昼休み、自炊していない生徒は大体学食で食事を摂っている。
現代の若者がどの程度自炊できるかは知らないが、学食の賑わいをみるに自信を持って作れると言える者はあんまり居ないのかもしれない。
料理のプロと高校生の腕を比べるのは間違っているかもしれないが。
私はモクモクとペペロンチーノと生ハムサラダを食しながら、来週の模擬戦に向けて着々と情報を整理していた。
公開されている限りでのセシリアさんの専用機のスペックや訓練やその他の機動データ。
その他にも戦術の傾向や読み取れるクセ、必要と思える情報はすべて目を通して(・・・・・)熟考する。
洗脳(プログラム)が外れるように設定された項目の内の一つ、『代表候補生や専用機に関する情報収集』によって私が視覚を使用できる数少ない機会である。
展開されたディスプレイに映る文章から重要度が高く、かつ相手のクセなどに繋がりそうな情報(いろ)を選り分ける。
視覚が開放されたことで可能になった共感覚の真髄とも呼べる反則的な情報知覚能力によって、さほど時間をかけずに目的の情報を収集することができた。
色の付いた文章を簡潔にまとめ、大体の戦闘方針とそれまでの準備するべきことを手元のノートに書きだしていく。
「・・・ッ・・・ッ?」
何度か推敲して、1日かけてようやく納得のいくものを練る事ができた頃には、さっきまで皿の上にあったはずの食材は綺麗に無くなっていて、フォークが何もない皿をつつく音が小さく響いた。
なんとなく損した気がしたが、何とか資料は完成したので良しとする。
後は・・・・・・、
「・・・・・・」チラッ
視線の先にいる彼にどうやってこれを渡すか、という問題をクリアするだけだ。
「それで?あれだけの啖呵をきったんだ、何か勝算でもあるのか?」
「いや、それは今から考える」
「はぁ・・・そんなに簡単に思いつけば苦労しない。大体ISのことも碌に知らないのに戦える訳なかろう」
「うぐっ・・・て、徹夜すればなんとか」
「体力低下で集中力が落ちてただでさえ低い勝率が皆無に等しくなるな」
「・・・・・・やっぱ早まったかなぁ」
「・・・まったく、仕方ないな。わ、私が教えてやらんこともないぞ」
「本当か!?」
「あ、ああ、私に任せておけ!」
篠ノ之箒さん、あの篠ノ之束博士の実の妹で彼の幼馴染・・・。
そんな彼女が彼にISのことを教えるという。
敵の私が直接渡すより、彼女に渡した方がいいかもしれない。
それに彼にこういうものを作っていたとバレるのは少し恥ずかしいし・・・。
彼女が一人になったらお願いして渡して貰おう。
・・・・・・頭、少し痛いな。ちょっと久しぶりだったから集中し過ぎたかも。
うん、篠ノ之さんの顔も覚えたし、必要な情報も記憶した、今回はこれでお終いかな。
それに、ようやく彼の顔も見れたことだし、ね?
自分を納得させるように心の中で呟きながら、私はゆっくりと瞳を閉じた。
★
午後の授業が始まる前、教室へ戻る途中で私の制服を引っ張る何者かに引きとめられた。
反射的にそれを払って振り返ると、そこには前日一夏と仲良く話していたクラスメイトが少し俯き加減で立っていた。
「お前は・・・」
「・・・・・・」ペコッ
確か、クルヴィ・エレフセリアといったはずだ。朝礼の後で千冬さんから紹介された、声の出せない少女。一夏との再会以外に興味がなかった私も、彼女の自己紹介を聞いた後思わず拍手してしまったことを覚えている。
その後自己紹介通りに、クラスメイト達と着実に友好を深めている姿を見かけた。
そして、今度一夏と戦うことになる相手だった。
「・・・・私に何か用か」
「・・・・・・」コクッ
彼女は頷きながら、一枚のノートを差し出して来た。
「なんだそのノートは?」
「・・・・・・」グイグイッ
「なっ、お、おい、何をするんだ・・・!」
突然彼女はノートを推し付けきた。
戸惑いながらもノートを手で受け止めると、彼女はほっとした表情で一歩退いた。
「・・・・・・」ペコッ
そして一度頭を下げた後、教室へ向かって足早に去って行ってしまう。
「・・・・なんだというのだ、一体」
意図の読めないその行動にしばし呆然とするが、ふと手に持ったノートに目が移る。
声を出せないが会話はできると言った彼女にしては、随分と性急で切羽詰まったような態度だった。
その理由がこのノートにあるとなると、気にしない訳にはいかなかった。
ましてや、彼女は一夏の対戦相手なのだ。
この行動に一夏に対する何らかの意味があるのではないか?そう邪推しても仕方あるまい。
「・・・敵からの贈り物は調べてからではないと危険だからな、うん」
そう理論武装で自分を正当化しながら、ノートを慎重に開く。
「これは・・・!」
そこに書かれた内容に、思わず声を漏らすほど瞠目した。
一行一行図説などを入れて丁寧に、そして簡潔に書かれていたのは、私達が昨日から習い始めたばかりのISに関する詳しい説明だった。
時間をかけて作られたであろうノートの内容は、正にお手本と言っていいほど綺麗で見易かった。
これを作成するのにどれほどの労力と時間をかけたのか、にわかには想像できない。
しかし、仕上がりは素晴らしいと呼べる出来だが、内容自体は入学前の参考書と殆ど変らないものだった。
何故こんなものを私に渡したのか?
答えはすぐに解った。
「一夏の、ために・・・」
それしか考えられない。一夏も言っていたではないか、女だらけで不安だったけど彼女と友達になれて意外と馴染めそうで安心したと。
一夏にとって彼女は友達だ、だが彼女は?
ただの友達にここまで作り込んだノートを渡すだろうか?
もしかしたら、彼女も自分と同じ気持ちを抱いているのではないか?
考えれば考えるほど、彼女に対して疑問が沸いてくる。
それが主に一夏と彼女との関係性についてであることを、気付いているかは本人にしか解らないが。
そして途中で何かの用紙が挟まれていることに気が付いた。
用紙は折りたたまれていた為、自分でも気付かない内に焦りを感じながら急いで中身を確認する。
「なっ・・・!」
書かれていたのはただの一文。
だが、それが何よりも私の心を揺さぶった。
『役立ててください。PS.模擬戦が終わったら、お友達になって貰えないでしょうか?』
そこには一夏に関することは何も書かれていない。
それどころか、喋ったこともない私への交友の申し出の方が遥かに長い。
だが、解ってしまった。
その文章に静かに秘められた、その胸の内を。
「くっ・・・!よくも、こんな、ふざけたものを・・・!」
彼女は一夏を慕っている。
それも、こんなに必死で作った筈のノートを、おそらく自分の心をそっとしまってまで私に渡すくらいにいじらしく。
それどころか、邪魔者である私に対して真摯に交友を求めていた。
そんな彼女の心遣いに、私は自分でも理不尽だと解っていながら、強く強く、嫉妬してしまった。
「これでは、浮かれていた私がまるで・・・!」
とても純粋な想いで作られた、一夏の為に彼女が自分で成し遂げた成果。
そんな彼女とは対照に、自らの境遇に不満を言うだけで行動せず、久しぶりに再会した一夏の状況をまるで考慮せずに、自らの欲求だけを推しつけている自分。
去年の剣道大会で自覚した、鬱憤を晴らすためだけに暴力を使ってしまった自分の浅ましさ。
その時からまるで成長していないのだということが、改めて私の心を掻き乱した。
「こんな・・・こんなもの・・・!」
本当は誰のせいでもない、ただ自分が弱いせいだと解っているのに、手に持ったノートを見る度に、どうしても悲しくて、悔しくて、惨めで、妬ましくて、苦しくなる。
暗い自分の本性を認めたくなくて、心を乱す目の前のノートのせいだと思いたくて、だけど彼女の必死な誠意を裏切ることができなくて、結局どうしようもなく心が痛い。
どうすればいいのか、まるで解らない。
「わ、たし、私、は・・・」
姉さんのせいで一夏と離ればなれになって、だけど本当に奇跡みたいな巡り合わせで再会できて、それまでできなかったことを取り返そうとして、それがただの自分の自己満足だと思い知らされた。
一夏に・・・・・・一夏に会いたい。
彼に否定してほしい、私の行いが間違っていないのだと言って欲しい。
「一夏・・・・・」
しかし手に持ったノートが、それを許さないのだ。
結局答えの出ないまま、鐘が鳴るまで呆然と立ち竦んでいた。
★
「・・・・・・一夏、すまないが私が稽古をつけると言った件、今日は用事で無理になった」
「え?ホントか!?」
「・・・そういう訳だ、すまない」
「あ、おい!待ってよ、箒!」
放課後、聞こえてきた内容に思わず振り返った。
そこから漂ってきた柑橘類(こんわく)と消毒液(かなしみ)の匂いに、彼の色と篠ノ之さんのぐちゃぐちゃな色が視える。
その光景に直感的に大きな懸念が沸いた。
「・・・・ッ」
「クルルー?えっ?うん、わかったよ~。でも何するの~?」
「・・・・ッ」
「え?しののんがどうしたの?あっ!待ってよクルルー!?」
すぐに話しこんでいた本音さんに通訳をお願いすると、彼の下へ急いで移動する。
「まいったな・・・これじゃどうしようもないぞ・・・」
「・・・・・」チョンチョン
「ん?なんだ、クルヴィか。どうしたんだ?」
「・・・ッ・・・ッ」
「あー・・・すまん、俺手話解らないんだ。できれば筆談で・・・」
「そんなあなたに呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ~ン!」
「の、のほほんさん!?」
「クルルーがおりむーに聞きたいことがあるんだって~。できれば急いで欲しいって言ってるよ~」
「俺に聞きたいこと?」
「・・・ッ!・・・ッ!」
「ん~とね、しののんの様子がおかしいかったけど、何か知らないかって~」
「箒か・・・、それがよくわかんねぇんだよな。昼休みが終わったくらいから妙に落ち込んでてさ、ISのことを教えて貰う予定だったんだけど、突然今日は用事があるからってさ・・・」
「ッ!!」
彼の言葉を聞いた時何となく原因が視えた。
昼休みで彼女に何かがあったとすれば、それは間違いなく私だ。
ISに関する基礎知識やセシリアさんの情報を簡潔にまとめたノートを渡したことが、彼女を悲しませるような結果を作ってしまったのだと私は瞬時に理解した。
傷つけてしまった。
本当に何気なく、私が渡すよりは彼女に役立てて貰った方が有効だと、何の含みもなくノートを渡したのだ。
だけどそれが彼女の何かを傷つけてしまった。
あの時視えた彼女の色を思い出す。
心に映える真紅は彼女の強い意志を垣間見せていた。
しかしあの時の彼女の色は、深い悲しみと自責の色、その他にも様々な感情の色がぐちゃぐちゃに混じり合っていた。
彼女をそんな風に傷つけてしまったのは、私だ。
何気ない善意の推し売りで、彼女の心を踏みにじってしまったのは、私だ。
「・・・・・ッ」
だから謝らなければならない。
自己満足と言われようが、何一つでも得られない徒労だとしても、人を悲しませるのはイケないことなんだ。
はるか昔の記憶の中にある、前世の母の言葉。
『人は強いと誰かを傷つけて、弱いと誰かを妬んでしまうから。あなたもいつか何気ないことで、人を傷つけてしまうかもしれないわ。だから、誤りは謝罪と誠意で埋めなければならない。相手の心に踏み込むことは、それほど難しいことなの』
友達と喧嘩してしまって、どうすれば仲直りできるかと母に聞くと、私の正面で目を見ながら優しく微笑んで語ってくれた。
『人を傷つけてしまったらね、ちゃんと素直に謝りなさい。受け入れられなくても、そのまま関係が壊れてしまっても、踏み込んだ心の中にあなたの謝罪を刻みなさい。そうしてちゃんと謝れたなら、もう一度喧嘩しても大丈夫』
母に教えられたことは今でも全部覚えている。
私もそれを姉妹達に教えて来たのだから。
今こそ、その教えを活かす時だ。
「ッ!」
「クルヴィ!?どうしたんだ!?」
「クルルー!?」
私は走り出した。
★
彼女の色を探して、探して、悲しみの残り香を追って、ようやく備えつけられたベンチに座っているのを見つけた。
顔を俯かせながら、必死に何かを耐えるように、胸の内から溢れるものを抑えつけるように、ノートを弱々しく睨んで震える彼女。
感情(いろ)はぐちゃぐちゃだ。
いつ溢れ出てしまうか解らない。
なら私が彼女の何を傷つけたのかもっと知る必要がある。
(お願い・・・)
だからこの閉じられた目を、私だけの世界を視る為に、
(ちょっとだけ我慢してね、私)
洗脳に抗って瞳を開けた。
視界が開くと同時に、激しい頭痛が断続的に襲ってくる。
その痛みを我慢しながら彼女の心の色を明確に理解していく。
そしてその胸を満たす強い感情に気付いた。
桜のような淡いピンクと激しく燃え立つような牡丹が混ざった色。
それはとても甘くて、とても苦い、むず痒いけど居心地の良い、誰かを想う感情。
恋だ。
彼女は誰かに恋してる。
誰に?そんなものは彼以外にしかありえない。
理解すると同時に、私の胸も苦しくなった。
共感ではない、あくまで自分の中で彼女の感情に対するショックを受けているのだと努めて冷静に判断する。
(なんで?篠ノ之さんが彼が好きなのは当然なのに・・・どうして苦しいの?)
彼は友達だ。遠い遠い地で、秘かに邂逅を望んでいた人なのだ。
(あれ・・・?)
そこで違和感を覚える。
私は彼と友達になれて、なんであんなに喜んだのだろう?
ずっと想い続けてきたというのがあるのは解る。でもそれだけじゃない気がした。
ずっとずっと想い続けて、彼の色を視た瞬間に強く魅せられた。
知りたい(・・・・)と思った。
(あ・・・そっか)
そのとき、世界がフッと変わった気がした。
裏にしていたカードをクルっと表にするように、悩んでいた解答がなんてことのないものだったのだと気付くように、私は自分の中にある感情を理解した。
(私は・・・・彼のことが好きなんだ)
恋だ。
私は彼に恋していた。
おそらくずっとずっと前から、私は彼に恋していたんだろう。
そして、自分の行動が彼女に与えた影響を、朧気ながらに解った気がした。
(そうなんだ・・・彼女も彼が好きで、私も彼が好きなんだ・・・)
どうすればいいのか、もう解ってる。
だから共感覚ではない、封印されている超能力の洗脳を、外した。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!?!?」
叫び声は上がらない。そもそも声帯が機能していないのだ。
だから頭が爆発しそうな激痛を唇を噛み締める事で我慢した。
全身を強張らせながら、篠ノ之さんに少しずつ痛みから意識を逸らして行く。
そして彼女の前に立って、痛みを悟らせないようにできるだけ平静を装える表情を作った。
「お前は・・・」
「・・・・・」ペコッ
「ッ!一体何の用だ、ノートなら後で一夏に渡す」
強く拒絶するような語調で私との会話を切り上げるように立ち上がる篠ノ之さんを、私は手を握ることで制した。
最初は目を見開いている私に驚いたような顔で見つめていたが、段々と怒りを滲ませて眼も睨み目へと変わっていく。
「離せ・・・」
「・・・・・」フルフル
「ッ!離せぇ!」
篠ノ之さんが武術を使って私を振り払おうとした。
だけど今の私にはその意図すら予測できる。
組み付こうとした逆の手も握って、そのまま素早く両手を私の胸に当てさせた。
「ッ!?」
予想だにしない私の行動に驚かされ、一瞬動きが止まる篠ノ之さん。
その一瞬で、私は精神感応(テレパシー)を発動させた。
『こんにちわ、篠ノ之さん』
「ッ!?誰だ!?」
『初めてお話しますね、クルヴィ・エレフセリアです』
「何・・・?この頭に直接響くような声は、お前が・・・?」
『驚かせてすいません、この声はISのプライベート・チャンネルを人間ができるようにしたものだと思ってください』
案の定、混乱した様子の篠ノ之さんをゆっくりと落ち着かせるように話しかける。
その間も目の前が霞むくらいの激痛が続いているがおくびも出さずに会話を続けた。
『あなたと直接お話がしたくて来ました。返答は頭の中で考えるだけで大丈夫です』
『・・・・・私に何の話があるというのだ』
『はい、まずは謝罪です。あなたの心を無遠慮に踏みにじったことを謝ります』
『ッ!?』
『ごめんなさい、あなたが彼のことを好きだって気付いていれば・・・・』
『ッ!?!?!』
『そんなあなたの心を、無自覚に傷つけてしまってごめんなさい・・・』
「ちょ、ちょっと待て!?わ、私は別に一夏のことをす、すすすす!?」
『?ああ、なるほど、そういうことですか・・・』
突然大声で抗議を始めた篠ノ之さんに首を傾げるが、彼女の表情が羞恥に染まっていたことから共感覚を使うまでもなく心中を察した。
『篠ノ之さん、お話し前に言っておきたいことがあります』
『な、なんだ・・・?』
『はい、私はい、一夏ぁ・・・さん、が好きです』
初めて呼ぶ名前にむず痒くなりながらも、はっきりと彼への想いを伝えた。
『ッ!そ、そうか・・・やはり・・・』
『はい、彼に恋しています』
頭がボウっとするのは頭痛のせいだけではないだろう。
だって篠ノ之さんの瞳には、顔を真っ赤にした私が映っているから。
『そして、篠ノ之さんも彼に恋しています』
『い、いやだから私は一夏のことなど・・・!』
『彼の事をとてもとても大切に想っています』
『ち、違うっ・・・!』
彼女はどうやら恥ずかしくなると手が出てしまう人のようだ。
さっきから手を振り解こうと技をかけようとしてくるが、私がそれを先読みしてやり過ごした。
でもそろそろ頭痛で余裕がなくなってきた、なので動揺で生じた隙に彼女の身体に抱きついた。
「なっ・・・!?」
『彼の力になってあげたいって、想って、ますよね?』
途切れそうになるテレパシーを必死に繋ぎ合せる。
涙が出そうだけど、それ以上に彼女の彼への感情がとても愛おしくて、私は額を冷や汗でびっしょりにしながらも微笑むのをやめられなかった。
『大丈夫、あなたの想いはとても素晴らしいモノで、この世の何にも変えられない凄いモノなんです』
『ち、違う・・・』
『違いませんよ』
『違うんだ!私は、私は結局自分のことしか考えてなくて・・・!お前みたいに一夏を想いやってやれなくて・・・!』
『それでいいんですよ』
『な、に・・・?』
『私も、あなたも、彼の感情を考慮してないのは同じです。でも、それでいいんです。巡り合ったお互いが、解り、合いたいって、ぶつかって、擦れ違って、でもお互いを想い合う、そういう、ものなんです』
『・・・・・・』
『我儘にぶつかり、あって、同じベクトル、を、探して、そうして、寄り添う』
『それが・・・』
篠ノ之さんの身体も心も、震えて、奮えていた。
落ちそうになる意識を呼び起こしながら、私は篠ノ之さんの問いに途切れがちのテレパシーであって、それだけははっきり答えた。
『そう、恋です』
頭に暖かい何かが落ちてきたのを感じた。
私より篠ノ之さんは身長が高いので、抱きつけば自然と頭が胸に埋まる。
だから上から落ちてきたものが篠ノ之さんの涙であることに気付いた。
『すまない・・・すまない・・・!私は・・・!!』
『はい、確かに謝罪は頂きました』
『私は・・・お前が・・・羨ましかった・・・!!』
『私も、あなたが彼にISのことを教えるって聞いて盗られたって恨んじゃいました』
『ずっと・・・ずっと好きだったんだ・・・!!一夏と・・・一緒に居たかったんだ・・・!!』
『私も、彼に一杯伝えたいことがあります』
『う・・・くっ・・・うぅあっ・・・』
『ずっと、我慢してたんですよね?頑張りましたね、偉いです』
私を抱きしめ返して肩に顔を埋めながら呻くように泣き続ける彼女の背を、あやすようにゆっくりと叩いた。
ああ、伝わった。解りあえた。
だからもうちょっとだけ、もうちょっとだけ頑張ろう。
ここで倒れたら心配させちゃうから、もうちょっとだけもって?
しばらくすると落ち着きを取り戻した篠ノ之さんが、少し恥ずかしそうに微笑んで口を開いた。
「エレフセリア」
『はい』
「その・・・だな、えっと・・・」
歯切れ悪くもごもどと話す篠ノ之さんの言葉を辛抱強く静かに聞く。
「・・・・・ありがとう」
小さく、蚊の鳴くような囁きだったが、彼女は確かに感謝の言葉を口にした。
私はそれを聞いた後、ゆっくり拘束を緩め、彼女の顔を真っ直ぐ見ながら微笑んで言った。
『どういたしまして』
彼女は赤くなった目を見開いたが、すぐにくすぐったそうな笑みを浮かべた。
しかしその笑みも私の顔を見た瞬間サッと青褪めた。
そろ、そろ、限界、かな?
でも、これ、だけ、これだけは言わなくちゃ。
『篠ノ之さん、一つ、お願い、してもいいですか?』
「そんなこと言っている場合か!?自分がどんな顔をしてるか解ってるのか!?」
解ってる、きっと酷い顔だ。
だけど、微笑みだけは忘れない。
こだわりだけは譲れない。
『模擬戦の後にでも、と・・・思って、たん、です・・けど・・・』
「後で聞いてやるから!!今は早く保健室に行くぞ!」
そういいながら私を抱き上げる篠ノ之さん。
わぁ・・・。お姫様だっこだ・・・。
霞む視界の中で焦った篠ノ之さんの顔が見えた。
ああ、心配かけちゃったなぁ。
でも、あと少し、あと一言だけだから。
『私と・・・、お友達になってくれませんか・・・?』
「ッ!!ああ、なってやるとも!だからもう喋るな!!」
『あり・・・がとう、箒、さん・・・』
ブツっとブレーカーが落ちるように断絶する意識。
最後に、箒さんの叫ぶような呼び声が聞こえた気がした
近所の子供から指差されて『うんこ!』って罵倒された……死のう……