百合ゲー世界に『百合に挟まる男』がPOPしちゃったんだが!? 作:わたなれアニメ化成功祈願
前編
「お前は、この世界にいちゃいけない」
僕の目の前に、金髪のいかにもチャラそうな男が立っている。
「百合に挟まる男は、」
そいつの名前は、
そして──。
「死ね」
僕の言葉を聞いた
*
「ね、手握っていい?」
「何、急に……って、答える前に握ってくんなし!」
「え~、そんなこといって、まんざらでもないんでしょ? このこの~!」
「は? うっざ。つーか、そういうアンタも耳赤くなってっけど、何? 照れてんの?」
「……うん」
「……」
「……なんか言って」
「……いや、まあ、うん、えーっと、アタシもその……まあ、手繋ぐくらい、別に……」
「……そっか」
「……」
「……」
「あ! ちょっと、こんなことしてる場合じゃないって! 時間! 電車遅れるから! ほら、早く早く!」
「きゃっ……もう、分かったから! あんま引っ張んないで!」
街に。
「はー、疲れた~。ちょっと休憩~」
「はい、お茶。水分、ちゃんと取らないとね」
「ありがと~……ぷはあっ! 沁みる~!」
「もー、そんなに焦って飲んだらむせちゃうよ~」
「分かってる分かってる……ていうか、やっぱヨヅルすごいね! 全然汗かいてないじゃん!」
「山の歩き方はコツがあるんだよ。れーちゃんも、慣れたらもっと楽に歩けるようになるよ!」
「そうかなぁ」
「それに、私も疲れてないわけじゃないよ……あ、私にもお茶ちょうだい?」
「あ、ごめんごめん。返すの忘れてた、はい」
「……んっんっ……ぷは、おいし……。それで、どうする? もうちょっと休憩する?」
「えっ……あー、いけるいける! よーし、あたしについてこーい!」
「あ、そんな飛ばしたら、またすぐばてちゃうよー……行っちゃった」
「……だって、今顔見られたら絶対ヤバい……」
山に。
「サチさん! ボランティアに参加して頂いてありがとうございます!」
「別に、今日はやることなかったから」
「はい、ですから! 空いた時間でボランティアに参加しようと思っていただけたことが、私にはとても嬉しいのです!」
「はいはい」
「では、手分けしてゴミを拾っていきましょう! 今日は日差しが強いですし、熱中症にならないよう、こまめな水分補給を忘れずに! お互い気を付けていきましょうね!」
「わたしはもうあんたの暑さにうんざりだけどね」
「えっ……すみません、ついはしゃぎ過ぎてしまいました。浮かれ過ぎですね……反省です……」
「いやいや、そういうのいいから。ほら、反省してないで、その元気でどんどんゴミ拾って、私に出来るだけサボらせて」
「サチさん……! 大好きです!」
「うわっ、引っ付くな! 暑い! いいから早く行ってこい!」
「はい! それでは、海岸のあっちの端まで集めてきますので、終わったらまたこの辺りで!」
「行った……相変わらず大型犬みたいな奴。ふふっ、ほんと、なんでアタシなんかに懐いちゃったんだか」
海に。
「お゛、お゛ぉ……!(嗚咽)」
歓喜の涙が頬を伝う。
ワットアビューティフルワールド。この世界は、こんなにも美しい光景で満ち満ちている。
ああ、この世界に生まれてきて、本当に良かった、と。
欲を言えば、女の子ではなく百合カップルの部屋に置かれた観葉植物に転生したいところだったが、いや、こんな思考は無粋だ。今はただ、この世界の全てに感謝を。
「ことりちゃーん? そろそろご飯よー?」
「あ、はーい」
さて、今日はここまでにしよう。昔は四六時中張り付いていたが、今は聞き逃した百合を惜しむ必要はないと思えるようになった。僕が聞いていようが聞いていまいが、百合はいつもそこにある。その事実こそが何より大事だと気付いたからだ。
──やっぱ、百合って最高だわ──
「は?」
??? なんだ、今の音は? 幻聴? ……違う、この反吐が出そうなチャラ男ヴォイスを聞き間違えるはずがない。
この世界の憎悪を一身に集めるヘイトタンク、奴の声は前世でのゲームプレイ時から耳にこびりついている。だが、僕の魔法は少女たちの百合っぽい会話だけを拾うよう設定したはず、百合というワードに反応してしまったのか? いや、それよりも。
(確認が必要だ)
本当は、こんな奴に一秒たりとも時間を割きたくない。だが、奴はこの世界の数少ない汚点、百合を破壊しようとする危険因子だ。原作通りのキャラであれば哀れなピエロに過ぎないが、もし別の人格であるならばあるいは……。
いや、ともかく、事実確認だ。先ほどの声が聞こえた位置を地図に登録して、家を出ようとして──ご飯に呼ばれていたことを思い出した。
まあ、お腹が減っては何とやら。腹ごしらえを済ませてから、ゆっくり探すとしよう。
*
ご飯を食べつつ、
まず、この世界は前世に存在した百合ゲー、『Everything for the Score』──通称エスコ──と極めて類似した世界だ。僕は百合を鑑賞したいタイプなので、自分の選択がストーリーやルート選択に影響を与える百合ゲーはあまり好みではないのだが、このゲームはたまたまやりこんでいたので、転生した直後に気が付くことができた。政府が各個人の能力を総合的に評価しスコアと呼ばれる値で数値化、この値の多寡でその人間の価値が決まる、とかいう百合ゲーにあるまじきディストピアSFじみた制度がこの世界にあったからだ。
その後調べてみれば、ゲームに登場する企業や設定はこの世界でも全てそのまま存在し、ほとんどの原作キャラが原作通りの状況にいた。
そう、ヘイトキャラ。
確かに、彼は『百合に挟まる男』の役割を与えられていた。主人公とヒロインが一緒にダンジョンで冒険しようとすれば、「俺も混ぜてよw」といって無理やり同行してくる。ヒロインと教室で仲良くお弁当を広げていれば、唐突に肩を組んできて「俺んちのシェフ呼んでるからさ、そんな飯より俺と一緒にランチ食べようぜ」などと絡んでくる。ゴミだ。
ただ、こうしたプレイヤーをひたすら不快にさせるキャラではあるが、主人公たちの行動に影響を与えることは無い。彼は無理やりダンジョンについてくる割に弱いし、三条家の御曹司であるという地位を振りかざそうとしても、ヒロインたちがそれ以上の名家ぞろいなので睨まれるとすごすご退散する。決して、主人公やヒロインを苦しめることはできない。
そして、ゲームをプレイしているうちに、それはもう無惨に死ぬ。主人公たちは心が清らかなのでその死を悼むが、これはヒロインとの仲を深めるためのイベントの一つとして昇華される。
要するに、彼はエスコ制作陣の『百合に挟まる男』に対する憎悪が形になったキャラクターなのだ。典型的な『百合に挟まる男』を登場させ、無惨に殺し百合の礎にする。そこには、「百合ゲーに出てくる男なんてこんな扱いでいいんだよ! 死んどけカス!」という強い思想が感じられる。実際、僕もプレイしているときは彼が死ぬたびに小さくガッツポーズしていた。
制作陣の誤算は、彼が余りにもウザ過ぎたことだろうか。本質的に主人公とヒロインの間に一片たりとも挟まることが出来ないキャラだと分かっていても、こっちは百合が見たくて百合ゲーをプレイしているわけで、彼の登場シーンが来るたびに憎悪がプレイ意欲をにじませる。エスコはSF,学園ファンタジー、ダンジョン、あらゆる要素を詰め込んだ闇鍋の様な意欲作ではあったが、今いち流行らなかった理由の一つは
そして、彼のその性格はゲームが現実となったこの世界でも変わっていない……はずだった。現実に生きる人間としてみると物凄く不快なのであまり目に入れないようにしていたが、それでも彼が家の権力と財力を笠に着て遊び惚けている様子は脳にこびりついている。クソが。
だが、先ほどの発言が万一にも彼のものだとすると、今や彼は百合を愛する真っ当な人格を手に入れた、ということになる。それ自体は喜ぶべきことなのだが、性格が反転して彼に対する扱いまで反転してしまうと困る。
何故なら、この世界は基本的に男性が見下されていて、
──つまり、ヒロインたちは異性に対する免疫がない。
彼はこれまで放蕩の限りを尽くしてきたチャラ男で、
──つまり、彼がこれから良いことをすればそれだけギャップで好感を得やすい。しかも、腐ってもメインヒロインの兄なので顔はいい。
百合に挟まることを止めて百合を鑑賞するようになった。
──つまり、美しいヒロインたちから『自分になびかないおもしれー男』と思われ、かえって興味をひいてしまうかもしれない。
考えすぎだろうか。だが、『百合に挟まろうとする、百合に挟まれない男』だった原作の燈色の性格が180度変わったことで、『百合に挟まるまいとして、百合に挟まれてしまう男』になってしまう。そんな妄想が、どうしても脳裏にちらつくのだ。
だから、見極めなくてはいけない。彼がどの様な存在なのか。百合に挟まる可能性はどのくらいなのか。そこで初めて、僕が取るべき行動も見えてくるだろう。
*
夜の繁華街は前世なら酒と煙草の匂ううざったい空間だったが、百合ゲー世界では麗しいお姉さんカップルたちがひしめき合うパラダイスだ。喫茶店の窓からそんな街を眺めるのは、僕のお気に入りの趣味の一つである。
「……おね……ま……」
さて、さっき彼の声がしていたのはこの辺り。繁華街の中心部あたりの交差点だ。時刻は19時前、夕飯や飲み屋を目当てに大勢の人で賑わっている。この中で人を探すのはなかなか難しい、ほとんど女性なので長身の男は目立つはずだが……。とりあえず男を探そう、よく目を凝らせば、女性の間を肩身が狭そうに通る男たちがちらほら。あ、あそこのティッシュ配りも男か……。
んん?
「『わた百合』*2を、『わた百合』を、よろしくお願いしまぁす! アニメBD全3巻は好評発売中でぇす! 原作だと4巻21話まで、やのひめ*3とかのすみ*4のなれそめが収録されてます! 原作者書き下ろしの漫画とかオリジナルドラマCDとか豪華特典もいっぱいついてお値段たったの一万円ちょっとでぇす! 主題歌CDとかサントラもありまぁす! まだ見てない人は各種動画サイトで配信してるのでそっちでも見れまぁす! アニメの続きが気になる人は原作の5巻からが2期の範囲になってます! そう、2期! アニメ『わた百合』素晴らしい出来でしたよね! 2期見たいですよね!! みなさま一人一人の応援が、2期の実現に繋がります! みなさま、『わた百合』を、何卒、何卒!! よろしくお願いしまぁーーす!」
『わた百合』の布教してる!?
あ! しかもあの声、あの金髪! 間違いない、あいつが
「お願いしまーす! ……うん?」
「やあ、そのティッシュ、半分くれない? 僕も手伝うよ」
彼は一瞬驚いたように僕の顔を見て、そして僕の差し出した手をがっしりと握り、ニヤッと笑った。
「
「僕は
「『わた百合』2期のために」
「うん、『わた百合』2期のために」
そして、僕は彼が後ろに置いていた段ボールいっぱいのティッシュを受け取り──ティッシュには自作のキャラ相関図シートが入れられていた。中々いい出来だ──、道行く人たちに大声で呼びかけた。
「「『わた百合』、お願いしまーす!」」
『わた百合』2期のために……!*5
*
その後、僕たちがティッシュを配り終わった頃にはすっかり20時を回っていたので、打ち上げもかねてファミレスへ行くことになり、流れで『わた百合』1期の鑑賞会が始まった。お互い、無言で食い入るようにタブレットを見つめ、たまにティッシュで涙を拭き、鼻をすすった。折角なので、何個か取っておいたのだ。
それにしても、やはり『わた百合』は良い、最高のアニメ化だった。声と動きがついてみんな更にかわいく見えるようになっただけでなく、矢野と陽芽ちゃんの和解シーンとか、名シーンが原作の感動そのまま、いや、それ以上に演出されている。声優さんやスタッフたちの愛が感じられる。だからこそ、2期の範囲になるだろうあのシーン*6とかあのシーン*7をアニメで見たくなる。アニメ1期の範囲はまだまだ序盤に過ぎないのだ。
そうして、わた百合に浸っているうちに、いつのまにか最終回、リーベ*8が夏服に模様替えした回だ──原作通りだけど、最後にほのぼのした回を持ってくるのいいよね、これからも喫茶リーベの日常が続いていくことを感じさせてくれる──。最後のEDが終わり、記念イラストが表示され、再生が終わった。僕たちは互いにほっと息をついて、顔を見合わせる。
「『わた百合』、いいよね……」
「いい……」
そういって、僕らは頷きあう。それ以上の言葉はいらなかった。コミュニケーションとは相互理解のために存在するものだからだ。『わた百合』を通じて、完全に一つの感情を共有した僕らにとって、もはやそれは必要ない。
この瞬間、僕たちは同志になった。
*
「ブルーメ・ナーハティッシュ*92つお願いします」
「すみません、当店では現在ブルーメ選挙は実施しておりませんので」
「じゃあミートドリア2つで」
「誰に投票するつもりだったんだよ」
時刻は既に24時を過ぎていた。普通ならとっくに学生は追い出される時間だが、そこは僕が自分のスコアを使ってゴリ押したので問題ない。チート転生者の特権はこういう時に使うものだ。むしろ問題だったのは、ドリンクバーだけで深夜まで粘った二人組への店員の視線だ。仕方無かったので、夜食もかねて軽食を頼んだ。
「……」
「……」
店員が席を離れると、奇妙な沈黙が生じた。お互い、なにを話すか一瞬考えたが故の沈黙、
オタク特有の間だ。僕たちは百合が素晴らしいものと知っていると同時に、その概念が包括する範囲が余りにも広いため、人それぞれその認識に差異があることも知っている。何が百合なのか、何を持って百合にするのか、そんなあまりにも陳腐なそもそも論から、地雷カプ*10、解釈違い*11、同担拒否*12のようなSNSでありふれた諍いまで。百合オタたちは、未だ自分たち自身の内にある断絶の壁を乗り越えられずにいるのだ。ガウガウ*13。
しかし、それでは会話が成立しない。そういう時は、共通の話題から出発するのが一番だ。
「やっぱりわた百合は設定がいいよな! マリみて*14風のコンカフェを舞台にして、百合を演じるキャスト同士の関係を描く、ってまずその発想がただものじゃないっていうか、な、琴莉氏!」
「うん、全くヒイロ氏のいう通り! たぶん現実の百合営業に影響を受けたものだと思うけど。ていうか、冷笑系のオタクどもはすぐに『営業営業!』って囃し立てるけど、仮に演技であってもそこには必ず互いの『感情』、があるはずなんだよな。そこに着目する発想、まさに天才!」
『わた百合』という稀代の傑作のおかげで、僕たちは会話のきっかけを手にした。だから、あとはここから話を広げていくだけだ。
「実は、わた百合に影響を受けたのか、似たような設定でやってるコンカフェが近くにあるんだ、良ければ一度行ってみないか?」
「よせよ、そこは麗しき女の子たちだけが行ける場所だ。つまり、俺は入れない。でも、琴莉氏が行ってきて感想を聞かせてくれるってんなら大歓迎だ」
「僕も麗しき女子じゃないから入り辛いんだけど、まあ、そういうことなら……今度行ってみようかな!」
「おっ! さすが琴莉氏!」
なるほど、やはり自分が百合に入っていくのは第三者としてでもNGというわけか。だが、一応僕のことは百合オタの同士としてだけでなく女子としても認識はしているようだ。つまり、女性と会話できないとか、そういうことはない、と。
「でも、リーベでもそのコンカフェでもさ、客としてキャスト達を鑑賞するのはいいとして、やっぱり客商売だから展開に影響できちゃうって言うのは、個人的には微妙な点かな。ブルーメ選挙とか、ネットの口コミとか」
「あー、まあそういう奴がいるのは分かるな。もちろん観葉植物とか壁になるのが俺たち百合オタ全ての理想だけど、現実的にはどこかで妥協することになる。ブルーメ選挙とか、俺なら破産するまで通い詰めてたと思うけど、そうやって影響しちゃうこと自体がムリって意見がでるのも道理だな」
「まあ、個人の好みだよね」
ここで、わた百合はエスコ世界、ひめちゃんたちキャストが原作キャラを示している。つまり、僕はこの世界のカプに干渉することに難色を示し、ヒイロ氏はこの点は肯定した。もちろん、この世界では投票券を集めたりしてではなく、直接会話したりすることで干渉することになるわけだから、この図式は単純に成り立つわけじゃない。でも、彼にそういう傾向があることは無視できない。
「なら、もっと極端な場合はどう? 例えば五影堂さん*15がやったみたいに、キャストに直接接触するとか」
「それはあり得ないだろ! まあ、五影堂さんはしょうがない?……いや、しょうがなくはないけど……まあ元キャストだしそういう役割だからいいとして、俺なんかは死んでもそんなことはしないし、してはいけない。当たり前だ」
「じゃあさ、例えばだよ? キャストが、陽芽ちゃんとか果乃子ちゃんとかが車にひかれそうになってて、それを目撃したとしたら、どうする? 助ける?」
「ああ、助ける。助けて、そのまま死ぬ」
即答!?
「い、いいの? これ以上ない干渉だし、彼女たちが助かったとしても、目の前で人に死なれてトラウマがのこっちゃうかもよ?」
「じゃあ、そのまま陽芽ちゃんたちに不幸な目にあえってのかよ。確かに一時的に傷つくかもしれないが、でも俺みたいな見ず知らずのゴミ野郎のことを、彼女たちはそのうち忘れてくれるさ。むしろ、そうしてふさぎ込んだ陽芽ちゃんたちを矢野や純加さんが慰めて、百合がより深く咲くかもしれない。そうして百合の礎になるなら、俺の命なんていくらでもくれてやる」
「それなら、命の恩人のヒイロ氏に対して好意を持ったり」
「その前に病室から飛び降りる」
こいつ、マジか?
ヒイロ氏は、自分の命よりも女の子の、いや、将来の百合の方が優先されると本気で言っている。いや、言葉だけじゃない。もしその状況になったら躊躇なく実行するという凄味がある……!
どうしてこんなにも自分の価値を低くみているのか、百合オタの視点で
(気を引き締めないとな……!)
『わた百合』で暖まった心が冷えていくようだった。僕は、引き続き百合トークを通じて彼のパーソナリティを分析していった。
*
例えば、百合作品における男の存在について。
「百合ってやっぱ女の子同士ってのが前提だからさ、ヘテロじゃない、インモラル、タブーであるってことがスパイスになってる作品ってのも、やっぱ良いもんだと思うのよ。もちろん、客観的に見ればタブーでも何でもないけど、禁断の恋っていう本人たちの意識としてね」
「分かる! 分かる、けど、そういうタイプの作品ってハッピーエンドにならない時が多いから、俺としてはちょっとキツイな。百合自体は極上なんだけど、最終回の後で、間違いなく彼女たちは死ぬまで幸せに過ごしたんだろうな(ニチャア)って出来るのが俺は好きだから」
「弱いオタク……」
ちなみに、この世界の百合オタにこういう話を振ると、だいたい意味が分からないという反応をされる。女性同士の恋愛はこの世界ではもはや常識であり、わざわざタブーとして設定する意味がないからだ。この世界にある百合作品でこうした設定のものは、ほとんどが数十年前に固まっており、好む者もほとんどない。
つまり、ヒイロ氏は男女の恋愛が普通という価値観を持っている、僕と同じ転生者である可能性が高い、ということだ。エスコについての知識があるかは定かでないが。
またある時は、百合ハーレムについて。
「百合ハーレムってさ、悪くは無いんだけど、まあ多くても三人くらいにしといて欲しいんだよね。僕は一人一人の繊細な感情の機微が百合の醍醐味だと思ってるから、人数が増えるとその分描写が薄れるというか」
「それって百合ハーレムそのものじゃなくて、作品のクオリティの問題だろ? 俺は好きだぜ、百合ハーレム。みんなで幸せになるって感じがさ」
「でも、いくらクオリティが高くてもさ、やっぱり人数が多くなると一人一人の描写が減るのは避けられないわけじゃん。ハーレム主からしたらみんな平等に愛してるつもりかもだけど、読んでる方としては推しのヒロインがいるわけで、そこを優先してほしくなるのよ」
「いやいや、むしろその、ヒロインたちの板挟みになって頑張るハーレム主の姿を楽しんでこそだろ! ハーレムになるのもなし崩し的にってパターンがほとんどだからな、思いを寄せてくれるみんなを全員幸せにするために頑張る姿がまた尊いんだ。それに、選ばれなかったヒロインって悲しい存在が生まれないのがいい。俺はかつてストパニで深い傷を負った……」
「れな子*16は?」
「れな子はアズカバン」
……良くない傾向だな。ヒイロ氏の言葉には、とにかくハッピーエンドを好むところが見られる。これに、先ほど見せたヒイロ氏の自己評価の低さを合わせると、彼は自分の不幸よりも周囲の幸せを優先してしまう可能性が高い。例えば、思いを寄せられて、断れば不幸にしてしまう。そんなシチュエーションで、最終的には先に折れてしまわないだろうか。彼ならその前に自害を選ぼうとするだろうが、それを封じられてしまうと、みんなが幸せになるならハーレムでも何でも受け入れてしまう、かもしれない。最悪の場合、原作ヒロインやサブヒロイン全員落とす、なんて可能性すら想定される。
れな子より先にアズカバンに送るべきか……?
そして、そのまたある時には、TS百合について。
「だからさぁ、結局見た目だろ!? お兄ちゃん*17ともみじろう*18がキャッキャウフフしてたら、それはもう百合じゃん!?」
「でもよぉ、じゃあまひろとみはり*19ならどうかっていうと、やっぱり兄と妹って感じがするぜ? 思うに、TS前の姿を認識してるかどうかってのは大きいんじゃないか?」
「それはそうかもだけど……。ただ、僕が言いたいのは、外見にこだわらなきゃ百合である意味がないってことだよ! BLだろうがノマカプだろうが心の機微を描くのは一緒なんだから! そりゃ、女性同士ならではの感情はもちろんあるし、これはまさに百合でやるべき話だって作品はやっぱり感動するけどさぁ、それでもジャンルとして百合を好きな理由って、絵面の美しさは絶対否定できない要素だろ!?」
「ああ、その点は認めざるを得ない。だが、外見的にTS百合が百合と区別できないって点と、じゃあTS百合が百合の部分集合である、ってのはイコールじゃないぜ?」
「……そうだな、だからTS百合が百合でないとしても、そうしたジャンル分けに関らず僕はTS百合がアリだと思うって、それだけの話なんだけど……。これはヒイロ氏にいうことじゃないけど、百合オタからも排斥されて、いわゆる精神的BL好きからも排斥されると、TS百合ってジャンルが育たないんじゃないかって言いたいんだ。そのためにも、百合オタにはこのジャンルに対する寛容の精神が必要だし、例えば『とせがら』*20って名称を普及させて完全に別ジャンルとして確立させるみたいな、双方からの歩み寄りが大切だと思う」
「そ、そうか。確かに、百合ってワードを含まなくなれば検索除けにもなるしな、無用な争いは生まれにくくなるかもな」
……これは完全に脱線しただけなのでノーコメント。
*
そんなこんなで百合にまつわる全てについて、あることないこと語り続けた結果、気付けばファミレスの窓には陽射しが差し込み始めた。春は曙、百合オタども、ようよう白くなりゆく。
いや、まだまだ語り足りなかった。
「つまり、『我々は皆少女だった』*21って台詞は、もちろん作品の設定に合わせた台詞なんだけど、メタ的に考えると少女=性別を超越した子どもの無垢性を示しているんだと思うんだよな。だから、ラストシーンも青春の思い出を象徴するみたいなシーンなわけだし、本質的には百合ではなくそういう子どもと大人とか、成長とか、そういうのがテーマの作品何だと思う」
「いやいや、ラストで語るなら、それこそアーエルとネヴィリルの『翠玉のリ・マージョン』はどうなんだよ、あれこそ至高の百合じゃん!? つまりさぁ、百合っていうのは二人の関係性を切り取った一瞬一瞬であって、その一瞬が永遠になるっていうのは、まさに百合の本質じゃないか? そんな百合を魅せたアニメが、百合作品じゃなくて何なんだよ」
「だから、アーエルたちも少女というか性別を超越した存在なわけだから、百合でありノマカプでありBLであるって、そういうことだろ?」
「はぁ? 作品の設定で百合の本質が左右されるってのは、それこそ本質を見誤ってるだろ!? その作品における女性の役割がちょっと違うからって百合じゃなくなるほど、百合ってジャンルは狭量じゃないはずだ! そもそも、シムーンについてはそもそも制作陣が『世間を百合色に染め上げる』って言ってんだから、逆張りする理由は皆無だろ!?」
「逆張りじゃねえって! 『美しければそれでいい』の歌詞知っているか!? つまり俺が言いたいのは、そうやって見た目ばかりに囚われる見方は大事なものを見失う危険が──」
「あの」
「「あ?」」
白熱した議論の最中に話しかけられ、二人して振り向く。そこに立っていたのは注意しに来た店員ではなく、白髪の、メイドさん!?
「『あ?』じゃないですよいつまでくっちゃべってんですか腐れ金髪。お前がどこで女ひっかけようが自由ですけど、せっかく用意してやった飯をすっぽかされると気分悪いんですが」
「え、あの、どなた?」
「は?」
「あ、思い出した」
「「は?」」
そういえば三条黎のところにこんなメイドがいたような。昔偵察した時に原作のCGで見たことないのがいたからちょっと調べて、たしか突然三条家に拾われたんだっけ? 名前は……雪さん……だっけ? とにかく、今は
「すみません。彼とのお話が楽しくて、ついこんな時間まで話し込んでしまいました。あなたのような人を待たせていると知っていたら、こんなことはしなかったんですが」
「は、はあ……」
「ヒイロ氏、僕はそろそろ帰るよ。支払いは出しとくから。ヒイロ氏のお金はその美しいメイドさんが美しい百合を育むために役立ててくれ。それじゃ、ばいばい」
「お、おう。またな」
百合談義が捗って喋り続けてしまったけれど、よく考えたら情報収集はすでにだいたい完了していた。というか、一晩喋り続けてそろそろ眠気がヤバいので、寝て記憶が薄れる前に家に帰って情報を整理しないと。そういうわけで、無理やり切り上げて彼とメイドさんの前から立ち去った。
時刻は朝5時。朝に向けて再び活動を再開しようという街を抜け、僕はひとり帰路に就いた。
「遅くなってごめん」
「わーお、朝帰り~? お相手は? いつ家に連れてくるの?」
「別に、そんなんじゃないって」
「またまた~」
*
家に帰った僕は、昔原作の内容をメモったノートを見返しつつ、彼がどのくらい原作を、百合を破壊してしまうかを考えた。
そもそも、
だが、現在のヒイロ氏という人物像を鑑みるとどうか。少なくとも、原作と違い彼からヒロインたちに下心を持って近づくことは無いだろう。一見、むしろ百合を加速してくれそうだが、油断してはいけない。
彼との会話でわかったこと。彼は百合を絶対的に神聖視しており、百合を守ることが命よりも優先されると本気で考えている。百合を重く見ているのか、自分を軽くみているのか、あるいはその両方か。問題なのは、彼が百合の中でもハッピーエンドを特に好んでいることだ。
彼がこの世界の元になったゲームについての知識があるのか、これは微妙なところだ。百合作品についての話ばかりで、そういった匂わせを忘れていたからだ。ただ、少なくとも彼は百合オタの転生者で、百合であれば現実世界で営まれるものも喜んで摂取するタイプだ、とは読み取れた。
つまり、彼に原作知識があるにせよないにせよ、身の回りにある百合、妹やその友達=他のヒロインや主人公の百合を見守ろうとするだろう。そして、原作でそうであるように、百合の前に困難が立ちはだかったら? 彼は百合を守るため、影ながら尽力しようとするだろう。つまり、原作への介入だ。
原作ではついぞ活かされなかったが、データだけ見れば
彼と話す前、僕最初に抱いた予感。つまり、百合に挟まろうとして挟まれない男が、挟まるまいとして挟まれる男になってしまう、という悪夢。これは、彼の人となりが分かった今も払しょくできていない。いや、むしろ強くなっている気さえする。
僕は彼と初対面にもかかわらず、ファミレスで夜通し語り合った。彼の百合に対する情熱、見識の深さは僕としても見習う点が多いと感じたし、今度は情報収集など抜きにして、もっと色々なことを語り合いたいとすら感じている。
率直に言えば、僕は完全に絆されてしまった。
それは、僕と彼の間にある、百合オタという最大の共通点のおかげか? それとも、彼自身の魅力によるものか? 後者だとしたら、大変危険だ。彼は、今後襲い掛かる敵に対し、果敢に立ち向かっていくだろう。そして、ヒロインたちが幸せに百合を育むのを支えようとする。そして、この世界の男としての常識を持たず、好き勝手に振舞う彼の姿は大変目立つだろうし、ヒロインたちにその姿を隠し通すことは不可能だ。特に、もし彼が原作知識を持たないとすれば、誰がヒロインかすら分からないわけだし。彼は、否が応でもヒロインたちと接触することになる。
そこで、誰もヒイロ氏に絆されない、好意を持たない可能性は……限りなくゼロに近い、という気がする。これはこの世界の異物に対する根拠のない危機感を加味した推測だから、実際はより可能性が高いかもしれないが、少なくとも100%誰もヒイロ氏を好きにならないだろう、などとはとてもいえない。
では、積極的に排除へ動くべきかだが……そこまでは、まだしなくていいんじゃないか、という気がする。だって、彼はまだ何もしていない。彼がどのように原作に介入していくかも分からない。この状況で動き出すのはいくらなんでも、早すぎる気がする。常識的にいってもそうだし、何より僕は彼の百合オタとしての良心を信じたい。百合を愛する心を持った彼なら、きっと上手くやってくれるんじゃないか、そう思うのだ。
今しばらくは信じよう。
*
で、その結果がコレだよ!
『私、今日からここに住むから』
「ハァ?」
『ヒイロ。良ければ、私の弟子になりませんか』
「ハァアアアア??」
『たすけて……』
『任せろ』
「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア?????」
いや、おかしいおかしいおかしい! だって、どうみても原作履修済みのはずなのに、百合を守りたいって言ってんのに、なんでここまで堂々と百合を破壊しに行っちゃってんの!?!? 分かるじゃん、そういうことしたら興味持たれちゃうって! 何でそんな、『普段はふざけてるのにいざって時は決めるカッコいい主人公ムーブ』決めちゃってんの!?!?
『そんな運命! 俺が、叩き壊してやるッ!』
『ハッピーバースデー。誕生日おめでとう、レイ』
はいカッコいいー! はいイケメンー! メンタルズタボロの時に颯爽と現れてさぁ、理不尽を全部ひっくり返してくれる男のことをさぁ、好きにならない奴いる? いねえよなァ!!? アッハハハハハハハ!!!!!
はははは……はぁ……。
「だ……ダメだ……こ、これ以上こんな奴ほおっておいたら……百合が壊れちゃう……は、はやく……はやく何とかしないと……推しがおしまいになっちゃう……」
そうして、僕は百合を守るために準備を始めた。