Interview with The Bull   作:h995

3 / 5
中編

 コーヒーを飲んで一息つけたし、貴女もだいぶ落ち着いたみたいね。確かに熱意があるのはけして悪い事じゃないけど、あれでは途中から私の話なんてどうでもいいと言わんばかりだったわ。私は世間の荒波にそれなりに揉まれた大人だからまだ耐えられるけど、これが若い子達、特に大人の入り口にも届いていない様な中等部の子だと少なからずショックを受ける筈よ。だから、今後インタビューする時にはその辺をもっと注意した方がいいと思うわ。でないと、そう遠くない内に誰もインタビューに応じてくれなくなるかもしれないわよ。……分かってくれたみたいね。よかったわ。さて、そろそろインタビューを再開しましょうか。

 

 それでケンタッキーダービーで惨敗した後、ただでさえ合わない不良バ場なのにスタートの出遅れを少しでも取り戻そうと無理して走ったせいでレース後の疲労がいつもよりもかなり酷かったわ。そんな状態から二週間でクラシックレースに出られる程に回復するとは到底思えなかったからトレーナーとも相談した結果、クラシックトリプルクラウン第二戦のプリークネスステークスは回避する事が決まったの。それに最終戦となるベルモントステークスについても悪条件がいくつも重なったとはいえ10ハロンのケンタッキーダービーで第三コーナーから第四コーナーの間で一杯になってズルズル下がっていった事実がある以上、誰がどう見ても私に12ハロンは長過ぎるのは明らかだったから早々に出走しない事が決まったわ。

 

 そうした背景を踏まえて私が次のレースに選んだのは、シニアとの混合戦になるけど、私の距離適性の範囲内であるマイルレースでプリークネスに出るより更に一週間以上休む事のできるGⅠのメトロポリタンハンデキャップだったの。

 一応、ここで春のレースを終わってしっかり休んでから夏に一戦叩いた後、世代戦GⅠのハスケルインビテーショナルステークスを前哨戦に同じく世代戦GⅠのトラヴァーズステークスに挑むという選択肢もあったわ。でも、それをやるにはケンタッキーダービーの惨敗がちょっと重過ぎるから、まずはメトロポリタンハンデキャップで汚名を返上する必要があったのよ。

 ただ、このレースはシニアとの混合戦であると同時にドリームトロフィーリーグの選定レースでもあるから、相手の質が世代戦だった今までとは明らかに違っていたわ。

 一年先輩ではベルモントステークスを制してアメリカレース史上で初めて女性トレーナーにクラシッククラウンをプレゼントした上にこの後もこの年のホイットニーハンデキャップとジョッキークラブゴールドカップを制する事になるコロニアルアッフェアー先輩に前走のカーターハンデキャップを制してGⅠウマ娘になったばかりのヴァージニアラピッズ先輩、この後でブリーダーズカップスプリントを制してこの年の最優秀スプリンターウマ娘を獲る事になるチェロキーラン先輩、前の年の年末にイギリスから移籍してきて後にこの年と次の年のパシフィッククラシックステークスを連覇する事になるティナーズウェイ先輩、後は二年先輩で前の年で重賞をいくつも勝っていて、ブリーダーズカップクラシックで八着になってから少し調子を崩したけど前の二戦で二着を連続で取って復調傾向にあったデヴィルヒズデュー先輩が有名どころになるわね。

 そんな中でクラシック期のウマ娘は私一人だけ。これで分かったと思うけど、この時のレースはケンタッキーダービーで惨敗したばかりのウマ娘では到底相手にならない様な歴戦の強豪揃いだったのよ。

 

……それにも関わらず、このレースの一番人気は何故か私だったわ。

 

 確かにクラシック期である私にハンデキャップは課せられていない分、先輩に比べてかなり走りやすかったのは事実よ。でも、だからと言って前走のケンタッキーダービーでやらかした子がただそれだけの有利でシニアの強豪達を相手に勝負ができると観客の皆は本気で思っていたのかしら?

 お陰で先輩達からの強烈な視線が突き刺さったり、先輩達を担当するトレーナー達はむしろ憐れみの表情で私の事を見てきたりと何処にいてもこんな感じだったから、パドックで観客の皆に向かって笑顔で手を振っていた時には「なんてことをしてくれたのよ!」と心の中で思いっきり叫んでいたわ。尤も、至る所からこれだけプレッシャーをかけられると、それはそれで「そこまでやるんだったら、こっちだってやってやるわ!」と完全に開き直れたのだけどね。

 それでレース本番はどうなったかというと、まずスタートはケンタッキーダービーみたいな事にはならずにきっちり決められたからそのまま先頭を取る事はできたわ。でもこのまま一人で気持ちよく逃がしてくれるかと言われるとその様な甘い事は当然なく、ティナーズウェイ先輩が後ろからプレッシャーをかけてきたの。お陰で最初の2ハロンを22秒4と結構なハイペースで走る事になったんだけど、それが祟ったのかティナーズウェイ先輩は最終コーナーに入った辺りで失速してそのままズルズル後退していったわ。その代わりに後方で待機していた先輩達が一斉に差を詰めてきて、デヴィルヒズデュー先輩に至ってはコーナーの出口辺りで半分並ばれてしまったの。

 でも、プレッシャーこそかけられたけど、最初から自分の形に持っていけた私にとってはここからが本番。最終直線に向いたところで一気に加速して後続を突き放しにかかったのよ。ハイペースで逃げていたウマ娘が最終直線に入って更に加速するなんて流石に想定外だったみたいね。歴戦の強豪達は私の加速について行けずに差はどんどん広がっていったわ。後ろからの足音が次第に小さくなっていった事で突き放しに成功したと確信した私は、そのままゴールまでスピードを落とす事なく駆け抜けていったの。

 そうしてゴールを過ぎてからチラッと後ろを見て確認したら、先輩達との間に出来た差はざっと五バ身半。思わず握り拳を作って小さくガッツポーズをしちゃったのだけど、それくらいに私にとっては会心のレースだったわ。こうして私はケンタッキーダービーの汚名を見事返上してみせたの。

 

 会心のレースだったメトロポリタンハンデキャップから二ヶ月ほど休養した後、叩きとして出走したGⅢのドワイヤーステークスをきっちり勝ち切った私は七月末に開催されるハスケルインビテーショナルステークスに臨んだわ。シニア混合のGⅠかつドリームトロフィーリーグの選定レースという価値の高いレースを圧勝したのが功を奏して、招待レースであるこのレースに出走できるようになったのよ。

 ただ、このレースも前走と同じくハンデキャップ戦でクラシック路線から離脱したとはいえシニア混合のGⅠレースを制した私にはトップハンデを課せられていたわ。正直に言えば、このレースにおける私の敵はこの時初めて一緒に走ったコンサーン達ではなくトップハンデの方だったの。観客の皆もそれを分かっていたんでしょうね、トップハンデを課せられたにも関わらず私が一番人気だったわ。

 そして、レース本番で私はきれいにスタートを決めてすぐに先頭に立つと後続から二バ身程の差を保って逃げ続けて、最終コーナーで並びかけられたのだけど、直線に入ってから加速して突き放すという必勝パターンを決めてそのままゴール。流石にトップハンデがきつくて大きく突き放す事はできなかったんだけど、それでも二着とは二バ身にちょっと足りないくらいに差が付いたの。因みに、コンサーンは私から三バ身半差で三着だったわ。

 何故わざわざ二着でなく三着のコンサーンについて名指しで触れたかって? それは次に走ったトラヴァーズステークスで。……いいえ、こう言い直した方がいいわね。私が現役時代に勝ったレースにおいて最も私を追い詰めたのが彼女だったからよ。

 

 そういう事で、次に挑んだのはトラヴァーズステークス。開催される時期が八月中旬から下旬である事の他にクラシックトリプルクラウンを戦い抜いた精鋭達と日本で言うところの夏の上がりウマ娘達が一堂に会して競い合うこのレースはクラシックレースに次ぐ権威と価値がある事もあってミッドサマー・ダービーという別名で親しまれているわ。それどころか、一時期はこのミッドサマー・ダービーがレース名になっていた事すらあるの。日本のレースに当てはめるとすれば、開催時期は二ヶ月くらいズレているし15ハロンなんてアメリカではちょっと聞かない距離ではあるけれどもクラシックトリプルクラウンの最終戦である菊花賞が一番近いのではないのかしら? それくらいにこのレースは価値も権威もあるレースなのよ。

 それで話を戻すんだけど、この時に出走していたウマ娘の中で私にとって一番印象深いのはさっきも言ったコンサーンよ。でも、この時に私と同じくらいに注目されていたのはプリークネスとベルモントを制したクラシック二冠ウマ娘のタバスコキャットだったの。因みに、ケンタッキーダービーを制したゴーフォージンはどちらも二着に終わっているわ。だから、この時のレースは私とタバスコキャットによる事実上の世代最強決定戦として注目されていたのよ。

 ただ、ゲートイン直前で私に見せた、絶対に勝つという強い意志とその為なら何でもやるという強い覚悟、そして僅かに感じられる私への申し訳なさが綯い交ぜになった複雑な表情が凄く印象的だったわ。そして、何故そんな複雑な表情を浮かべたのか、その答えは直ぐに出たの。

 ゲートインが完了して間もなくゲートが開くと同時に上手くスタートを決める事ができた私はそのまま先頭に立ったのだけど、そのすぐ後に物凄い勢いで私の前に出た子がいた。その子はタバスコキャットとは同じトレーナーに師事するチームメイトだったのだけど、誰が見ても明らかにオーバーペースで最後まで持つ筈がなかったわ。ただ私の横を駆け抜ける際に「ついて来いよ、あたしと勝負しようぜ」と不敵な笑みと共に呟かれた事で悟ったの。

 

……彼女達は、チーム戦で私に挑んできたんだと。

 

 でも、私は逃げウマ娘で先頭に立って逃げないとどうにもならない事は誰が見ても明らかで、何より私自身がそれを誰よりも分かっていたから、たとえ策だと分かっていてもあの子と競り合う以外に選択肢がなかったわ。この先頭争いのせいで最初の2ハロンが22秒83と10ハロンのレースとしてはかなりのハイペースで進んだんだけど、あの子には元々このレースに出られるような実力はなかったから向こう正面で限界を迎えてそのままズルズル後退していった。ここで私はようやく先頭に立った訳だけど、無茶なハイペースで走り続けた事でスタミナがかなり削られていて、ここからいつもの必勝パターンに持っていくのは流石に無理だったわ。

 それで私達の三バ身程後ろで追走する事でスタミナを温存していたタバスコキャットが私に競りかけようと満を持して差を詰めにきたんだけど、向こうにしてみれば想定外にも程がある事態が起こっていたの。満を持した筈のタバスコキャットの足が思った以上に伸びてこなかったのよ。どうもスタミナを温存する為の追走だった筈なのに、私達が作り出したハイペースに呑み込まれた事で逆にスタミナを削り落としてしまったみたいね。

 その結果、私とタバスコキャットの差が詰まる事はなく、最終直線に入ってからはむしろ広がっていったわ。ある意味、世代最強決定戦の決着はこの時点で付いていたと言ってもいいかもしれないわね。

 けれど、このレースはそこで終わりじゃなかったわ。それどころか、むしろここからが本番だった。足が伸びてこないタバスコキャットの代わりに元々追い込み型で最後方に待機していたコンサーンが物凄い勢いで一気に差を詰めてきて、最終直線半ばでほぼ追い付かれてしまったの。

 ハイペースで向こう正面まで先頭争いを続けてスタミナを大量に削られた逃げウマ娘と最後方でしっかり足を貯めてから満を持して一気に追い上げてきた追い込みウマ娘。この状況でどちらが勝つかと言われると、普通なら当然後者よね。

 実際、レースが終わって控室に戻ってきた時に私のトレーナーからこの時ばかりは「今回はこちらの負けだな」と思ったって言われたわ。私自身も白状するとこの時ばかりは「もうダメだ」って思ったの。この時の状況で一番近かったのは、競りかけられた事でかかってしまった挙句に向こう正面で一杯になって惨敗したファウンテンオブユース。違ったのは、先頭を取られた私の方が競り勝って先頭を奪い返した事くらい。もし以前の私だったら、間違いなくこのまま差されて負けていたと思う。

 でも、シニアの強豪達と鬩ぎ合ったメトロポリタンとトップハンデを課せられたハスケルという二つの厳しいレースを戦い抜いて勝ってきた経験が、今にも折れそうな私の心をギリギリで踏み止まらせて、残っている力を少しでも振り絞ろうと大声を上げさせたの。

 だから、たった数歩だけだったけどゴールの手前でいつもより速く足を前に踏み出せたし、いつもより速く足を出せた事でほんのちょっとだけ伸びる事ができて、それがコンサーンの猛追劇をクビ差で凌ぎ切る最後の決め手になった。

 因みに、世代最強を争う筈だったタバスコキャットは三着で私とはクビ差だったコンサーンから実に十七バ身もの大差がついていたわ。私とタバスコキャットのどちらが同世代の最強ウマ娘なのか、それが誰の目にも明らかな形で確定した瞬間だったんだけど、コンサーンとの熾烈な戦いを制して勝利の雄叫びを上げていた私にそんな事を考えている余裕なんて全くなかったわね。

 ただ、このギリギリに追い詰められた中での勝利で得たものは凄く大きかったわ。私は今まで自分の走りができなければ、そのままズルズル後退して負けるしかなかった。でもこの時は自分の走りなんて全然できていなかったのに、それでも今まで積み上げてきたもののお陰で見事に勝ち切る事ができた。

 

……今の私なら、スタートから無理に先頭に立たなくても十分やっていける。

 

 そう頭の中に浮かんだ瞬間、私の中にあった「ただ逃げる事しかできない」という固定概念がきれいに崩れ去ったの。ただ、今回のレースの結果を受けてある懸念が私とトレーナーの間で浮上してきて、それが後の決断に繋がったんだけどね。

 

 ……話がちょうど一区切りついたから、ここでまた休憩を入れましょうか。私の中でも特に印象深かったトラヴァーズの事でかなり熱が入ってしまって、流石に少し疲れてしまったわ。貴女も今聞いた話をまとめる時間が必要だと思うの。

 ただ、流石にコーヒーばかりでは胃がもたれてしまうから、今度は今朝搾ったばかりの新鮮なミルクをご馳走するわね。すぐに持ってくるから、楽しみに待っていて。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。