IS学園には、もちろんISを専門的に学ぶための授業がある。
基礎的な知識、実習、さらに専門的な分野などなど、一応この学園も高校ではあるが普通の授業よりこちらの方が多い。
その膨大な量の内容を一年で詰め込むので授業はハイペースになり、そのため予習として前知識が必要になってくるのは当然だろう。
普通の授業でさえ予習がなければ内容を授業だけで覚えるのは難しい。
ましてや精密で高度な技術で造られたISを理解するにはそれだけ大量の準備が必要になるわけだ。
まぁ……つまり何が言いたいかというとだ。
(……さっぱりわからん)
この学園に通うことになっていた奴ならともかく、突然にここに放り込まれた俺がISのことなんて予習しているはずもなく……。
教室を飛び交う様々な専門用語を一割も理解できないのだった。
「織斑くん? 解らないところがあったら遠慮なく聞いてくださいね?」
「……先生、正直に言っていいですか?」
「はいっ!」
「……ほとんど解りません」
「へっ?」
山田先生の顔が呆けたまま固まった。
教室内の空気も硬直したように感じられる。
うう……仕方ないだろ、参考書なんて貰った覚えねぇんだから。…………ねぇよな?
山田先生の顔をまともに見れず、助けを求めるように先程休み時間に再会を喜んだ幼馴染である篠ノ之箒へと視線を送る。
「ッ!」
あ、てめっ! 逸らしやがったな!? この薄情者!
「……織斑、入学前の参考書は読んだか?」
え、参考書?
……そういえば、段ボールで送られてきた制服やら生徒手帳やらの中にそんなのがあったような?
「あぁ! あれか!」
忘れていたことを思い出すと、どこかすっきりとした気分になるな。
そのすっきりとした気分のまま、千冬姉ぇ正直にことの詳細を報告した。
「電話帳と間違えて資源ゴミの日に捨てました」
ズパァーンッ!!
出席簿を頂きました。
違うんだ……違うんだ、わざとではないんだ……。
「なお悪いわ」
ドパァーンッ!!
2発目頂きました。
うう、頭がへこむ……。
「必読と書いてあっただろう、馬鹿者が!」
「すみません……」
「あとで再発行してやるから、1週間以内で覚えろ。いいな?」
「い、いや、1週間であの分厚さはちょっと……」
「やれ、と言っているのだが?」
「……はい、やります」
全面的にこちらの過失なため何も言えない。
しばらくは徹夜かなぁ……。
「ISはその機動力、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった“兵器”を深く知らずに動かせば必ず事故が起きる。そうならないための基礎知識と訓練だ。理解はできなくても覚えろ、そして守れ。規則とはそういうものだ」
……そうか、ISって結構危ないものなんだな。
元モンド・グロッソ優勝者だけあって言葉の重みが違った。
……真面目に勉強しよう。
「え、えっと、織斑くん。わからないところは授業が終わってから放課後に教えてあげますから、頑張ってくださいね? ねっ?」
「すいません。それじゃあ、色々とよろしくお願いします」
「い、色々っ!? そ、そんな・・・私と織斑くんは教師と生徒の関係であってそういう不健全なお付き合いは・・・。で、でも放課後の教室で教師と生徒の2人きり・・・・だ、ダメです。先生強引にされると弱いんですから・・・それに男の人は初めてで・・・」
「せ、先生?」
唐突に顔を赤くしながらいやんいやんと頭を振り乱し始めた山田先生。
いったいどうしたんだこの人?
「で、でも織斑先生の弟さんなら……」
「んんっ! 山田先生、授業の続きを」
「あ、は、はいっ!」
怪しい雰囲気の漂い始めた山田先生を、千冬姉ぇが咳払いで正気に戻した。
慌てていた為だろうか、山田先生は教壇に戻る最中、段差に足を引っ掛けて盛大に転んだ。
あえて表現するなら『うわぁ……すげぇ痛そう……』って感じだった。
「あうぅ~……いたたたたた」
本当にこの人大丈夫なんだろうか? そう思ったのは俺だけはないはずだ。
★
「あはは~おりむー織斑先生にいっぱい怒られてたね~」
「……ッ」
「ん~? 心配なの~?」
「ッ!」
「それじゃあ、クルルーがおりむーに基礎知識とか教えてあげなよ~」
「ッ!!」
「いってらっしゃ~い」
先程の授業で織斑先生の教育的指導をその身に受けた彼の後ろ姿は、若干落ち込みの色が見て取れた。
どうすれば元気づける事ができるだろうか? そんな悩みに本音さん。
確かに勉強を教えれば彼も今後の授業で苦労することも少なくできるだろう。それに休憩時間などを利用すればお話したり、あの色を傍で観察できるかもしれない。
正にかゆいところに手が届く、天啓がごときアイデアだった。
さすがは本音さんだ、お友達第1号だ。
早速実行に移すべく、彼の元へ駆け寄るが、他の生徒が彼の席の前に立っていることに気付いた。
「ちょっとよろしくて?」
「へ?」
どうやら先を越されたらしい。しばらく待ってから話を切り出そう、割り込みは良くないし。
……それにしてもあの生徒の色、どこかで視たような?
「訊いてます? お返事は?」
「あ、ああ、聞いてるけど……どういう用件だ?」
「まぁ! なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではなくて?」
黄色……自尊心や固定観念が表面を覆っている。だけどその奥、僅かに見え隠れする優しさや安心の青が漂っている。
もう少し良く視れば思い出せるだろうか?
「えっと、悪いな。俺、君のこと誰だか知らないし」
「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入学主席のこのわたくしを!?」
「あ、質問していいかな。セシリアさん?」
「ふふん、下々の者の要求に応えるのも貴族の役目ですわ。よろしくてよ? 質問を受けましょう」
「代表候補生って、何?」
ガタガタッ、と周りの誰かがずっこけたような音がするが、集中しているため気にならなかった。
……むむむ、もう少しで思い出せそうだけど取っ掛かりが足りない。
「あ、ああ、あっ……!」
「アンパン?」
「あなた本気でおっしゃってますの!?」
あ、怒りの赤で染められちゃった。
これでは色が解らない。
「おう、知らん」
「信じられない……信じられませんわ。極東の島国というのはこうも未開なのでしょうか? 常識ですわ、常識。テレビがないのかしら・・・」
うーん、感情的になっちゃったからか呆れの茶色とかが混ざってしまって余計解らなくなってしまった。
私の共感覚は五感で感じたものしか理解できないため、その奥に潜む相手の心理までは読み取れないのだ。
落ち着いている時や、直接触れたりすればまた違ってくるのだが……。
「で、代表候補生って?」
「はぁ、まぁいいでしょう。よろしくて? 代表候補生というのは、国家代表IS操縦者の候補生として選ばれたエリートのことですわ! 単語から想像すれば解るでしょう?」
「そういえばそうだ」
覚えていないということはそこまで印象に残る人物ではないのだろうか。いや、ここまで来たら思い出さないと気持ち悪い。思い出すまで頑張ってみよう。
そういえば、彼と彼女はさっきから何の話をしてるんだろう?
色を視るのに集中してて全然聞いてなかった。
「そう、エリートなのですわ!」
……? エリート? ISの事かな?
「本来なら、わたくしのように選ばれた人間とクラスを同じくするだけで奇跡、幸運なのよ!! その現実をもう少し理解いただけるかしら?」
「そうか、それはラッキーだ」
「……馬鹿にしていますの?」
会話の途中からではよく解らないが、彼女はまだ一年生にしてそれなりの実力と地位を得ているらしい。
そのことから推測するに、国家代表候補生だったりするのだろうか?
それならば納得がいく、確かに代表候補生などの枠は少ないし、モンド・グロッソに出場する国家代表となるともはや人類最強レベルだ。
さらにIS操縦者は世界の半分から熱望されてると呼べる職種だ。年々増えている希望者が凌ぎを削って代表の座を争い、前年までの代表が鞍替えなんてこともある。
厳しい枠の中で代表候補生の座を勝ち取った彼女には、稀有な才能と並々ならぬ努力があったはずだ。
あの少々自尊心が先行する態度も、その自信の現れということなのだろう。
(すごいなぁ……かっこいいなぁ……)
多少傲慢に映っても、彼女から溢れる強い自信は強烈な色彩を放っている。
自らの人生を縛られて生きる私にはとても眩しく映った。
「お前が幸運だって言ったんじゃないか」
「……大体、何も知らないくせによくこの学園に入れましたわね。唯一男でISを操縦できると聞いていましたけど、期待外れですわね!」
「俺に何かを期待されても困るんだが」
はっ、そういえば私は彼に用事があったんだった!
この興味が沸くとすぐ目移りしてしまうクセを直さないと、いつまで経っても彼に話しかけるタイミングを逃し続けることになるかもしれない。
うん、お話が終わったらちゃんと話しかけよう。
彼女の色は気になるけど我慢我慢。
「まぁでも? わたくしは優秀ですから、あなたのような人間にも優しくして差し上げますわよ? 解らない事があれば……そうですわねぇ、泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ?」
「ッ!」
教える? 彼に? ISの事を?
……だめ。
彼女が?
…………だめ。
とられちゃうの?
だめっ!
「何せわたくし、入試で唯一……」
「ッ!」
「あ、あら? エレフセリアさん? ……何故私の背中に抱きついてますの?」
「……ッ」
「え、えっと、わたくしまだお話の途中なので、できれば離していただきたいのですけど……?」
「……ッ!」
これ以上話を続けられないように思いっきり会話の流れを断ち切ったが、自らの行動に本人ですら非常に困惑していた。
何をしたいのか解らなかった。ただ、彼と共に勉強するという時間を、彼をとられてしまうんじゃないかと不安になったのだ。
でもまだ勉強をしようとすら言ってないし、そもそも彼がそれを了承してくれるかも解らないのに、どうして私はこんなに焦ってるんだろう?
理性と欲求が噛みあわず、頭の中でグルグルと回り混乱していく。
「……ッ」
「おいおい、どうしたんだよクルヴィ? もしかしてセシリアさんと友達になりたいのか?」
「ッ!!」
本来彼の放った言葉は明後日の方向に向いていたが、今の混乱した状態の私にはど真ん中だった。これ幸いと頷いて同意を示し、この事態の収拾を計ることにした。
「え? わ、わたくしとお友達にですか?」
「ッ! ッ!」
「ま、まぁそんなに頼むんでしたら、このセシリア・オルコットがお友達になって差し上げてもよろしいですわ!」
やった! うまくいった!
彼と話しかけようとするとなぜか友達が増えていってる様な気がするけど、別にいいですよね?
なんとか混乱から脱した私は、彼女の背中から離れ面と向かって友達の握手を求める。
するとオルコットさんは胸を張って尊大な態度でそれに応えるものの、握手をしてみると明らかに顔が緩んでいるのが感じられた。
「……ッ!」
「そ、そんなに強く握らなくても、別に逃げたりいたしませんわよ?」
「友達ができたのが嬉しいんだろ。それじゃあセシリアさん、俺とも握手してくれよ」
「なっ・・・! 何をおっしゃいますの!?」
「クルヴィの友達なら、俺とも友達ってことだろ? だから握手するんだよ」
「な、な、なっ……!」
オルコットさんは彼から求められた握手にどう応えたらいいのか戸惑っているらしい。
代表候補生としてのプライドや、IS操縦者としてどこか男を下にみていたことから、素直に応じることに抵抗を覚えているものの、決して嫌という訳ではないようだ。
その証拠に、奥に隠れていた青がドンドン溢れだしている。
これはもう一押し必要かもしれない。
「……」
「え、エレフセリアさん? なんですの、その眼差しは? というか目を閉じた状態で何故視線を感じますの?」
「…………」
「くぅ!」
「………………」
「あ、あ、あうぅ……」
「………………ッ」
「わ、解りましたわ! 解りましたからそんなに見つめないでくださいまし!」
オルコットさんが遂に根を上げた。
やっぱり、ちゃんと念じれば想いは届くようだ。
オルコットさんはしぶしぶと言った表情で、彼の差し出された手を握る。
「……まぁ、お友達の頼みですから? あなたとも友好を結んであげますわ、この幸運に感謝することですわね!」
「ああ、よろしくな。セシリア」
「ッ!」
その時、ちょうど授業の鐘が鳴った。
「ぁっ……そ、それではお二人とも、わたくしは席に戻らせていただきますわ!」
鐘を聞いたオルコットさんは、握られていた手を慌てて離して足早に自分の席へ戻って行く。
ちらりと視えた彼女の青は、再び薄まっていったものの、完全に消え去ることなく黄色と混ざり合っていた。
どうやら照れているらしい。
「なんかISが登場してからの女性の典型みたいな奴だと思ってたけど、案外いい奴かもな」
「ッ!」
「ま、クルヴィが言うんだから間違いないか!」
わ、わぁ……! これって褒められてるんだろうか?
そうだとしたら、少し……いやかなり嬉しい。
「……ッ」
なんだか幸せな気分。
まるで姉妹達と過ごしていた時に戻ったみたいだ。
「あ、クルヴィあぶねぇ!」
「ッ?」
え、いきなりなに―――――
ゴンッ!
「~~~~~~~~~~~~~~ッ!?!!?」
「何をぼうっと突っ立ている、早く席に戻れ」
いつのまにやら教室に入ってきていた織斑先生が、出席簿を脳天が割れるんじゃないかと思う威力で振り下ろしたようだ。
かなり痛くて涙が出てくるが、我慢してよろよろしながら席に戻った。
結局今回の休み時間は、目的未達成をお友達3号ができたことで差し引いても、最後の織斑先生の教育的指導によってマイナスだった。
死のう……