あいつに恋したのは、ほんと何気ないことだ。
アホな男子が鳳鈴音という私の名前を馬鹿してきたのが悔しくて、その場で思いっきり引っ叩いてやったのだ。
すると放課後、数人の男子を引きつれてお返しとやらに気持ち悪い顔でやってきた。
今考えたら、そんな小物にムキになってしまったのが私の失態だったのだろう。
寄って集って女の子一人を囲んで良い気になっているそいつらを、どう張り倒してやろうかと強がっていたが、小学生の頃とは違い思春期に入った男子との力の差は歴然だった。
引っ叩いた手を掴まれて、数人がかりで壁に抑えつけられた時、いつも喧嘩しても負かしていた男子という存在が初めて怖くなった。
必死に拘束から抜け出そうとして暴れると、今度は自慢の髪を強く引っ張られた。
痛みと恐怖で泣きそうになったけど、負けたくなくて髪を掴んでいる男子を睨みつけてやった。
それが気に入らなかったのか、見下げたことに男子は仲間にスカートを脱がすように指示したのだ。
興奮した様子でニヤニヤと笑いながら、男子の一人がスカートに手を伸ばしてくるのを私は髪を引き剥がすのに必死で抵抗できなかった。
悔しかった、こんな奴等に好きにさせている弱さが。
怖かった、そんなに変わらないと思っていた男子の暴力が。
そんな時、あいつが来たのだ。
後から聞くとあいつの他にも弾が一緒に居たらしいけど、私には颯爽と髪を掴んでいた男子を殴り飛ばしたあいつしか目に入らなかった。
派手に取っ組みあって男子達を追っ払うと、気の抜けて座り込んでいた私にあいつは手を差し伸べた。
だけど私は男子に助けられたことを素直に受け取れなくて、羞恥に顔を赤くしてその場から逃げ去った。
翌日、あいつがクラスメイトであることを知った私は、助けてくれたお礼に自分家の中華料理店で御馳走しようとあいつを誘った。
それから毎日あいつや弾と話したり遊びに出かけたりするようになって、しばらくする頃にはあいつへの想いが好意に変わっていた。
そんな朝ドラみたいな展開だと自分でも笑ってしまうほど、よくあるつまんない恋だった。
だけど私は、日本に居るあいつへ会いにいく為に必死に代表候補生の座を勝ち取ってしまうくらいには、あいつの事が好きだった。
もうすぐだ、もうすぐあいつに会える。
一年も経ったのだ、それはもう私が居なかったことを寂しがっているに違いない。
そう思っていたのだ、が。
転校の手続きのために受付を探していた時、たまたまあいつを見かけたのだ。
楽しそうに数人の女子と共におしゃべりしながら連れ添っているところを。
気にくわなかった、そりゃあもうその場で地団太踏んでしまうくらい気にくわなかった。
中学の時からそういう奴だと解ってはいたが、理解と納得は別なのだ。
あの久しぶりに会った天然ジゴロに劇的な再会を求めるだけ無駄なのだ。
ならばこちらから行くしかない。
盛大に驚かせて、私に気が向いてる内に一気にアドバンテージを取り返すのだ。
幸い、別れの際の仄かな期待を込めた約束という武器もある。
他の女には邪魔させない、あいつの隣は私のものなのだ。
何故なら私は鳳鈴音なのだからして。
「むぅあってなさぁいよ!一夏ぁああああああっ!!」
気合いを込めた一声を放ち、まずは力強く受付を探して再び歩きまわるのだった。
★
『織斑くん!クラス代表就任おめでとーーーーーーーー!!』
織斑一夏クラス代表就任パーティーと書かれた張り紙、色々装飾された学食の一間、そしてお菓子や飲み物などの並べられた机。
みんなで賑やかに騒ぐというパーティーと言われて意気揚々と参加した私も、手渡されたクラッカーの紐を引っ張って一夏さんを盛大にお祝いする。
おお・・・!なんだかクラッカーを引っ張るのって爽快感がある気がする・・・!
でも皆さん、何故私に向けて鳴らしたんですか?
お蔭ですっかり紐やら紙吹雪だらけなんですけど!髪が長いから取るの大変じゃないですか!
「・・・・・」プス~
「あはは、ごめんねクルヴィさん。今とってあげるから!」
「あ、私も私も!」
「ちょっと、それは私の役目よ!」
「・・・ッ!?・・・ッ!?」オタオタッ
何故か皆さん私に群がって紙吹雪を取るついでに、何やら髪を撫でたりし始めた。
わ、わぁ!な、なにごとですか!?
抗議しようにも、合成音声ソフトの方はIS展開時にしか使えないように設定してしまった。
まだ時々考えたことが勝手に入力されたりするのでシステムを見直ししている途中なのだ。
「すごーい、枝毛が一本もないわ。どんなシャンプー使ってるのかしら?」
「いい匂いだわ・・・香水じゃないわよね?」
「さらさらしてて手触りもいいし、いつまでも触っていたーい!」
「・・・ッ!?・・・ッ!?」ビクビクッ
あわわわわわ、全方位から囲まれて髪を触られてます・・・!
どうしてこうなったんですか!?私聞いてないですよ!
「ほらほら皆さん!そう無遠慮に人様の髪を弄るものではありませんわ、クルヴィさんも怖がってますわよ!」
「・・・ッ!?・・・ッ!?」ビクビクッ
セシリアさんの鶴の一声によって、皆さん潮が引くようにそれぞれ謝罪を口にしながら離れて行き、ようやく緊張から解放され溜息をついた。
た、助かった・・・!ありがとうございます、セシリアさん!
「・・・ッ!」ペコペコッ
「いいんですのよクルヴィさん。あ、それで折り入ってお願いがあるのですが・・・」
「・・・ッ?」
「あ、あとで櫛で梳かせて貰ってもよろしいでしょうか・・・?」
ブルータス・・・!あなたもか!
確かに人一倍手入れには気を使ってますけど、まさかこんなに注目されていたとは・・・!
皆さんの魔の手から逃れる為に、私は頭を抱えて壁の方を向きながらしゃがみこんだ。
「・・・ッ!・・・ッ!」プルプルッ
「ぐはっ!?」
「ああ!しっかりして磯部さん!?」
「なんて威力かしら、もしこれを天然でやっているとしたら・・・・・クルヴィさん!恐ろしい子っ!」
「ハァ・・・ハァ・・・何この可愛い生物、部屋に持って帰りたい・・・!」
あれ?さらに危機的状況になっているような気が・・・?
なんだか妖しい匂いが漂ってきて私の共感覚が警鈴を鳴らすのだ。
そんな時救いの主として現れたのは、やはり一夏さんだった。
「確かにクルヴィの髪って綺麗だけど、そんなに気にするもんなのか?」
『当たり前だ!!!』
「ひぃっ!?」
一夏さんの発言を聞いた皆さんは乙女の真言を一斉唱和。
そして口々に自らの想いの猛りを私の髪を親の敵の如く睨みつけながら叫ぶ。
「女にとって髪は命も同然なのよ!輝く生命の証なのよ!」
「風にたなびきそうな細くてさらさらする髪!しかも手入れが面倒な長髪でありながら枝毛のない艶々な状態!」
「化粧品と同じくらいリンスにもお金かけてるのに嫉妬すら抱けずに負けを認めざる得ないわ・・・!」
「しかもくせ毛ですらないですって・・・!?あなたはどれだけ髪に命を賭けてるっていうの・・・!?」
そこには女の子としての魂の叫びと深い慟哭があった。
しかし私にはどうすることもできない問題なので、ただただ皆さんの視線に戸惑うしかない。
・・・・・研究所から送られてくるシャンプーには何が入ってるんだろう。他にも色々と日用品とかが装備と一緒に送られてきたりするけど、ちょっと調べてみた方がいいだろうか?
とにかく、なんとか皆さんの注意は失言の元である一夏さんに向いてるので、このままパーティーの主旨を思い出させて意識を誘導しよう。
そろそろと皆さんの飲み干されて空になったコップに新しいジュースを注いでいく。
「・・・ッ!」トプトプトプッ
「あら、ありがとう」
「・・・ッ!・・・・・・・・・・・・ッ?」ペコッ・・・・・・・・・・・・コテッ?
あれ、この眼鏡をかけた人ってクラスメイトだったでしょうか?
クラスの人とはみんな知人にはなれたと思ってたんですけど・・・?
あ、このリボンの色は2年生だ。なんで2年生がここに?
首を傾げて考えていると、その人がいきなりカメラで私を撮ったのが音で視えた。
「・・・ッ!?」ビクッ
「あらら、いきなりたいちゃってごめんね?あなたがあんまり可愛いものだから、ね?」
「・・・・・ッ」フルフル
「あはは、ありがと!ところであなた、クルヴィ・エレフセリアさんよね?織斑一夏くんとは仲良いの?できれば紹介してほしいんだけど」
一夏さんに紹介ですか・・・そういえば時々箒さん達が訓練のお誘いに来た人を追い払ったりしていたのを見たことありますけど、この人もそんな感じなんでしょうか?
でもカメラを持ってるし・・・新聞部か何かだろうか?
まあ、とりあえず変なことを書かなければ紹介してもいいだろう。
「・・・・・」コクッ
「ありがとう、じゃあよろしくねクルヴィさん!」
「・・・ッ!?」ビクッ
な、なんだろう・・・。この人からあまり関わりたくない類いの好感を持たれた気がする・・・!
こういう時の直感ってほぼ確実に当たるから、今度から気をつけるようにしよう。
「あ、さっき撮った写真、今度の学園新聞の記事に使わせて貰うから!」
「ッ!?」
既に手遅れだったようだ。
自力で一夏さんを見つけたのか、案内の途中で固まってしまった私を置いていってしまった新聞部の先輩。
写真の記事掲載をやめるように抗議する為に、私は慌てて先輩の後を追う。
先輩は一夏さんに取材の交渉に入っているところだった。
「私新聞部部長の黛 薫子っていうの、よろしくねー!さっそくだけど、男性IS操縦者の織斑くんと期待の専用機持ちのセシリアちゃんにツーショットで写真撮りたいんだ。いいかな?」
「えっと・・・まあ、解りました」
「つ、ツーショット・・・!もちろんですわ!・・・ところで、出来上がった写真は頂けますわよね?」
「もちろんだよ!期待しててね?」
あっさり取材をOKする2人に私は益々焦りを募らせる。
そうだった・・・!一夏さんは最近まで嫌というほど取材されてただろうし、セシリアさんは広告のモデルとして雑誌のお仕事もあったりするから警戒心が薄いのか・・・!
私の写真と共にどんな記事になるかは解らないが、直感が碌なことにならないと言っている・・・!
なんとしてもせめてさっきの写真じゃなくて一夏さんと一緒に写ってるほうで掲載するように交渉しなくては・・・!!
「・・・ッ!!」ガシィッ!
「あら、クルヴィちゃんも一緒に写りたい?私としては単体の方が可愛い記事に仕上がると思うんだけど?」
「・・・ッ!・・・ッ!」ブンブンッ!
「おーけーおーけー、それじゃあセシリアちゃんの反対側でよろしくね」
なんとか私の単体写真掲載は阻止できたようだ。
ふうっと一息ついてから、いそいそとセシリアさんとは逆の位置に寄り添う。
まだ一夏さんの色を近くでみると少しドキドキした。
でもセシリアさんと箒さんにはちょっと悪いことしちゃったかな?
二律背反気味な感情に複雑な気分になりつつも、私はカメラの方を向いて笑みを作った。
・・・それにしても、皆さん隙あらば写真に写る気満々ですね。物凄く決意の紅が燃えてるんですが。
「はいはーい、じゃあにっこり笑ってー!織斑くんちょっと固いよー、うんそんな感じでおっけー!それじゃあ撮るよー!タイの首都の正式名称はー?」
「えっと、バンコク?」
「残念、正解はクルンテープマハーナコーンアモーンラッタナコーシンマヒンタラーユッタヤーマハーディロックポップノッパラットラーチャターニーブリーロムウドムラーチャニウェートマハーサターンアモーンピマーンアワターンサティットサッカタッティヤウィッサヌカムプラシットでしたー!」
そういってシャッターをたくと同時に、カメラの枠一杯にクラスの皆さんがどこからともなく写り込む。
しゅ、瞬間移動ですか・・・最近の女子高生は凄いですね・・・あ、私もか。
「何故いつの間に全員入り込んでますの!?」
「まま、セシリア達だけ抜け駆けはずるいじゃん!」
「そうそう、私達も織斑くんと一緒に写った写真欲しいしね!」
女子高生のアグレッシブな行動力に、一夏さんは苦笑いしているようだった。
そのまま予約した時間まで皆さんと楽しく騒いだ後、その日は心地良い疲れと共に眠ることができたのだった。
・・・・・・翌日、配布された学園新聞には、何故か一夏さんとは別の特集で私のしゃがみこんでいる写真がなどが使われており、髪がとても触り心地が良いことまでもが紹介されていた。
その性で最近は、噂を聞きつけた女生徒たちが私の髪を虎視眈々と狙い始めたのだった。
やったね私!またお友達が増えたよ!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり釈然としなかった。
★
今朝は珍しくのほほんさんがクルヴィを伴わずに話しかけてきた。
なんでもお弁当を作っていて遅れているのだとか。
へえ~、クルヴィって自炊できたんだなーと思いながら、のほほんさんから振ってきた話題を楽しみながら受け答えしていくと、もうすぐ始まるクラス対抗戦についての話題になった。
「もうすぐクラス対抗戦ですが~。おりむー選手、自信のほどは~?」
「おう、恥かかないように頑張るぜ!クラスのメンツもあるしな」
「強気の発言ですね~!しかし2組のクラス代表が転校生と入れ替わったそうですよ~?」
「転校生?この時期に珍しいな、編入か?」
「そうらしいですね~、どうやら中国からの転校生らしいですよ~」
中国、という言葉を聞いて、ある友人の顔が頭に浮かんだ。
そういやあれから1年経つのか・・・アイツ元気にしてるかな?
「ん~?急に窓の外を見てどうしたのおりむー?」
「あ、いやな、昔同じ中学だった奴が中国に引っ越したんだよ。それで元気にしてるかなーってさ」
「ふむふむ、もしかして彼女だったりする~?」
『ッ!?』
・・・なんだ?今室内の空気が重くなった気がするぞ?それに背中に突き刺さるような視線を感じる・・・!
妙に緊張に包まれた空気にドギマギしつつも、これ以上黙っているとまずい気がしたのでのほほんさんの質問に答えた。
「いや、ただの幼馴染だよ」
「ふ~んそうなんだ~」
普通に答えただけなのに、のほほんさんが何故か生温かい目でこちらを見てくるのだが・・・。
これ以上この話題は藪蛇だと気付いた俺は、その眼から逃れるように別方向への修正を試みる。
「そ、そういや中国の転校生ってどんな奴なんだろうな?クラス対抗戦に出るくらいだし、結構強いのかもな」
「今のところ専用機を持ってるのって1組と4組だけだけど~油断したら負けちゃうかもよ~?」
からかうような口調ののほほんさんに、それでも負ける気はないと言い返そうとした時、入口の方から自信に満ちた声高な声が響いてきた。
「そうね、なんせ専用機持ちのこの私が2組のクラス代表なんだから」
声の主に視線を移すと、そこには腕を組みながら仁王立ちして、こちらをニヤリと挑戦的な笑みで見上げている(・・・・・)見覚えのある少女がいた。
あのちっこい背丈にツインテール、それにあの自信に溢れたふてぶてしい笑みは・・・!
「・・・鈴?お前鈴か!?」
「久しぶりね、一夏!今日は2組のクラス代表、鳳 鈴音として戦線布告に来たわ!」
「いや、それよりも鈴、お前そのポーズすげぇ似合わねぇぞ?」
「なっ!なんですって!?」
おお、あの猫みたいな怒り方は、やっぱり中学の頃中国に転校した幼馴染の鈴そのものだった。
久しぶりの再会を祝ってもっと話し込みたい・・・・・・・・・ところだが、それはもう少し後になりそうだ。
「も、もう一度言ってみなさいよ!私のポーズのどこが」
ゴツッ!!
・・・今日も千冬姉ぇの出席簿のキレは冴え渡ってんな。
いつの間にか周りに居たのほほんさん達も席に戻っていた。
「~~~~~~ッッッ!!何すんのよ・・・・・げっ!」
「しばらく見ない間に随分態度がでかくなったな、もうすぐSHの時間だが?」
「ち、千冬さん・・・」
「学園(ここ)では織斑先生だ、次からは間違えるな」
「は、はい!」
「ならとっとと戻れ、邪魔だ」
犯人が千冬姉ぇだと解った途端に、先程までの勢いを失墜させる鈴。
昔からあんな感じだったけど、やっぱあいつ千冬姉ぇのこと苦手なのかな?
そのまま教室を出た後、一度振り向いた鈴はこちらを睨みつけてこう言った。
「今帰ってやるけど、また休み時間になったくるからね!逃げたら許さないわよ一夏!」
「鳳・・・」
「ひぅっ!?す、すいませんでした!」
その啖呵も、千冬姉ぇに睨まれてビビりまくった顔に変わってまるで様になってなかった。
逃げ去る様に教室に戻っていく姿のインパクトで忘れてたけど、そういやあいつ代表候補生になったのか。
意外なところで再会するもんだな、まったく。
また来るって言ってたけど、積もる話もあるし昼飯にでも誘うか。
そういやクルヴィがまだ来てないけど、大丈夫なのか?
千冬姉ぇがSHを始めようとした時、自動ドア開かれて縦長い箱に足が生えたような物体が教室に入って来た。
「・・・ッ!・・・ッ!・・・ッ!」フラフラブルブルッ!
「ちょっ、もしかしてクルヴィか!?」
手首から見える種の形をしたペンダントは、クルヴィの専用機の待機状態のものだった。
慌てて席を立ってフラフラと危なげに箱を支えながら歩くクルヴィに手を貸した。
なんとか教室の隅に箱を置き、クルヴィのおじきを受け取ってから席に戻る。
教壇の千冬姉ぇを見ると、頭痛を耐えるように手で額を抑えながら溜息をついていた。
どうやら呆気をとられて叱責のタイミングを逃したらしい。
そのままもう一度溜息を吐くと、千冬姉ぇは顔を引き締め直してSHを始めた。
それにしても、あの箱の正体は今日の弁当だったりするのだろうか?
一体誰が食うんだと、その圧倒的なサイズに慄くのだっ