仮面のロックンローラー   作:黄色ミミズク

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4・幼馴染と俺、光と闇、舞台と奈落、好きとトラウマ

 高校からはバスを乗り継いで帰っている。片道1時間。駅まで乗ってそれから乗り換えて家へ。その間、俺は周りの音を聞いて過ごしてる。バスの中でも、バスを待つターミナルの中でも、音は聞こえてきていて、誰かの世界が奏でられている。歩く音だけでも、その人がどんな気持ちなのか、想像してしまう。

 

「マイナ……だな?」

「えっ?」

 

 早足だったのがだんだんゆっくりとなって近づいてきた足音は、自分に向かってきたものだった。

 

「あ……ショウくん」

「名前で呼ぶな。今はお前とはそんな仲じゃない」

「ご、ごめん……宮音くん」

「ミヤネと呼べ」

「う、うん。ミヤネ……」

 

 彼は宮音(ミヤネ) (ショウ)くん。住む所が近く、俺と同じく音楽に携わっていて小さい頃からの知り合いだ。中学はもちろん同じで、ピアノのコンクールではいつも顔を合わせる仲だった。

 

「高校でも顔を合わすと思っていたが、別の高校に行ったそうじゃないか」

「あ、うん……そう、ちょっと色々で……」

「逃げたくなったからだろう? 舞台の上から」

「い、いや、そんな事……」

「好きに言い訳を並べればいい。少なくとも、マイナが降りた事で席が空く。ライバルは少ない方が良いからな」

「え、えと……」

 

 ショウくんはとても自信家で、誰にも負けないくらい上手なピアニストだ。小さい頃は一緒に楽しく演奏していた。連弾はもちろん、ピアノとバイオリンでのアンサンブルも。

 

「安心しろ、逃げてよかったと思えるようになるからな」

「あ、う、うん……その、最近は、どう?」

「どう、とは?」

「練習……大変かなぁって」

「今のマイナには想像も付かないだろうな。しかし、別に苦ではない。当然、乗り越える」

「そっか……がんばってね」

「お前に言われるまでもない」

「ミヤネ……もバスなの?」

「車での送迎に決まっているだろう。たまたまお前を見かけたから、どんな顔をしてるか見に来ただけだ」

「あ、声かけにきてくれたんだ……」

「そうだな、負け犬にな」

「……」

「ではな、もう会わないだろうが」

「あ……」

 

 踵を返してショウくんは待たせていた車に乗った。俺はその車を見送ったけども、ショウくんは振り返らなかった。

 

 

 ――

 

 バスの中で思い出す。

 アレは中学2年の頃だった。

 

 大きいコンクールがあって、俺とショウくんはもちろん参加していた。みんなが緊張する中で、俺とショウくんはソワソワしながら出番を待っていた。

 

「緊張するね……」

「一番は僕が取るから、安心して2番になっていいよ」

「えー……」

 

 これはショウくんなりの励まし方だ。ピアノは絶対に俺より上手くてたぶん天才ってこういう事なんだなって子どもながらに思ってた。

 

「ふふ、張り合いが出ますね」

「上井先生はどっちが最優秀賞取れると思う……?」

「そうですね、このままだとショウくんですが……」

「そっか……」

「でもテルくん。今日はご両親も聴いていますよ」

「そうなの!?」

 

 上井先生にそう言われて俺はパパとママに聴いてもらえるってすごく喜んでた。この場にいないとしても、それだけで張り切れた。

 

 前の子の演奏が終わり、会場が拍手に包まれる。

 次はショウくんの出番だ。

 

「一生懸命弾くから聴いてね」

「うん、がんばって!」

 

 ショウくんはライトが燦々(さんさん)と輝くステージに出ていった。

 

 ステージの上は別世界っていう話がある。キラキラと降り注ぐライトは自分だけを照らしていて、それを多くの人が見守っている。客席は奈落と呼ばれるように舞台用語には世界に関わる言葉がいくつもある。

 俺もステージの上にいる時、本当に世界には俺しかいないような、そんな錯覚を覚える。緊張するし、怖くなる。でも、ピアノを、バイオリンを演奏する時、そんな憂いはいつの間にか消えていた。

 

 ショウくんはどうなんだろう?

 そんな素朴な疑問を抱きながらショウくんの演奏を見守る。

 

 

 そして始まったのは……

 

 ――ショパンの『革命のエチュード』

 一音で聴く人の心を掴む素晴らしい入り、シリアスで、少しもよそ見ができない緊張感を漂わせる。弾くための技術も高くて少なくともその時の俺はまだ弾けなかった。コンクールに相応しい、ショウくんだから弾ける曲だった。

 

 

 あっという間に曲は終わり、会場は静寂な余韻に浸り……それから、一際に盛大な拍手が響いた。

 

 

 ショウくんは舞台の下手に去っていったからここからは話せない。だから、よかったよ、と親指を立ててサムズアップをしていた。ショウくんが舞台の袖に引っ込んだ後、振り返り、俺に親指立ててを返してくれたのも覚えてる。

 

 

 

 

 そして、その後に事件が起きたんだ。

 

 

 

 

 ショウくんの演奏の次の次が俺の番だった。

 だから、次の子が演奏する番だった。

 

 ――大丈夫、絶対にできる。たくさん練習したんだから。

 ――絶対に失敗で。落ち着いて。ちゃんと弾ければ最優秀賞は取れる。今の子よりあなたは上手い。

 

 ブルブル震えるほどに緊張しているその子に、お母さんらしき人が励ましてるのを見ていた。なんだか触れたら壊れてしまいそうだと思ったくらいに堅い表情をしていて、見ていた俺も不安になってしまっていた。ショウくんの演奏の後だから尚更で。

 

 名前を呼ばれてその子は舞台へと出ていく。何度も何度も練習したであろう歩き方、精確なお辞儀をした後にピアノへ向かい……その子は弾き始めた。

 

 

 ――ショパンの『幻想即興曲』

 初めの和音だけでわかる、人の心を惹きつけて止まないその音に続くのは、静かなのに、とても激しくて、だけども切ない……闇夜の中に見える幻想を見せる、そんな曲だ。

 初めの難所をその子は超える。中盤の、夢の中で微睡むような穏やかなメロディー……

 

 

  だけど、たぶん、安心してしまったんだろう。

  その子はそこでひとつだけ、

  弾き間違いをしてしまった。

 

 

 あ、と誰もが思ったのと同時にその子の演奏がピタリと止まる。

 明らかに違う音が静かな会場に響く。

 

 

 

 それから、その子は叫び始めた。

 忘れられない、たぶん、絶叫という言葉では、優しすぎるくらいにその子は叫んだ。

 

  許して、ごめんなさい、ごめんなさい。

 

 取り乱して喚く姿は衝撃的過ぎて、目を離せなくて――

 

 

 

 そして、その子は舞台の上から奈落へと身を投げた。

 

 

 みんな、ザワついていた。

 

 どうして? なんで? 俺は震えて動けなかった。

 

 すぐに大人の人たちが駆けつけて、その子を担いでどこかへ連れていった。

 舞台裏に控えていたお母さんは悔しそうに泣きながら、どこかに連れられていった。

 

 これからどうなるの? グチャグチャになった頭で反対側を見ると、同じように不安そうな顔をしているショウくんが見えた。ショウくんも俺と一緒で、状況に心が追いついてなかった。

 

 

  だけども、それなのに俺の名前が呼ばれた。

 

 

 ザワついていた会場もいつの間にか静かになっていて、俺の順番が来ていたんだ。

 怖くなって上井先生を見た。

 

「行きなさい」

 

 静かに、そう言う先生に促されるまま、俺は舞台へと出ていく。

 

 

 ライトはまるでギラギラと焼くような陽に感じた。世界には俺独りしかいなくて、でも、奈落の底にはたくさんの目があって、それはジッと俺の事を睨みつけていて、完璧な何かを俺に求めてる。

 

  失敗したらどうなるの?満足させられなかったらどうなるの?

  さっきの子が舞台の上から見ていた光景がきっと俺にも見えていた。

 

 

 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……

 

 

 緊張で震えそうになりながら、ピアノに向かう。

 失敗したら、俺も奈落に落ちるのかな。

 頭の中は真っ白だった。

 

 

 

  だけど、俺は弾いた。

  さっきの子が弾いていた、

 

 

  ――ショパン『幻想即興曲』を。

 

 

 

 

 たぶん、この時に俺とショウくんはおかしくなっちゃったんだろうな。




■取り上げた楽曲の動画
●革命のエチュード
https://www.youtube.com/watch?v=OsMZWH-9ChM
●幻想即興曲
https://www.youtube.com/watch?v=dHwhfpN--Bk

 実は私、クラシックに関しては2年ほど前まで完全に疎い方でした。
 とあるきっかけでショパンの『幻想即興曲』を聞いてからハマり始めました。
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