この世は今日も愉快かな   作:上条信者

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かくも炎がごとき輝き~アンスリウム~ 1

 「げぇ!? 関羽!?」

 「誰が三国志武将か」

 

 バッシーン!

 

 「ッ!?」

 

 彼の声が聞こえたと思ったら、その直後ものすごく痛そうな鈍い音が響いた。

 廊下からもしっかりと確認できたその音に思わず身体を竦めてしまう。

 

 「なんで千冬姉ぇがここに……!」

 「学園(ここ)では織斑先生と呼べ、バカ者」

 

 ゴスッ!!

 

 「ッ!?」

 

 今度は痛そうでは済みなさそうな衝音だった。

 どうやら織斑先生が教育的指導を行ったらしい。

 さっき話した時はちゃんと厳しいけど優しそうな色だったのに、もしかしてあれは錯覚だったのだろうか?

 そうなると僅かな粗相でも仕出かそうものなら、ただでさえ洗脳で負担を患っている私の頭ではこの先生き残れるのか?

 いや、そもそも私なんかが彼女の教育的指導に着いていけるのか?

 ああ、そう考えると私はとんでもない所に来てしまったのではないかもしかしたら彼と仲良くするだけであの驚異的な握力で私の頭はパーンされていや握る余地もなくデコピンだけでも十分私の頭蓋を粉砕して私という命が脳しょうと共に飛び散って―――――――――――――――

 

 「……何をしている、早く入れ」

 「―――――――――――ッ!!」

 

 あわわわわわわわ、さっそく迷惑掛けちゃった! このままでは私の学園生活が惨劇と共に終結してしまう!

 ご、ごめんなさいごめんなさい許してくださいまだ死にたくないですごめんなさいごめんさい!

 

 「ッ!ッ!ッ!」

 「……本当に何がしたいんだお前は」

 

 

 

 

 「さて、それでは最後に諸事情によって、今日から諸君らと私の教鞭を受ける事になった生徒を紹介する」

 

 千冬姉ぇがここの教師だってことも驚いたが、千冬姉ぇの隣に見覚えあり過ぎる少女が立っていたのにも驚いた。

 また会えるだろうとは思っていたが、まさかこんなにも早く再開することになるとは。

 

 「……ではエレフセリア、自己紹介しろ」

 「……ッ!」

 

 薄いがそれでも映える金髪に、閉じた瞳、ほっそりとした小顔、そしてピンクの瑞々しい唇。

 間違いなく今朝の通学路で出会った少女だった。

 IS学園の生徒で、しかもクラスメイトだったとはなぁ。

 こんな偶然は中々無いんじゃないだろうか?

 千冬姉ぇの声に若干緊張した面持ちでディスプレイにカタカナで自分の名前を記入していく少女。

 “クルヴィ・エレフセリア”か、どこ出身なんだろうか?

 うーん、外国人は見分けが付きにくいんだよな。

 

 「……ッ!」

 

 クルヴィは一度頭を下げ、今度はスカートのポケットから用紙を取り出すと、おずおずと副担任の山田真耶先生に手渡す。

 何をするつもりだろうか?

 そういえばあの時から一言も喋ったとこ聞いてないけど、それと関係があったりするんだろうか?

 山田先生は笑顔でそれを受け取り、丁寧に広げながら落ち着かせるように一度クルヴィの肩に手を置いた。

 少し驚いた様子だったが大きく何度か深呼吸し、胸の前に腕を持っていった後山田先生に頷き返す。

 山田先生はそれを確認した後、ゆっくりとおそらく用紙に書かれたであろう内容を朗読し始めた。

 

 「こんちにわ皆さん、私の名前はクルヴィ・エレフセリアです」

 

 それに合わせ、彼女が腕を細かく動かし始める。

 ゆっくり区切られる朗読に合わせ、一つ一つ確かめるように動かされるそれは、テレビなんかで視た事ある手話と呼ばれる会話手段(・・・・)だった。

 

 「私は生まれ付き声が出せません」

 

 山田先生の言葉に、納得がいった。

 極端な引っ込み思案でない限り、あそこまで徹底して喋らないなんてことはないだろう。

 好奇心からか教室を巡っていた小声での会話が、突然の事実を告げられたことによってピタリと止んだ。

 

 「限られた時間しか目を開けられません」

 

 ドキュメントなんかで身体にハンデを持った人に密着した番組を見た事あるが、実際目の前にしてみるとどうも少し戸惑ってしまう。

 でも俺はそれをすぐに恥じる事になった。

 

 「だけど私には皆さんと同じように歩ける足があります。物を掴める手があります。会話する手段があります。私は皆さんと少し違いますが、皆さんと同じことができます」

 

 おそらく一生懸命覚えたのだろう。

 途中で動きが止まってしまうこともあった。

 しかし自分のことを伝えようと、緊張で額に汗を滲ませるその必死な姿に、先程までの戸惑いは消えていた。

 

 「私は学校に通ったことがありません。友達を作ったことがありません。だけど、私は皆さんと仲良くなりたいです。一緒に勉強できてうれしいです。だからどうか、これからよろしくお願いします」

 

 最後にニッコリ微笑みながら、もう一度ペコリと頭を下げた。

 

 『…………』

 

 誰も口を開けなかった。

 初めは身体機能の欠如という違和感があっただろう、しかし何も変わらないのだ。

 身体機能が不全であるということは個性の一つなのだと、彼女は俺達と同じ年頃の少女で、同情など挟む余地がないくらい屹然とした態度でそれを示した。

 だから俺はなんの気負いもなく、無意識に拍手を送っていた。

 ようこそ、こちらこそよろしく。

 そう想いを込めて。

 

 パチパチ……

 パチパチパチパチ……

 パチパチパチパチパチパチパチ……!!!

 

 やがて拍手の輪は広がり教室全体を包み込んだ。

 皆が受け入れたのだ、彼女を自分たちの級友として。

 IS学園でただ一人の男子という立場による不安は、少しだけ拭われた様な気がした。

 少なくとも、ちゃんと接すれば受け入れて貰えると解った訳だし。

 

 「よし、挨拶は済んだな。エレフセリア、お前の席はあそこだ」

 

 千冬姉ぇが僅かにほっとしたような息を漏らした後、拍手を中断させてクルヴィに席に着くように促した。

 どうやら心配していたらしい、それを表に出さない辺り千冬姉ぇらしいが。

 大きく頷いて、自分の席に着くまでに一人一人に頭を下げて行った彼女を微笑ましそうにみていた山田先生が、元気な声でSHRの終了を告げた。

 

 

 「ねぇねぇクルルー!」

 「……?」

 

 SHRが終わり、彼との会話を試みようとしたところ、突然に後ろの席から声がした。

 クルルー? もしかして私の事だろうか?

 振り返ってみると、明らかに腕の丈の長い制服を着た、なんだかのほほんとした雰囲気の女生徒が机から乗り出しているのが感じられた。

 えっと、とりあえず挨拶しなくっちゃ。

 おはようございます!

 

 「……ッ!」

 「おはようございまーす」

 

 つ、次は何か御用ですか、かな?

 でも手話が伝わるかどうか解らないし……。

 

 「あ、大丈夫だよ~。私ちょっとだけなら手話解るんだ~」ババーンッ!

 「……ッ!?」ガガーンッ!

 

 な、なんと……こんなところに女神は居たのか!

 

 「あ、私の名前は布仏本音って言うんだ~よろしくね~?」

 「……ッ!」

 

 布仏さんがちゃんと手話を使って挨拶してくるのが解る。

 そのことが堪らなく嬉しくて、胸の前で力一杯こぶしを握って頷いた。

 

 「それでね~よかったらクルルーとお友達になり」

 「ッ!!!」

 

 お友達、その単語を聞いた瞬間布仏さんの手を強く握っていた。

 ぜひっ! ぜひお願いします!

 布仏さんは突然の行動に若干驚いた様子だったが、すぐに笑って手を握り返してくれる。

 

 「じゃあ私がクルルーのお友達第一号だ~」

 「ッ!!」

 「私のことは本音って呼んでね~?」

 「ッ!!」

 

 その時ちょうど、授業の合図の鐘が鳴った。同時に山田先生が入って来た。

 名残惜しいが、今しばらくお話はお預けのようだ。

 

 「それじゃあまた後でね?」

 「……ッ!」

 

 学園生活一時間目、お友達ができた。

 あ、そういえば彼に話しかけるつもりなのだった……。

 ……まぁ、お友達もできたし、次の休み時間に話しかければいいかな?

 

 

 

 

 授業終了の鐘が鳴り、礼。さて、彼に話しかけてみよう。

 席を立って、そろそろと彼に近づく。

 あれ? でもどうやって話しかければいいんだろう?

 肩を叩いたりすると不快に思われちゃうかもしれないし、そもそも彼は手話ができるかどうか解んないし……。

 

 「……ッ……ッ」

 

 結局彼の数歩手前で立ち止り、どうやって話しかければいいのか解らず右往左往してしまう。

 

 「クルルーどうしたの~?」

 「ッ!?」

 

 突然背後から現れた本音さんに耳元から話しかけられ身体が硬直してしまう。

 

 「あはは~ごめんね~? 驚かせちゃったかな~?」

 「……ッ!」

 「そっか~。ところで、おりむーにお話でもあるの~?」

 「ッ!」

 

 今度は別の意味で固まってしまった。

 な、何故それを……!?

 

 「あんなにおりむーを見つめてオロオロしてたら誰だって解るよ~」

 「……ッ」

 

 うっ……、そんなに目立っていたのだろうか?

 

 「それで、おりむーに話しかけたいの?」

 「……ッ」

 「それじゃあ、一緒にいこっか」

 

 そう言って私の手を握る本音さんはそのまま私を引き摺って彼に向って行く。

 ええぇええぇっ!? 待って、まだ心の準備が!?

 

 「大丈夫だ~問題な~い」グイグイッ

 「――――ッ! ――――ッ!」フルフルッ

 

 け、結構力強い!?

 あ、ちょっと待ってほんとにまだ心の準備が……!

 

 「おりむーおりむー、ちょっといいかな~?」

 「ん? えっと、誰だ?」

 「あ~ひどいな~おりむー、自己紹介してたでしょ~布仏本音だよ~」

 「ああ、すまん。視線に緊張してあんまし聞いてなかったんだ……」

 「そんなことよりも~、君とお話したいって娘がいるんだ~」

 「俺と話? 誰が?」

 「えっとね~……ほぉら生おりむーだよ~、隠れてないででてこ~い」

 「―――――ッ!? ――――――ッ!?」ブンブンッ!

 

 必死に抵抗しようとするが、以外な程力強い腕力からは逃れられず彼の目の前に押し出されてしまう。

 彼の驚いた顔が目の前に広がり、私はこれ以上ない程うろたえた。

 わ、わ、わ、わぁ……!!

 

 「えっと……クルヴィだっけ? 朝にも会ったよな?」

 「あれ~? おりむーはクルルーとお知り合いだったの~?」

 「ああ、今朝通学路でな……。それで、俺になんか用なのか?」

 「ッ! ッ! ッ! ッ!」

 

 やっぱり朝見た時と同じ、空に似ているけどどこか違う色の視線が私をジッと見ている。

 見つめられているという事実に加え、私のことを覚えてくれていたことに嬉しさが沸き上がり、どんどん顔が熱くなっていくのが解る。

 自分の醜態に限界以上の恥ずかしさを感じ、思わず腕で顔を覆って隠した。

 

 「―――――――ッ!!」ヘコ~

 「ど、どうしたんだいきなり?具合でも悪いのか?」

 「ありゃりゃ~」

 

 どうしよう……。彼から僅かに柑橘類(こんわく)の臭いがした。

 困らせちゃった……。羞恥心や焦りで頭が混乱し、さらに顔が熱くなっていく。

 どうしよう……どうしよう……。

 いっそここから逃げ出してしまいたい、そう思った時だった。

 

 「大丈夫だよクルルー。クルルーが頑張り屋さんだって、私達は知ってるから」

 「ッ!」

 

 本音さんが、背中を押してくれた。

 ぐっと逃げ出したい気持ちを堪え、腕を顔から離した。

 彼の目を見つめ返し、大きく息を吸って吐いた。

 よし、大丈夫。まだ恥ずかしいけど、さっき皆に挨拶したみたいに、落ち着いてやれば大丈夫。

 本音さんとだってお友達になれたんだから、ちゃんと伝えれば大丈夫…………のはず。

 意を決して、おじぎしながら彼の目の前に握手を求めるように手を突き出した。

 よ、よろしくおねがいします!

 

 「え、えっと……?」

 「クルルーはね~おりむーとお友達になりたいんだって~」

 「……ッ!」

 

 断られたらどうしよう? 迷惑じゃないかな? もしかしたらお友達のなり方間違ってのかな?

 様々な不安が頭を駆け巡り、彼が返事をくれるまでの時間がとてつもなく長く感じた。

 

 「なんだ、そんなことか」

 「ッ!!」

 

 彼は何でもなさそうにそう言った。

 やっぱり……だめ――――――

 

 「これからよろしくな、クルヴィ」

 

 ――――――――――え?

 

 「……ッ」

 

 握られた。何を? 手を。誰に? 彼に。どうして? 私が手を突き出したから。ということは?

 

 「……ッ!? ッ!?」

 「おいおい、友達なんだからそんなにかしこまらくなくていいだろ?」

 「そうだよクルルー、お友達二号ができたんだからもっと喜ぼうよ~」

 「お、ということはのほほんさんはお友達一号か?」

 「えへへ~いいでしょ~」

 「うぬぬ、エンカウントは俺の方が先なのに……」

 「友達になるのに時間は関係ないのだ~」

 

 握られた手と、彼と、本音さんをオロオロしながら見回すが、そんな私の様子に関係無く2人の会話は続く。

 

 「そうだおりむー、せっかくだから一緒にご飯食べようよ~」

 「ん? いいぞ、ちょうど誘いたい奴がいるから一緒でいいか?」

 「おっけ~。クルルーもいいよね~?」

 「ッ!?」

 「だって~」

 「はは、そうか」

 「~~~~~~~~~ッ!!!」

 

 結局この休み時間が終わるまで私はいじられ続けたのだった……。

 でも、お友達が2人に増えた。彼とお友達になれた。本音さんに助けて貰った。

 そして、“会話”というものを久しぶりに味わった。

 やっぱりお友達って良いな、と思いました。

 

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