「あっ、いたいた」
「……なんだよ。仕事してるの見えねえのか?」
俺は板前のおじさんに声をかけられて、畑にいる鷹田の様子を見にきた。
鷹田には畑の手伝い――っていう建前でブラブラさせていたらしい。
「何しているの?」
「台風に備えて危なそうな所を確認」
「どうだった?」
「別に。てか、トマトとかナスとか、どれくらい吹き飛ばされんだろうなこれ」
鷹田の視線を追う。詳しくはないからわからないけど、立派なものはきっと収穫してあるとは思う。でも、中途半端なモノは残されている。
「やっぱり、ダメになっちゃうのかなぁ」
「多少だったら洗って食えるんだろうけどな。とはいえ、まぁ運がねえよな。こいつらもよ」
「そうだね。台風が無かったらすくすく育ってたと思うしね」
いつ雨が降り出してもおかしくない。風も強くなってきていて、遠くからはゴロゴロと雷の音も聞こえる。
「で、謝れとか言ってこないわけ?」
「……俺が鷹田を怒らせたと思うんだけど、その理由がわからない。だから、謝ってほしいなんて言えないよ」
「ならよ、今度もお前が悪いで済ませようとしてるわけ?」
「うーん……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし……」
「そういう所だよな。マジでお前って奴はさ」
「えっと……謝ったほうが良い?」
「バーカ。さっきのは明らか俺が勝手にキレただけだろ。どっちがガキだっつのな」
「……それ、森夜先輩も言ってた」
「そりゃそうだ」
「まぁ正直、俺とお前とで合わなくてイライラする事はそこそこあるのは確実っぽい」
「……うん」
「けど、俺は別に仕方ねえと思うし、歩み寄るとかそういうのは要らねえ」
「……えっ、なんで?」
「ビジネスライクっつうか、ギブ&テイクっつうか。そういう仲の方が楽なんだよ」
「……鷹田の言う、乗り換えるとかそういう意味で?」
「あぁ、そういう事だ。目的があって、そのための仲って割り切れた方が良い」
「……そっか……」
「……いや、まぁ、だけどな。マイナスがそうじゃねえのはわかってるからな。一応」
「えっ、あっ? う、うん。あっ、おう」
「こっちも上手く合わせようとしてんだよ。でも、知らねえけどさっきはなんか、俺の方がプッツンきたんだよなぁ」
「あ、えっと……でも、俺、直せる所あったら、直すようにがんばるよ?」
「バンドしたいって目的で集まってんだ。多少の我慢はお互い必要だろ? そのうえで、自分で対応するのが堅実っしょ」
「それは……そうかもしれないけど……」
強い風が吹く。ザザーッと木々が揺れた後に、雨がぽつりぽつりと振り始める。
「っと、そろそろ戻ろうぜ」
「うん……あっ、おう」
「荷物あるから、ちょっと手伝ってくれよ」
「おう、もちろん」
鷹田についていく。畑の隅にある物置小屋で、鷹田は野菜や葉っぱが入った袋を取る。
「これさ、たぶんおっちゃんが捨てた野菜なんだけどよ、まだ食えそうなのがあってよー」
「持っていって良いのかな?」
「構わねえだろ。つか、もったいねえし」
「そっか」
と、急に雨がバケツをひっくり返したようになる。
「やっべ、走って帰るか」
「転んで怪我しないようにね!」
「そりゃお前の方だ。行くぞ」
「おう!」
どしゃ降りの雨の中へ、鷹田が先に駆け出す。
「あのさ、マイナス!」
「えっ? なに?」
「さっきは、悪かったな!」
「こちらこそ!!」
――その後に、鷹田は何か言葉を続けたような気がした。
――でも、雨の音のせいで聞き取れない。
そして、俺は前を走る鷹田を追う中で、なんとなく思う。
鷹田は、いつも独りでがんばってるのかな、って。
……すごく立派なはずなのに、それが少し寂しくも感じて、鷹田を見失わないように、必死で追いかけた。
――
「お前たちなぁ……」
「いやぁ、サーセン」
「えへへ、タオルありがとうございます。森夜先輩」
すっごいズブ濡れのまま上がるわけにはいかなくて、そうしたら森夜先輩が来てくれた。
「喧嘩は……その、大丈夫か……?」
「はい。まぁ俺もなんか突然ピキってサーセンでした」
「心配かけちゃってごめんなさい」
「そっか。まぁ……俺が心配してもなんだけど、さ」
「いえ! そんな事無いですよ!」
「とりあえず、女将さんにちょっと指示仰いでくるから待ってろな」
「サーセン、ありがとうございまーす」
「……そういえば、なんだけどさ」
「ん、どした」
「近藤さんの方は話し合い、いい感じだったよ」
「へー。まぁ会長だしな」
「あ、でも、俺、盗み聞きみたいに聞いちゃったから良くないのかもしれないけど……」
「なんだよそれ。まぁいいんじゃね?」
「そうかなぁ」
森夜先輩の、以前とはまるで変わった今の優しくしてくれる様子を見て、近藤さんのしている事と鷹田の計画していた事の差がなんとなく頭に巡る。
森夜先輩たちを追い出そうとしていた鷹田のことを悪くいうつもりは無いんだけど、むしろ、それも必要だったのかもしれないってその時は俺も納得しようとしてたけど、でも、そうしたら今のこの優しくて温かい感じは無かったんだろうって、思う。偶然、たまたま今の関係になれたからよかったんだけど……
「その……もし、バンドが前のままだったら、このバイトってどうしてた?」
「あ? そりゃお前とふたりで来てたんじゃね」
「そうなんだ」
「つか、お前が予想外過ぎるせいで計画は総崩れだぜ。部長が在籍してたバンドって事でなし崩しで軽音部の頭取る予定だったのによー」
「あはは……じゃあ、それなら前の方がよかった?」
「さぁな。ぶっちゃけ、どっちでもいいんじゃね」
「……そっかー」
「あぁ、けど、なんつーかアレだ。お前が予想外過ぎるから、楽しんではいるぜ」
「……そうなの!?」
「問題は難しいほど解いたら気持ちいいもんだからな」
「そうなんだ! それならよかった!!」
「ハァー! それで喜んでる所がマジでマイナスお前って奴だよなー」
「なんで!? 鷹田が楽しいなら、俺嬉しいよ!!」
「いや、問題を難しくしてるのはお前なんだからなぁ?」
「えへへ、なんか良い感じって事なんだね!」
「そういう事でいいぜ。マジでマイナスお前は仕方ねえ奴だなー」
鷹田が笑い始める。よくわからないけども、鷹田が笑うと俺も嬉しい!
「おーい、とりあえず、着替えて風呂入っちまえってさー」
「ん、了解っす」
「了解ッス!」
……
「あ、ヤッベ」
「どしたの?」
「いやー、大した事じゃねえんだけどよー。ちょっと先に風呂行ってていいぜ」
「ん、わかった」
脱衣所に着いてから、何かに気が付いた鷹田は何かをしに行く。別に止める必要もないし、俺は先に浴場に入る。
外は大雨にすごい風でわりと大変そうだけども、ここは色々ちゃんとしてるからたぶん大丈夫そう。なんだか安心した気持ちになる――
ガッシャーン!! と、雷が音が
こういう時、どうしたら良いんだろう……すぐに停電から復帰したら良いんだけど、ちょっと待っても暗いままだ。
とりあえず蛇口を止めて、誘導灯を頼りに転ばないよう気をつけながら脱衣所へ。
身体を拭いてから服を着る。それで、やっぱりまだ電気は戻らないからフロントの方へと行くことにした。
「今、原因を調べている所です。皆さん、落ちついてお待ち下さいませ」
女将さんが呼びかけている、不安そうにしている皆――吹奏楽部や他の宿泊客へ。とりあえず、バイトをさせてもらっている身として声をかけておこう。
「あの……女将さん、俺、何か手伝えますか?」
「ああ、マイナくん。そうね、あの人の所に行ってくれるかしら? 電話も通じないから、連絡係をしてもらいたいの」
「はい、わかりました」
「場所は地図のここで……これは懐中電灯ね。それと、従業員ってわかりやすいようにこれも着けていってね」
「お客さまに会ったら、フロントに来るように案内すればいいですか?」
「いいえ、できる限りなら部屋で留まってもらって、落ちついたらこちらから説明や案内に伺うとお伝えしてください。ですが、不安なようならフロントに来てもらっても構いません。どちらにせよ、落ちついて冷静にしてもらうようにしてください」
「わかりました。じゃあ、いってきます」
「ええ、おねがいします。転んだりしないように気をつけてね」
そういうわけで板前のおじさんの所へ向かう。はいでんせつびっていう所だ。
迷子になりがちな俺だから、気をつけて進む……こういう時って、鷹田がすごい頼りになるんだけども今はいないのが不安で仕方ない。
というか、女将さんに鷹田はどこに行ったか聞けばよかったなぁ……
「あの、スタッフさん。まだ停電直りませんか?」
「あっ、はい。今、対応している所で――」
女将さんの案内をお客さんに伝える。女将さんからちゃんと話を聞いておいてよかった。お客さんは納得して、一旦部屋に戻るようだ。
そのまま、今度こそ目的の場所へ。中ではゴソゴソと何かしている音が聞こえる。
「すみません、おじさんいますか?」
「ん、マイナスか。どうした?」
「あれ!? 鷹田!?」
「今、おっちゃんは作業中だから俺が聞くぜ」
「えっとね、女将さんに連絡係をしてほしいって頼まれて、それで俺、来てさ」
「なるほどな。ちょっと待ってろ」
目を向けると、森夜先輩が懐中電灯で照らしながら、おじさんが機械を操作していた。おじさんが汗を拭う時、鷹田が声をかける。
「すみません、ちょっといいっすか。女将さんから連絡係ってコイツがよこされました」
「ああ、時間がかかっていて悪いね。たぶん、雷で何かがやられたと思うんだけど、一旦、予備の発電機を動かす事にしようか。遅くとも1時間以内には明かりを取り戻せるようにするよ」
「了解っす。つーわけで、予備の電源動かすから1時間以内には明かりは戻る、って伝えてくれ。わかったか?」
「ん、わかった」
鷹田の要約がわかりやす過ぎる。助かる。そのまま、女将さんの所に戻る――
「つか、おっちゃん。取ってくる道具とかなければ俺が連絡係しようと思うんすけど、いいっすか?」
「ん……構わないよ」
「森夜先輩。黒間先輩も連れて来るんで、そのままお願いします」
「わかった」
「とりま、俺は黒間先輩呼んで、それから女将さん所行くわ」
「おう、わかった」
……
「ありがとう。ひとまずは電気の復旧の目処がわかって安心したわ」
そのまま女将さんはフロントに集まっているお客さんへ、大きな声で状況を伝えようとする。
「皆さん、復旧の目処がつきました。ひとまず――」
と、女将さんが大きく咳払いをする。あっ、これはずっと大きな声を出していて、喉を痛めそう……?
「失礼しました。1時間以内には。復旧しますので」
ゴホン、と女将さんはまた咳をする。
「あの……お水持ってきましょうか?」
「ええ、お願いしようかしら。長い時間大きな声で喋るのは、そこまで経験が無くってね」
俺はとりあえず、水を取ってくる。
……喉を痛めないように歌う、もとい大きくてちゃんと届く声を出すのには自信があるけど、どんな内容を話せばいいのか、その自信が無いから代わりになんて言い出せない。ああ、でも……
「ん、どした? マイナス」
「あ、鷹田! 水を取りに来たんだけど、その、女将さんがずっと大きい声出してるから大変そうで、それで俺代わりに話せたら良いなって思うんだけども、鷹田がわかりやすくしてくれると助かるって」
「はいはい、落ちつけっつの。水はどうせだから客の分としてもタンクで持ってこうぜ、紙コップも付けてな」
「おう!」
「で、女将さんの代わりにお前が話すか。まぁ相談してみようぜ」
「おう!!」
俺のまとまらない話をサクッと理解してくれる鷹田、本当にありがとう!!
……
「皆様におかれましては、パニックにならず、落ちついて対処してくださいますよう、ご協力のほどよろしくお願いします」
俺は、皆へ伝わるように声を出す。女将さんの言う事をそのまま繰り返すだけ。だけども、鷹田が説明してくれたおかげで、女将さんがどんなふうに俺は話せばいいのかを考えてくれている。
「ええ、ありがとう。代わりに案内してくれるおかげでとっても助かるわ」
「ええ、ありがとう! 代わりに」
「ああ、それは違うわよ。落ちついてね」
「ハッ! すみません……」
「何か、また次に伝える事ができたら声をかけるから、その時はよろしくね」
「はい!」
その後もしばらく、俺は人間拡声器を続けた。
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