「この俺は、馬園ー……えっ? 僕は? そのー思っててー、D高校が愛と、優しさに包まれたなら――」
「うんうんそうだねがんばって」
「いやちゃんと聞けしマイナスぅー!!」
月曜日の朝の教室、馬園に案の定巻き込まれる。
「馬園はポエム作るの上手いなーすごいなー」
「褒められて嬉しいけどこれはスピーチ! ポエミーで愛溢れすぎててごめんだけど、生徒会選挙出馬スピーチでラブレターじゃないんだよ!!」
「そう……」
「あー! 灰野先生に届かないかなー! 『まさか、大勢の前のスピーチで、私にそんな愛を叫ぶなんて……キュン』みたいになっても良いんだけどさー!」
「無理だと思う」
「どこらへん直せばイケる!? 合格ギリギリ及第点とは思ってるんだけどさ!」
「全部かなー」
「予備作っておけば良いって事!?」
「それでいいよ」
やっぱり馬園には違う世界が見えているのかな……? このよくわからないポジティブさだけは素直にすごいと思うけど、ついていくのは絶対に無理……
「文字にするのってやっぱり恥ずかしー! けども、止まんなーい!」
「岸本さん、いつもの蹴りでこの馬園をどうにかできませんか」
「流石に無理。触りたくない」
「岸本には悪いけど、俺の尻は灰野先生専用なんだ……――って何!? なんで立ち上がるの!?」
「汚物には掃除が必要かもって」
馬園はやめてー! と叫びながら距離を取る。岸本さん、いつもこんな馬園の対応をしてくれてありがとう……
「そういえば、他に誰か立候補する人はいないのかな?」
馬園劇場を見ていたクラスの皆にも聞いてみる。
「普通に面倒くさいからパスー」
「冷静に考えて、勝てる見込み無いしなー」
「てか、意味無いっしょ」
「誰か良い案出してくれるだろうし、それに投票で良い気がする」
「馬園は面白いから入れる予定!」
「ホント!? やったー!! 清き一票ーー!!」
「それ絶対に汚れてっからー!」
まぁそっかー。最初は沸いたけども、冷静になったら難しいって気が付くのは当然だもんね。それでも立候補する馬園の想いの本気さにだけはやっぱり感服。
「おーい、みんなー!」
そう呼びかけたのは朝練を終えて教室に来た野球部たち。
「熊谷が生徒会に立候補するから、応援よろしくー!」
そうなんだ!? 熊谷が立候補!? じゃあもう絶対熊谷に投票確定だ!
「馬園か熊谷なら熊谷に予定変更だな!」
「そんなぁ!? 行かないで清き一票ー!!」
「まぁ熊谷だよなー」
「うん、熊谷」
馬園が可哀想だけども、みんなも熊谷ムードだ!
「まだ、何するつもりか話してないのにそう言ってくれるの、照れるなー」
少し遅れてやってきた熊谷は、照れくさそうに頭を掻いている。
「熊谷なら信頼できるし、安心して生徒会任せられるからね!」
「そ、そっか? それは嬉しいかな……」
「俺も熊谷応援するし、出来る事あれば何でも手伝うから言ってね!」
「おう、ありがとうな」
……あれ? なんだか熊谷、困っている?
いや、わからないけども、少し歯切れが悪いっていうのか、心からの態度じゃないって気が何となくする。もしかしたらただの考えすぎかもしれないけど……目を合わせてくれない熊谷を、ついジッと見てしまう。
「D高校の部活を盛り上げるために、費用が欲しいって感じだから野球部員としても、みんな熊谷をよろしく!」
「うおー、真っ当過ぎ!」
「それにひきかえ馬園は……」
「ええっ!? いや、俺もみんなの為だもん! みんな優しくなろうねって話だもん!」
「熊谷の引きたて役、がんばれな!」
「だけどさ! きっと負けても『馬園くん私の為にここまでよくがんばったね』って線あるから!」
それは絶対に無いと思うんだけどなー。
「とりあえず、俺、そろそろ灰野先生呼んでくるね」
時計を見たらもうすぐホームルームの時間。熊谷は気になるけども、一旦クラス委員の仕事をしちゃおう。
「みんなー! 俺の! 馬園の恋を応援してくださーい!!」
選挙関係なくなってる……
――
「えー、角田がやるっつってんだから角田でいいだろ」
「一応、今は灰野先生が担任じゃないッスか」
「行きたくねえー角田に頼め角田に」
……
「私、担任やらないよ?」
「えっ!? 角田先生やる気満々だったじゃないッスか!?」
「いやだって私が勘違いしてただけだし。皆の前だったから、じゃあやりませーんなんて言うわけにもいかなかったし」
「そ、それなら灰野先生にも話を通しておいてくださいよー!」
……
「えー、角田が担任やるんじゃないのー」
「もしかしてわかって言ってました!? 言ってました!?」
「灰野先生、マイナくん。何かあった……?」
「あっ、波多野さん! ごめん、待たせてるよね!?」
「これからは角田が担任やる予定だからさー」
「やらないって言ってました! だから灰野先生が来てください!!」
「灰野先生、馬園くんが本当に苦手ですもんね」
「名前だけで割と鳥肌立ちそう」
「でも、馬園くん程じゃないですけど私も灰野先生の事好きですよ」
「ハ、ハァ!? いや、ハァ!? う、うるせー!!」
「俺を蹴ろうとするのやめてくださいって!」
「照れ隠しにマイナくんを蹴っちゃダメです。さぁ、行きましょう?」
本当に波多野さん、すごいなぁ……
「あ! それじゃあ俺も好きって言えば……無理でした。好きじゃないです嫌いッス」
「おう、お前が好きって言ったら蹴りとばすだけじゃ済まさねえからなあ?」
「……灰野先生スキデスヨー」
「ヘー、ウレシイナー。どこがすきかいってみろよー」
「音楽に関して妥協無くて、スパルタだけども教えるポイントはすごい的確で、レッスンとなると付き合ってくれますし、何よりも表現力に脱帽してますしー」
「ワァーウレシイナー。ワタシもマイナのコト、スキニナッチャウナー」
「エヘヘー、ウレシイナーラブラブッスネー」
すごく体がゾワゾワする無理お互いにダメージが大きすぎる二度とやらないこの時間を無かったことにしたい。これを誰かに聞かれていたら嫌だなぁ……でも、誰かに聞かれていても大した事は無いか――
「……や、やあ。お、おはよう……」
「え……平賀先生……?」
驚いた様子の平賀先生がそこに居た。えっ、よりにもよって平賀先生に??
「あー……ええーっと……申し訳ないが、後で少し話を聞かせてもらってもいいかな……?」
「アッハイ……」
思わず返事をしちゃう。灰野先生も固まっているし、波多野さんは目をパチクリさせている。
――キンコンカンコーン
「そ、それでは……」
平賀先生はそそくさと離れていく。俺はもう一度、灰野先生と顔を見合わせるし、波多野さんにも目を向ける。
「だ、大丈夫だよ」
波多野さんはそう言ってくれたけども、声は震えている。
「うわああああ最悪だー!!!」
「ふざけんじゃねええええ!!!!」
「お、落ちついて!? 落ちついて!!」
ごめん波多野さん俺落ち着けない。俺はそのまま全力で走ってクラスに飛び込む。
「馬園のせいだあああああ!!!!」
「えっ、何? 何かした俺? えっ? えっ?」
――
「じゃ、じゃあ、そそそこ。す、座っててね……」
最悪過ぎて何も頭に入ってこない……たぶん口から魂が漏れてるんじゃないかって思うくらい今の俺は何もかもが真っ白……
「ヒ、ヒヒ……おと、大人しくて、たたた、助かるね……」
もう煮るなり焼くなり好きにしてください……現実に耐えられないから、せめて迷惑はかけないように生きよう……
「こ、こここれ、これ、持って……あ、あと、あと、付けて……」
はい……何でもしますよ……というか、これ、何してるんだろ……?
「あ、ちょ、ちょちょっとボタ、ボタンも、はず、はずすね」
「……えっ?」
目の前の人が思ったよりも接近してきた所で流石に魂が戻ってきた。
「なっ、何しようとしてるんですかー!?」
「ヒャアアアァーー!?!?」
「うわああああ!?!?」
絶叫されて、ビックリしてこっちも叫ぶ。いったい何が起きてるの……?
「マイナスくん起きちゃった」
「ま、松本さん!? 何!? なんなの!? 俺、何されてたの!?」
「モデルしてもらうだけだけど」
「えっ、モデル……?」
全然、全然話の繋がりが読めない。だけども落ちついて周りを見れば、ここは恐らく美術室……松本さんはクラスメイトで美術部……
「お昼になっても抜け殻のマイナスくんだったでしょ」
「う、うん」
「だから保健室に連れてくって言った」
「……ここ、保健室じゃないよね?」
「モデルにするからね」
「嘘付いたって事ー!?」
「静かにして」
松本さんは騒ぐ俺を制止する。
「巳谷先生が気絶してるから」
「気絶してるー!?」
いつの間にか倒れていたその人、先生だったの!? えっ!? 先生だったの!?
シーッと松本さんに静かにするようにジェスチャーされる。
「先生ー、起きてください」
「ヒッ!? こ、こここここは!?」
「早く描いちゃいましょうー」
「あっ、ボボ、ボタン、と、とと取って」
「は、はい……」
「アァ! イイ!! イイ!!」
何をどうすればいいか分からないけども、ひとつだけわかる事がある。流されるままだと、想定以上の変なことに巻き込まれるんだなぁ……
……
――キンコンカンコーン
「お昼休み、終わった」
「ヒヒ……あ、ああありがと……!」
「ど、どういたしまして……」
「後は馬園くんも良い感じに足したいな」
「……なんで馬園……?」
「馬園応援するから」
「なんで!?」
――巳谷先生が俺のツッコミに驚いて倒れる。
「面白いから」
そのまま松本さんは片付けを始める。……松本さんが馬園を応援するのは構わないけど、なんで俺が巻き込まれるんですかー……
「マイナスくん」
「……なんですか」
「お昼ご飯忘れてたゴメン」
「あっ、えっと……我慢するからいいよ」
夢中になってご飯を忘れるって事、たまにあるから仕方ない……かな。
「次は忘れないようにしておくよ」
「えっ!? まだ次がある予定なの……!?」
「もちろん」
こうして、俺は抜け殻になってはいけないんだなって学んだ。
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