百合ゲー世界に『百合に挟まる男』がPOPしちゃったんだが!? 作:わたなれアニメ化成功祈願
本当はもっと『わたなれ』の宣伝をするつもりでしたが、原作2巻の内容があまりにシリアスなので、良く分からない感じに……。
それでもよければ、どうぞ。
前編
海風が潮のにおいを運ぶ中、僕はようやく現れた待ち人に声をかけた。
「やっ! こないだぶりだね、ヒイロ氏」
「琴莉氏……」
三条燈色、つい最近人が変わったと噂の御曹司。自称百合の守護者がそこにいた。
「単刀直入に言おう。船に乗るのは止めた方がいい。さもなくば──」
「──死ぬよ?」
そう、これが僕の集めた情報を総合して出した結論。既にヒイロ氏の活躍で原作のレールからハズレ始めた世界は、序盤のチュートリアルイベントを強制負けイベントに変貌させつつある。だからこそ、こんなインチキ占い師みたいな言葉を吐いてでも彼に忠告したのだけど、
「──じゃあ、なおさら乗らないわけには行かなくなったな」
「……だろうね。ヒイロ氏ならきっとそう言うと思った」
当然、こんな言葉で百合の守護者を止められるわけがない。というか、むしろやる気にさせてしまったかもしれない。
「まあ、似たような言葉はこないだ聞いたばっかだしな。それに、俺が死ぬくらいのヤバいことが起きるってことだろ? なら、それを止めるために命を懸けるのが俺の仕事だ」
これが彼だ。僕みたいに趣味で百合が好きなだけな一般人とは違う、本物の百合好き。本当にどこからこの使命感が湧いてきてるのかは疑問だが、彼はこの世界の百合を守るために命を懸けるのが当たり前、いやむしろ命を捨てたいとさえ思っている。この間、僕が確認したように。
「はぁ……本当は『わたなれ』のアニメ放送に向けて原作と漫画を無限周回しようと思ってたんだけど」
予想していた展開とはいえ、面倒なことになってしまった。もとはといえば自分のやらかしが原因だからしょうがないけど。
「いつ港に出発する? 僕も同行する」
「琴京院……!?」
こうして、僕の一年ぶり二度目のオリエンテーション合宿が決定した。
*
「実はこの間の件でスノウさんにお詫びしに行ったんだけどさ、その時言われたんだよ。『なら、ご主人様のことを守ってあげてください』って。いや、正直ヒイロ氏みたいな死に急ぎ野郎なんて守ってたら命がいくつあっても足りないから断りたかったんだけどさ、あんな真剣な顔して言われたらムリとはいえないじゃん? それで、ヒイロ氏が早速死にそうだから僕も参加することにしたわけ。スタッフ側としてね」
「お、おう……そりゃ、どうも」
「感謝するならスノウさんにね。キミはもっと自分がどれだけ大切に思われているか自覚した方がいい」
『ご主人様のことを、よろしくお願いします』
そう言って、彼女は深々と頭を下げた。仮にも、一度はそのご主人様を殺そうとした僕に向かってだ。怒鳴られたり叩かれたりは覚悟のうえで訪れた僕は、その姿に呆気にとられて、
──思わず、つい頷いてしまった。
で、改めて調べたら早速オリエンテーション合宿がかなりきな臭い感じになってて頭を抱えたのがつい先日のこと。安請け合いするんじゃなかった……。
とはいえ、受けてしまったものはしょうがない。考えた結果、どうせヒイロ氏を船に載せないのはムリだから、自分も乗って彼が無理をしないように先回りするしかない、という結論に至った。
「いやー、大変だったよ。ダンジョン行きまくりで殆どサボってるとはいえ、学生だからね。『至高』の魔法士として合宿の危険性を仄めかしまくって、生徒たちの安全のためにとか言って、どうにか載せてもらえることになった。最後は理事長に直談判さ」
「それ、大丈夫か。月檻たちの成長フラグをへし折ることになっちまったら……」
「やっぱりそんなことを考えてたのか。だけど残念、僕はもう原作とかどうでもいいからね。彼女たちの成長とかより、スタッフとして安全の方を優先させてもらうよ」
「まさか……ミュールルートに行かせるために、ここでのフラグをへし折る気か……!?」
「いや、だから違うって……。別に月檻たちが誰を選ぼうが、それこそヒイロ氏を選んだとしても、もうそれが彼女たちの意思なら外野が口を挟めることじゃないっていうか」
「琴莉氏……それでいいのかよ! 燃やせ……心を燃やせッ! あの熱い百合魂を思い出せッ! 俺みたいな野郎が跋扈するエスコ世界で本当に満足なのかよッ! 俺は……嫌だね」
「どうすりゃいいんだよ」
ダメだ。相変わらず百合のことしか考えてない。まあ、この性格は今さらどうこうなるものじゃないのは明らか。なら、このくらいは忠告しておかないとか。
「で、今回の合宿についてだけど、原作よりアルスハリヤ派の勢力が強い。これが現実化したバタフライエフェクトとかならいいけど、最悪の場合、原作に居ない僕やヒイロ氏があいつの『興味』を引いて、目覚めを早めた可能性がある」
そこで、彼の顔色が変わった。
「オイオイ、マジかよ……」
そういって、彼はスマホの画面を見せてきた。これは……『わたなれ』の本PVだ。
「この台詞、4巻のあのシーンだ……。ってことは、そこまでやり切るつもりか!? オイオイ、どうなっちまうんだよ……!?」
「確かに、4巻までやらないとキリが良くないのは間違いない。3巻で終わったら生殺しも良いところだし。ただ、問題はどうやってそれを成し遂げるか……信じよう、アニメスタッフを信じるしかない」
ラノベのアニメ化する際に、どこまでやるかは非常に難題だ。「メディアの違いを理解しろ」という言葉もあるように、文章、特に一人称で心情を説明するラノベと、ビジュアルや声でキャラの感情を伝えられるアニメでは表現方法が大幅に異なる。モノローグの形で一人称の文章を盛り込めば、主人公がひたすら喋るだけのアニメになってしまうし、逆に端折り過ぎると原作とは違う受け取り方をアニメ視聴者にされてしまうことが多々ある。だから、どの範囲までアニメ化するかを決めるにあたっては、作品ごとにアニメでどう表現を変えるかも考慮する必要がある。
一般的なラノベアニメの尺は1クールで3巻だ。戦闘シーンが多い作品とかならその限りではないが、現代が舞台のガールズラブコメである『わたなれ』については、普通にアニメ化するなら3巻までが精一杯だろう。だが、『わたなれ』は4巻までで一区切りである、という点が問題だ。しかも、3巻はかの『レイニー止め』を彷彿とさせるようなクリフハンガーになっている。もしそこで最終回にするなら、少なくともその後5話くらいの特別編を追加して4巻までやる目途が立っていない限り、アニメからの視聴者には顰蹙を買うだろう。
もちろん、その可能性はある。だが、それは特殊なケースであり、現時点では1クールで4巻まで詰め切ったアニメになる、という覚悟をしておかなければならない。そのための手段として、例えば『まちかどまぞく』みたいに台詞のスピードを上げる、アニメ的な演出を駆使して最小限の説明でシーンを省略する、といった工夫は考えられる。だが、それだけでは不可能だ。大幅なカットと大胆な再構成が求められる。その時、ファンが見たいシーンがちゃんとあったり、なにより原作の魅力が伝わるようなアニメになっているか。
……信じるしかない。だって、7巻のあとがきで原作者も本読みにずっと参加してたって書いてたし! しかも、脚本家も毎月百合姫購読してるガチ勢って書いてあったし! PV見る限りは作画とかも大丈夫そうだし!
だから、大丈夫。きっと良いアニメ化になる。そして、人気爆発して2期、3期と続いていく。いや、続かなくてはならない! 絶対大丈夫だよ!
「まあ」、と。ひとしきり考え込んだ僕を見て、ヒイロ氏は再度僕に声をかけた。
「実際に見てみるしかないな」
「そうだね。どうせ、3か月後には全部わかることだし」
そして、僕たちは一旦解散した。教員側は集合場所と時間が異なるからだ。最後の言葉、あれは彼の意思表示だったのだろうか。
『生きて、わたなれを最後まで見よう』と。
僕もその言葉を信じよう。なんだかんだ言って、彼は百合好きとしてはとても信用できる。その彼が、あの『わたなれ』のアニメを見ないで死ぬはずがない。素直にそう思ってしまった。
どちらかというと、僕が死なないように気を付けなければ。いや、ホントに。不安もあるけど、待ちに待った『わたなれ』のアニメなんだ。見ないで死ぬわけには、いや、死んでも見届けなければいけない!
それで、また感想とか言い合えたらいいな。
「はぁ……」
思わずため息が漏れる。
いったい、どうしてこんなことに。僕もヒイロ氏もただ百合が好きなだけなのに、何故かくも過酷な事態に巻き込まれるのか。……いや、氏については自業自得だな。ということは、その氏にわざわざ絡みに行って自爆した僕も自業自得!? そっか……。
まあ人生なんてそんなもん、れな子もそう言っていた。どんな選択したって結局なにか後悔することになる。結局、その時自分ができることを精一杯するしかない。そして、今のミッションは、ヒイロ氏をこの旅行から無事に帰し、さらに自分も帰還して7月7日の『わたなれ』放送開始を見届けることだ。スノウさんのためにも、そして僕のためにも、この任務、必ず成し遂げる。
彼は何時ものようにヒロインたちを助けるためにムチャをするだろうし、彼を助けるためにはまずヒロインたちも助からないといけない。そうなると、結局全員助ける必要がある。
……必ず成し遂げるは言いすぎたな。せいいっぱい頑張る、くらいにしとこう。
「──本日スタッフとして参加させていただきます、赤月琴莉です。学生の立場ではありますが、ボランティアとして特別に参加させて頂けることになりました。全員無事にこの合宿を終えられるよう、一緒に頑張りたいと思います。至らぬ点も多いと思いますが、どうかよろしくお願いいたします」
さあ、お仕事の始まりだ。 ※ムリだった、とならないよう、精々頑張りますか。
*
さて、仕事と言っても学生の僕に出来ることは少ない。魔法士としての能力を活かして、生徒たちに配布される
「え~っと。マリーナ先生が体調不良のためリカバリー室でお休みされておりまして、変わりに皆さんを案内することになりました。2年の赤月琴莉です。今回は去年生徒側で参加した経験を活かして、ボランティアとして参加していますのでよろしくお願いします。そしてもう一人、Aクラスの専属スタッフとしてこの3日間皆さんをサポートするのがこちらの『A』さんです。では、お願いします」
「──ご紹介ありがとうございます。『A』と申します」
新米教師に泊まり込みでの引率は荷が重かったらしい。渡りに船とばかりに僕に案内を押し付け、マリーナ先生は自室に引きこもってしまった。まあしょうがない。MP(メンタルポイント)が回復するまではそのままにしておこう。
Aさんが今後の流れについて説明を行う中、僕は生徒たちの様子をざっと観察する。マリーナ先生がいないことに不安そうな生徒。退屈そうに説明を聞く生徒、説明を無視して小声でおしゃべりをする生徒、そして何故かAさんでなく僕の方を睨んでくる生徒、というか月檻。ヒイロ氏に説明を求めている。
「あれ、どういうこと」
「ああ。琴莉氏ね。俺と同じ百合の守護者。前はちょっと百合性の違いで喧嘩したけど、今回は協力してくれるってさ。だから安心しろ、敵じゃない」
「あっそ。……まあ、ヒイロくんがいいならそれでいいかな」
おいそこ! 間違った説明をするんじゃあない!……と突っ込みたかったのはやまやまだが、生徒たちの手前ぐっと堪えた。こちらへの敵意を抑えてくれたならとりあえずいいか。
そして、生徒の中には緋墨瑠璃もいた。名簿で参加自体は把握はしていたが、本当に体調は問題なさそうだ。やはり、原作とは既に異なっているか。
Aさんと一緒に船内を案内していく。豪華客船だけあって一周するだけでもかなりの距離だ。途中から、回復したマリーナ先生がやって来てくれたので合流した。
「す、すみません……ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ。早速お役に立てて何よりです。それより、緊張はほぐれましたか?」
「え゛……ま、まあ、多分、大丈夫です……説明はAさんが全部してくれてますし……」
「分かりました。じゃあ、そろそろ失礼しますね」
「えっ……いっちゃうんですか……?」
「……そうですね、一通り終わるまでは同行します」
マリーナ先生の説得に負け、引き続き船内を見て回ることになった。自分よりも下の立場で話しかけやすいのか、ガチャがどうとかMMOがどうとか元気に雑談を仕掛けてくる。適当に受け流しながらも、僕は今後の動きについて考えた。
まず、アルスハリヤ派の襲撃が起きること自体は確定だ。だが、既に原作とは陣容が異なる。さっき生徒の中に紛れ込んでいた緋墨瑠璃はアルスハリヤ派でも、もっと終盤に登場するはずの人間だ。彼女は不治の病をアルスハリヤに治療してもらい、忠誠を誓うことになる。彼女が現在アルスハリヤ派に所属しているかは不明だが、病気が治っているということは単純に考えれば……。
やはり、最悪の場合を想定して動く必要があるな。
案内が終わり、マリーナ先生から生徒たちに
魔法を使った情報収集は僕の得意分野とはいえ、数百人単位の避難誘導となると流石に事前の準備が必要だ。事件が起きるまでにどこまで準備できるか、時間との勝負になるな……。
「赤月琴莉様、マリーナ・ツー・ベイサンズ様。案内お疲れさまでした。お二方も、長い船旅に備えてゆっくりお休みください」
「いえ。Aさんも案内お疲れ様でした。今後も頼りにさせて頂きます」「ひゃ、ひゃい……」
一仕事終え、僕たちも解散になった。あ、そうだ。
「Aさん、一つ良いですか」
「はい、なんでしょう」
「3日間、よろしくお願いします。というわけで、お近づきの印に、どうぞ」
懐から布教用の『わたなれ』を取り出し、彼女に手渡す。流石に7冊ともなると多かったのか、両手で持つ形になってしまった。
「これは?」
「『私が恋人になれるわけないじゃんムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)』全7巻です。お手すきの際にご一読を」
「……はい?」
「生徒たちと同じく高校1年生の女の子を主人公にした、ガールズラブコメです。主人公、甘織れな子を中心として、少女たちの等身大の感情が実によく描かれた作品です。きっと、生徒たちのサポートをするうえでお役に立つと思いますよ」
「……わかりました。目を通しておきます」
……無反応か。もう少し驚くと思ったんだが。
今回のオリエンテーション合宿では、異界の王女など数々のVIPが生徒として参加している。そのため、外部スタッフの身辺調査は入念に行われた。Aさんについても同様だ。もちろん本名だって確認がとられている。どこにも怪しいところはない、ただの一流コンシェルジュだ。
だが、現実に襲撃者は紛れ込んでいる。まして、高位の魔法士や魔人ともなれば、そんな身辺調査など平然と潜り抜けてくるだろう。自慢じゃないが、僕だってできるし。だから、それだけではスタッフに敵がいないという証明にはならない。
なので、視点を変えて考えることにした。もし、魔人が、アルスハリヤが復活していたとしてどうするか。当然、復活させるに足る興味を引いた相手を観察しに行くだろう。原作よりも速い復活を遂げる理由としては、原作にいない僕かヒイロ氏が本命。なら、紛れ込む立場はその周辺のはず。
そういった意味で、ヒイロ氏の所属するAクラスの専属スタッフという立場が最も怪しい。あくまで外部スタッフの中では、だが。学園関係者になり替わっていたり、そもそも船内にいない可能性もあるが、その場合はお手上げだ。
とにかく、暫定的な容疑者としてAさんを疑った僕は、彼女に『わたなれ』を布教してみた。さっきまでの完璧な仕事ぶりなら、きっと読んでくれるはず。原作では、アルスハリヤは百合を破壊することに愉悦を覚える醜悪な趣味を持っていた。だから、感想を聞けば分かるはずだ。シロか、クロか。
願わくば、彼女と普通に『わたなれ』トークを繰り広げたいものだ。余裕があれば、ヒイロ氏も交えて。
*
自室に戻って休んでいると、第一寄港地に停泊したという船内アナウンスがあった。教員はこれから寄港地でのレクリエーションの補助を行う手筈になっているが、僕は予め不参加を言ってある。
何故か。それは、これを準備するためだ。
「設定、完了っと」
僕の使う風魔法は空気伝いにあらゆる音や光を拾うことが出来るが、それだけの情報を人間の頭では処理できない。有効に活用するためには、情報を選択、処理するための媒体が必要だ。そのために、かつて僕は
今回船内に持ち込んだのはその携帯版。軽量化の代償に半径数キロ程度しか拾えないが、船の周辺情報を拾うためならこれで十分だ。これを使うことで、自室にいながら船内や寄港地での生徒たちの動きを把握できる。
それでは、早速ヒイロ氏たちの様子を見てみよう。たしか、今の時間は寄港地『鳳凰島』で三人組になってアクティビティを行っているはずだが……。
『さあ来いっ! 気合い入れろぉ! 内臓を反転させる勢いでいけぇ! 『おまごと』アニメ化おめでとぉおおおおお!!』
『いやぁああああああ!』
ん?
見間違いかな。なんかヒイロ氏が女の子に自分を殴らせている気がしたけど。なに、螺旋の力に飲み込まれた?
い、一応もう一回見てみるか。
『つ、月檻……俺はダメだ……情けない男だぁ……ボコボコにされちまったぁ……ラピスを助けてくれぇ……』
今度はボロボロになった氏が月檻に連絡を入れていた。
……ちょっと良く分からない。周辺の情報を拾うか。まず、氏のそばに倒れているのは、ラピスか。呼吸はしている。命に別状はなさそうだ。で、さっき殴らさせられて悲鳴を上げていたのは、おそらくアルスハリヤ派。氏から逃げ出してディメンションゲートに向かっている。
つまり、アルスハリヤ派がラピスを襲って、ヒイロ氏に捕まった。そして、氏は自分を襲わせて彼女たちを解放した。倒れた氏は月檻に救助を求めた。
???
自分を襲わせた理由、敵を油断させるため? いや、スコア0で男のヒイロ氏は最初から侮られやすいはず。わざわざ怪我を負って自分の戦力を下げる必要はない。とすると、戦い以外の理由……百合か!
ラピスを勢いで助けたのはいいものの、氏としては原作通り月檻が助けてラピスルートのフラグを残すのが目的だった。だから、月檻を呼び自分は倒れて軌道修正しようとした、というわけか!
……いや、ムリが無いか?
『ばか……! 私を庇ったんでしょ……!』
『ちょっと待って、それはおかしくない?』
ほーら、言わんこっちゃない。月檻が来るより早くラピスが目覚めた時のことを考えてなかったのか? 口ではなんといおうと、敵は去ってボロボロの氏が残ったという状況。自分をかばって傷ついた様にしか見えない。そりゃ元から好感度最悪とかなら話は別だろうけど、そんなになるまで守ろうと戦った氏に悪感情を抱くはずがないでしょ、普通。
やっぱり、どうにも氏はヒロインたちから自分に向けられる感情を過小評価しすぎているきらいがあるな。まあ、実際原作では嫌われてたし、なにより氏自身がヒイロのことを大嫌いなわけだから、バイアスがかかるのはしょうがないけど。あれ、なんか既視感……。
「わかるー」と、脳内れな子が頷いていた。なるほど、確かにれな子も形は違えど自己評価の低い主人公。真唯や紫陽花さんのことを神聖視し、彼女たちから向けられる好意を受け止められない。自己と他者のイメージのギャップに苦悩するという点で言えば、似ているところがあるかもしれない。
『わたしなんかのために……! 死んじゃったらどうするのよ……!』
あーあ、泣かせた。あそこにいるのがれな子みたいな女の子だったらなあ。百合を鑑賞したい系女子が百合に巻き込まれる話。それこそ『わたなれ』みたいなガールズラブコメを堪能できたはずなのに。三条燈色じゃなぁ。はー、もったいな。
『琴莉氏……もし聞こえているなら今すぐ俺を殺してくれ……頼む……これ以上俺が罪を犯す前に……なあ、どうせ聞いてるんだろ、なぁ!』
うわ、何か呟いてる。……まあ、聞かなかったことしよう。そんなことしたら今度こそスノウさんに殺される。
とにかく。これ以上見ていてもガッカリ感が募るだけだ。どうせ、月檻が来ても碌なことにならない。またぞろヒロインたちの好感度が何故か上がるだけだろう。本当に彼を殺してしまいたくなる前に、僕はいったん接続を切って、脳を回復させることにした。
つまり、『わたなれ』だ。
*
「はぁ……」
思わずため息が漏れる。万感の思いを込め、僕はゆっくりと1巻を閉じた。
友達と恋人の違いとは何なのか。『わたなれ』1巻では、友達でいたいれな子と恋人になりたい真唯の、それぞれの定義がぶつかり合い、最終的に一つの合意に至る。
このテーマは男女の恋愛ものではありふれたテーマかもしれない。だが、かつての女性同士の恋愛がタブーであるという前提で成り立つ百合小説では、これは成立しなかった。そこには明確な線引きが存在したからだ。だからこそ、女性同士の恋愛がタブーでなくなった現代でこそ成立する『わたなれ』は、まさに新時代の百合小説だと僕は思う。作中で、必死に悩んで先へ進もうとするれな子の姿は、そのまま百合というジャンルの新たな地平を開いていくようだ。
まあ、そんな拗らせた百合オタクの感慨はさておき。
やっぱり、最新刊までのストーリーを踏まえた上で読み返す1巻は最高に面白い。4巻で描かれた真唯の内面や、7巻で語られた中学生れな子の決意。1巻ではさらっと触れられるだけの箇所が、後々重要な意味を持つようになる。そして、それを知っている状態で読むと、何でもない記述でもつい思いがこみ上げてしまう。何なら最初の数ページで既に泣いた。
もちろん、それは周辺のキャラクターについても同様だ。『わたなれ』1巻から4巻では持ち回りで真唯グループの面々がメイン回を担当するため、1巻では紗月さんや紫陽花さん、そして香穂ちゃんは紹介に留まるところが多い(紫陽花さんについてはれな子がキモいお陰で一際強烈な存在感を放っているが)。それでも、各々メイン回に向けて読者の興味を引くようなパーソナリティを醸し出しているし、逆にそれを知ったうえで行動を見ると、後々のエモいエピソードが呼び起こされて二重に泣ける。
というか、思い出したらますます読みたくなってきた。丁度良い。このまま続けて2巻を読もう。真唯と紗月さんの仲が険悪になり、仲直りさせるためにれな子が奮闘する話だ。紗月さんが真唯へ抱く屈折した感情は個人的に大好きな関係性だし、原作最新刊の展開にも繋がっている。これは、読み返す甲斐があるなぁ!
2巻のページをめくろうとしたその時、
「ッ……なんだよ……あ、ボートが一つ無くなったのか。え~と?……なるほどね、アルスハリヤ派の下っ端を逃がすためにか……まあ、別に支障はないけど……どうせだし、一回見に行っとくか……」
船内に搭載されている避難用のボートには、生徒たちを誘導できるように全てマーキングしてある。まあ、全員を収容して余りある数だから小型ボート一台無くなったところで救助に支障はないが、避難の動線的に使いやすいところだし、場合によっては他のボートを移しておいた方が良いかもしれない。というわけで、僕は名残惜しくも一度部屋を出た。
それにしても、僕が読書に励んでいる間に再度襲撃を受け、さらに撃退するとは、相変わらずイベントに事欠かない奴だ。こうなるのは予想できてたわけだから、わざと怪我を負う真似なんて止めておけばよかったのに、と思わなくもないが……。やはり、そこで何よりも百合の成就を優先しようとするのが彼のイカれた所だ。
しかし、これで原作にない襲撃が既にふたつ。明らかに規模が増大しているのはやはり間違いない。正直、もう生徒が殺されかけたりしている時点で中止にしても良い気がするが、氏はこのイベントを原作通り月檻達のレベルアップに使おうとしているらしいし、実際それは一理ある。この世界百合ゲーのくせに厄ネタだらけだからな。主人公たちが頑張ってくれないと僕ら一般市民としても枕を高くして眠れない。氏がいる限りはそうそう彼女たちが本当に危ない目にあったりはしないだろうし。
だから、僕としてもあまり中止にはしたくない。ただ、どうにもならない状況に陥る前には彼を回収する必要があるし、かといって彼がその状況を悟ってしまうと、簡単には避難に頷いてくれないだろう。改めて無理難題だな。具体的にはアルスハリヤの存在が確定した場合だけど、全員避難させて、いったん体勢を立て直そうみたいに説得するくらいしかないかな。うーん、それでも納得するかは微妙……。でも、あの作戦はなぁ……。
「こんばんは。夜の見回りですか?」
後ろから声をかけられて、びっくりして振り向くとAさんだった。
「……そちらこそ。お仕事お疲れ様です」
「お気遣いいただきありがとうございます」
……やっぱこの人怪しくない? いや、タイミング良過ぎてつい連想しちゃっただけか?
「ボートなら、三条様が誤って発進させてしまったそうです」
「……流石、スコアゼロの男性らしい思慮に欠けた行動ですね」
「そう、スコア。この世界では誰もがスコアに縛られている。元々は異界同士の差別を無くすための制度が、また別の差別と偏見を生み出した。全く、実に人間らしい、愛すべき制度です」
……アウトでしょこれ!
「──ですが、彼は少し違うようだ。赤月様の言う通り、スコアゼロの男性という、最底辺のレッテルを貼られているにもかかわらず、彼の周りには人が絶えない。何より、彼は少しもそれを引け目に感じていない。まるで、スコアなどない異世界からやって来たよう。実に興味深いと思いませんか」
「そうですか? それは三条家の御曹司という彼の立場があってこそでしょう。あまり不思議なことでもないかと」
彼女の顔を窺いながら話すも、相変わらず小さく微笑んだままだ。
「赤月様は随分と彼についてお詳しいですね。それは、彼と同じ『百合の守護者』だからですか?」
「……昼間の彼らの会話ですか。 随分と耳が良いようで」
やめろ! こっちに話を振るな!
「今回の参加にあたってもかなり無理をされたとか。これまでほとんど表舞台に出てこなかった貴女が、何故突然そんな目立つ真似をしたのか。そのご自慢の耳で妙な噂でもお聞きになられましたか? 例えば──」
「──魔人が復活したとか」
そう言ってAは大きく口角を上げた。……なんか腹立ってきた。もう正体隠す気ないですやん。明らかに僕が勘付いたことに気付いてますやん。僕の反応見てほくそ笑んでますやん。
「……随分と回りくどい言い方をしますね。それで、結局あなたは何が知りたいんです?」
「三条燈色とは何者なのか」
やっぱそう来るか。
「その答えが知りたければ、まずは先ほどお渡しした本をお読みください。彼を理解するには、きっとそれが一番の近道だ」
「……承知しました。それでは、今夜は読書に励むとしましょう。赤月様も、良い夜を」
「ええ、良い夜を」
Aが去っていく。見逃されたのは、僕がどうあがくのか見物するためだろうか。
「ヤバいヤバいヤバい……」
自室に戻るなり僕は頭を抱えた。どうする? 真面目にこれもうAが『わたなれ』読んで改心する可能性にかけるしかないだろ。
誰かに伝える。誰に? 少なくともこの船の中に奴に勝てる人間はいない。救援を待つ時間もない。奴が気まぐれに正体を現したら、その時点で僕たちは終わりだ。
一つ良かった点を挙げるなら、奴の興味がヒイロ氏に向いていることが確定したことだ。わざわざ1年生のクソガキどもの面倒を見るフリまでして潜入したってことは、よっぽど氏について知りたいと見える。流石、原作では氏を魔人として蘇らせただけある。運命的な縁があるようだ。
今日の流れを踏襲するなら、明日も散発的に部下に襲撃させつつ、氏のスタンスを理解した時点でご本人登場、という予定だろう。なら、まだ時間的猶予はある。それに、氏以外の人間に対しては比較的どうでもいいはずだ。逃がすチャンスはある。
「でもなぁ……一番守んないといけないのがヒイロ氏自身なんだよなぁ」
僕はスノウさんの依頼により、ヒイロ氏の命を守らないといけない。
ヒイロ氏は百合の守護者として、月檻たち生徒の命を守りたい。多分Aもぶち殺したい。
Aはヒイロ氏を最終的には殺そうとするだろう。他の生徒たちも邪魔なら殺すだろう。
氏は生徒たちを見捨てて逃げることは絶対にしない。なんなら、Aを前に一度撤退するという選択肢を取ってくれるかも怪しい。
一方、Aもここまで氏に執着している以上は、殺すか傀儡にするか。少なくとも逃がしはしないだろう。
つまり、氏を逃がすには先に生徒たちを避難させるしかない。その隙を作るには氏をAにぶつけるくらいだが、そうすると氏はAから逃げられない。あれ、詰んじゃったな。
……なら、どこかで前提を覆す必要がある、ということだ。
「一か八かだけど、やるしかないかぁ。でも、成功しても絶対怒られるよなぁ」
事前に想定していた中で一番取りたくない手段だったが、まあ結局そうするしかない気もしていた。
仕方がない。精々あがいてみようか。
よし! 問題解決! それじゃ『わたなれ』の続き読みながら寝るか。