この世は今日も愉快かな   作:上条信者

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あなたの運命~ニシキギ~

 「…………」

 

 どうしてこうなったのだろうか?

 この光景を見ると否応にも自らの境遇を自覚してしまう。

 登校のための通学路は、見渡す限りの女子、女子、女子・・・。

 そして皆が足を進めるその先には、何とも見慣れない様式の高塔や、ここは日本か?と疑いたくなるような未来的な設備の数々。

 本当に自分はここに来てしまったんだなぁと、妙に諦めの悪い事まで考えてしまった。

 それもそうだろう。

 普通考えられるか?今まで女性以外動かすことができないと言われていた代物を、まさか何か悪い夢としか思えないような偶然で動かしてしまうなんて・・・。

 昨今の日本警察の信用度くらい信じられない話だ。

 おかげでここ数週間はいろいろと大変だった。要人保護プログラムなんてものを適用されたり、毎日何かしらの記者だかジャーナリストだかパパラッチだかが押し掛けてきたり、そして―――――――。

 

 「ねぇーあれって……」

 「男の子だよね……」

 「もしかしてあれがこの前テレビでやってた……」

 「……勘弁してくれよ」

 

 世界で唯一、IS―――インフィニット・ストラトスの為の教育機関であるIS学園に通わされることになったり……。

 

 (ほんと、どうしてこうなった……)

 

 神の意志か? 運命か? それとも誰かの思惑で?

 どちらにしろ、この珍獣を観察するような視線にさらされるという一種の羞恥プレイを作為したのだとしたら、俺は迷わずそいつらに中指を立ててやる。

 誰とも視線をかち合わせないように、若干上向きに空を恨めしそうに見ながらこの状況に耐えた。

 これがこの先続くのかと思うと、少し憂鬱と不安に満ちた学園生活になりそうだと溜息を吐いた。

 俺、織斑一夏に明日はあるのか?

 

 「…………ッ」

 「んん?」

 

 視線を感じる。いや、視線ならそこらからバリバリ感じるんだがこれは違う。

 具体的には距離が、これはむしろ視線と言わず気配と言ったほうが正しい気がする。

 ともかく俺の後、……しかもかなり密着した距離に誰かいる……!

 

 「……ッ……ッ」

 「ちょっ!?」

 

 顔の脇から手首が伸びてきたかと思うと、いきなり頬を軽く触られた。

 俺は驚いてその場から跳び退き、若干の恥ずかしさといきなり触れられたことによる怒りから、相手の顔を確認する為に振り返った。

 

 「誰だ!」

 「……ッ!」

 

 ……女の子だった。

 ここがIS学園である以上それは当然の事なのだが、彼女を見た瞬間、それまで見てきた女性とはまるで違う印象を受けた。

 腰まで伸びた少し色素の抜けた薄い金髪、閉じられた瞼、顔立ちは整った細い造形をしており、小ぶりでぷっくらとした唇は何かを言い掛ける直前のように開かれていた。

 存在感というか、雰囲気というか、とにかく一目見ただけで“儚い”と思ってしまう容姿だった。

今まで自分の周りに居た女性を思い返して見ても、皆強いとか勝ち気とか、とにかく振り回されるくらいの快活さを持ち合わせていたので、こういう今にも消えてしまいそうな静けさを持った女性は初めてだった。

 文句の一つでも言ってやろうと思っていたのに、彼女を目の前にして怒りが急速に萎んでいく。

 それでもいきなりの行動に対する疑問だけでも聞いておこうと、少し控えめに話しかけた。

 

 「あー、えっと、俺になんか用があったりするのか?」

 「……ッ」

 「え? 上?」

 

 制服からしても女生徒であろう少女は、ほっそりとした腕を上げて上空を指差した。

 そこには快晴とは言えないが、白い雲がまばらに漂う程度なので十分晴天に分類してもおかしくない空。

 洗濯物を干すには絶好の日和と言えるだろう。

 ……だが少女の意図がまったく読めない。

 

 「空がどうかしたのか?」

 「……ッ」

 「俺?」

 「……ッ!」

 

 少女は今度は俺を指差した。

 空を指差した後は、……俺? いったいどういうことだ?

 …………むむむ、さっぱりわからん。

 

 「……すまん、お前の言いたいことが解らん」

 「…………」

 「うっ……! あ、ちょっと待て! 今考えるから!」

 

 目に見えて残念そうに少女の眉がハの字に下がり、唇もまげて俯いた。

 その様子に妙な罪悪感が沸き上がり、俺は必死に頭を捻って答えを探す。

 …………空の次に俺を指したってことは、俺と空になんか共通項でもあるのか?

 

 「……もしかして、俺と空が似てるって言いたいのか?」

 「ッ!」

 

 バッと顔を上げて必死に頷くところをみると、どうやら正解らしい。

 今にも跳びあがらんばかりの嬉しさを全身で表現しており、その様子に苦笑が漏れた。

 ふと通学路に備えつけられた時計が目に入った。針は遅刻まであと数分を指しており、あれほどまでに感じていた視線はいつのまにやらさっぱり消えていた。

 まずい……! 登校初日から遅刻とか洒落にならん!

 

 「じゃ、じゃあ! 俺もう行くから! お前も遅れないようにな!」

 「……ッ」

 

 鞄を脇に抱えて急いで校舎に向けて猛ダッシュした。

 後ろを振り向いてみると、少女はこちらに向けて小さく手を振る様子が見て取れた。

 いや、お前もここの生徒なんだよな?

 そのあまりのマイペースっぷりに少し呆れて肩の力が抜けた。

 

 ――――――――――――――――――――またね

 

 「えっ?」

 

 声が聞こえた気がした。

 聞こえたのは一瞬だけで、しかもかなり小さな声だった。

 足を止めて振り返ってみたが、そこには少女の姿は無かった。

 

 「気のせい、か?」

 

 後ろ髪惹かれるような感覚はあるものの、やがて目的を思い出した俺は再び校舎へと走りだした。

 

 「あ、名前聞くの忘れてた」

 

 途中でそんなことを思い出したが、あれほど独特の雰囲気があればすぐ見つかるだろうと思い直した。

 

 先行き不安な俺の学園生活の初日は、そんな感じで始まったのだった。

 

 

 

 

 久しぶりに訪れた日本。

 自分がどのような場所に住んでいたかどうかは覚えていないが、やはり妙に馴染む気がした。

 優しい青だ。この国の人達は“受け入れる”ということで自分たちの文化を発展させてきた。その気 質が見て取れる、安心させてくれる色。

 しばらく歩くと、ちらほらと別の色も混ざり始めた。

 どうやらIS学園に敷地内に入ったようだ。

 視覚を断っているから気付かなかった。

 共感覚(シンパシー)はオンオフの切り替えができないので、必要な時以外で余計な情報によって脳に負担を掛けないように洗脳(プログラム)されているのだ。

 しかしそれ以外の感覚が十分に補ってくれるので、人の判別や障害物への対処などは問題ない。

 目を閉じた状態では空を眺める事はできないのが残念だが、こうして研究所では味わえなかった色彩を感じることができるのには感動した。

 

 「……ッ!」

 

 あの娘は青いけど、紅の混ざった綺麗な青紫だ。あっちの娘は一見黄色で、だけどその内にはちゃんと青が見え隠れしている。

 知らなかった色、研究所の人達とは違う色、私がこの世界に来て初めて感じたもの。

 もっと観られるだろうか? もしかしたら()の色もこんな風な色なんだろうか?

 

 「……ッ! ……ッ!」

 

 楽しみだ。私は楽しんでいる。

 もし声が出せるなら歌い出しているかもしれない。

 きっと頬が緩んでいるのは隠せていないだろう。

 

 「~♪ ~♪」

 

 軽く鼻歌? のようなものを交えながら私はこれから三年間通うことになる道をゆっくりと歩いていた。

 

 「~♪ ―――――――――?」

 

 ちらりと、他とは違う色が視えた。

 周りに紛れて、どこか見覚えのある色が。

 どこまでも捉えられない、永く続いていくようなあの色は―――――――――――――――――

 

 「ッ!!」

 

 確かめなきゃ。

 そう思って衝動的に走りだした。

 

 「ぁ―――――」

 

 遠くにあったその色が、他の色に紛れて隠れてしまう。

 言いしれない不安と焦りがジワジワと心を締め付けてくる。

 

 「ぁっ! ぁっ!」

 

 叫んで呼びとめようとしても、漏れる声は音として機能しているかどうかも怪しい。

 

 「ッ!」

 

 見つけた。もう少し、もう少しだ。

 やっぱり、間違いない。あの色だ。

 ずっとずっと視てきた、私だけが視てきた。綺麗な奇麗な、空の色。

 それが目の前にある。

 もしかして、

 

 (この人、だ?)

 

 多分そうだ。だって違う、こんなにたくさんの色の中でたった一人だけだ。

 でも、本当に?

 この人があの“織斑一夏”なんだろうか?

 もう触れられるほど近くにいる。

 

 (確かめなきゃ・・・)

 

 そして、触れた。

 

 (あれ・・・?)

 

 どこまでも永く続く、だけどそこには生き物の存在しない空。

 

 (冷たくない・・・? ううん、これは・・・・暖かい?)

 

 一目見ただけでは気付かなかったこと、触れてみて解ったこと。

 似ている(・・・・)、だけど違う。

 こんなにも似ているのに、そのはっきりとした違いが私の好奇心を刺激した。

 

 (知りたい(・・・・)

 

 もっとこの色を―――――――――――――――

 

 「誰だ!」

 「……ッ」

 

 あ……、“怒り”だ。そんなに強くないけど、怒らせちゃった。

 その事実が身体を少し萎縮させるが、それでも相手の目線から目を逸らせなかった。

 ほんの少し混ざった赤色は、原色の上にあっても映えるように一筋の線を露わにしていた。

 その様はとても綺麗で、それが怒りである事が解っていても目を逸らすことができなかったのだ。

 赤は一瞬にして消えて行ったけど、その一瞬がさらに私の興味を引いた。

 そして確信する。どうやら“彼”で間違いないようだ。

 

 「あー、えっと、俺になんか用があったりするのか?」

 

 困ったような控えめな声で彼がそう言う。

 えっと、こんな時はなんて言えばいいんだろう?

 と、とにかく説明しなくちゃ!

 

 「……ッ」

 「え? 上?」

 

 空が彼に似てて、彼が空に似てるんだから……!

 

 「空がどうかしたのか?」

 「……ッ」

 「俺?」

 「……ッ!」

 

 伝わったかな……?

 

 「……すまん、お前の言いたいことが解らん」

 「…………」

 

 やっぱり、声に出さないと伝わらないのかな……?

 そうだよね、当たり前だよね……。この世界に来て初めて、自分の気持ちが伝わらないということにショックを受けた。

 姉妹達は程度の差はあれど覚醒実験によって能力を得ていたことに加え、遺伝子が同じ(・・・・・・)だということもあったのだろう、皆がお互いに通じていた状態だった。

 だからみんながいなくなって、私一人だけが取り残された時、言いしれない不安に襲われたのだ。一人だ、この世界でたった一人という孤独だ。

 そう思うと、今まで感じていた感動が絶望に摩り替った。

 一人なの? みんな優しいのに、誰も私ことを解ってくれないの?

 その事実に思わず身体を掻き抱きそうになった時、慌てたような彼の声が聞こえた。

 

 「うっ……! あ、ちょっと待て! 今考えるから!」

 

 えっ……?

 彼は腕を組み、額に皺を寄せ、身体を少し揺らしながら考え込み始めた。

 考えてる? 私のことを……?

 その様子に戸惑っていると、やがて確かめるように彼は言った。

 

 「……もしかして、俺と空が似てるって言いたいのか?」

 「ッ!」

 

 伝わった! 解ってくれた!

 身体の内側から言いしれない何か大きなものが沸き出して来るのを感じる。

 姉妹が居なくなって久しく感じてなかったそれが、喜びという感情であることを思い出した。

 抑えきれないその感情のままに首を必死に上下に振る。

 今度は何を伝えよう?

 そう思考を巡らせてみるが、浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返し、中々考えが纏まらない。

 そうしている内に、彼の慌てた声に意識を戻される。

 

 「じゃ、じゃあ! 俺もう行くから! お前も遅れないようにな!」

 

 待って、そう伝えたくなった。

 もっと解って欲しい、ずっと前から伝えたいことがあるの、あなたの色を魅せてほしい。

 ……でも困らせちゃ駄目だ、我慢しなくちゃ。

 まだ時間はあるんだから、ずっと会えないって訳じゃない。

 だから頷いて、彼の背中に小さく手を振る。

 一度だけ彼が振り向いた。次会った時、彼は私の事を覚えていてくれるだろうか?

 楽しみ、だけどちょっとだけ不安だ。

 

 「……ッ」

 

 そうだ、職員室に行かなくちゃ。

 私の正式入学の為には確かそういう手続きが必要だったはずだ。

 自慢じゃないが私の研究内容はともかく、実験内容はまともとは言えない。

 世間的には研究成果の流出と、対外的なプロガンダがあるとはいえ、怪しい実験をしていることは隠しようがない。

 だから彼の姉である彼女に警戒されることは当然の流れだと言えるのだろう。

 遠ざかって行く彼の色を追いながら、別れ道へと歩を進める。

 完全に確認できなくなるその前に、伝わるかどうか解らないが、万感の思いを込めて呟いた。

 

 ――――――――――――――――――またね

 

 

 その後朝礼での紹介であっさりと再開することになるのを、彼等はまだ知らない。

 まだ運命(さだめ)は、僅かばかりの猶予を残していた。

 世界でたった一人の男性IS操縦者である彼と、世界でたった独りの転生者である彼女の物語は、まだ始まったばかりだった……。

 

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