『135・ご令嬢とパンツ』と「136」を改めて投稿しましたのでよければご覧ください。
「まったく、独創的過ぎる講義でしたわね。講義と呼んでいいのか少々疑わしく感じますけども」
「す、すみません……」
ヒロシさんは楽しそうにしてたけども、途中で突然眠り始めちゃって講義は中断。
コテージの中を鹿倉さんとふたりきり。
「ノンノンさま、紅茶でもいかがかしら。私、少し落ち着きたいと思いまして」
「あ、はい。つ、つくりますね」
「あら、ご馳走していただけますの?」
「がんばります」
紅茶をちゃんと淹れた事は無いんだけども、鹿倉さんが欲しがってるしがんばらなきゃ……!
キッチンに駆け込み、ヤカンでお湯を沸かし始める。ティーカップとかポッドも使うだろうから並べて……
それから紅茶を探して……あれ、バッグの方じゃなくて、お茶の葉っぱかな……これ……?
ヤカンの中に茶葉を入れればいいんだっけ? 蓋を取って、茶葉と中を見比べる。
ちょっと調べてよう……そう思ってスマホを取り出した時に気が付く。
――今なら落ち着いてメッセージを送れる!?
急いでマイナくんの画面を開いて、打ち始める。
『ロックの講座なんだけども、近藤さんのお父さんが来ていてね』
「ノンノンさま」
「はいっ!?」
不意に鹿倉さんに声をかけられて、私はビックリし過ぎた。
ビックリし過ぎた、そのせいで、持っていたスマホが手から離れて――
綺麗にヤカンの中に入っていった。
「あっ!? すみま、すみません!」
私は慌ててスマホを取り出そうと手を伸ばそうとする。
「いけません!! お待ちなさい!!」
鹿倉さんがピシャリ、と鋭くそう言う。
私はビックリして固まってしまって、そんな私に駆け寄り、手を取って静止する。
「落ち着いてくださいまし!! 火傷しますわよ!!」
「……あ、そうでした」
「ジッとなさっていて」
鹿倉さんは火を止めて、それからヤカンのお湯を抜く。
そしてトングを使ってスマホを取り出して、タオルで包んでくれた。
「熱いでしょうから、触るのは少しお待ちなさい」
「……す、すみません……ありがとうございます」
「いえ、不意に声をかけた私も悪かったですわ。申し訳ありませんでしたの」
「ぜ、全然、そんな事、ありません……わた、わたしが、その」
「戻って、少し落ち着きなさい? 片付けは私が致しますので」
「……すみません」
タオルの中のスマホを持って、ヒロシさんの寝ている部屋に戻ってくる。
「あ、あれ……?」
そこには封の開いていないお菓子の箱が並べられていて、たぶんお茶菓子という奴なんだろうと思う。
鹿倉さん、もしかして用意してくれていた……?
わからないけど、聞きに行くのも今はなんとなくできない……
ついでにスマホは……茹でられたから流石に動かないなぁ……
もう、なんだか全てが本当に上手くいかないというか、空回りしているというか。
世界の全てがここにいちゃいけないよーって言われてるみたいな感覚が、頭の中でぐるぐるずっとしていた。
ぐるぐるぐるぐる……
「お待たせいたしましたわね。ノンノンさま」
そう言って鹿倉さんが――紅茶を持ってきてくれた!?
えっ!? どういう事!?
「あら……箱をそのままにしていたなんて、私とした事が恥ずかしいですわ」
「い、いえ。あ、その」
「せっかく淹れてくださるなら、お菓子くらいは用意させて頂こうと」
「あ、ありがとう……ございます……」
「ノンノンさまの好みはこの中にありますかしら」
「え、えっと……」
鹿倉さんは淡々と紅茶を並べてくれる。
どれを選べばいいのか、わからなくて思わず鹿倉さんの顔を伺う。
ジッと見つめられていた。思わず、顔を逸らしてしまう。
「……私は、どのようなお菓子でも構いませんわよ」
「あっ……はい」
「それでも、気遣ってくださっているのでしたら、何が良いかお答えしますわ」
私は、少し息を吐いて、それから吸う。
「その……どれが良いですか?」
「淹れさせていただいた紅茶は香りが良い物でしたの。ですから、香りの主張が少ない物が良いかと思いますわ」
「えっと……」
「紅茶の香りを楽しみつつ、食感や味わいを楽しめるものが、相応しいとはよく言いますの」
「そ、そうなんですね……えっと……」
クッキーやパウンドケーキ、マフィンなんかがある……
あ、でも、この貝みたいなのは知ってるなぁ。
「そちらはマドレーヌですわ」
「えっと……どうですか……?」
「そうですわね。疲れた時に口にすると、味わいも一際ですわね」
「す、すみません……」
「あら、失礼。少々大変だったのは事実ですけれども、ノンノンさまへの当てつけのつもりではありませんの」
「あ、いえ、でも」
「用意致しますから、そのままで少々お待ちいただけるかしら」
……あれ? 本当に違和感。
どう見ても高貴な人なのに、なんでこんなに私に色々してくれるんだろう?
「さ、頂きましょう。ティーカップは熱いので手を添えてはいけませんわよ」
「あ、はい」
優雅に紅茶を飲む鹿倉さん、見様見真似で私も同じようにする……
「わ……え……」
「どうかされましたの?」
「あ、えと……紅茶……すごいなって……」
「お味がよろしいという事で?」
「は、はい……初めてです……すごい美味しいです……」
「それは、お褒めに預かりまして光栄ですわ」
そのまま鹿倉さんはマドレーヌも口に運ぶ。
紅茶の美味しさに感動も覚えながら、私も真似して口に運ぶ。
その瞬間、予想もできない程の極上の甘さが広がり、まるで幸せで脳震盪が起きそうになりそうだった。
「ノンノンさま?」
「……あっ! すみません!? すごく、すごく美味しくて……」
「それは光栄ですけども……」
「あっ、すみません……でも、なんていいますか、本当に……」
はしたないってわかってるけども、本当に美味しくて美味しくて、気が付けばパクパク食べてしまった。
まだまだ鹿倉さんはゆっくりと食べてるのに……!!
「召し上がるのが早いのですね、ノンノンさまは」
「す、すみません……」
「私、失礼ながら思った事がありますのだけど……」
「……な、なんでしょうか……」
怒られるのかな……軽蔑されるのかな……
何を言われても仕方ないよねって思いながら、鹿倉さんの言葉を待つ。
「――空腹でいらっしゃいます? ノンノンさま」
鹿倉さんに指摘をされて、気が付く。
私、すごいお腹空いてる……!!
――
「会食の場で、食事がままならないのはよくある事ですわ」
「鹿倉さんも……そうなんですか」
「ええ。ですからあの時、私はてっきり持ち帰って召し上がりたいのかと」
お嬢様の苦労、その一端を知った気がする……
「あ、あの……すみません……質問してもいいですか……?」
「もちろん、かまいませんわよ」
「す、すみません……その、鹿倉さん、私……えと、えっと……」
あれ、なんて言えばいいんだろう。
今もそうなんだけども、なんだか思った以上に優しくしてもらえてる気がする。
その事について、どうして? って聞きたい気がするんだけども、なんて聞けばいいのかな。
――言葉に詰まっている私を、鹿倉さんはジッと見てずっと待ってくれてる事に気がついて、なんだかボーっとしてしまった。
「……私、鹿倉さんに、気を、使わせてばかりなんじゃないかと……」
「否定はいたしませんわね。ですけれど、それが何か?」
「あう……その、ご迷惑……では、ありませんか……と……」
鹿倉さんはティーカップを置く。
「ノンノンさまは、こういった場に慣れてはいらっしゃいませんのよね?」
「……はい」
「でしたら、先達が新参に手ほどきいたしますのは、何もおかしい事ではないと思いますけれど」
「そ、それは……でも……」
「お言葉ですけどノンノンさま。手間や時間が必要な事はすなわち迷惑とお考えですの?」
「あ……いえ……違い……ます……」
……別に、そういう事ではないと私も思う。
「その、ですね……私、そんな事を……してもらえる立場じゃないって……思ってます……」
「……理由を伺っても?」
「えと……一般人……一般人だから、です。私……」
「そうなのですね。一般人は手ほどきを頂けないのが常識というのは、初めて知りましたわ」
「あ、い、いえ、そ、そういうわけでなく……わた、私が……」
「ノンノンさまが特別という事ですの?」
「い、いえ……で、でも、申し訳なくて、申し訳なくて……」
「――どうしてかしら、伺っても?」
……そういえば、なんでなんだろう。
ああ、でも理由は色々思い浮かぶ。
私は人に迷惑かけてばっかりだからって。
せめて、迷惑かけたくないって思ってて。
誰かの役に立てたらいいのに。
でも、全然上手くできないから。
それが、申し訳なくて申し訳なくて。
「あのっ、ノンノンさま……?」
鹿倉さんに声をかけられて、ハンカチを渡される。
「使ってくださいまし」
「えっ……あ……」
「使ってくださいまし」
「はい……」
ああ、なんでいつの間にか涙が溢れてたんだろう……
ハンカチで顔を拭かせてもらう。
「ゆっくり息を吸って」
鹿倉さんに言われるまま、息を吸う。
「息を吐いて」
ハァー……
「もう一度」
スゥー……
あっ、紅茶の良い香りが、とっても落ち着く……
「紅茶、お代わりされます?」
「えと……すみません、良いですか」
「もちろんですわ」
鹿倉さんがティーポットから紅茶を注いでくれる。
「……その、鹿倉さんって、優しいですね」
「特別なことをした覚えはありませんわ」
「本当にすみません。私……」
「謝罪ばかりでは、気が滅入りません?」
「強いるつもりはありませんのですけども、
とある御仁が教えてくださいましたの」
「何かをして頂いた時には、
ありがとう、と
感謝の言葉を述べるそうですの」
「……その……ありがとう……ございます」
「どういたしまして」
※よければ感想、あるいは評価など頂けると幸いです
※2026年1月18日(日)に京都文学フリマに出店します。
綺麗な本を作るので楽しみにしてください。