Interview with The Bull   作:h995

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前編

 遠く離れた日本からわざわざこんなフロリダの片田舎へようこそ。改めまして、私がホーリーブル。十年ほど昔にここアメリカのダートレース場で頑張って走っていたけれど、今はケガで走れなくなって実家の牧場を手伝っている。そんなただのウマ娘よ。……何、その「私が何を言っているのか、まるで理解できません」って表情は? 確かに頑張った結果としてそれなりにいい成績は残せたとは思うし、私がレースからの完全引退を余儀なくされた直後はそれなりの騒ぎにもなったけれど、今となってはもう昔の話でしょう? 何より、私が走れなくなったのと入れ違いで凄いという言葉ですら追いつかない様な凄まじい先輩が出てきてくれたお陰で、私の引退に関する騒ぎがすぐに収まって家族にそれほど迷惑を掛けずに済んだのだから、先輩には凄く感謝しているわ。

 ちょっと話が逸れてしまったわね。それで、今回のインタビューはアメリカで活躍した昔のウマ娘に関する特集という事で「どの様にしてレース場を駆け抜けていったか」を当事者である私の口から直接語ってもらうという事でいいのよね? ……OK。それではさっそく始めましょうか。正直なところ、ただ聞いているだけの貴女にとっては少しばかり退屈な話になるかもしれないけどね。

 

 それで、まずは私がメイクデビューした時の話から始めましょうか。……えっ? 普通は最初にトレセン学園に入学するまでにどんな風に過ごしてきたかを話す? そう言われても、その頃の私に特別な事は全くなかったんだけど。

 私は家族でそれなりの牧場を経営している一般家庭の生まれだし、街からはかなり離れているから広い牧場を走り回る事しか楽しみがなくて、そのお陰で競走ウマ娘としての基礎が出来たって、ただそれだけの話よ。こうした話はトレセン学園に入ってきた子達の中では割とよくあるものよ。尤も、パパとママは二人とも優しいし、グランマは私の事を特に可愛がってくれて、幼心に私は皆に愛されているという実感は確かにあったけどね。

 それにグランマとは数十年来の友人だったトレーナーが牧場で走って遊んでいる私を一目見て「この子はモノになる」と思ったらしく、グランマに「自分が担当として面倒を看るから、あの子をニューヨーク州のトレセン学園に通わせてほしい」と直談判、一方のグランマも元々私をトレーナーに預けるつもりだったから二つ返事でOKしたって話を一応聞いてはいるけど、これも割とよくある話の筈よ。だから、割とありふれた最初の話はこれでおしまいにするわね。

 

 そうしてトレーナーからの勧めでトレセン学園に入ってからも特に問題なく順調にトレーニングを重ねていって、他の子達と同じ様にメイクデビューを迎えた時には心から喜んでいたわね。でも、レース直前になって実家から連絡が来たの。

 

……今日の早朝にグランマが天に召された、と。

 

 念願のメイクデビューだと浮かれていた気持ちは、その瞬間に全部吹き飛んでしまった。もっと言えば、「メイクデビュー? そんなもの、知った事か。そんなどうでもいい事なんてさっさと放り投げて、グランマのいる所に一刻でも早く駆け付けなきゃ」って、あの時は心の底からそう思っていたわ。でも、その時にトレーナーから「今、お前さんがやろうとしている事は本当に彼女の望んでいる事なのか!」と一喝されてしまって、それでハッとなったの。

 グランマはそういう筋を違える事が凄く嫌いな人で、ここでもし私がメイクデビューを放り投げてグランマの所に駆け付けても、きっとその日の夜に夢に出てきて今まで見た事がないくらいに怖い顔で私の事を叱りつける筈。それなら、私のやるべき事はメイクデビューを最後までしっかり走り切って、たとえどんな結果に終わったとしても胸を張ってグランマにメイクデビューした事を報告する。ただそれだけだったわ。

 それで結果はご存じの通り、私はメイクデビューを初勝利で飾って天国に旅立ったばかりのグランマに捧げる事ができたの。死に目に会えなかった祖母不孝な孫娘だったのだけど、せめてそれくらいはグランマにしてあげたかったのよ。メイクデビューの時の話はそれくらいね。

 

 そうして次に走った一般レースも順当に勝ちを収めて、次はいよいよ重賞レースに挑戦する事になったの。そこで選んだのは、当時は既に降格が続いてGⅢになっていたけれどジュニア限定戦のルーツになった伝統あるレースで昔はGⅠだったベルモントフューチュリティステークス。その時は既にGⅠレースを含めた四戦を全て勝っていたデヒアも参戦していたから無敗同士の対決になったのだけど、後続を突き放してから先頭で最終直線に入ってきた私との差をデヒアは不良バ場だったにも関わらずその自慢の豪脚でどんどん詰めてきたの。当時の私は典型的な逃げウマ娘で追い付かれると後がないから、正直に言ってかなり焦ったわ。でも、それでもどうにか半バ身差で凌ぎ切って勝つ事ができたの。それで駆け出しの私が当時の注目株だったデヒアに勝っちゃったものだからそれなりに騒がれたりはしたのだけど、これはもう完全に余談よね。

 

 こうして私はジュニア期でGⅢを含む無敗の三連勝を飾り、こうなってくると普通はデヒアに勝ったベルモントフューチュリティを前哨戦としてアメリカの競走ウマ娘なら誰もが憧れるブリーダーズカップにおけるジュニア限定戦の一つであるジュベナイルに挑戦となるのだけど、そこで一つ大きな問題があったわ。

 ……こんな事を言ってしまうと本当に申し訳ないって思ってしまうのだけど、競走ウマ娘だった私のママは正直に言ってそこまで優秀だった訳じゃなかったの。そのせいで「これから生まれてくる自分の子供もきっと競走ウマ娘としては大成できない」と思い込んでしまったママは登録料が結構高額だった事もあってブリーダーズカップに競走ウマ娘の親としての登録をしなかったわ。当然、未登録のママの娘である私にはブリーダーズカップのレースに出走する権利がなかったの。

 もちろん、追加登録料を支払いさえすれば、私でも出走する事はできた。でも、その追加登録料が余りに高額で重賞レースに勝った事がある私がその時までに稼いでいた賞金を全部使ってもまだ足りなかったのよ。それに実家は牧場の経営でそれなりに借金していて、まずはその返済に賞金を回さないといけなかったから、その年のブリーダーズカップ参戦はすっぱりと諦めたわ。そして賞金の大部分を借金の返済に回したんだけど、それでもまだ結構な金額の借金が残っちゃったのよ。

 そういった家庭の事情から、次のレースはトレーナーに頼んでグレードよりも賞金の金額を重視してもらった結果、ノングレードだけど一着賞金がベルモントフューチュリティの三倍以上だったリステッドレースに出走したの。レース本番については、逃げウマ娘である私が気持ちよく逃げてから最終直線の入り口で後続の子達を一気に引き離してそのままゴールという傍から見れば面白味なんて欠片もなさそうな内容で勝ったわ。

 

 私のジュニア期はこのレースが最終レースで最終結果は四戦して無敗だったけど、エクリプス賞の最優秀ジュニアクラウンは直接対決で私に負けたデヒアが選ばれたの。デヒアは私とは違ってブリーダーズカップジュベナイルに参戦していたのだけど、勝ったのはデヒアとは別の子だった。でも、その子は次に出走したレースで負けてしまって、それでGⅠ二勝を含む重賞四勝のデヒアが選ばれたんだと思う。これほどまでに評価されたデヒアに一度直接対決で勝っている私も当時は結構高い評価を受けていたんだけど、これを自分で言っちゃうとただの自画自賛にしかならないからこの話はここでおしまいよ。だって、とても恥ずかしいじゃない。

 

 こうして年が明けてクラシック期を迎えた私は初戦としてGⅢのハッチソンステークスを選んだんだけど、このレースではかなり苦戦したわ。何せ逃げウマ娘である私が後続に捕まった挙句、最終直線の半ばで完全に前に出られてしまったんだもの。普通ならばそこで私は終わっていたわ。だけど、こう見えて私は人より負けん気が強いから「このまま終わる訳にはいかない!」って闘志を更に燃やして必死に追いかけたらグングン前に近づいていって、ゴール手前で差し返して最終的には一バ身にはちょっと足りない差を付けてゴールしたの。

 ……今こうして改めて思い返してみると、この時の私は逃げウマ娘としてはちょっとあり得ない事をやっちゃっているわね。実際、一緒にレースを走った子達はまるで化け物でも見ているような表情で私の事を見ていたわ。

 ただ、それで調子に乗った所を相手に付け込まれてしまったんでしょうね。次に走ったGⅡのファウンテンオブユースステークスではスタートから先頭には立てたんだけど、相手に競りかけられてしまって一人で気持ち良く逃げらなかったの。当時の私はまだまだメンタル面が未熟で相手から競られると冷静になれずにかかってしまうという弱点があったから、向こう正面の時点で一杯になってそのまま失速。その時のレースの勝者であるデヒアはおろか五着の子からもかなり離されての六着最下位と大惨敗したわ。調子に乗った時に限って良くない事が起こる事を実体験で学べたという意味では、本当にいい勉強になったわね。

 

 そうして皆から少なからず失望されて迎えた、私の生まれ故郷であるフロリダ州で行われるフロリダダービー。これが私にとって初めてのGⅠレースだった。この時のレースには前のレースでも一緒に走って二着だったゴーフォージンが出ていたんだけど、前のレースで勝った事で評価を上げてケンタッキーダービーの有力候補と目されていたデヒアは出てこなかったわ。

 これは後で知ったのだけど、デヒアは前のレースからすぐ後のトレーニング中にボルトを入れないといけないくらいに酷い骨折をしていたの。何とか再起しようって頑張っていたみたいだけれど一向に良くならなくて、結局はそのまま引退してしまったわ。……正直に言うと、強い相手が減ってホッとしたなんて気持ちは殆ど湧かなかった。直接対決は一勝一敗でイーブンだったけれど、私の負け方が勝負の成立しないレベルで酷かったから「今度は負けない!」という気持ちの方が強かったの。それに、もしデヒアが怪我をせずに走り続けていれば、私達はきっといいライバル同士になれていたと思う。それくらいにデヒアは強いウマ娘だったわ。

 それでレース本番の話になるのだけど、デヒアが出てこない事に少なからずガッカリしつつもそれなら猶更負けられないと気合も入った私は前のレースよりも更に速いペースで逃げたわ。大惨敗したレース以上のハイペースって一体何をやっているんだと思ったのかもしれないけど、この時は前のレースとは違って私一人で逃げられたの。だから、かかる事なく番手から二バ身を保って気持ち良く逃げられたし、その分スタミナも十分残っていたから最終コーナーで後続を更に突き放す事ができたわ。そして最後は二着と五バ身以上の差をつけてゴール。前のレースでの汚名を見事返上する事ができたの。

 

 クラシック期のウマ娘がここまで来たとなると、当然ながら次の目標はケンタッキーダービーになったわ。何せ天下のクラシックトリプルクラウンの第一戦にしてクラシック期における最大目標であり、なおかつアメリカの数あるレースの中でも最高峰のレースの一つだから、アメリカの競走ウマ娘として目指さない訳にはいかないのよ。日本のウマ娘の誰もが日本ダービーを目指さずにはいられないようにね。その前哨戦となるGⅡのブルーグラスステークスも気持ちよく逃げた上に余力を残して勝てたから、私はとうとうケンタッキーダービーの大本命にまで上り詰めたわ。

 ……えぇ。今思えば、これがいけなかったのね。暫くして本番を迎えた私は、アメリカ最高峰の舞台における大本命と褒め称えられた事で凄く浮かれちゃって、今までとは比べ物にならない観客の数と歓声の大きさにすっかり竦み上がっちゃって、ゲートインしてこれから最高のレースが始まるという高揚感で頭の中が真っ白になっちゃって。

 

……そして、肝心のスタートで大きく出遅れてしまったの。

 

 スタートから頭を取りに行かないといけない逃げウマ娘が出遅れてしまったら、その時点でレースは終了よね。それでも私は何とか遅れを取り戻そうと頑張ったんだけど、第三コーナーから第四コーナーを回っている内に一杯になってからはズルズル後退していって、結局は先頭から十八バ身以上突き放されての十二着とこれ以上ないくらいの大惨敗で終わってしまったわ。

 因みに、ケンタッキーダービーに勝ったのは私と違ってきちんとスタートを決めてそのまま逃げ切ったゴーフォージンよ。彼女、本当であればアメリカ最高峰のレースというこの上ない最高の舞台でフロリダダービーの雪辱を果たしたって言いたかったでしょうに、雪辱を果たしたい相手である私が勝手に自滅していったものだから、何とも言えない複雑な表情で私の事を見ていたのをよく覚えているわ。

 ケンタッキーダービーにおける大惨敗の直接の原因は間違いなくスタートの出遅れではあるんだけど、実はもう一つ重大な原因があったわ。この年のケンタッキーダービーは不良バ場で粘土を通り越して泥の様になっていたのだけど、実はバ場がちょっとでも湿っていると私は上手く走れなくなってしまうのよ。前に競りかけられた事で上手く逃げられずに惨敗したファウンテンオブユースの時も実はバ場が稍重になるくらいには湿っていて、それも敗因の一つだったわね。

 ……それならケンタッキーダービーと同じく不良バ場だったベルモントフューチュリティは自分で強いと言っていたデヒア相手に勝ったのは一体何? そう言いたい顔をしているけれど、あれについては本当にどうして勝てたのか、私自身も首を傾げているのよ。あの時の私は本来の走りがあまりできていなかったのだから。勝ちに不思議の勝ちありという言葉が日本にあると聞いているけど、この時の勝ちが正にそれだったわね。

 そういう事でトレーナーと相談した結果、ケンタッキーダービー以降の出走スケジュールは良バ場になるレースだけで組むようになったのよ。

 

 私が一方的に話していたから、ちょっと疲れてしまったわね。貴女も長い間話を聞いていて疲れていると思うし、ここで一息入れましょうか。……今回のインタビューへの熱意が凄いのは分かったわ。だから、ちょっと落ち着いてちょうだい。そこまで慌てなくてもケンタッキーダービーを走った後の話はちゃんとするから、まずはしっかり休憩しましょう。それがお互いの為よ。

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