百合ゲー世界に『百合に挟まる男』がPOPしちゃったんだが!?   作:わたなれアニメ化成功祈願

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後編

まず、『百合に挟まる男』とは何か(ネットリ)。

 

百合オタだけでなく、全オタクの敵としてその名をとどろかせているが、実際の百合作品に登場することはめったにない。これは当然で、百合が見たくて百合作品を見ているのに、それを破壊する男が出てきたら、何の作品かわからなくなってしまう。

 

だったら、何故実在しない存在を目の敵にする必要があるのだろうか?。おそらく、そこには百合オタたちの無数の涙が潜んでいる*1

 

百合というジャンルはここ15年ほどで一気にメジャーになった。ゼロ年代にオタク文化の中心であったエロゲやラノベの勢いが陰りを見せる中で、所謂きらら系を代表とした、美少女動物園と揶揄されるようなアニメがオタクのメインストリームとなり、同時にBLの文化を輸入する形で女キャラ同士のカップリングを推す行為が徐々に普遍的なものになっていった。例えそれがキャラに処女性を追い求めた結果であったとしても、形としては百合というジャンルが市民権を得るようになったのだ。そして、そこから百合にハマる人も続々と増え、今では押すに押されぬメインカルチャーの地位を確立した。

 

では、そうなる前の百合オタは、どこから百合成分を摂取していたのだろうか。ゼロ年代以前でも、マリみて、青い花*2などを代表として素晴らしい百合作品は多かったし、2005年にはあの『百合姫』が創刊された。現代にいたる百合文化はこの時点で開花の時をまつばかりであった。しかし、足りない。こうした作品によって蒙を開かれた一部のオタクたちは、供給を求めて一般作品の中に百合を見出していくようになっていった。

 

だが、それはいばらの道だった。何しろ、当時のメインカルチャーであったエロゲ、ラノベの中で百合を見出すとすれば、それは主に攻略対象であるヒロイン同士の百合となる。ハーレム系は主人公に都合が良いようにヒロイン同士は仲が良いことが多く、実際百合っぽい絡みも多い。だが、彼女たちが恋をしているのは主人公だ。百合オタたちは必死でそこから目をそらしつつ、どうにか百合を摂取しようと思いあぐねた。

 

二次創作、同人誌の中にも安寧は無い。今では死語となった「○○は俺の嫁!」なんて言葉を平気でオタクが口にしていた時代、ヒロイン同士の百合を描いた二次創作なんてものは滅多になかった。それでも、当時の百合オタたちは数少ない供給を求め、女の子が二人で並んでいる同人誌を表紙買いして、「ただの3Pじゃねーか!」とぶち切れていた。なのは*3やストパン*4、咲*5など、百合同人も多く出るような作品が流行った過渡期には、より一層こうした悲劇が起きるようになった。

 

僕が思うに、『百合に挟まる男』の原型は、そうしたハーレム系主人公であり、同人誌の竿役だ。

 

黒子*6の頼れるお姉さまであるはずの美琴*7を、ただの恋する中学生にしてしまう上条当麻*8。原作での彼女たちの人格を一切無視しながら、なのフェイ*9との3Pにしけこむ竿役おじさん。だが、それに憤る資格はない。何故なら、わざわざ違うジャンルの作品に乗り込んでいるのは彼ら百合オタたちの方だからだ。それが恥ずべき行為であることを彼らは重々承知していた。

 

いわば、『百合に挟まる男』とは一種の取引だ。つまり、「別に百合が題材じゃない作品でどれだけ百合が蔑ろにされていても文句は言わないけど、百合作品に竿役とか3Pとか持ち込む奴は死んでね♡」という、お互いの畑を踏み荒らさないようにするための契約。その象徴として『百合に挟まる男』という概念が生まれたのではないか。

 

つまり、『百合に挟まる男』の正体は、かつてのラノベやエロゲの主人公を百合オタのフィルターを通してみた姿だと、僕は考えている。かつての百合オタが心のうちに秘めていた怨念が生み出した虚像ではないか、と。

 

 さて、改めて三条燈色(さんじょうひいろ)について触れよう。彼は、この世界で類稀なる自己犠牲精神を発揮し、大いに少女たちを不幸な運命から救おうとしている。たとえその目的が百合の実現であろうと、その行いはまさに主人公的だ。

 

 僕たちは今百合ゲー世界にいる。かの闇鍋百合ゲー、エスコが現実になったような世界。その通り、この世界には百合があふれており、素晴らしい世界であることは間違いないが、問題なのはここが現実であり、現実にジャンルなど存在しないということだ。つまり、百合ゲーであれば三条燈色(さんじょうひいろ)に課されていた負の制約は、もはや存在しない。確かに、この世界は男の価値が低く、この世界の人間の価値を決めるスコアの値がゼロなのが彼だ。だが、そんなハンデの存在はゲーム内にあった運命とも呼ぶべき制約に比べれば無意味に等しい。

 

 作品ジャンルという色眼鏡なしに、フラットな目で彼を評価するとどうなるか。『英雄』『主人公』『王子様』……そんな言葉が浮かぶ。たとえ彼が普段どんなにキモい台詞を口から垂れ流していても、だ。そして、そんな彼に惹かれる存在が現れるのも、またそれが本来百合カプを作るはずの原作ヒロインたちであっても、それは驚くべきことではない。原作主人公やヒロインたちも、百合ゲーというジャンルから解放された以上は、その性向や運命に制約はないからだ。特に、エスコにおいて、ヒロインたちが主人公と結ばれるのは主人公が彼女たちの心を救ったからであって、ということはよっぽど生理的にムリとかなければ、誰であろうと救われた相手に好意を抱くだろう。三条燈色(さんじょうひいろ)に救われたならば、三条燈色(さんじょうひいろ)に。

 

 自分を省みないムーブでヒロインたちを救い、その好意を集める三条燈色(さんじょうひいろ)。まさに、ラノベやエロゲの主人公もかくやだ。そして、僕にとってそれが『百合に挟まる男』に等しいことは、さきほど長々と話したとおりだ。

 

 もし、この流れを変えようとするならば、三条燈色(さんじょうひいろ)を排除するしかない。だが、それは既に舞台の上にいる彼を、自分も舞台に上がって無理やり引きずりおろす、ということだ。もはやヒロインたちとヒイロが仲良くなってしまっている以上、これは今後の主人公たちに大きな影響を与えるだろう。つまり、これは僕が転生して以来拒んできた、原作への大々的な介入を意味する。例え、すでに改変されてしまった原作だとしても。

 

 推しカプへの愛か、自分の矜持か。

──そんなの、決まっている。

 

「というわけで、今日はちょっとやることがあるから遅くなるかも」

「良く分からなかったけど、晩御飯食べてくるならちゃんと連絡してね~」

 

 

放課後、鳳嬢魔法学園、黄の寮(フラーウム)裏。

 

そこで、僕はヒイロ氏を待っていた。今年、晴れて我が寮の特別指名者となった後輩を特別に歓迎してあげよう、というわけだ。

 

しばらくすると、あたりをキョロキョロと見渡しながら、金髪の少年が現れた。どうやら、彼の下駄箱に入れておいた手紙は無事役目を果たしてくれたらしい。

 

彼は僕の姿を確認すると、一瞬驚いた顔をして、その後嬉しそうな顔で駆け寄ってきた。

 

「久しぶり、呼び出してしまって悪いね。ちょっと大事な話があって、聞いてくれるかな?」

「ああ、もちろん。いつ来てくれるかって、正直心配してたんだ。やっと、なんだな」

「ありがとう。それじゃ、早速。ヒイロ氏、僕は、キミのことを──」

 

「ちょっと待ったァあああ!」

 

そして、近くの茂みから3人の少女たちが姿を現した。今叫んだのが、ラピス・クルエ・ラ・ルーメット。エルフの国のお姫様で、原作メインヒロインそのいち。真顔でこちらを見据えているのが三条黎。千年続く名家である三条家の次期当主で、原作メインヒロインそのに。そして、にやにや笑いつつ、こっそり魔道触媒器(マジックデバイス)に手を置いているのが月檻桜。原作の主人公だ。

 

僕は原作主人公たちの前に、堂々と姿を認識されてしまった、というわけだ。

 

彼女たちに向き合いつつ、後ろのヒイロ氏に話しかける。

 

「しかし、原作で慣れ親しんだキャラクターたちに、こうして現実で間近に会えるというのは、ちょっとした感動だよ。願わくば、こんなシチュエーションじゃ無ければ良かったんだが。なあ、ヒイロ氏」

「ねぇ、ちょっと、何を言っているの!? っていうか、そもそもヒイロとどんな関係なわけ!?」

「酷いよなぁ、彼女たちはキミが下駄箱で手紙を隠したのを見て、こっそりここで待ってたんだよ。愛されてるねぇ。まるで、凡百の学園ラブコメだ。まったく、罪深いね」

「はぁ!? そ、そんなんじゃないし! ちょっと! ちゃんと会話しなさいよ!」

「ああ、ごめんごめん。ちゃんと聞こえてるよ。でも、キミたちの役割はもう終わったからさ──」

「ちょっと眠っててよ」

 

導体(コンソール)、接続──『属性:風』『生成:繭』『変化:気圧』。

「ヘクトパスカル*10

 

そうして、僕は周囲の空気をぶつけて彼女たちのいる空間を押しつぶし、慌てて反撃しようとした彼女たちは急いで魔道触媒器(マジックデバイス)の引き金を引こうとして──その場に倒れ伏した。

 

いや、月檻はまだ動けるか。さすが、主人公。

 

「何をしたの?」

「キミたちのいる場所の酸素と二酸化炭素濃度をあらかじめイジっていた。そこに隠れているのは分かっていたからね。症状は単なる過呼吸だから心配しなくていい」

「そう。やるね」

 

知らず知らずのうちに体が動かなくなっていたところに強い負荷がかかることで、そのまま抵抗できずにノびてしまった、というわけだ。

 

「キミもおやすみ」

「……次は勝つ」

 

魔道触媒器(マジックデバイス)で切りかかってくる月檻の攻撃をかわし、その背中に思いっきり圧をかける。動きが鈍ったところで、口元に鎮静剤を生成し眠らせた。

 

無事、三人とも寝かしつけたところで、風を使って寮の壁際に移動させておく。この後の展開次第では、巻き込んでしまうかもしれないからな。

 

 

「ふぅ……。ラピスにとってのライバル枠、三条黎にとっての家族枠、そして月檻桜にとっての『おもしれー奴』枠にすっぽり収まったのが、キミというわけか。狙ってやってもできないだろうに、呆れるような、ある意味褒めたいような」

 

「ねえ、ヒイロ氏」、そういって振り返ろうとすると、彼はいつの間にか白装束に着替えて、自前の剣型魔道触媒器(マジックデバイス)、九鬼政宗の切っ先を自分のお腹に当てていた。

「は?」

 

「琴莉氏──介錯頼む──」

 

「いやいやいや待って待ってまって! 落ち着いて! ね? 確かに僕はキミに現状を理解してもらおうと思ったけど、別に死んでほしいわけじゃなくて!」

 

「えっ?」

 

「いや、『えっ?』って何」

「だって、お前、俺を、『百合に挟まる男』を殺しに来たんじゃ……」

 

さ、流石ヒイロ氏。判断が早いというか、自分の命に頓着が無いというか……。

 

「まあ、確かに僕はヒイロ氏にこの学園から、いや原作から消えて欲しいよ。でも、だからって別に死ぬ必要はないだろ? 僕は、キミに1年くらい海外で身を隠していて欲しいんだ」

 

そう、これが僕の考えた百合を守るための解決策。そのための土地の確保や、実行後の三条家*11神殿光都(アルフヘイム)*12の誤魔化し方とか、まとまった資金とかを準備するのに時間がかかってしまったが、ようやく目途が立ったので今日この場に彼を呼び出した、というわけだ。

 

「か、海外?」

「確かに、キミの不安も分かる。異界*13を通って好きに移動できるのに、すぐ見つからないか心配なんだろう? でも大丈夫、キミも原作を覚えているだろうが、彼女たちを取り巻くイベントは何故かこの学園近辺に集中して起きる。そことタイミングを調整して場所を定期的に変えていけば、原作に影響することなく身を潜められるはずさ。そして、そのためのフローチャートは既に用意してある」

 

どこか戸惑った様子の彼に説明を続ける。

 

「生活にかかる諸々の費用については気にしなくていい。僕が全面的に工面するからね。日本の百合作品に触れづらくなるだろうから、百合姫や僕のお薦め詰め合わせとかも毎月送ろう。せっかくだから感想会みたいなのも出来るといいね」

「あ、ああ……」

 

正直、これはちょっと楽しみだ。彼のようなレベルの高い百合オタと語り合うのは、きっと新たな発見をもたらしてくれるだろう。

 

「あとは、そうだな……ああ、キミの婚約者兼メイドの同行はできれば避けてもらいたいけど、彼女が三条家との連絡を絶ってくれるというなら許可しても良い。こちらで記憶に多少の処理はかけさせてもらうけど、人格に影響することはないはずだ」

「……そうか……」

 

どこかボーッとしたようなヒイロ氏の姿は少し不気味だ。何だ……何を考えている……?

 

「さて、簡単にはこんな感じ。詳細な条件は書面を交えながら話そう。ただ、オリエンテーション旅行の前には話を固めたいかな。ここまでで何か質問は?」

「それで……」

「うん?」

「それで……そんだけで……本当に百合を守れるのか……? もう、俺が百合に挟まれそうになるのを防げるのか……?」

 

──ああ、そうか。彼は信じられなかったんだ。こんな、降ってわいた旨い話があることに。

 だから、僕はできるだけ彼に信じてもらえるよう、力強く頷いた。

 

「ああ。キミも、生きて百合を楽しんでいいんだ。キミは確かに三条燈色(さんじょうひいろ)だが、だからってキミが『百合に挟まる男』にならなきゃいけないなんて運命は、ない。自分の運命は、自分が決めればいいんだ」

 

僕の言葉を聞いて、ヒイロ氏は手から剣を放し、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「……俺、ずっとしんどくてさ……だって、俺は百合を守ろうとしてただけなんだ……原作を影から守っていこうって……なのにさ、向こうからどんどんヒロインたちがよってきて……嫌われようとしてるのに謎に好感度上がっちゃって……そうこうしてるうちに原作突入しちゃったし……」

「まあ、突っ込みたいこともあるけど、うん」

「だから、俺……いつかは死ななきゃいけないと思ってた……俺はもう取り返しがつかないくらいやらかしちまってて……はやくその罪を償わなきゃって……」

「まだやり直せるさ。生きて、その罪を償おう」

「いいのかな……俺が、幸せになっても……」

「君自身がそう思えるなら、他にそれを良く思わない奴なんていない」

 

いつしか、彼の目からは涙がこぼれていた。正直自業自得の面もあると思うが、まあ彼が苦しんでいたのは確かだし、百合を守りたいその気持ちは本物だったから。ちょっと全肯定し過ぎた気もするが、彼に幸せになってもらいたいのは本当だ。

 

足元で縋りつくようで、ぴったりパーソナルスペースを守って縋りつくパントマイムをするという器用な真似をしながら号泣するヒイロ氏。僕は、彼の声があまり周囲に響かないように魔法で調整しつつ、彼が落ち着くまでじっと見守った。

 

「それじゃあ、そろそろ場所を移して詳しい話を詰めよう」

 

彼の泣き声が止んだタイミングで話しかけると、ヒイロ氏はやけに静かな声で、「なぁ」、と、こちらに声をかけてきた。

 

「琴莉氏……正直、聞きたくないんだけどさ、やっぱりどうしても訊かなきゃいけないことがあるんだ。いいかな」

「うん? やけにもったいぶるね。何かな?」

「俺が去った後、琴莉氏はどうするんだ? 俺の代わりに、原作を、百合を守ってくれるのか?」

 

──なるほど。

 

「いいや。僕は何もしない。ヒイロ氏の後始末でいくつかしなきゃいけないことはあるけど、それがすんだら余程のことがなければ原作に関わるつもりはないよ」

 

誤魔化さなかったのは、きっとそれをしても意味がないから。

 

「……その場合、原作は、月檻たちはどうなる?」

「推測でいいかな」

「ああ」

「そうだね、ん-……この時点ではっきりとは分からないけど、このままだと各ヒロインのトゥルーエンドとかハーレムルートとかには、多分行かない。何の影響か分からないけど、原作よりも敵が強くなってるっぽいし、魔人*14とかも今の時点で動き始めてるのがいるっぽいし。それに、ヒイロ氏がこれまでに色々やらかした影響かもしれないけど、三条家の動きが読めない。だから、共通ルートもしくはルート入った序盤くらいでバッドエンドっていうのが、一番ありえそうな可能性かな……」

 

彼も原作を知っているから、希望的観測ではきっとばれてしまう。誠実に聞こえるよう、できるだけ正直に話した。

 

だが、彼の覚悟は決まってしまったようだ。大きくため息をついた後、彼は自分の魔道触媒器(マジックデバイス)を拾い直し、こちらに向き合った。

 

「やっぱそうだよなぁ……。はぁ~あ、だから聞きたくなかったんだよなぁ。こないだのファミレスでの会話思い出して、ちょっと嫌な予感はしてたんだよなぁ~。百合に介入したくない派だったもんなぁ~」

「僕も思い出したよ。ヒイロ氏、キミはハッピーエンド至上主義だったね。やっぱり、そんな結末はご不満ってわけか」

「ああ、それじゃあ、俺が今までやって来たことが全部無駄になる。俺は、彼女たちが健全に百合を育てることが出来る、そんな未来を守りたいんだ」

「……そうか」

「悪いな、色々用意してもらってたみたいなのに。だけど、やっぱり俺だけ幸せにはなれない。俺の命は百合のために使うって決めてるからさ。だから、交渉は決裂だ」

 

どうしてこうなってしまったのだろうか。僕は、彼に幸せになってもらいたかった。でも、彼は自分だけ幸せにはなれないという。だから、このままここで、みんなを、そして百合を守ると。

 

「……残念だよ、本当に、残念だ。僕は、キミとお薦めの百合漫画について語り合うのをとっても楽しみにしてたのに」

 

でも、彼はそこにいるだけで周りの百合を破壊していく。

 

「──これで、キミを殺すしかなくなってしまった」

 

改めて、魔道触媒器(マジックデバイス)の引き金を引き、不可視のレイピアを生成する。名はアガニィ*15。少しでも相手に触れた瞬間に圧を解放し、体内をぐちゃぐちゃに攪拌する。ダンジョンで魔物相手に使う用の、確実に相手を殺すための技だ。

 

だが、これを見ても彼は態度を変えなかった。それどころか、彼は気さくに話しかけてきた。

「なあ、琴莉氏! 聞いていいか! どうしてこのタイミングだったんだ? 準備に時間がかかったかもしんないけど、それでももっと早く、入学前でも俺を排除に来れたはずだ! いや、むしろその方が手間がなかっただろうによぉ!」

「それは……キミのことを信じていたからだ。ヒイロ氏なら、百合を愛するキミなら多少原作に介入はしても、最低限のラインは踏み越えないと。だから、中々踏み出せなかった」

「そうかい、ありがとな! ところでさぁ、その最低限のラインって、具体的にどんくらいだ? こうやって月檻たち眠らせて俺と話に来るのも、立派な原作への介入って奴じゃないのか?」

「そこは……ケースバイケースかな。キミの行動をある程度まで許容したのは、キミがそもそもヒロインの兄で、全ルート共通で登場するキャラだったからだ。それこそ、ルートによっては魔人にまでなるような奴が多少好感度を稼いでいても、まあばらつきの範疇かなと。でも、そこでいくと僕は原作に影も形もないわけだからさ、なおさら登場したくないよね」

 

何となく、彼が何を言いたいのか分かってきた。気分は、探偵の推理を目の前で聞く犯人、といったところか。ちょっとワクワクしながら、僕は彼の話を聞いていく。

 

「その割には、随分有名人みたいですだなぁ! えぇ!? 鳳嬢学園高等部2年、黄の寮(フラーウム)所属、『至高』の魔法士*16赤月琴莉(あかつきことり)さんよぉ!」

 

調べられていた……まあ当然か。彼だって、原作を守るために原作にいないキャラは当然警戒しているはずだから。

 

「信じてもらえないだろうけど、仕方が無かったんだ。書籍代、アクスタ代、BD(ブルーレイディスク)代、この世界は百合コンテンツに溢れてるから、お金を落とせる場所も多い。でも、なにぶん学生なもんで、手っ取り早くお金とスコアを稼いで推し活するには、原作知識を活かして強くなってダンジョンに潜るのが一番手っ取り早かったんだ」

「それは確かに非の打ち所がない理由だが……琴莉氏が今鳳嬢学園にいる理由にも、まして蒼*17でも朱*18でもなく黄の寮(フラーウム)にいる理由にはなってないぜ!?」

「ここに来たのは……しょうがないだろ、僕だって原作が見たかったんだ。そのくらいは許してくれよ。黄の寮(フラーウム)なのは、別に入寮してるわけじゃなくて、ランダムに決められただけだ」

「いや、それは成り立たないぜ。ゲームをプレイしたなら知ってるだろうが、入寮しない場合にはたいてい人数バランスを考慮して蒼か朱に入る。黄に入ることはない!」

「それは、能力値が初期値の主人公の場合だろ? 僕の場合、むしろ寮間のパワーバランスを考慮して、つまりフーリィ*19とフレア*20に対抗できる存在として、黄の寮(フラーウム)に入れられたんだ」

「言ってて苦しいってわかるだろ! アイズベルト家がそれを許すはずがないからなぁ! ここはミュールのためだけに用意された棺桶だ! 彼女が全てを諦めるようにさせるためのなあ! そこに、お前みたいな希望を入れさせるはずがない! つまり、お前は無理やり入り込んだんだ! 理由はさっき言ってたな、『原作を見たい』って! つまり、そういうことだよなぁ!」 

 

そして、見事に彼は正解を当てて見せた。

 

「……口が滑ったか。うん、そうだよ。僕はね、主人公とミュールの百合が見たくて今日まで生きてきたんだ」

 

ミュール・エッセ・アイズベルト。エスコ原作におけるメインヒロインの一人だ。名家であるアイズベルト家の権力を笠に、主人公たちに威張り散らす黄の寮(フラーウム)寮長。だが、それは魔法が使えず誰からもそれを馬鹿にされる状況から、自分の心を守るための必死の虚勢だった。最初は主人公の力に頼るばかりだった彼女も、絆を深めていく中で隠れていた真に上に立つ者としての素質が開花し、トゥルーエンドでは主人公と公私ともに対等に支えあう関係まで成長した彼女の姿を見ることが出来る。

 

このシナリオ、ひとことでいえば、とても刺さった。主人公との関係も良いが、彼女を蔑む実の姉、クリスとの関係が特によかった。彼女が見せた、愛憎が入り交じり、自分でも良く分からないぐちゃぐちゃな巨大感情は、自分の癖に刺さったのだ。

 

このエスコとかいうゲームは無駄にルート多いし、謎のミニゲームばっかだしで、個人的な感想で言えば高難易度をやりごたえと勘違いしたクソゲーでしかなかったのだが、それでもやりこんだのは、シナリオが盾にされていたからだ。つまり、ミュールルートの隠しや別ルートでの描写がないかを探すために、強制的にやりこむ羽目になった。それが、今こうして転生して役立っているとは、世の中分からないものである。

 

ヒイロ氏の言っていることは図星だ。僕が実力をつけて黄の寮(フラーウム)に無理やり入ったのはミュールのトゥルーエンド条件を達成させるため。普通にやれば敗北必至の三寮戦をどうにか勝たせないと、トゥルーへの道が開けないのだ。だから、その一助になればと思い、このポジションについた。

 

「だから、俺を入学までは見逃したわけだな。黄の寮(フラーウム)以外なら問題ないと」

「そう。キミがラピスや黎と添い遂げてくれるなら、それはそれで良かったんだ。その分、ミュールルートに行く可能性が増えるからね。でも、そうはならなかった」

「だから、ようやく俺を排除しに来た。成程、全てつながったぜ」

「……流石だよ、ヒイロ氏。百合IQ180を自称するだけのことはある、か」

「え!?……ホントにそう思う?」

「そこは自信持てよ」

 

自分の百合守護力に自信があるのかないのか。妙な空気になったので、咳ばらいを一つして、会話を続けることにした。

 

「でも、だからといってキミに言ったことは変わらない。キミを排除した後は、もう原作に干渉しない。もはや、残念なことにミュールルートに進むとは思えないしね。そうしたい理由もなくなってしまった。キミの言った通り、もっと早く僕は動き出すべきだったと思うよ」

「それはどうかな」

「えっ?」

 

「なあ、琴莉氏。さっき言ったよな、『ヒイロが居なくなった分の後始末はする』って。じゃあ、三寮戦*21についてはどうなる?」

「どうなる……って、そこまでは関係ないと思うけど……」

「おいおい、関係大有りだぜ。だって、俺は今年の特別指名者なんだからな」

「それは、月檻桜のバーターで」

「だとしても、俺はラピスや黎と並ぶ戦力ってことに対外的にはなってる。その俺がいなくなる始末は、一体誰がつけるんだろうなぁ?」

「……僕に、キミの代わりにミュールを手伝えって?」

「ああ、それも含めての『後始末』、だろ?」

 

ここに至って、ようやく彼の意図に気付いた。彼は、最初から僕が原作に介入できるための口実を作ろうとしていたのか! 本当に、どこまでも百合を守ることだけを考える男だ。関心するやら呆れるやらで、思わず笑いがこぼれた。

 

「ふふふっ。そうか、キミは最初からそれが言いたかったんだな? 確かに、後始末はしよう。でも、仮に僕が三寮戦に参加して、万が一勝利したところで、それで月檻とミュールが結ばれるわけじゃない。それはどうするんだ?」

「おいおい、後始末がそれだけだと思ってるのか?」

「うん? どういうこと?」

「自分で言うのもなんだが、この短期間で俺がどれだけの百合を汚してしまったのか、分かってんのか? 月檻も、ラピスたちも、もう原作とはかけ離れた状態になっちまってる。その後始末のために、お前がやらなきゃいけないことは、三寮戦なんてちっぽけなイベントだけじゃない。全部だ。これからお前は、あらゆるイベントに介入し、百合のためにより良い方向に向かうようにしなけりゃいけない」

 

「な、何を言っている……? いくらなんでもその理屈はムチャだ! 第一、そんなの許されるはずが……!」

「許されるんだよ! だって、原作はもう俺が壊しちまったからなぁ! いいか? 俺を、『百合に挟まる男』を排除するってのは、ただ殺せばいいってもんじゃない! その存在が一片たりとも無くなるまで、この世界にいなかったことにしなくちゃなんねぇんだ!」

「そ、そんなの……」

「まあ、そう言われてもどうすればいいのか分かんねぇよな。だったら、俺が教えてやる。百合を、取り戻すんだ。俺の存在によって失われた百合を、お前が取り戻す。それが、後始末だ」

「なっ……!」

 

そうか! 最初に原作介入のラインについて聞いてきたのはこのため! 僕は今、『百合に挟まる男』を排除するために原作キャラの前に堂々とその身を晒した。その拡大解釈で、今後いくら原作に絡んでいっても、それは『百合に挟まる男』を排除するという原則に則った行動だから、許されるはずだと! そうして、百合を守れと! これが、ヒイロ氏の本当の狙いか! 

 

「──わかった、分かったよ。僕は、引き続き『百合に挟まる男』を排除するために、これから百合を守っていこう。これで、いいんだな」

 

この言葉を聞いて、ヒイロ氏は肩の荷が下りたようにふっと微笑み、「よろしくお願いします」と、かしこまって答えた。

 

その消えそうな笑顔を見て、思わず僕は尋ねてしまう。

 

「なあ、ヒイロ氏」

「なんだ?」

「だったら、やっぱりヒイロ氏が死ぬ必要はないんじゃないか? ヒイロ氏が国外にいって、僕は同じように後始末をする。それでいいじゃないか?」

 

それでも、彼はまるで聞き分けの悪い子供をあやすように、きっぱりと「ダメだ」といった。

 

「だって、それだと理論が破綻してるだろ? 最大の『百合に挟まる男』を匿っちまってるわけだから。それに──」

「それに?」

「そもそも、隠れて静かに暮らすっていうのは俺にはムリなんだ。俺は『百合に挟まる男』に転生して、その罪は、『百合の守護者』として、百合を守っていくことでしか償えない。だから、百合を守るのを止めた瞬間に、俺が生きていていい理由は無くなっちまうんだよ」

 

その、あまりにも潔い言葉を聞いて、もう僕は何も言えなかった。何という男だろう。これほどの覚悟を持って百合に向き合っている男が、前世も含めて、はたしてこの世にいるのだろうか。

 

思わず、涙が出そうになった。

 

だから、僕がやるべきことは一つだけ、彼のその覚悟に、その魂に報いること。

 

手に力を入れ直し、まっすぐに武器を構える。そして、僕たちの誓いの言葉をはっきりと声に出す。

 

「『百合に挟まる男』は──死ね」

 

彼は、とても満足げに笑った。

 

 

「ヒイロぉおおおおお!!!」

「来い!!!」

 

思いっきり叫んで、まっすぐにレイピア、アガニィを突き立てに行く。ちょっとかすっただけで、彼の肉体をばらばらに吹き飛ばせる威力だ。殺し損ねることは絶対にない。

 

僕の叫びに呼応するように、ヒイロ氏は引き金を引き、同じく不可視の剣を生成する。彼が、素人ながらその卓越したセンスと、師匠からの拷問じみたしごきにより、めきめき実力を伸ばしていることは把握している。何やら矢を飛ばす新技を開発中なことも。

 

だが、それらはどちらも僕のヘクトパスカルを突破できない。単純に、魔力の出力量に圧倒的な差があるからだ。原作キャラのキャパシティを超えられない彼と、オリキャラゆえに好き勝手チートができる僕の差だ。決して誇れることでは無い。

 

だが、そんな力量差など、もしこれが勝つことで百合を守れる戦いだとしたら、彼は簡単に覆してきただろう。そうならないと確信できるのは、彼が負けようとしているから。

 

つまり、これは戦闘ではなく、形式的な儀式だ。彼が僕に、百合の守護者を引き継がせるための。

 

すこし思考がそれる。そういえば、僕は女の子じゃなくてTS転生者なんだけど、これってセーフなのだろうか。というか自分の感覚だとアウトだから原作に介入したくなかったんだけど。いや、まあ、僕がTS転生者ってことは多分彼も気付いてるだろうし、彼の判定だとセーフってことだろう。もしアウトだったら『百合に挟まる男』が別の『百合に挟まる男』に変わるだけで、この戦い意味なくなっちゃうもんな。彼ほどの男が、僕に百合の守護者を任せようっていうんだから、多分大丈夫なんだろう。

 

「さあ来い!!!」

「これで、終わりだ!」

 

イヤな懸念が脳裏をよぎり、ちょっと微妙な気分になりつつも、戦いは進んでいた。予定通り、彼の迎撃を簡単に突破し、ついに射程圏内に入る。あとは、まっすぐアガニィを前に突き出すだけ。

 

ちょっとしまらない最後になってしまったけど、それもまた彼らしい気がする。ヒイロ氏が百合を成就させるために画策するときって、だいたい上手くいってなかったもんな。この継承も、完璧な百合の守護者の誕生とはいかないのが、ある意味彼らしい。

 

本音を言えば、彼に死んでほしくない。ヒイロ氏とまた、百合談議で盛り上がりたい。でも、彼が三条燈色(百合に挟まる男)を消そうとしているのだから、もう仕方がない。僕はきっと、ヒイロ氏のことを生涯忘れないだろう。誰よりも『百合に挟まる男』であった男の記憶を胸に、二度とそんな存在が生まれないように、百合を守っていこう。

 

アガニィの先端が吸い込まれるように彼の左胸へと進んでいく。

 

──さよなら、誰よりも百合を愛した人──

──ありがとう──

 

最後に目線を交わす。引き延ばされた時間の中で、そんな言葉が聞こえた気がした。

 

 

 

 

「──だめッ!!!」

 

 

 

 

突然、白髪の少女がヒイロ氏を横から突き飛ばした。思わず呆然として……ッヤバい!! 

 

「くッ……!」

 

咄嗟にアガニィを強制解除、圧縮された空気が解放され──ようとする瞬間、ヘクトパスカルで全力操作。勢いをできるだけ上空へ逃がす。

 

「きゃっ!」

「危ないッ!」

 

しかし、それでも逃がしきれなかった衝撃が、突風となって少女にぶつかり、後ろへ吹き飛ばされそうになったところで、ヒイロ氏がキャッチ。そのまま二人で転がっていった。流石の行動だ。

 

「す、すみません! 大丈夫ですか!?」

 

だが、今はとにかく彼女の安否が優先だろう。ヒイロ氏がクッションになったといっても、骨折や脳震盪の可能性がある。

 

近寄ってみれば、少女はヒイロ氏と絡み合って倒れていた。その姿は見覚えのあるメイド服で、この時初めて彼女が、あの時のメイドさん──名前は調べ直した、スノウというらしい──だと気付いた。確か今はヒイロ氏と一緒に黄の寮(フラーウム)で暮らしていたはずだから、なるほど。帰りが遅くて周囲を確認しに来たところで、殺されそうになっているのを見つけ、咄嗟に庇った、という感じだろうか。いや、今はそんなことよりも。

 

「大丈夫ですか!? 怪我は……見たところ目立ったものはないですが、念のため病院で検査した方がいい! どこか体に違和感はありませんか?」

「……なんで」

「はい?」

「なんで、そんな『バスケの練習中に、間違って通行人にボールをぶつけちゃった☆』、みたいなテンションなんですか!? あなた、今殺し合いしてたんですよ!? ふつう、そんなあっさり切り替えられないでしょう!?」

 

え? ……まあ、何も知らない人が見たらそう思うか。

 

「あー……そうですね、何というか、これは殺し合いというか、僕たちだけが分かる儀式みたいな奴だったんです。だから、冷静に対処できたんです。関係ない方を巻き込むわけにはいきませんからね」

「ハァアアアアアアア?? 関係ないわけないでしょ!? 私、この人の婚約者ですよ!? ダーリンが殺されそうになってるんですよ!?」

「えっ……いや、まあそれはそうかもですけど、そういう意味じゃなくて」

「じゃあどういう意味なんですか!?」

「えーっと……まあ正直に言えば、僕と彼とは百合を愛する同好の士なんです。それで、ヒイロさんが死んだ方がいいという点で意見が一致して、まあ彼を殺そうとしていたんですが、ただそれは一般の方には関係ない、百合好き特有の論理による結論だったので、そういう点を指して、関係ないという表現を先ほど使用しました」

 

あれ? 自分で言っててなんだけど、まるで僕たち相当ヤバい奴らじゃないか?

 

「『まるで』じゃないですよ」、とでも言いたげに、スノウさんは「はぁああああああ……」と思いっきりため息を吐き、ややあってヒイロ氏にも声をかけた。

 

「……ご主人様も、同意見ですか?」

「えっ俺!? ……いや、まあ、平たく言えば……」

「そうですか……。そうですかそうですか、お二人の意見はよーく分かりました」

 

どうやら、とても怒っていらっしゃるご様子だ。思わずヒイロ氏に目くばせする。

 

──なんか、ヤバい雰囲気じゃね──

──ああ、一旦出直すか──

 

とにかく、これ以上面倒ごとになるまえに、一度撤退しようとして。

 

「正座」

「「えっ」」

「だから、せーいーざ!! 二人とも、さっさとそこに座りなさい!!」

「「は、はい……」」

 

気付けば、彼女の勢いに押されて二人とも正座していた。……なんだろう、とても嫌な予感がする。

 

「じゃあ、ご主人様は後でたっぷりお説教するとして……あなた! お名前は?」

「……赤月、琴莉です」

「じゃあ、琴莉さん。まず、あなたは何故ご主人様を殺そうとしたんですか?」

 

ちょ、直球で来たな!

 

「それは……先ほど言った通り、百合好きとしての論理で……」

「つまり?」

「その……彼が百合に挟まる男だったので……」

「は?」

 

美人に威圧されると滅茶苦茶怖い。巷の噂は本当だったと、僕は思った。

 

「ひょえっ……。アッ、イヤッ、チガッ、ソノ、ユ、『百合に挟まる男』というのは簡単に言うと百合カップルに絡もうとする不届き者のことで、ヒイロ氏、いや、ヒイロさんが色んな女の子の心を奪っちゃってるので、もうそうなってしまっているな、と……」

 

ダメだ、オタクじゃない人の前でオタクの論理振りかざすの滅茶苦茶恥ずかしい……!

 

「はあ、そうですか。それで、それはどんな罪なんですか?」

「え? そりゃ、百合を破壊してしまうなんて大罪も大罪で、まして自分も百合オタなわけですから」

「あー、うるさい! いいですか、私はそのオタク特有の謎論理について聞いたわけじゃありません! 客観的に見て、ご主人様に殺されるに値するような罪はあるのか、って聞いてんですよ!」

「それは……」

「それは?」

「ありません……」

 

そう聞かれると、確かにこう答えるしかない。でも、確かに僕は僕なりの考えをもって彼を殺そうとした。そして、彼もその考えに納得していた。だから、何か納得のいかないものを感じて、つい口答えしてしまう。

 

「いや、でもこの質問はずるくないですか!? そりゃ、普通に考えたら彼を殺す理由なんてないですよ! ですけど! 僕たちの行動は決してその場の軽はずみなものなんかじゃない! お互い、ちゃんと考えて、覚悟の上での行動だったんです!」

「覚悟(笑)。それ、自分で言ってておかしいって気付きません? あなたは客観的に何の正当性もない、ただのキッショいオタクの内輪ノリで、ご主人様を殺そうとしたってことですよ?」

「そ、そんな言い方……!」

「でも、事実ですよね」

 

咄嗟に反論しようとして、何か糸口はないか必死に考えて、全く彼女の言うとおりであることに思わず愕然とした。黙り込んでしまった僕の姿を見て、ヒイロ氏が声をかけてくる。

 

「だめだ! 琴莉氏! 認めるんじゃあない! 正論に負けるな! 百合好きの魂で論破してやれッ!」

「ご主人様。少し黙れ」

「はい」

 

弱っ。ていうかヒイロ氏も正論って認めちゃってるし。

 

結局、どれだけ考えても僕の行為を正当化できる理屈は見つからず、自分の行為の愚かさを改めて実感することになった。

 

先ほどまで、あんなにヒイロ氏を生かしていてはいけないと、それ以外の方法はないと思っていたはずなのに、そんなことは全くないと認めさせられてしまった。後に残ったのは、オタクの意味不明な理屈で人を殺しそうになった、ただのヤバい奴だった。

 

こうして反省させる時間を取りたかったのだろう。スノウさんはたっぷり数分ほど待った後、打ちひしがれる僕に優しく声をかけた。

 

「さて、それではオタクの内輪ノリが行き過ぎて殺人の罪を犯してしまいそうだった赤月琴莉(あかつきことり)さん。今なら、その行為がどれほど愚かであるか分かりますね」

「はい……」

「琴莉氏!?」

「なら、今回の反省と、今後に向けての改善点。言えますね?」

 

反省……反省……? 

えーっと、僕がヒイロ氏を殺すことを決断したのは彼に国外追放を断られたからだから……。

 

「……その、百合好きとして彼にはいなくなってしまうしかないと思い込み、彼に国外退去させようとしたのですが、断られてしまって、なら殺すしかないという風に思ってしまったのが直接の原因です。だから、今後はより冷静さを保って、広い視野を持って行動できるにしていきたい、と……」

「……言いたいことは山ほどありますが、まあいいです。では、そのための具体的な方法は思いうかびますか?」

「……結局、同じ百合好きとしてヒイロさんと話しているうちに、いつの間にか百合好きとしての思考に支配されてしまったのが問題だと思うので、一般的な視点で自分の行動をチェックすることを心がける、とかですかね……」

「でも、それが出来ないからこんなことになったんでしょ?」

「はい……」

 

スノウさんは無言で他の案を促してくるが、考えても思いつかない。そもそも、これまで常に百合オタとしての論理に照らし合わせて趣味も仕事も学校も選んできたのに、今さら一般的な視点なんてもてるのか?

 

答えられない僕の様子を見て、スノウさんは面倒くさそうに言った。

 

「なら、もっと大切なものを思い浮かべてはどうですか?」

「──え」

「あなたにも、家族や友人、恋人……はまあいないでしょうけど、そういった大切な存在。何か決断をするときは、常にその姿を思い浮かべるんです。あなたは確かにご主人様の同類で非常識人間かもしれませんが、そうじゃない親しい人もいるでしょう?」

 

「おお……。スノウのくせにそれっぽいこと言ってる……!」

「ご主人様。他人事みたいですけどあなたへの説教は手加減しませんよ」

「いや、今も相当だろ……」

「ご主人様」

「はい」

 

大切な存在、友人は、あんまりいなくて。恋人は、当然いない。家族は、……いる。

 

「──姉さん」

「えっ!?」

「ふっ……いたみたいですね。どうです? 私の言った通りに出来そうですか?」

 

ヒイロ氏が何故か勢いよくこっちを見る中、スノウさんは満足げに確認してきた。

 

そして──僕にももう迷いはない。

 

「はい。僕と違って姉さんは素晴らしい人なので。それに、姉さんの姿を思い出したら、やっぱり迷惑はかけられないという気にもなりました」

 

「……そう、それも大切な人を思い浮かべる効果ですよ。是非、お姉さんに恥じない生き方をされてください」

 

「はい!……こんな簡単なことを見失っていたなんて、自分が信じられません! スノウさん、あなたのお陰で気付くことが出来ました。本当にありがとうございます」

 

「どうやら、あなたはご主人様と違って手遅れじゃなかったみたいですね。あ、お礼は、後で慰謝料と合わせて請求書を送付させていただきますので悪しからず」

「あ、はい」

 

ちょっともやっと来たけど、すかさず姉さんの姿を思い浮かべる。

 

(迷惑かけたんだから、ちゃんとお詫びしないとね?)

 

姉さん……! その通りです!

 

「それじゃあ、琴莉さん。あなたへのお説教は終わりです。出過ぎた真似をして申し訳ありませんでした」

「そんな!」

「はい、じゃあ解散!」

 

ようやく許可が出たので、立ち上がって──うおっ、脚しびれた──壁を支えに歩く。帰ろう。今日は色々なことが起こり過ぎた。自分について、そして今後の動きについて、改めて考え直す必要があるだろう。

 

──それに、はやく姉さんの顔が見たくなった。

 

しかし、真人間への道を歩き始めようとした僕を引きずり降ろそうと、後ろから待ったの声がかかる。ヒイロ氏の声だ。

 

「ま……待て……、そのまま行くつもりか……まだ、俺がここにいるのに……いいのか、俺は黄の寮(フラーウム)にいるんだぜ……ミュールはもういいってのか……」

 

振り返りそうになって──踏みとどまる。もう、同じ過ちはしない。

 

「ああ。キミが彼女を助けてくれるんだろう? 確かに百合が見れないのは残念だけど、でも僕はミュール自身のことだって決して嫌いなわけじゃない。彼女が幸せになれるなら、たとえ百合じゃなくても喜ばしいなって」

「待てッ! 待ってくれ! お前が百合に掛ける思いはそんなものなのかっ!? 百合オタの掟は、掟はどうなったんだッ! 『百合に挟まる男は死ね』、だろ!?」

「そうだな、確かに百合オタ失格かもしれない。じゃあ、これからはオタクを名乗らず、一介の百合好きとして、ほどほどに百合コンテンツを消費していくよ」

「──な」

「多分、僕は百合オタとしての自分に拘り過ぎていたんだ。それで、もっと拘っているヒイロ氏を見て、見習わなきゃって。でも、よく考えたら百合オタとしてレベルが高いって、全然いいことじゃないよな。そもそも、ヒイロ氏、全然楽しそうじゃないし。だから、余計なお世話だと思うけど、ヒイロ氏もせっかく拾った命は大事にしなよ、それこそ命がけで庇ってくれるメイドさんがそばにいるんだからさ」

「待て……おい、待てよ……待ってくれっ、琴莉氏ぃいいいいぃぃぃ……!……」

 

振り返らず進んでいく。これは、百合オタとして生きてきたこれまでの人生との訣別だ。

 

後ろからは、なおもぎゃーぎゃー叫ぶヒイロ氏たちの声がする。

 

「俺を……俺を! 殺せぇえええええええええーーー!!!」

「黙れ! だいたいなんなんです!? 何でちょっと目を離しただけで死にそうになってるんですか、しかもご主人様みたいのがもう一人増えてるし! い、いったい私がどれだけ心配したと……!……あ、逃げるな!」

「へっ! 悪いなスノウ! 俺は行かせてもらう! こうなりゃ、自分でやるしかねぇ! 三条燈色(さんじょうひいろ)、今から魔人全6柱ソロ討伐RTAしてきまぁーす!……って、何ィ!?」

「お兄様……今回の件は流石に見過ごせません。何故それほど、命を粗末になされるのです!? ずっと……ずっと、一緒にいて下さるって、仰ったではありませんか……!」

「れ、黎……起きてたのね、お早いお目覚めで……って、な、泣くな、泣くなって! お前の涙は俺みたいなゴミカスじゃなくてもっと大事な女性のために」

「ッ……た……またッ! そうやってッ、自分を卑下して!」

「あーあ、泣ーかせたー。いけないんだー」

「ラピス! 茶化すな!……って、ゲェッ! 師匠!」

「いつまでたっても来ないから何かと思ってきてみれば、これは、修羅場ですね! いいでしょう、この、恋愛も勿論お手の物の、あなたの師匠に! どーんと恋愛相談しちゃってください!」

「話がややこしくなるから黙っててくんねぇかな!?」

 

 

どんどんにぎやかになっていく彼らの声を聴きつつ、僕は学園を出る。あれだけ彼の周りに人がいるなら、そうそう死なせてなんてくれないだろう。最後のアドバイスは、本当に余計なお世話だったみたいだ。

 

 

「もしもし、姉さん? 今から帰るよ。用事? ああ、無事に終わったよ。それに、早く姉さんの顔が見たくなったんだ」

 

 

今日の晩御飯はカレーだった。レトルトでも、姉さんが作るとなんでか見違えるような味になる。これこそ、魔法触媒器とか関係ない、本当の魔法じゃないか、と思う。やっぱり、姉さんは僕の最高の家族だ。

 

こうして、姉さんの有難さを改めて確認すると、あれだけ拘っていた百合も、単なる趣味でしかない。趣味は本気で楽しむものだが、他人に迷惑をかけない分別も必要だ。

 

でも、ちょっとだけ寂しい気持ちもある。僕は、これでもう自分のことを胸を張って百合オタとは言えなくなってしまった。そんな称号に意味なんてないと分かってはいても、まるで長年付き合った友達と離れ離れになってしまった気分だ。

 

この感傷的な気分を宥めようとして、僕は何とはなしにスマホをいじる。いつものように、各種配信サイトをめぐり、更新された百合漫画をチェックする。

 

「……お、これはなかなか……」

 

その中に、面白い展開をしたものがあった。1対1の固定カプもので、これまで両者の良き友人として接してきたはずの3人目の内面が明かされたのだ。しかも、案の定激重感情を隠していた。これは面白くなるぞ、と思い、SNSで呟く。

 

『今日更新の『みかみか』*22ヤバかった! これは、まさよの表情に注目して読み返さざるを得ない!』

 

配信サイトのURLも貼って、投稿っと。

 

「あれ?」

 

この、いつものルーティーン。面白い百合作品があったら、SNSで宣伝する。これって、当然その作品がもっと知名度を上げて、いずれはアニメ化とか展開を増やしていってくれたら、っていう魂胆でやってるけど、もしかしたら、これが『百合を守る』ってことなんじゃないか?

 

百合には、その作り手がいる。フィクションなら、その作者。現実なら、本人たち。だから、この世界で女の子たちを助けるヒイロ氏のやり方は理にかなってる。少女たちがいなければ、そもそも百合は絶対に見れないのだから。

 

でも、それなら、百合作家を応援するのも、おんなじくらい百合を守ることになるはずだ。僕は、フィクションと現実の百合に優劣はないと思っている。現実の方がリアリティは上かもしれないが、でもモノローグが聞こえたりすることは無い。結局観測者の主観が入るわけで、その点で現実の百合だってフィクションだ。

 

『百合に挟まる男は死ね』、とかいう、最近の僕を散々振り回した言葉だってそう。何も現実のヒイロ氏を殺さなくても、フィクションで殺せばいい。つまり、『百合に挟まる男』を登場させた作家を炎上させたり、低評価したり通報したり……はちょっとえぐいかもだけど、それに似た行為ならこれまで一杯やって来た*23。こうした行為により、『百合に挟まる男』を許さない事例が増えれば、自ずとそれを登場させようとする人は減るはずだ。つまり、『百合に挟まる男』を殺すことが出来る。それこそ、もし原作エスコ制作陣がこの評判をもっと真剣に感じていれば、そもそも三条燈色は存在しなかっただろうしね。

 

だから、僕はこれまでもずっと百合を守って来ていたのだ。確かに、それはヒイロ氏のやり方とは違うし、ずっと間接的で効果が薄かっただろう。でも、それはこのやり方が間違ってるってことじゃない。

 

(ああ、結局、僕はどうしようもなく百合オタなんだな)

 

これからも、僕は僕なりのやり方で百合を守っていこう。フィクションについては今まで通り、現実でも、家族に心配をかけない範囲ならちょっとだけ。今までのように、百合オタとしての義務感じゃない。これが、僕がこの世界でやりたい数多くのことのうちの一つだ。

 

*1
以下の理論はすべて個人の見解です。真に受けないでください。

*2
百合漫画の金字塔。2004年連載開始

*3
アニメ『魔法少女リリカルなのは』シリーズ。今なお展開が続いている。

*4
アニメ『ストライクウィッチーズ』シリーズ。ストパンの『パン』は「パンツじゃないから恥ずかしくないもん!」の『パン』。今なお展開が続いている

*5
漫画『咲 ─saki─』。iPS細胞による女性同士の妊娠は2024年現在も実現していないが、最近雄マウス同士で受精卵が作成できたというニュースがあった。絶賛連載中。

*6
小説『とある魔術の禁書目録』およびそのスピンオフ、『とある科学の超電磁砲』に登場するキャラクター、白井黒子。ジャッチメントですの!

*7
小説『とある魔術の禁書目録』およびそのスピンオフ、『とある科学の超電磁砲』に登場するキャラクター、御坂美琴。誰よアイツ…見ない顔ね…

*8
小説『とある魔術の禁書目録』の主人公。そげぶ

*9
アニメ『魔法少女リリカルなのは』シリーズの主人公、高町なのはともう一人の主人公、フェイト・テスタロッサ(ハラウオン)のカップリング。

*10
オタクなら一度は妄想する、『自分のオリジナル技名に好きな曲のタイトルを付ける』をやってしまったオリ主。『やがて君になる』のED曲から

*11
ヒイロと黎の御実家。きな臭い

*12
ラピスの御実家。詳細不明。

*13
原作において、現界(ヒイロたちの住む世界)と異なる世界の総称。こうした世界同士が次元扉(ディメンジョン・ゲート)を通じて繋がってしまったことで、魔法技術やエルフや魔人などがもたらされたという設定らしい。詳細不明。

*14
この世界の大ボス。全部で6体おり、魔神を復活させることが目的なんだとか。原作でヒイロが主に戦う相手。

*15
『神無月の巫女』のED曲から。百合アニメの金字塔。百合に挟まる男(当て馬だけど)が死んだ(転生するけど)数少ないアニメ。

*16
この世界の魔法士(魔法が使える人)は位に応じてが付与される。『至高』は上から2番目

*17
蒼の寮(カエルレウム)のこと。入ると魔力と知性にボーナスが付く。

*18
朱の寮(ルーフス)のこと。入ると体力と筋力にボーナスが付く

*19
蒼の寮の寮長。特技はキャバ嬢の真似。

*20
朱の寮(ルーフス)の寮長。マリみての推しカプは聖×裕巳。

*21
6月にある寮対抗の団体戦。黄の寮は圧倒的に不利。詳しくは原作5~6巻で。

*22
架空の作品。特に元ネタはありません。念のため。

*23
絶対にまねしないでね!




最後までお読みいただきありがとうございました。

原作『男子禁制ゲーム世界で俺がやるべき唯一のこと』、そしてついでに漫画『私の百合はお仕事です!』をよろしくお願いします。
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