「痛いよー……」
「また灰野先生にやられたのかー」
「わざわざ会いに行くとかクラス委員も大変だねー」
「マイナスくん大丈夫? よーしよしよしよし」
朝の教室、なんだかんだクラスメイトが俺を囲んで話してる。
「大丈夫……なんだかんだ頭ばっかり叩くから……」
「マイナスくんの頭が悪くなっちゃうよー」
「音楽の事ばっかり考えてるから良い音鳴るんじゃね?」
「そういうお前は叩いたら良い音しそう、空っぽだからよー」
あはははは、と教室の皆が楽しそうに笑う。
――こういう雑然とした、だけど楽しい教室の音、いいなぁ。
「ところでマイナスってさ、灰野先生に一言多いけどなんで?」
「え……?」
「はいはい言ってれば少なくとも叩かれないじゃん」
「あ! 俺わかる! ご褒美なんでしょ!」
「ちょっとー! 今、朝なんですけどー!」
ご褒美……ってなんで……??
「あー、いや、なんかその……何してもどうしようもないって思ったら……つい……?」
「どういう意味??」
「皿の上に乗ってるっていうの……?
もう食べられる運命なんだなって受け入れたっていうか……」
なるほどな……という声が聞こえてくる。
「食べられる運命とか……うらやま……」
「マゾは黙ってろーい!」
教室はまた爆笑に包まれた。
――
「あ、あの、マイナスくん……」
「波多野さん、どうしたの?」
教室の移動中、波多野さんに声をかけられる。
冷静に冷静に……波多野さんを前にすると何故か寂しくなる気持ちをグッと抑えつつ。
「大丈夫……? って、その、声、かけたくて……」
「え!? だ、大丈夫だよ! 全然平気! 平気!」
俺の微妙な様子を見透かされてるのかな!?
ご、誤魔化さなきゃ!
「ご、ごめんね……いつも……」
「ええー!? いやいや、謝ることなんて何もないよ!? 俺、全然元気だし!」
「う、ううん……そ、その……」
「あ、うう……??」
俺、やっぱり幻滅されちゃうんじゃ……
やっぱりなにか悪いことしてるのかも……
「わ、私も灰野先生の所へ行くようにするから……頼ってね……」
そ、そっちかーーー!!!
~~
やっぱり、なんだかマイナくんの様子が変だな……
ちゃんと聞いたほうがいいのかな……
でも、私なんかが聞いても仕方ないことかも……
私も誰かに相談できたらいいのにな……
~~
「上井先生……」
「どうしましたか? テルくん」
上井先生といつものレッスン。
やっぱりなんだかんだ頼りになる大人の人といえば上井先生になっちゃう……
「俺、そんなに元気無さそうに見えるんスかね……」
「ふふ、テルくんは元気なつもりなんですか?」
「あう……少なくとも、どうしようもない事だから気を使わせたくなくて……なのに皆に言われるんスよ……」
学校では会った知り合い全員に、家に帰ればカナからも一番に言われた。
元気無さそうだけど、どうした?って。
「話せない悩みなんですか?」
穏やかに微笑む上井先生。
いつもスパルタで、ゆっくり話を聞いてくれる事は少ないから少し珍しいなって思っちゃう。
「その……色々あって、考えちゃって、そのうえで灰野先生に『愛の挨拶』をもう1回付き合ってもらって……」
悩み、考え事、それらも含めての鬱々とした気持ち。振り払いたいって思ってるのに。
皆と楽しく過ごしたいのに。自分の為じゃないはずなのに。
「演奏が自己中って言われて……それもあってよくわかんなくなっちゃったんです……」
「ふふ、なんとも彼女らしい指摘の仕方ですね」
「じ、自己中ってなんスか……俺、そんなつもり全然無いのに……」
「テルくんのその演奏、聞いてみたいですね。ああ、少しお待ちを……」
「え、あ、はい……」
上井先生が少し席を外す。何をするんだろう……?
……
「えー、私、もう少し練習してからにしたいよー」
「大丈夫ですよ。テルくんも練習中ですから」
上井先生に連れられてきたカナ。
一週間前に伴奏を頼んだけども……
「お兄ちゃんは弾けるんじゃないの? 練習中じゃないよね?」
「お、おう、弾ける……けど、別の先生に不合格もらってて……」
「この間の女の先生? カッコよくて綺麗だったから覚えてる!」
そうだね。ガワだけは良いもんね。
「あはは……そういうわけでよろしく。合わせるから安心してな」
「うん、わかった」
「では、いつでもどうぞ」
――カナの伴奏に合わせるため、ジッと見つめる。
目を合わせて、それからゆっくりと息を吸ってからカナが始まりの伴奏を弾き始める。
――愛の挨拶のピアノの入りってなんだか安心する。
そこへ乗るバイオリンの旋律の一音目ってどんな気持ちだろう。
カナを見ながら、ピアノを聴きながら、バイオリンを演奏する。
何度も言うかもしれないけども、この曲のピアノとバイオリンはお互いを引き立てながら進行していくのがとても素晴らしくて……
――全然合わない。
――どうして?
……
「ねえ、お兄ちゃん……」
「わかってる……お互い、合わせようとしてるのに、なんでこんなにめちゃくちゃ合わないんだろ……」
「合わせるのが初めてなのはあるけどもさ……それ以上にいつものお兄ちゃんのイメージと全然違うんだよね……」
「いや、まぁ、いつもよりちょっと悩んでるのは認めるけどさ……!」
「それは置いとく。けど、いつものお兄ちゃんのイメージでカナは練習してきたんだけど……
今のお兄ちゃん、合わせよう合わせようって頑張りすぎてる感じがする……?」
「え? あっ! あー……うー……」
意外、気付き、納得、反省……
「――さて、カナさん、手伝ってくれてありがとうございました」
「うーん、まだちょっと納得いってないのに……」
「テルくんのレッスンが終わった後に合わせてみてください」
「はーい」
「先生、あの、俺――」
「では、レッスンを続けますよ」
――
「今日もよろしくね、波多野さん」
「あれ、マイナスくん、少し元気になった?」
「あはは……考え事してたのがね、解決したわけじゃないんだけども、考えすぎてもよくないなーって思って」
「そうなんだね。何考えてたの……?」
「ううーん……えっとー……」
――さっきのアンサンブルで、人に合わせることばかり考えて自分を失ってはいけないって思ったんだ。
……でも、そもそも合わないって事もあるよね……
こうしているのは不協和音だったりするのかな。
でも、できるだけ仲良くしていたい……いいのかな……どうなんだろう……
「マイナスくん……? マイナスくん?」
「ハッ……!?」
「熟考してたね」
「ご、ごめん……なんて言えばいいか考えてたら……わかんなくなっちゃって……」
「ふふ、そっか。マイナスくんらしいね」
「えっ!? それも俺らしいの!?」
「うん、そういうの言葉にするのも苦手なんだろうなって」
「ううー……」
「言葉にするよりも音にするほうが慣れてる……とかなのかもね」
「ああ……ちょっとだけ……そうかも」
「マイナスくんの演奏、また聞きたいなぁ……」
「え!? よければいくらでも弾くけど!?」
「ふふ、ありがとう。でも、今はダメだよ」
「べ、勉強の時間だもんね……」
「ううん。あ、いや、それもあるけども……」
「別の理由……?」
「スマホの通話だと、音が悪くて……」
「あ……ああ……確かに!!」
「いつか、よかったら直接聞かせてほしいな……」
……
波多野さんとの勉強が終わった後は、なんでだかドキドキして遅くまで眠れなかった。
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