連休3日目。
午前は吹奏楽部で、午後からは軽音部だ。
本当はレッスンを入れたかったけども、予定を変更して部活の方に時間を割く事にした。
「おはようございまーす……」
そして、その予定を変更した目的のために俺は音楽準備室をノックしている。
「……というか学校に来てるのかな……」
むしろあの人はどこに住んでるんだ……?
そんな疑問が浮かぶ。いない可能性を考慮してドアノブを捻ってみる。鍵はかかってないみたいだ。
「一応、学校のスペースだから……問題無いよね。うん」
ドアを開ける……すると寝息が聞こえてきた。
目をやるとそこには……すごいラフにYシャツを着ているの灰野先生の姿が見えた。すごいラフに。
いや、なんて姿してるんスかーーー!?!?!?!?
「ちょっ!? ああ!? せ、先生!?!? ああああ!?」
「ん……ああ。朝か……ふああ……」
「すみません! すみません! すみません!!!」
慌ててドアを閉めようとするが、散らかったものがドアに挟まって閉まらない。
やだ! やだ!! 退学になっちゃう!! やだ!!
「うるせーぞマイナ!! 目覚まし時計かよ!?」
「いやだって先生! 恰好! 恰好!!! なんでそんな恰好!?
いや、見てません! 見てませんって!! てか散らかりすぎててドア閉まらないんスけど!?!?」
「適当に取って閉めればいいだろうがよ。そこもわかんねえのかよバーカ」
「年頃の男子高校生がそんな冷静でいられますかー!?!?」
言われてから散らかったものを何とか取り除いてドアを閉める。
灰野先生、本当になんで先生してるの……
「なあ、マイナー」
「な、なんスか……っていうか用があってきたんスから、着替えたら教えてくだ――」
「朝飯買ってきて」
「……お代は?」
「もちろんお前持ち」
「理由は?」
「くわしーく教えてやろうっかー。今の恰好は――」
「いってきます!!!!」
灰野先生に真面目に付き合ってたら退学一直線だよー……
……
近くのコンビニまで走り、灰野先生の朝食として適当に色々買ってくる。ついでにちょっとしたものも。
「き、着替えましたか……?」
色々抱えてもう一度ノックしながら聞く。
「おう、開けていいぞ」
恐る恐る少しだけ開けて中の様子を見て……それからバン!と閉める。
「着替えたか聞いたのに変わってないじゃないッスかーー!!」
「休みの日だし、オフの恰好させろよ」
「ここ学校なんスよーーー!?!? てか学校に住んでるんスか!?!?」
「帰るの面倒でよー」
「はあああああああああ、そう思いましたよ!」
そういうわけでドアを開けてサッと先生に物を投げる。そしてサッと閉める。
「それ!! ジャージも買ってきたんで着てください!!!!」
「男物じゃん。使えねー」
「俺が女物買える訳ないじゃないッスか!? 贅沢言わないでください!!」
……
「んで何用よ?」
何とかジャージを着てくれた灰野先生。
うちの高校の音楽の先生で、見てくれは綺麗な方なのだけども、中身が人としてヤバイ。
ソファーに寝そべりながら俺が買ってきたご飯を食べる。
突っ込みたいけども突っ込むと話が進まないのでグッと我慢する。
「えっと……先生ってピアノ……弾けます……よね……?」
完全に忘れてたけども、灰野先生は一応、音楽の先生。その事を本当に本当に忘れてた。
「ああ」
「その……上井先生の課題で」
「上井のー?? それだけでもう鬱だわ。はい終わり」
灰野先生は上井先生が絡むとなんかおかしくなるよー!!
「いや、上井先生の指名なんスよ!! 灰野先生を!! だから聞いてくださいって!!」
「うわ……マジかよ……鬱……」
「その、一緒に合わせてこいって言われてて……」
「曲は?」
「エルガーの『愛の挨拶』ッス」
「…………ああああああああああ!!! マジで鬱!!」
「やっぱりダメッスか……」
「……上井の奴、なんか言ってた……?」
「え……いや、特には……?」
「チッ……お代は高くつくからな」
「や、やってくれるんスか!?」
「一回だけだからな! 一回だけ!!」
「ありがとうございまーす!!」
……
「お前さ、『愛の挨拶』の意味わかってる??」
「え!? いや、それはちゃんとわかってますよ。プロポーズに贈った曲で――」
――『愛の挨拶』は作曲家エルガーがプロポーズに贈られた曲だ。
エルガーは『威風堂々』なども作曲しており、今でこそ有名で偉大な人物として知られているが、当時は無名だった。
身分の差などで周囲の反対があったが、それを押し切って二人は結婚する。
「ちっげーよ! 愛の挨拶!! 愛の!! 愛!!!!」
「ええ……? 俺の演奏、なんか変でした……?」
「お前のは『愛の挨拶』っつうより『朝の挨拶』だよ!! 何全部素直に弾いてんの!?」
「ええ!? いや、こうした方が気持ちいいかなって考えたりはしますけど……」
「これだから良い子ちゃんはよーー!? 代われ! 代われ! 伴奏しろ!!」
「は、はい……」
灰野先生はバイオリンをひったくり、構える。
俺もピアノに座り、そして息を吸ってから伴奏を始める。
……
――先生の弾く『愛の挨拶』は思っていた以上に深さを感じた。
アルバムを開くかのように昔を振り返る始まり、辛い事も楽しかった事も想起させるような音色は甘く、切なく……
俺のピアノの伴奏と深く絡みあい、静かに終わりを迎える。
「灰野先生……ビックリするくらい感情込めるんスね……」
「ビックリが余計だろ?ああ??」
「サ、サーセン……」
でも、本当に灰野先生がここまで心に響く演奏をするのは意外だった……
やっぱり音楽に携わる人って変になりやすいんだろうな……
「当然の話だけどよ、バイオリンは作音楽器。わかってるよなぁ??」
「はい、なんで正しい音色はもとより、感情や気持ちも出しやすくて――」
「お前にゃ鬱の感情足りねえ」
「え、ええ……? いや、鬱な事はいっぱい――」
例えば灰野先生の事とか……
「ちげええ!! 誰か好きになって鬱屈とした気持ち持った事とかねえの!?!?」
「ええ……? いや、まだそういうのは……」
「はああああああ!? てめえ高校生だよなあ?? 無いの!? そういうの!? 経験!?」
「な、無いッス……」
「なら経験してこい!! 楽部の連中にでも適当に声かけてきてよぉ!!」
「何言ってるんスか!? やっぱり先生って人でなし過ぎません!?」
「ともかく今のお前のじゃ合格させねえからな!! 上井の奴に絶対に聞かすなよ!!」
「え、ええ……? わ、わかりました……」
思った以上に無理難題を押し付けられてしまった気がする……
上井先生は予測してたのかなぁ??
――
「あ、おはよう」
吹奏楽部の練習の時間が近くなってきて音楽室に人がやってくる。
「おはよう。マイナスくん早いね」
「灰野先生に用事があってさ……!」
「ええ……大丈夫だった……?」
「何とか大丈夫だよ……」
「何かあったら相談してね……!!」
本気で心配されてる……
いや、俺も灰野先生と関わってる人がいたら心配過ぎて仕方ないのはわかるけども。
「そうそう……マイナスくん、今、ここにいるの私たちだけだよね?」
「え、うん。そうだけども……」
隣の音楽準備室には灰野先生はいるかもしれないけども……
「えっとね、伝えたい事があって……」
……さっきに先生が言ってた事がチラつく。
え、経験!? いや、そんなすぐに転がってくるわけ。いや、いやいやいやいや!?
「な、なんでしょう」
緊張して声が上ずる。
まだよく知らない相手なのに、すごく可愛い笑顔で、目を伏せがちにしてて、少し恥ずかしそうにしてて。
え?ええ!?
「助っ人見つけてくれてありがとうね」
……あ!そういう事だった!?
そういう事だったーーー!!
「……あ、サックスの……」
「ちゃんと名乗って無かったよね。月野だよ」
そう言って月野さんはニッコリと笑う。
「いやいや……! 体育祭限定での編成だけど、普段の編成を考えると経験積みたいもんね……!」
「そうなの。私もそう思っててさ、だけども編成と助っ人考えると私がパーカス行くのが一番だなってわかっててさ」
ここの吹奏楽部はかなり限界人数だ。俺含めての助っ人3人を除いてたったの9人。
体育祭で『ワシントンポスト』を演奏するのだけども、打楽器が3人欲しくてどうしようかとしていた。
何とか打楽器をしてくれる人が見つかって事なきを得て、月野さんはサックスのままになれたんだ。
「みんなの前でお礼言っちゃうとさ、クラリネットの先輩たちを悪い気分にさせちゃうかもしれないから言えなくて……」
「えっ!? いや、そんな事無いと思うけど……」
「本当にそう思ってるー? マイナスくん」
9人のうちの3人がクラリネット。
先輩が3人で仲良くしていて、それでクラリネット以外はできないからって断られた。
編成としては問題は無くはないんだけど、体育祭での編成を考えると1人が打楽器に回ってくれると捗ったのは違いない……
けども、できなかったから月野さんにしわ寄せが行ったのも違いなくて……
「あはははー……」
「よかったら今度、お礼させてよ」
「いやいや!? 大した事してないよ!? 助っ人に来てくれた渋谷さんにお礼を言った方が……」
「じゃあ渋谷さんとも一緒にどこか遊びに行こうっか!」
「え、ええ!? 俺、渋谷さんと話、合うかなぁ……?」
「渋谷さんすっごい良い人だから大丈夫だよ! 楽しみにしててね!」
「お、おう……!」
――
だんだんと吹奏楽部のみんなも集まってくる。
「みんな、おはようー! やっと連れてきたよ」
「うーっす、助っ人の鷹田っす」
「あっ!? 鷹田来た!?」
「マイナスじゃん、明日に来る予定じゃなかったの?」
同じ軽音部で同じバンドの同じ1年生の鷹田も来た!
軽音部に入る時にめちゃくちゃ世話になったし、今までもずっと世話になっている一番の友達!
そして鷹田を連れてきたのは鷹田の幼馴染の近藤さんだ!
「それがちょっと予定変更があってさ……! その、後でホウレンソウしたいんだけども良い……?」
「おう、おっけ」
「男ふたりで内緒話? まぁいいけどさ」
「いやぁ……その軽音部での色々とかもあってさー」
「マイナスくんはともかく、鷹田は練習ちゃんとしてよね? 合わせられる回数も少ないんだから」
「わかってるって。契約分は働くっての」
そんな風に話している時、渋谷さんが鷹田に声をかける。
「なあなあ! タカダンー軽音部やったよね??」
渋谷さんは助っ人として来てくれた3人目。
本当は軽音部に入りたかったのだけどもバンドを組めなくて一旦吹奏楽部に助っ人に来てくれている人だ。
「ん、どしたー?」
「ウチな、やっぱり軽音部に入りたいねんー! ドラムやりたいんよー」
「いやぁ俺に言われてもなー、ペーペーの一年だし」
「渋谷さんは演奏って初めてだったよね?」
近藤さんが声をかける。
「せやで! けどドラムにシンバルでジャカジャカジャーンってやるのやりたいんや!」
「ふふ、じゃあね、吹奏楽部でも使うから練習していくといいよ」
「マジで!? あれって軽音部専用やないの!?」
「うんうん、共用だよ。今は使う曲じゃないから使っていないだけでね」
「ウチ、楽器の経験も無いからバンド組めんくてなー」
「唯一の女子だったしなー。ちなどうしてそんなにやりたいんだよー」
「推しが叩いてるの見て、ウチもやりたくなったんよ」
「へー、推し」
「結構前のアニメなんやけど、それ見てウチはドラム絶対やるって決めたんや!」
……えっ!?
渋谷さんそういう理由だったんだ!?
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