仮面のロックンローラー   作:黄色ミミズク

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15・素直な気持ちの伝え方のレッスン

 ふわぁ……とバス停の椅子でぼんやりする。

 速水先輩とは普通にその後に色々話をして、速水先輩の歌を聞いたりした。俺もちょっと歌って先輩に褒められた。

 

 SNSをやっていないか聞かれたけども、スマホも見せてやってない事を伝えたら少しガッカリしてたようにも見える。始めたら真っ先にフォローしてねって言われた。

 

「今日は呆けているのか」

「あ…………ミヤネ」

 

 どうやらショウくんはいつもこの時間くらいに駅から帰るみたい?

 

「色々あって、考えてたらボーっとしちゃって……」

「マイナが色々……か」

「ミヤネ……の方はどう?」

「……特には」

「人間関係とか……大変じゃない?」

「……実力さえあれば何も問題無い」

「そっかー……」

 

 実力が全て、そういう場所なのは違いない。そのうえでショウくんは実力があるから問題無いだろう。

 

「……大変……か?」

「えっ?」

「いや……その……普通の高校……」

 

 今でもショウくん、俺の心配してくれてるのかな……こうして聞いてくれたのが嬉しい。

 

「大変……かも」

「……」

「でも、楽しいな」

「……」

 

 そんな風に話していたらブロロロロ……とバスがやってきた。

 

「ミヤネの車はまだ来てないの?」

「……もうすぐ来るだろう」

「そっか、じゃあ……またね」

 

 ショウくんは何も言わず顔を背け、でも、手だけをそっと挙げて返してくれた。

 

 

 〜〜

 

 

 もう、会えないと思ってた。

 

 奈落に飛び込んだあの子の後に出てきた彼は震えていた。

 僕も震えていた。僕があの子を奈落に落としたような気がしたから。

 そして、彼の演奏は今までで一番完璧だった。クラシックで求められる、精確さがあった。

 

 何にも染まっていない無垢(イノセンス)な音色。

 

 だけど、彼は音楽を心から楽しんでいて、そして、世界を音で感じていたはずなのに。

 

 

 そんな彼が、大好きな音楽であんな顔をしていたのを見て、僕は……

 

 

 だから、たぶんきっと、彼はもう音楽の世界には来ない方が良いと思った。

 だから、あの時、偶然、彼を見つけた時に、声をかけるのはこれで最後だと思ったんだ。

 

 

 決別の言葉だったんだ。

 

 

 でも、次に見かけた彼は練習をしていた。

 何を弾こうとしてるのか、見ればすぐにわかった。

 嬉しかったけども、声をかけられるはずなんて、無かった。

 

 なのに、彼は前と変わらず、夢中になっていると周りが見えなくて……

 

 今、君はどんな世界を見てるんだろう。君の音を聴きたい。

 

 精確さなんて僕に任せればいい。僕にとっては君の音が一番なんだ……

 

 

 ――

 

 

「よーし、それじゃあ練習……始めようか!」

「うん……よろしくね、テルお兄さん」

 

 土曜日の朝、宙太くんと待ち合わせをして、また喫茶店にやってきた。

 

「今日はまず、気持ちをちゃんと言えるかを確かめてみようと思うんだ」

「気持ちをちゃんと言う?」

「うん、謝るだけじゃなくてね、ありがとうとか、嬉しいとか、そういうのもだよ」

「うーん??」

 

 歌や演奏をする時、感情を込めるというのは当然やる事だ。悲しいとか楽しいとか、それってなんだろうって向き合う経験がなんだかんだ俺は多いと思う。

 

「まずは簡単なところから始めようね。チーズケーキどうぞ」

「う、うん……」

 

 宙太くんに注文しておいたチーズケーキを一口食べてもらう。

 

「味の方はどう?」

「おいしい……」

「うん、おいしいって言えたね」

「あっ、うん」

「こういうので大丈夫。本当に簡単でいいんだ。おいしいって思ったものにおいしいって言葉にするだけで」

「そ、そうなんだ……!」

 

 当たり前の事で、一時は疑問にも思ってなかったけども、言葉にしてみるって大事なんだよね。

 

「次は何でもいいから、誰かにしてもらって嬉しかった事を思い出してみよっか」

「あ、うん……」

 

 宙太くんは考え始める。

 

「どんな事があるかなぁ」

「話した方が良い……?」

「宙太くんに任せるよ。でも、聞かせてくれるなら聞きたいな」

「……うん」

 

 宙太くんをそっと見守る。

 

「僕……俺、その……気持ちを素直に言うの、変に見られる……っていうのかな……」

「うん」

「元気でいたくてね……心配かけたくないから……」

「うん」

「……元気になら、言える……って思ってる……」

「今はいつもみたいに元気じゃないから、言うのが難しい……のかな?」

「……うん」

 

 宙太くんは首を縦に振る。

 

「それじゃ……違う気がするから……」

 

 宙太くんには宙太くんらしい気持ちの伝え方がある。元気よく伝えるのは得意なんだろう。

 そのうえで……初めて俺と会った時、宙太くんが付けていた元気な男の子っていう仮面(キャラクター)が外れていて、だから素直に伝える事ができたんだろうなって思う。

 

「今はふたりだけだから大丈夫。頭の中でゆっくりイメージしてみて。それから宙太くんの伝えたい気持ちを、それにピッタリな言葉を考えてみて」

「うん……」

「準備ができたら話してほしい。難しいと思ったら教えてほしい」

「うん……」

「でも、ゆっくりで大丈夫。待ってるから」

 

 宙太くんは俯いて考える。俺はその様子を見守る。

 宙太くんがどんな事を考えてるか、今はどんな気持ちでいるのか。想像しながらゆっくりと待つ。

 

 そして、俯いていた宙太くんがチラッと目を俺に向ける。それから息を軽く吸って――

 

「ありがとう……テルお兄さん」

 

 静かに、宙太くんがそう言ってくれた。

 今までの色んな事を振り返って、そしてそれらに対して、こうして伝えてくれたんだなって感じる。

 それは少し意外で驚いて、申し訳ない気持ちも湧いてくる。最初から俺がこうしてあげられたら、辛い事もなかったはずって……

 

 でも、俺の申し訳ないって気持ちは一旦置いておく。

 だって、宙太くんが伝えてくれた気持ちを、まずは全部受け止めたいんだ。

 

 俺は笑って、お礼を言われて嬉しくなった気持ちが伝わるように、宙太くんにこう返す。

 

「どういたしまして」

 

 宙太くんは、安心したように微笑んだ。

 

「改めて言われると照れちゃうけども……でも、そう思ってくれてるのはすごく嬉しいよ」

「よ、よかった……」

「それでね……これが練習になるんだ」

「練習……?」

「うん。感じた事、思った事を人に伝える……。おいしいでも、ありがとうでも。それを練習してみてほしいんだ」

「う、うん…………」

「今の宙太くんだと、カナに謝るのは難しいと思う。だって、ごめんなさいって気持ちをちゃんと伝えたいんだもんね」

「うん……」

「だから……まずは自分の気持ちを言葉にする練習から始めよう。それでどうだったか、来週に聞かせてほしいんだ」

「わ、わかった!」

 

 ……

 

 それから一通り色んな話をして、じゃあ今日はこれでおしまい、お昼を食べに帰ろうってした時……

 

「あの……テルお兄さん」

「うん? どうしたの?」

「今日はありがとう…………がんばる…………また来週もよろしくね」

「……うん! 来週もよろしくね!」

 

 来週、宙太くんに会うのがとっても楽しみだ。




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