愛が重すぎるメスガキを分からせたいカードゲーマーの話。   作:不二崎

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プロローグ

 

 かつて、自分は天才であると信じていた。

 同年代には負けず、如何なる時も勝つ。

 勝利こそが全てであり、敗北に価値はない。

 誰もが俺を称賛し、憧れの目を向ける世界で生きるのが、何よりも心地良かった。

 

 世界で最も人気なカードゲーム『オラクル』。

 このゲームの影響力は凄まじく、ありとあらゆる物事よりも優先される。

 地位や名声、金銭などは二の次。

 デュエルが強い人間が偉く、弱ければ落魄れる。

 金塊や宝石なんかよりも、レアなカードの方が何倍も価値がある。

 何をするにも、カードカードカード。

 故に、全人類がオラクルをプレーしてると言っても過言では無い。

 

「ほらほら〜。どうしたの、お兄さん。石みたいに固まっても、私には勝てないよ〜♡」

 

「……………」

 

 無我夢中になって考え込む俺を、小馬鹿にする声が耳に届く。

 ゆっくりと顔を上げると、すっかり見慣れたにやけ顔が視界に入った。

 丹念に結われた金髪ツインテールに、吊り目がちな青い瞳。

 一際可憐な容姿を有しながらも、嘲るような笑みを携えている少女の名前は、星守ラキナ。

 非の打ち所がないプレイングで俺を圧倒している彼女は、二つ下の小学生で……。

 俺のような偽物とは違う、正真正銘の天才プレイヤーである。

 

「『灰信の従者』を召喚するぜ」

 

「させないよ〜。セットしていたマジックカード『マナ・フレイヤ』を発動っ。灰信の従者を破壊するね」

 

 文字通り、手も足も出ない。

 モンスターを召喚して展開しようにも、マジックカードで止められる。

 俺のフィールドはガラ空きだし、召喚権も消費してしまった。

 その上、ラキナはまだまだ止まらない。

 

「フィールドの『真珠星・スピカ』の効果を発動。マジックカードの発動に成功したから、お兄さんは自分の手札を一枚選んで捨ててね♡」

 

「分かった。カードを一枚捨てて……俺は、これでターンエンドだ」

 

 選ぶも何も手札は一枚だけ。

 最後の一枚を捨ててしまったので、俺はもう何もできない。

 終わりたくないが、ターンエンドする他なくて。

 このデュエル、言うまでもなく俺の負けだ。

 

「私のターン、まずはドローして……モンスター全員でリーダーに攻撃して、私の勝ちだね〜」

 

「……ぐ、くわああああ!!!」

 

 相手モンスターの総攻撃を受けた俺は、勢い良く吹っ飛ぶ。

 オラクルはただのカードゲーム。

 バトルに負けたところでダメージを受けたりしないのだが、それっぽい演出はしなくちゃな。

 

「お兄さん、何してるの?」

 

「野暮なツッコミすんじゃねーよ! 恥ずかしくなるだろうが!」

 

 畜生、余計な恥をかいた。

 なんてノリが悪い野郎……いや、少女なんだ。

 しかし、それよりも。

 

「ふふふ、流石にざこざこ過ぎない? 年下の女の子に負けて悔しくないの、お兄さん♡」

 

「ぐぐぐ……もう一回バトルしろ! 次こそはオレが勝つ!」

 

 悔しすぎて、感情が抑えきれない。

 完膚なきまでに叩きのめされたけれども、このまま黙っていられる俺では無いのだ。

 最低でも勝つまで、出来るなら後100回はデュエルしたい。

 

「ダメダメ、今日はもうおしまーい。今日の勝負で丁度200連敗だし、デッキを組み直してからバトルした方がいーよ♡」

 

 ぐうの音も出ないとは、正にこの事。

 ラキナのデッキに刺さるメタカードを積んだりしない限り、勝機が無いのは明白である。

 というか、出会ったばかりの頃から、一回も勝てていない。

 ここまでくると、デッキ構築云々よりも、プレイングに天と地の差があると思ってしまう。

 個人的には、そうでないと信じたいが。

 

「それじゃあ、バトルの前にした約束通り……私とお買い物に行こうねっ」

  

「なんだ。そのくらいなら、全然いいぜ」

 

「出発してから、お家に帰るまで恋人繋ぎで♡」

 

「…………あのぅ、それはちょっと」

 

「敗者は勝者の命令を何でも一つ聞く。そう言い出したのは誰だったっけ。まぁ、そういう事なら、お兄さんの持ってるユニークカードを……」

 

「行きまァす! 喜んで行かせて頂きます!!」

 

 世界に一枚しかないユニークカードである俺の相棒を引き合いに出されたら、断れる訳もなく。

 誠に不本意ながら、手を繋ぎながら出かける運びになってしまった。

 

「おい、見ろよ、あれ」

 

「あの子達、カップルなのかな? なんだか微笑ましくて、可愛いね〜」

 

 目的地であるカードショップに向かっている道中、数多の視線が突き刺さる。

 俺とラキナが恋人繋ぎで歩いている様子は、すれ違う人々の注目を浴びていて。

 恥ずかしすぎて、今にも死にそうだ。

 小学生の女子と手を繋ぐ姿を中学校の同級生に見られたらと考えると、ゾッとする。

 多分、数ヶ月は弄られるに違いないからな。

 

「聞いた? お兄さん。私達、カップルに見えるんだって」

 

 こちらを覗き込むラキナは、ニヤニヤと笑う。

 言わずもがな、嘲るように。

 そう、彼女は俺を小馬鹿にしているのだ。

 恋人繋ぎを求めたりしてるからって、好意がある訳では決してない。

 無様に戸惑ったり、露骨に恥ずかしがっている俺の姿を見て、楽しみたいだけ。

 余分な感情など無いと断言できる。

 それなのに、勘違いなどしたら、今以上に揶揄われる事間違いなし。

 だが、幸いにも、俺は恋愛に興味がない。

 オラクルを楽しくプレーする事しか頭にないので、不純な気持ちがない方が好都合だがな。

 

「うるせぇ。喋ってないで、もっと早く歩け。オレは一分一秒でも早く帰りてーんだよ」

 

 隙あらば俺を弄ろうとするラキナに対して、そっけない態度でそう告げる。

 動揺を表に出さないように心掛けたので、恥ずかしがっているのは悟られない筈だ。

 隙という隙を見せず、買い物を終えて帰る。

 そうすれば、弄られることも無い……と、思っていたのも束の間。

 背を伸ばしたラキナが、俺の耳元にそっと手を当てる。

 

「お兄さんのお耳、真っ赤っか……もしかして、照れてるの? カードだけじゃなく、情緒までざこざこで、お可愛いね♡」

 

「……っ! な、なっ、お前、何言って……」

 

「あ、顔まで赤くなった。もしかしなくても、図星なんだね〜♡」

 

 ぞわぞわっとした感覚が全身に流れる。

 防波堤は呆気なく決壊し、隠そうとしていた感情がまろびでてしまった。

 どんなに取り繕ろうとしても、全てがお見通し。

 何をしようとも、掌で転がされる。

 動揺する俺を見て、口元を歪める彼女の姿は二つ下とは思えないほど大人びていて……不本意ながら、ドキリと心臓が跳ねた。

 なんていうか、俺の心のずっと奥底にある扉が開きそうになる、その時。

 

「……灰坂ハクトだな?」

 

 聞き覚えのない声に名前を呼ばれた途端、朦朧だった意識が現実に引き戻される。

 呼応するように声の主を確認すると、黒い装束を身に纏った奴がこちらを凝視していて。

 辺りを見渡してみると、景色がガラッと変わっていた。

 見慣れた街並みから、見知らぬ異空間へと転移していたのだ。

 ……また、こいつらかよ。

 けど、今日に限ってはナイスタイミング。

 あとちょっとで、色々と取り返しのつかない事になりそうだったからな。

 

「私と勝負しろ。お前が負けたら、ユニークカード「白刃の勇士・エクレイル」を貰う。それと」

 

「はいはい、分かってるよ。結界を張ってるから、外部への連絡は出来ない。勝負がつくまで、脱出も出来ない……だろ。こちとら、もう聞き飽きてんだよ、その台詞。あんたの組織には、アンティデュエルを申し込む時のテンプレでもあんのか?」

 

 これで、もう何度目だろうか。

 世界に一枚しかないユニークカードを狙う組織『ダークロウ』の構成員にデュエルを挑まれるのは。

 とにかくぶっ倒しまくって、何人も警察に突き出してきたのにも関わらず、どんどん湧いてくる。

 ぶっちゃけ、俺のカード一枚と組織のメンバー数十人とじゃ釣り合いが取れないと思うんだけどな。

 まあ、ぶつくさ言ってもしょうがない。

 デュエルが出来るのは嬉しいが、ラキナも巻き込んじゃったし、さっさと終わらすか。

 

「待って、お兄さん。私がデュエルするよ」

 

「え、ちょっと待てよ。危ないって!」

 

「心配しなくて大丈夫。私、こんな奴に負けたりしないから」

 

 平然とした様子で、ラキナは微笑みを浮かべる。

 自信満々なのは分かるが、それでも心配だ。

 やはり、俺がデュエルするのが一番だよな。

 

「下がれ、小娘。貴様はお呼びでは……」

 

「黙れ。お前如きが、会話の邪魔をするな」

 

「え……え?」

 

 思わず、声が漏れ出てしまう。

 半ば反射的に振り向くと、そこには……。

 

「私たちの邪魔をした上に、お兄さんのカードを奪おうだなんて……絶対に許さない」

 

 鬼気迫った表情を浮かべながら、殺意を振り撒く修羅がいて。

 こんなにも怒りを露わにするラキナを見るのは生まれて初めてのことだった。

 

「私もユニークカードを持ってるんだ。貴方が勝てば、それをあげる。この条件なら、構わないでしょ?」

 

「……ああ」

 

「そっちが負けたら、貴方が一番大切にしているカードを貰うよ。まさか、怖気付いて断ったりはしないよね〜」

 

 ハイライトの無い瞳でダークロウの構成員を捉えながら、ラキナは淡々とそう告げる。

 全くもって正気を感じさせないこの瞳は……最初に会った時の彼女と全く同じ。

 口調こそ軽いが、声色は低い。

 今もなお、怒っているのは明白で。

 色々と言いたいことはあるが、何者にも有無を言わさない重圧を感じて口を開けない。

 ぶっちゃけると、俺はビビっているのだ。

 

「それでは始めるぞ。アンティデュエル、スタートだ」

 

「宜しくお願いしまーす」

 

 ダークロウの構成員の掛け声を機に、デュエルが始まる。

 こうなってしまったら、俺には手出しできない。

 ラキナの勝利を祈るしか出来ることは無いのだが、心配は杞憂に終わる。

 

「セットしていたマジックカード『星の導き』の効果発動。カードを三枚引いて、『星』と記されたカードを引いた時、そのカードを一枚選んで手札に加え、残りのカードをロストするよ」

 

「待て。私もセットしていたマジックカードを発動する」

 

「残念だけど、私のフィールドに存在する『天狼星・シリウス』の効果によって、私のマジックカードの発動に対し、貴方はカードの効果を発動出来ませんよー」

 

「な、なんだと!?」

 

「私は『星屑の剣士』を手札に加え、マジックカード『マナ・フレイヤ』の効果を発動。『血染めの人狼』を破壊するね。続いて、『星屑の剣士』を召喚し、フィールドのモンスター全員でリーダーにアタック……何か、ある? まぁ、何もないと思うけど」

 

「……何もない。私の、負けだ」

 

 圧倒的としか形容できないデュエル。

 ラキナが扱うのは、マジックカードによる妨害を主軸にしているコントロールデッキなのだが、これ以上ないくらいぶん回っていた。

 相手はラキナのフィールドにモンスターが揃うのを眺めているだけ。

 文字通り手も足も出ず、1ポイントもダメージを与えられていなかった。

 

「それじゃあ、約束を果たして貰うね」

 

「や、約束……?」

 

「もう忘れちゃったの? 私が勝ったら、貴方のカードを貰うって約束だったじゃん」

 

 機械的に言葉を紡ぐラキナは、倒れ伏すダークロウの構成員の元に歩み寄る。

 あくまで、無感情に。

 試合前と変わらない、正気の無い瞳を携えて。

 

「貴方が大切にしてるカードってどれ?」

 

「……闇の古狼・マーヴィン」

 

「このカードって、盗品かなんか?」

 

「違う。私が幼い頃から使ってる相棒。何よりも、大切なカードだ」

 

 デュエルする以前に交わした誓約に反した場合、ペナルティが課されてしまう。

 なので、敗者は決して嘘をつけない。

 その事を知っているラキナは、淡々とダークロウの構成員を問い詰めているのだが、奴のカードを手にしてどうするつもりなのだろうか。

 なんて疑問は瞬く間に氷解した。

 

「ふーん、そっか」

 

 詰問を終えたラキナは、ダークロウの構成員のデッキから一枚のカードを抜き取り。

 

 ……情け容赦なく、ビリビリと破り捨てた。

 

「きっ、貴様、一体何をして……」

 

「捨てたんだよ〜、要らないカードだったから。私のカードなんだし、何しようが私の勝手でしょ? 貴方達が人から盗ったカードを好き勝手にしてるみたいにさ」

 

「は……え?」

 

「あはは、すっごい滑稽な顔。散々他人のカードを蔑ろにしてきた癖に、自分がやられたら、現実を受け止められなくなっちゃうんだねぇ」

 

 小馬鹿にして、嘲笑する。

 幾度となく見たラキナの姿であるが、俺相手の時とは何もかもが異なる。

 態度の裏に隠された慈しみも、言葉の節々から滲み出る親しみも微塵も無い。

 とことん見下して、尊厳を踏み躙る。

 プレイヤーとしての誇りであるカードを破り去る行為には、あまりにも膨大な怒気が。

 絶望して項垂れるダークロウの構成員を、無表情に眺める彼女の姿には、底知れない狂気が秘められていた。

 

「二度とその面見せないでね。次、私とお兄さんの前に現れたら……こんなものじゃ済まさないから」

 

 その一言で、終わり。

 あまりのショックにダークロウの構成員は意識を失うのと同時に、周囲の景色が戻っていく。

 デュエルの勝敗がついた事で結界が解除されたので、後は警察を呼ぶだけだ。

 

「ちぇっ。折角のお出かけだったのに、水を刺されちゃったな〜」

 

「……ああ、そうだな」

 

「それにしても、カードを奪おうだなんて、恐ろしい人だったね。でも、お兄さんが側に居てくれたから、怖くなかったよ♡」

 

 すっかり元の調子に戻ったラキナは、俺の腕を抱き寄せて密着してくる。

 あいつよりもお前の方が恐ろしいよ、という軽口が脳裏に浮かんだが、今回ばかりは発せられない。

 俺よりもオラクルのセンスに恵まれた天才少女は……怒ると、誰よりも恐ろしいみたいだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……私は、比較的貧乏な家庭で生まれた。

 両親は共働きだが、収益が少ない。

 双方共にオラクルが下手で、所有しているカードもレアリティが低いものばかり。

 

 この世界では、オラクルの実力が全て。

 強い人間は望み通りの職に就けるが、弱い人間は人気のない職にしか就けない。

 強くなりたいと考えたとしても、良いカードは高級なので貧乏人には手が出ない。

 生まれつき、強者と弱者が別れている。

 それが、この世界の不文律。

 

 ……だけど、私は不幸では無かった。

 確かに、金銭的には不自由かもしれないけど、両親は誰よりも優しい。

 落ち着きがあって、穏やかな性格のお父さん。

 口うるさいけれど、頼り甲斐のあるお母さん。

 そんな二人の手元には、一枚だけユニークカードがあり、彼らはそれを何よりも大切にしていた。

 私の名前の由来にもなっているそのカードの名前は『一番星・ラキナ』。

 価値があるからこそ、争いの元になりうる。

 だから、家族以外には見せないし、バトルでも使わないと両親は言っていた。

 その話を耳にした当時の私は、言葉の真意を理解しきれなかったけれど。

 今となっては、痛いほど分かる。

 

 平穏な日常は、いつまでも続かない。

 些細なきっかけで薄氷のように崩れ去ってしまうと知ったのは、小学4年生になったばかりの頃。

 この世界において、カードは命よりも重い。

 父親と母親は、カード目当ての強盗に殺された。

 最後の最後まで、『一番星・ラキナ』の所在を隠し通した彼らは、私の目の前で惨殺されたのだ。

 

 一夜にして両親を失った私に残ったのは、40枚のカードと一枚のユニークカード。

 強盗が現れた際に、私をこっそり逃した二人が託してくれたのは『一番星・ラキナ』と、私がオラクルを始めた時のために作ってくれたデッキ。

 苦しくても、未来に希望が無くても、両親が残してくれたカード達を見れば生きようと思える。

 

 だが、同時に湧き上がるのは復讐心。

 カードを一枚一枚見る度に、両親と過ごした日々を思い返して、胸が苦しくなる。

 二人を殺しておきながら、今も生きている強盗犯が憎くて憎くて仕方がなくなるのだ。

 故に、人生の全てを捧げる。

 どんな手を使ってでも、強盗犯を自らの手で殺すという覚悟を決めた。

 

 憎き仇に勝利するために、ただひたすらに強くなる事を考えて行動する。

 ホームレスと何ら変わらない生活を送りながらも、デュエルに明け暮れる。

 カードを奪おうとしてきたチンピラ、私の体目当ての変態などなど。

 多種多様な人間を相手にして、全戦全勝。

 両親のデッキの完成度や『一番星・ラキナ』の性能も相まって、並の相手には負けない。

 レアカードの存在を嗅ぎつけて、悪の組織の構成員が集ってきたりもしたが関係なし。

 揃いも揃って返り討ちにし、逆に身包み全て剥いでやったくらい。

 

 そうしていく内に、懐が温かくなり、人並み以上の生活が送れるようになった。

 復讐相手の情報も金で買えるようになり、奴のデッキの詳細も知り尽くす。

 その上、欲しいカードは幾らでも買えるため、メタカードも買い揃え……迎え打つ準備は万端。

 敢えて、『一番星・ラキナ』を見せびらかすように使用した事も相まって、ずっと待ち望んでいた時は呆気なく訪れた。

 

「お、俺が……こんなガキに負けるなんて……」

 

 誘き出されたなんて考えも無い間抜けには、最も簡単に勝つことが出来た。

 たとえ、どんなに強力なカードを有していようが、ガンガンにメタを張られたら何も出来ない。

 所詮、子供だと侮った背景もあり、奴は私に手も足も出なかった。

 

「嫌だ、死にたくない。金、女、名誉っ。俺には、まだ欲しいものがあるんだあああ!!!!」

 

 表情を動かさず、一言も喋らず、呆然と眺める。

 愚かにも、自らの命を賭けてデュエルに臨んだ奴は、異空間へと飲み込まれていく。

 私欲に塗れた断末魔が聞こえなくなった頃には、全てが終わっていた。

 復讐をやり遂げた達成感と、この世で一番憎い相手を始末できた感動。

 それらを十二分に噛み締めた私に残ったのは……途轍もない虚無感。

 

 やるべき事を成し遂げた私には、もう何もない。

 大好きな家族も、憎しむ相手でさえも。

 復讐のために手を汚してしまった私には、カードを見て幸せな記憶に浸る権利もない。

 これ以上生きていても、虚しくなるだけで。

 両親の死を無駄にしないため。

 2人が遺してくれたカードのために生きているけれど、出来るならもう死にたいと。

 そう思ってしまうくらいには、精神的に追い詰められていて。

 ……いつの間にか、私は期待することを辞めた。

 

 心が傷つくのは、期待するから。

 希望なんて物を抱くからこそ、裏切られた時に精神的な負荷がかかるのだ。

 ならば、全てに期待しなければ良い。

 現在の状況が当たり前だと認識すれば、悲しいことがあっても動じることは無くなる。

 生きる希望だとか、輝かしい未来もかなぐり捨てて、自分勝手に生きれば傷つかずに済む。

 両親が殺された時だって、誰も助けに来てくれなかった。

 だから、今も同じ。

 どんなに期待したところで、輝かしい希望が生まれる事などないのだから。

 

「集いし絆が、神具を纏いし勇士の力となる……現れろ、オレの相棒『白刃の勇士・エクレイル』!」

 

「進化されちゃったか。でも、これからだよ」

 

 ふらりと立ち寄ったカードショップ。

 その片隅にあるプレイテーブルには多くの人が集っており、その中心には二人の男の子。

 どちらも人目を引く容姿をしていたが、興味を惹かれたのは灰色の髪の少年。

 男子にしては長い髪と、ぱっちりとした紫色の瞳が印象に残る彼には見覚えがある。

 確か、名前は……灰坂ハクト。

 ユニークカードを携えて出場した全国大会で好成績を残したとかで、テレビに出ていたのを何年か前に見た気がする。

 

「これで、トドメだ! 新必殺技、ホワイト・ダイナマイト・ソードォォォォ!」

 

「……あーあ、こんなにもダサい必殺技にやられるなんて、一生の恥だよ」

 

「何言ってんだ。オラクル史に残る必殺技のお披露目の相手になったんだから、光栄に思え!」

 

 それにしても、本当に楽しそうだ。

 呆れてる対戦相手も、眺めているギャラリーも。

 そして、ハクト本人も。

 笑顔が絶えず、勝っても負けても和やかで、私がやってきたデュエルとは大違い。

 ……多分、この人はとっても恵まれた環境で生きてきたのだろうな。

 両親がいて、心許せる友達がいて、ユニークを始めとしたカードを沢山持っていて、身体の危険に脅かされる事もなくオラクルを楽しめる環境もある。

 私には無いもの。

 かつての私が欲していたもの。

 全て、何もかも、持っているのだろうな。

 

「ねぇねぇ、お兄さん。次は私とバトルしよーよ」

 

 だから、なのだろうか。

 虫の居所が悪くて、性悪で、陰湿で。

 彼とは全て真反対の私は……この人が絶望する表情が見てみたいと思ってしまった。

 

「最後に、『一番星・ラキナ』でリーダーにアタックするね。無かったら、負けちゃうけどぉ……何か、ある?」

 

「……何もない。オレの……負けだ」

 

 落ち込んでいるのか、ハクトは項垂れる。

 まぁ、それもそうなるだろう。

 彼が出したいモンスターを敢えて召喚させ、即座に罠で破壊する。

 マジックカードも、アイテムカードも、使わせてから無効化する。

 希望をちらつかせた後に、無慈悲に刈り取る。

 相手を舐め腐るような、舐めプにつぐ舐めプ。

 とことん相手を不快にさせ、心をへし折るプレイングをしたのだから、気落ちするのも当然だ。

 勿論、周囲の空気は冷え込んでいるし、先程までハクトと戦っていた友人は敵意を露わにしている。

 正に、アウェー極まれり。

 

「じゃーね。ざこざこお兄さん。もう会う事も無いと思うけど、元気でね〜」

 

 我ながら、クズにも程があるけれど、胸がスカッとした。

 みんなみんな、不幸になって仕舞えば良い。

 他のみんなは幸せで、私だけ不幸な目に遭うのなんて、不公平なのだから。

 

「待てよ。お前、名前はなんて言うんだ?」

 

「星守ラキナ、だけど……」

 

「ラキナ。今日から、お前は俺のライバルだ。獲物に絡みつく蛇のように纏わりついてやるから覚悟しとけよ!」

 

 すくっと立ち上がる私を呼び止めるハクト。

 コテンパンに叩きのめした筈なのに、彼は……満面の笑みを浮かべていた。

 私とのデュエルが本当に楽しかった、とでも言わんばかりに。

 それが、私とハクトお兄さんの出会いだった。

 

「ラキナ、もう一回だ。もう一回、デュエルしようぜ!」

 

「……別にいいよ。デュエルの結果はやる前からわかってるけどね」

 

 それからというもの、お兄さんは私にまとわりつくようになった。

 出会った日に10連敗しても懲りることなく、何度も勝負を挑んでくる。

 当然、姿を暗ますことも出来たのだが、私にもプライドがあり、逃げたりはしなかった。

 毎日毎日、決まった時間にカードショップでデュエルをする。

 飽きる事なく、2ヶ月間ずっと。

 戦い始めた当初は、お兄さんの絶望顔を拝みたいというのが、デュエルする動機だった。

 何回も負かし続ければ、いつの日か、己の弱さに絶望する日が来る。

 その日が訪れた時、これ以上ないくらい満たされる筈だと信じていた。

 

「ちくしょー。なんで勝てねえんだ! 貯めてたお年玉全部使って、デッキを組み直したのに!」

 

「お兄さ〜ん。もう、これで30連敗じゃん♡ 運も絡むカードゲームでここまで負けられるなんて、ある意味才能あるんじゃない?」

 

「ぐぬぬ……その生意気な口、すぐに黙らせてやるぜ。この俺が敗北の味を味わわせてなっ!」

 

 けれど、待てども待てども、絶望しない。

 何連敗しようとも、煽っても貶しても嘲笑しても、お兄さんは希望を失わない。

 いつまで経っても、楽しそうにプレーする彼と過ごす内に心境の変化があった。

 私も、オラクルが楽しいと思い始めてきたのだ。

 両親の復讐とか、生きるための金稼ぎとか、自らの貞操を守るためではなく。

 ただただ純粋に勝ち負けを争うデュエル。

 それが、こんなにも面白い物だと、今までの私は知る由も無くて。

 いつの間にか、私は……オラクルを楽しむためにデュエルするようになっていた。

 

「ねぇ、お兄さん。初めて会った時……なんで、私なんかに構ってくれたの?」

 

 丁度、50連勝を達成した時。

 以前から抱えていた疑問を、お兄さんにぶつけた。

 3ヶ月も一緒に居ると、色々なことに気がつく。

 彼は、周囲の人々を笑顔にするために、敢えて道化を演じている側面があること。

 そして、そうやって作り出した自らの印象を利用して、巧みに本音を隠すこと。

 そういうお兄さんを知ったからこそ【私をライバル認定したから】という偽りの理由ではない、本当の気持ちが聞きたいと思っていて。

 過去の経験から、いつしか私は、何かに期待することをやめた。

 未来を望まず、希望も抱かないと決めた。

 なのにも関わらず、期待してしまっている。

 お兄さんこそが、私にとっての希望になりうるのではないかと思ってしまう。

 

「まぁ、そうだな。負けたのが悔しくて、ライバルと認めたからというのも嘘じゃないけど。それ以上に、悲しいって思ったからかな」

 

「悲しい?」

 

「……うん。始めて会った時のお前は、何か思い詰めててさ。凄く苦しそうにデュエルしてたから、悲しくなったんだ。オラクルはあくまでゲーム、楽しく遊ぶものだろ? だから、少しでも楽しさを知って貰いたかったんだよ」

 

 ……ああ。

 なんて、神々しいのだろうか。

 恥ずかしげな笑顔も、善意に塗れた発言も、何もかもが光り輝いていて……薄汚れている私の脳が、じりじりと焼かれる。

 同時に過去の苦しみも、抱えていた虚無感も、全てが浄化され、消えて無くなって。

 

 ここで、ようやく理解した。

 私がこれまで生きてきたのは……お兄さんに出逢うためだったのだと。

 穢れを知らない彼を守り、寄り付かんとする悪しきを払うのが、自らの使命。

 この世に生まれ落ちた意味。

 お兄さんのためならば、自らの全てを捧げられると断言できる。

 

「……ラキナは、さ。オレとデュエルするの、楽しかったか……?」

 

「そんなの、楽しいに決まってるじゃん。お兄さんに会えて、本当に良かったって思ってるよ」

 

「そっか。なら、すげー嬉しいよ」

 

 大好き、大好き、大好き。

 照れくさそうに微笑む姿も。

 他の誰よりも心優しい所も。

 ちょっと見栄っ張りで負けず嫌いな一面も。

 好きで好きで、愛が溢れそうになる。

 私は……全てを諦めていた私を救ってくれたお兄さんを、世界で一番愛していて。

 

 ……どうしても、彼が欲しい。

 絶対に、他の誰にも、渡したくない。

 お兄さんの輝きは、あまりにも眩し過ぎる。

 きっと、光に群がる羽虫のように……私のような穢れた女が寄ってくるに違いない。

 だから、私が守らなくては。

 やっと見つけた未来と希望のために。

 邪魔する者は、全て排除しなければ。

 

「改めて言うと、気恥ずかしいけど……そういう事なら、これからもよろしくな!」

 

「……うん。これからも、ずーっと一緒に遊ぼうね、お兄さん……♡」

 

 差し出された手を、ぎゅっと握り締める。

 暖かい体温を感じながら、微笑みを浮かべる。

 あまりにも歪んで、穢れて、ドロドロに濁り切った欲望を……心の奥底に秘めながら。





 次回以降、カードゲームのルール説明を行いたいと思います。

 評価や感想など、頂けたら嬉しいです。
 ヤンデレメスガキ概念流行れ……!
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