仮面のロックンローラー   作:黄色ミミズク

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105・魔法のような一日

 〜〜

 

 

「変な所無いかな……? どう……?」

 

 待ち合わせの時間よりは大分早い。だけども、落ち着かなくて大分早い時間から支度を始めてしまった。

 

「ん……」

 お母さんは私をゆっくり見つめて……私の首の襟に手を伸ばして、整える。

 

「うん、バッチリ。たぶん世界一かわいいよ」

「も、もうー! 恥ずかしくなるから! なんでそんな事言うの!」

「ほら、あなたからも何か言ってあげなよ」

 

 お父さんに目を向けると、慌てて本に視線を戻す様子が見て取れた。

 

「あ、いや……その、かわいい……って言っても大丈夫か……?」

「聞かれても困るよ……」

「ふふ。ほら、ちゃんと言って?」

 

 お父さんはそっとこちらに顔を向けて、小さい声で言う。うん、すごくかわいい、と。それから本に目を落とし、世界一、って付け加えた。

 もう!! なんなの!! 両親揃って私を恥ずかしくさせて死なせるつもりなのかな!?

 そして、この様子を見てお母さんは楽しそうに笑う。

 

「せっかくだし、お化粧もしちゃう?」

「え、えぇー……私、化粧なんてわかんないよ……?」

「教えてあげる」

 お母さんは目を合わせ、どう? と表情で問いかける。少し迷ってから、私は頷く。

 

 お母さんは嬉しそうに笑う。それから鼻歌交じりに私を鏡台の前に座らせて、化粧品を取り出す。

 

「ふふ、私ね、一緒にお化粧してみたかったんだ」

「そうなの……?」

「そうなの」

 それから、色々な物やその使い方を教えてくれる。

 

 あぁ、本当にすっごく嬉しそうだなぁ。

 

 私の両親は本当に良い両親だと思う。私が小学校で登校拒否を始めた時、時間をかけて話を聞いてくれたし、私の為に色んな所を訪ねたり、違う道を一緒に探してくれた。

 だけど、その優しさに私は応えられる自信が無くって、ひとりで勝手に申し訳無さを感じていた。こんなに大切にしてもらってるのに、って。

 

 でも、最近は私もお母さんもお父さんも、心の底から笑ったり、喜んだりできてるのを感じる。

 

「うん。よし」

「なんだか、変な感じだなぁ……」

「でも、彼はきっと大はしゃぎするよ」

「本当かなぁ……?」

「お父さんで試してみよ?」

「えぇー、恥ずかしいよ……」

 

 お父さんはいちいちリアクションが大きいし、かといって普段は気を使いすぎで、父娘の関係をがんばってるのはわかるけども、どっちが思春期なんだかわからなくなりそうにもなる。

 スマホの待ち受けに小さい頃の私を使っているのもイヤだし、いつの間にか自分の洗濯物は分けて洗うようにしてたり……小さい頃はお父さんの膝の上で一緒にゲームをしたりしてすごい仲良しだと思ってたのになぁ。

 

「ねえ、あなた?」

 

 ん、と本から顔をあげて、私を見る。ジッと見られる。反応を待つけど耐えられない。恥ずかしい。私は顔を背ける。

 

「あ、ご、ごめん! いや、なんか……その……」

「……やっぱり変だと思うよね?」

 

 お父さんは首をブンブン横に振る。

 

「お、お嫁にでも行っちゃうのかな、なんて思って……」

「え、えぇ!?」

 

 お父さんは顔を抑える。なんで恥ずかしそうにするの! それに私もすごく恥ずかしくなるからやめて!

 

「せっかくだし、初化粧って事で家族写真撮っちゃおっか」

「え!? いや、そんなの必要無いよ!」

 

 けど、お母さんがそっと私に耳打ちする。お父さんの待ち受けを更新するチャンスだよ、って。私は少し考えて……私ひとりだけの写真より、3人で写ってた方がいいか、と考える。

 お母さんはニッコリ笑って、私の手を引き、お父さんの座っているソファーへ。

 

「はーい、じゃあ撮ろうね」

 

 笑ってー、と言いながらお母さんはセルフィーを撮り始める。あー、もうまだちゃんとした表情してないのに! でも、ふたりがすごく嬉しそうにしてるのが写真に収められた時、なんだかつられて笑うしかなかった。それを逃さずにお母さんがパシャリ。

 

 別にふたりにとっては何でもない日でしょ? それなのにこんなに嬉しそうにするなんて、おかしな両親だなって。

 

 うん、ありがとう。

 それじゃあ、いってきます。

 

 ああ、最高の1日の始まりだったなぁ。

 

 

 ――

 

 

「お、おはようございます……」

「おう」

 

 待ち合わせ場所は高級マンションの前、早過ぎたなぁって思っていたけど、灰野先生も思ったより早く来る。私がなんとなく緊張し過ぎているだけかもしれないけど、灰野先生はいつもよりよそよそしい。

 

「ん……波多野、お前、化粧してきたのか?」

「あ、えっと……はい」

 

 そう聞くと灰野先生はとっても楽しそうに笑う。

 

「いやぁ楽しみだなぁ! おい!」

「あ、いや、別にそんな」

「マイナの奴、ちゃんと気が付いてくれたらいあなぁ! そこまで気が利く奴とは思えねえけどさ!」

 

 あー!! なんでそんな事言うんですかー!!

 

「へ、変じゃなければいいんですけど」

「変って言ったら私が代わりに蹴っ飛ばしてやるよ」

「や、やめてくださいー!」

 

 灰野先生はなんでだか私には優しくしてくれるのだけども、マイナくんには無茶を言うのはなんでだろうなぁ……

 

「お、たぶんアレだ。ったく、待たせやがってよー」

「や、約束の時間より、早すぎで……私も先生も……」

 先生が視線を向けている方に、私も目をやる。

 

 キラッキラに磨かれていて、どこからどう見ても超高級な車なのが一瞬でわかる。しかも、胴が長くて……車は詳しくないけど、これはリムジンなのかな……!? いや、でもこの車はたまたま通りがかっただけで違うかもしれない……っていう気持ちはあっさりと裏切られて、車は私たちの前で停まった。

 運転席からスーツに白い手袋を着けた人が降りてきて、おはようございます、と丁寧に挨拶をした後に、後ろのドアを開ける。

 

「おはようございます。お待たせしてしまったようですね?」

「へっ、別に今来たとこだよ」

「それなら良かったです」

 

 スラッと背が高く、綺麗なスーツを着こなす男の人が現れる。雰囲気からも見た目からも別格っていうのか、うちのお父さんがスッポンに違いないと思うくらい、カッコいい人だ……目が合い、挨拶をしようとした時――

 

「波多野さーん!」

「あ、マイナスく……あ、いや、マイナ……くん」

 

 おはよう! と元気に声をかけてくれるマイナくん。言ってはなんだけども、靴がいつもより綺麗だなぁってくらいで普段とそこまで変わりないマイナくん。それは逆に、ヨレヨレなシャツを着ていたりする皆と比べ清潔感があって目立ってるって事だけど……

 

「あっ! えっと、クラスメイトの波多野さんです。こちらは家庭教師の上井先生だよ」

「紹介にあずかりました、上井と申します。いつもお世話になっています」

「あっ、え、えと、は、波多野です。はじめまして……」

 

 紹介、その挨拶、この流れってマナーか何かで目にした事はあるけど、本当にあるものなんだって驚く。そして、それに全く対応できていない私は場違い過ぎて気後れしかしない。

 

「波多野さーーん! こっちーー!」

 車からカナちゃんの声がする。

 

「さ、ひとまず車へどうぞ」

「あいあい、邪魔するぜー」

 

 平然と車に乗り込む灰野先生。どうして慣れてるんですか? そして私もマイナくん導かれるままに車に乗り込む。画面越しで話したことしかなかったから、実際に会えてなんだか嬉しい。

 運転手さんがやっぱりドアを閉めてくれるんだなぁとか、座席の座り心地が良過ぎるとか、目に入るもの全てが洗練されていてすごい高級なんだろうなぁとか、初めての体験の洪水でクラクラしてきそう。

 

「波多野さん、いつもお兄ちゃんをありがとうね!」

 

 屈託なく笑うカナちゃん。すごく素敵な服を着ていて、まさにお嬢様といった見目なのだけども、でも、たまにお話するカナちゃんそのままで、少しホッとする。

 

「ううん……こちらこそ、お世話になってます」

「テルくんの勉強を手伝ってくださってるようで、改めて感謝しますよ」

「あ、いえ……わ、私も、ほ、本当に学校では、マ、マイナくん、に色々……その……」

 

 き、緊張する。粗相があったらどうしよう。ど、どうしよう。

 

「ああ、失礼。緊張なさらなくて大丈夫ですよ」

「は、はい……」

「まぁこんな車乗るなんて、波多野には初めてだろうしなぁ」

「あ、き、傷とか付けないように気を付けます……」

 

 そう言うと灰野先生は吹き出すように笑う。上井先生は微笑んでいるのが見える。

 

「大丈夫よぉ。テルくんなんて何回シートをダメにしてるけど、そういうものだからねぇ」

 助手席の人から優しく声をかけられる。

 

「えっ、俺、普通に使っているつもりですけど!?」

「お兄ちゃんはジュースやアイスをすぐ零すもんね!」

「ね? だから大丈夫よぉ」

「いざとなったらお兄ちゃんのせいにしちゃえば大丈夫!」

「カナー!?」

 

 マイナくんのその様子を見て、思わず笑ってしまう。車の中のみんなも笑っている。緊張する私の中にある気後れはともかく、周りの皆が私を受け入れてくれているのをすごく感じる。家族以外の人に、こんなふうにしてもらえるのは初めてで、だけど、とっても嬉しい。

 

 それから、他愛のない話が始まる。特別ではない、私にとっても普通の話が。

 

 ……

 

「へー!? ゲームだとそうなんだ!?」

「うん、原作のゲームでのパートナーは人それぞれなんだけど、それを大切に汲み取って、だけどアニメオリジナル要素として変えててね」

「ゲームの方もやりたくなってきちゃったなー! うー!」

「景色も音楽もお話も、まるで別の世界に入り込んで、自分もそのひとつになれたようで本当にオススメだよ」

「上井先生ー、ゲームって買ってもいいのかなぁ?」

「ご両親とも相談ですが、話を聞いていたら私も興味が出てきてしまいますね」

 

 ……ハッ! カナちゃんと話が弾み過ぎて、完全にオタク部分が出ていたよね私!? 今日の主役はマイナくんなんだから、気を使ったり応援してあげないといけないのに、私は何をしているの!?

 そっとマイナくんの方を見る。すると目が合った。マイナくんはニコニコと微笑んでいるのが見えた。

 

 あ、あれ? なんでそんなに楽しそうなんだろう?

 

 疑問に思って数瞬眺めてしまった。そしたらマイナくんがハッとした顔をして、慌てて顔を逸らす。私も恥ずかしくなって慌てて顔を逸らす……

 

「なあなあ、カナー?」

「うんうん、なあに? 灰野先生ー?」

「あらあら、うふふ」

 

 あ、あの、なんでそれ以上会話しないんですか……? ど、どなたかこの空気を変えていただけませんかー……??

 

「さて、そろそろ会場に着きますよ」

 

 それから会場に着くまでの数分が、こんなに長いとは思わなかったよ……




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