しのミスが命取りになってしまう。
「…もし試験に落ちでもしたら…あの子達との約束、守れない…」
「やっぱり此処にいた」
「っ!父さん…?」
「マリア、貴方は少し気張りすぎなのよ。もう少しリラックスしてもいいんじゃない?」
「母さんも…どうして…?」
木の陰から覗き込むように入ってきたマリアの両親。彼女の両隣に腰を下ろすと、その小さく震えていた彼女の両手を、それぞれ父と母がそっと握る。両親の温もりを感じた彼女の目から涙が溢れてくる。
「いいかマリア。心配すんな、お前は自分に自信がないだけで、自分が思っている以上に優秀だ」
マリアは、父の時々見せる真面目な表情に弱い。気づくと彼女は、父の肩に顔を埋めていた。
「うぅ…父さん…」
「…小学校を卒業したばかりの子に、引越しだの勉強だの負担をかけてごめんな。だが俺は、マリアなら出来ると信じてる。お母さんも同じ気持ちだと思うぞ」
「でも…もし試験ダメだったら…」
「マリア、やる前から失敗した時のことを考えちゃダメよ?もちろん、失敗から学ぶことも沢山あると思うけれど、それはその時の話。今は成功した自分がどうなっているか、しっかり想像してみなさい」
「母さん…」
両親からの言葉を聞き、目を閉じ深呼吸するマリア。しばらくすると座っていたベンチから立ち上がり、両親2人に向き合う。
「分かった…私頑張る…私…本気で頑張ってみるよ!」
「よく言った!それでこそ私の娘だわ!」
「頑張れよ!マリア!」
「ちょっと父さんも母さんも…いきなり抱きつかないでよ…もう…///」
涙を流しながらも高らかに宣言したマリアは、両親に抱きしめられ、誰も見ていないと理解しつつも、恥ずかしさから頬を赤らめている。
ここから彼女の怒涛の一週間は始まりを迎えたのだった。
◆◇◆◇◆
「えっと〜どこに置いたかしら…おかしいわね〜さっき見たばっかなのに…」
「ねぇ母さん…さっき引越して来たばかりなのに何?この有様?」
庭園で涙を流してから3時間程が経過した。今マリアは母の部屋に来ている。シャワーを浴び、家族揃って食事を摂り、自室で試験勉強をしてくると席を立った時“ 渡したい物がある”と言われたからだ。しかし、半日前に引越して来たばかりの母の部屋は、すでに荷物が散乱しており、渡したい物、それすらも見つからずにいた。一刻も早く勉強を始めたいマリアにとって、この時間のロスは大きい。不安と焦りから、彼女はフラフラと部屋を歩き回り落ち着きがない。
「母さん…もう少し整理したら?」
「あとで〜」
ため息をひとつ。日本に住んでいたときも母の部屋はゴミ屋敷顔負けな感じになっていたことを思い出す。
「あっ!あった!」
そう叫んだ母の手には、何やら大冊が握られていた。
「はいこれ!きっとマリアの役に立つはずだから。持っておきなさい」
散乱した荷物を器用に避けていき、マリアはその大冊を受け取る。
「これ…海洋学校の参考書?なんで母さんがこんなの持ってるの?」
「私もブルーマーメイドになりたかったからよ」
「ふ〜ん…なんで今まで教えてくれなかったの?」
受け取った参考書のページをペラペラと捲りながら、マリアは母に問いかける。
「ん?だって教える必要が無かったからよ」
「…?」
頭にクエスチョンマークを浮かべ、母の顔を見るマリア。その母の表情はいつも通りの優しいものだった。
「貴方は昔から、私達がキッカケを与えなくても全部一人でやってきたじゃない。ブルマーを目指すから海洋小学校に行くって言ったのだって、そこで1番になる為に毎晩勉強したのだって…」
「だってそれは…でも、母さんと父さんのサポートもあって…」
「確かに、金銭的な面では、他の子より支援してたと思うわ。でも、私達が道を示したことは無かったでしょ?他でもない貴方自身が、自分で決めて行動したことなのよ」
母はマリアの頭に手を置き、ゆっくりと撫でていく。
「決断したことを行動に移すというのは、とても勇気のいることよ。当時の私には出来なかった…でも貴方には出来たじゃない…まずは一週間、頑張んなさい。叶えられなかった私の夢。貴方に託すわ」
そう言われ母の部屋を出たマリアはもう一度参考書を開く。そこには、母がまだ学生だった頃に書き込んだと思われる
「……」
無言で参考書を閉じたマリアは、長い廊下を小走りで進み、自室へと急いで向かっていった。
◇◆◇◆◇
「う〜ん…この問題も日本でやったような気がするんだけど…また間違えてる…」
マリアが勉強を始めてから早数日。ここ数日1、2時間程度しか寝ていない彼女の顔にはクマがあり、今日も変わらず自室に篭っている彼女は、ダートマス校中等部への編入試験に向け、事前に父が用意してくれていた過去問題集をひたすら解いていた。しかしその顔は険しく、回答欄は修正され尽くし真っ赤に染まっていた。
「あ〜ダメだ〜」
椅子に身体を預け、天井を眺めるマリア。
「そういえば…母さん…」
母からもらった参考書を開くマリア。そこには、達筆な字でブルーマーメイドの標語が書かれていた。誰もが一度は憧れ、誰もが一度は口にするその言葉。しかし、現実はそう甘くはない。憧れるだけでは実現しない。実現しても理想には程遠い。母は残酷な現実に直面したのだろう。参考書には、その達筆に書かれた標語が黒い線で消されていた。
「…母さんの為にも…信じてくれてる父さんの為にも…こんな所で挫けちゃダメだ!」
自分の頬を叩き気合いを入れるマリア。編入試験まで残りわずか。タンブラーに入れたお茶を一気に飲み干し、その長く伸びた黒髪を一つにまとめ直し、再度ペンを持ち答案用紙に向き合う。
「まずはこの問題から…いや、その前にまずは用語を覚え直した方がいいか…」
そんな彼女の様子は試験前日の夜まで続き、両親に無理矢理ベッドに連れて行かれるまで、彼女は一切机を離れることはなかった。
◆◇◆◇◆
そして迎えた試験当日。
マリアの姿はダートマス海洋学校中等部の教室にあった。目の周りに薄らとクマが残っているとはいえ、その目や姿勢は自身に満ち溢れていた。周りから聴こえてくる他の受験生の声を尻目に、静かに試験監督が入室してくるのを待つその姿は、他の受験生とは違った独特なオーラを放っていた。
「それではこれより、ダートマス海洋学校編入試験を開始します。まずはじめにーー…」
試験監督から諸注意などの説明を受けた後、普通科、専門学科の問題用紙、答案用紙が同時に配られる。自分の受験番号を用紙に記入し、開始の合図と同時に、問題用紙の冊子を開く。
「(大丈夫…絶対大丈夫…余裕で満点のはず…)」
自身にそう言い聞かせて、マリアは目を瞑り、周囲の音にだけ耳を傾けていた。全ての回答が終了してからは、用紙を裏返し、試験の終了が告げられる瞬間を待っている。
校内にチャイムが鳴り響き、試験が終了した。問題用紙、答案用紙が回収され解散の指示が出される。これで試験は全て終了。日々勉学に勤しんでいた子達は大きく息を吐いたり伸びをしたりと、思い思いに疲れを発散する。一部の子は教室に残り、試験の疲れからか机に伏していた。中には、あまり自信が無いのか顔を隠しながら啜り泣いている子もいる。
「(はぁ…やりきった…よね…?)」
自分は大丈夫、そう何度も言い聞かせ席を立つマリア。
「もう出来る事はないし…帰ろ…」
荷物をまとめ教室を後にする。少し軽い足取りで校舎を抜け、学校近くの停留所からポーツマス行きの連絡船に乗り込む。長い時間船に揺られ、ポーツマスに到着する。その頃には、すっかりと日が暮れ、港を行き来する船の航海灯が水面に反射し、日中とは違った港の雰囲気があった。
「おかえりなさいませ。お嬢様」
「ただいま。お迎えありがとね」
港に到着すると、執事のエドワードが車を用意してくれていた。車に乗り込み、自宅へ車を走らせる。マリアは後部座席で足を組みながら座り、学校から貰った資料を読んでいた。
「お嬢様、試験はいかがでしたか?」
「まぁ良かったんじゃないかな。確かにレベルは高かったけど、日本の試験の方が難しかったし…用語を覚え直してしまったら何も心配する事は無かったわ」
「それなら良かったです。ご両親も心配しておられましたよ。クマを作ったまま試験に向かわれたのですから。事故に遭っていないか、試験には間に合ったのか、などと朝からずっと…」
そう言ってチラッとバックミラーでマリアを確認するエドワード。車内に備え付けられている読書灯が、マリアの手元を優しく照らしていた。
「それは後で謝っておくわ。それにエドワードさんも…一週間本当にありがとね。母さん達にバレないように夜食とか作ってもらって」
エドワードの視線に気づいたマリアは、バックミラーに向かって微笑み、この一週間、陰ながら支えてくれたエドワードに感謝を伝える。
「いえ、私はグレンヴィル家に仕える者として当然のことをしたまでです。ただ、流石に前夜は進言させて頂きました」
「あ〜アレやっぱりエドワードさんだったんだ。一週間バレなかったのに、いきなりバレたから変だなぁとは思ってたんだよ?」
読んでいた資料をバッグに戻し、読書灯を消すマリア。そのまま車の窓を下げると、心地よい夜風が車内に入ってくる。遠のいていく港の灯りに少し寂しさを覚えながら、車のシートに身体を預ける。
「申し訳ありませんお嬢様」
「気にしないで。あのままだったら、多分私は会場で睡魔と闘って、試験どころじゃなかったと思うし。私の事を思ってのことって分かってるから大丈夫…着いたら起こして…少し…寝る…」
それだけ言うとマリアは、ついに限界を迎え、後部座席で寝息を立て始めた。
「お疲れ様でございます。お嬢様」
マリアの乗る白色の高級車がポーツマス郊外へと消えていく。結果が届くまでは約二週間。ここまで、一切の妥協を許さず、自分に喝を入れ続けた彼女は、まだ小学校卒業したての幼き少女。体力的にも、精神的にも、堪えているに違いない。結果がどうであれ、イギリスに来てからのこの一週間を、彼女は生涯忘れることはないだろう。
◇◆◇◆◇
それから時が経ち、試験結果が届いた。マリアは届いた1通の手紙をゆっくりと開いていく。側には両親がおり、執事のエドワードも部屋の角で3人の様子を伺っている。
「編入試験の結果…編入を許可する!だって!」
「おっしゃあ‼︎よくやったマリア‼︎」
「本当によく頑張ったわね!マリア!」
マリアが勢いよく椅子から立ち上がり、合格を伝えると、両親が彼女を力強く抱きしめる。エドワードも拍手を送ってくれている。
「よし!マリア、合格祝いに欲しいものあるか?なんでもいいぞ!」
「えぇ…そんないきなり言われても…あっ!じゃあ…単眼鏡欲しいなぁ…なんて…ダートマスの制服に合うような、ちょっとビンテージっぽいやつ…」
「よっしゃあ!任せとけ!入学までには
「え!ホント⁈ありがと‼︎父さん!」
「あらあら。お父さんが自分から仕事をするなんて、珍しいこともあるのね。マリアもようやく笑ってくれたわね」
「うん!こんなに嬉しいんだもん!イギリスに来てから、心配ばっかかけてごめんね」
イギリスに来てから初めて見る愛娘の笑顔に、両親も嬉しそうだった。陰ながら彼女を支えていたエドワードも、両親と共に、まるで自分の事のように合格を喜んでくれていた。こうしてマリアはダートマス海洋学校中等部に見事合格、編入する事が決まったのだった。
◆◇◆◇◆
「〜〜♪」
ベッドの上で、先程両親が開いてくれた祝賀会の余韻に浸っているマリア。鼻歌交じり何度も合格通知書を見返しては、嬉しそうに笑っている。
学校では多くの苦難が彼女を待ち受けているなんて、このときは夢にも思っていなかった…
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試験番号:D-88
マリア・コセガワ・グレンヴィル
編入試験の結果
『ダートマス海洋学校中等部』
への編入を許可する。
ダートマス海洋学校校長: ハリエット・リトルトン
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ずっと前に投稿していた作品のリメイク品になります。
前作(リメイク前)を評価してくださった方、お気に入り登録してくださった方、感想をいただいた方、設定協力をいただいた方、本当に皆様ありがとうございました!
もし、まだハイスクール・フリート海外組が大好きだという方が居ましたら、改めて評価や感想を頂ければ嬉しいです。
次回の投稿がいつになるか、正直分かりませんが、忘れた頃に話数が増えてる…ってなると思います。もしよろしければ、応援して頂ければと思います。