仮面のロックンローラー   作:黄色ミミズク

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53・助けてもらってばかりだと自分を情けなく感じたりするけども、期待に応えたい裏返しなのかも

「新しい数学の先生がやっと来たんだってさー」

「でも臨時って聞いたよ?そんなにウチの高校で授業するの皆イヤなんだねウケる」

「もう数学の授業なんて無くていいじゃんー。社会に出たら数学なんて使わねえしさ」

 

 前の数学の先生が電撃寿退職してから数学の授業はプリントを配られておしまいの日々だった。おかげさまで中間試験は赤点取らずに済んだけども、新しい先生はどんな人だろう……勉強がとにかく苦手で苦手な俺には不安でいっぱいだ。優しい先生だったらいいなぁ……

 

「おっ、きたきた!」

「おはようございまーす!!」

 

 入ってきた先生にクラスの誰かが元気よく挨拶する。

 

「良い挨拶だね。おはよう」

 

 五十代、六十代かな? とても落ち着いていて身なりが整っていて知的な雰囲気で、この高校では全く見ないタイプの人だ。教壇に立ち、俺たちに向き合ってから静かにしている。その雰囲気を察して、スマホやお喋りをしていた皆が不意に静まり、そして先生に顔を向ける。

 

「静かにしてくれて、ありがとう」

 

 教壇という舞台に立ち、そして生徒という観客に向けて紡いだ言葉のように感じた。

 

「数学は、好きかい?」

 

 しん、と静まり返っている教室。少なくとも俺は数学が苦手で好きじゃない……そんな空気かなって思った。

 

「将来の役に立たない、学んだ先に何を得られるかわからない。そう考えているかもしれない」

「そして君たちは忙しい。そんな君たちは無駄な物を選ぶ暇なんてない」

 

 うん……その通り。足し算や引き算、他にももうちょっと色々できたらそれだけでいいんじゃないのって思ってる。

 

 

「そんな君たちに頼みたい」

 

「よければ、私が愛する数学の話を聞いてほしい」

 

 授業で、ここまで心奪われたのは初めてだったと思う。

 

 

 ――

 

 

「なんかすごい授業だったなー!」

「臨時だから新しい先生見つかったら辞めちゃうって事だよな?」

「ウチにはあんな良い先生雇えないだろうしねー」

 

 みんなが口々に新しい数学の先生の事を話してるけども、俺は机でグッタリ……

 

「マイナス的にはダメだったのかー?」

「ううん……夢中になれたと思う……けど……」

 

 

「ぜ、全然わかんなくて……申し訳なくてたまらなくなっちゃった……」

 

 

 間違えて丁寧に優しく教えてもらって、間違えて丁寧に優しく教えてもらって、間違えて丁寧に優しく教えてもらって、間違えて丁寧に優しく教えてもらって……

 

 

 ツラい。

 

 

 ~~

 

 

 ツラい……

 

「ツッキー、大丈夫か……?」

「あ、ご、ごめんね……」

 

 同じクラスの渋谷さんに声をかけられる。こんなんじゃダメだってわかってるのに優しく声をかけてもらって、心配かけて……

 

「昨日の放課後から元気ないやろ……? 何あったん? ウチでよかったら聞くで……?」

 

 渋谷さんに少しでも話したほうがいいのかな……きっとそうした方がいいんだろうな……何を、どんな風に話そう……少なくとも皆がいない場所で……

 

「あ、あの……つ、月野さん……」

 

 あれ、この声は……波多野さんだ。

 

「げ、元気がないって聞いて……心配で……」

 

 マイナスくんの事をグルグル考え続けていた思考が少し止まる。私が勝手に余計な事して私が勝手に惨めに思ってる。でも、その余計な事をしたくなった理由は波多野さんにもある。

 

 

「ご、ごめんね。心配かけちゃって……そのね……」

「聞いてもらっても……いいかな……」

 

 

 私は波多野さんの事も好きだなって、守りたいなって思ったんだもん……

 

 

 〜〜

 

 

「波多野さん、色々勝手にして……ごめんね……」

 月野さんは話をそう〆る……けども、待って待って待って待ってー!!!

 

 うそっ!? 私は何も気が付いてなかったけども、そんな事があったの!?

 え、うそっ!? いやでもそれならマイナくんが落ち込んでたりしてた理由も納得がいって……そういう事だったのーー!?

 教えられたことで少しパンクしそうになる。けども、月野さんが謝る事じゃないよ! 私は首を振って謝罪を否定する。

 

「し、知らなくて……ご、ごめんね……!! ごめんね……」 

「ツッキー……そういうのは相談してーや……! ウチら友達やろ……!」

「そういうのも含めて……私がバカだったって話だよ……本当に……勝手にごめん……」

 

 顔を伏せて落ち込んでいる月野さん。発端はハヤトさん――もう名前を思い浮かべるだけで流石の私でも怒りそうだけど―が原因で、そのうえで何も気がついてなかった私も悪くて……

 

「それにね、本当に辛いのはね……もしかしたらマイナスくんに誤解されてるかもって……そう思うと……」

「月野さん……」

 

 可能性の話でしかないのはわかる。何も関係ない可能性もあるし、もしかしたら見たから通報したのはマイナスくんかもしれないし、月野さんの見た夢じゃなくてマイナスくんが実際に来た可能性もあるし……。だからって直接聞くのは怖いよね……あーでもでもでも……

 

「す、少なくとも、その……マイナスくんは……月野さんの事を……悪く思うような事は……無いと思うんだ……」

「……」

「それに……それに……あの……マイナスくん、励ましてくれて……ありがとう……」

「……」

「……もしかしたら私、ハヤト……に騙されてたかもしれない。けど、そうならなかったのは……月野さんがそうしてくれた、おかげ」

「……あっ」

「だから……ありがとう……」

 

 マイナくんとの最近の事を反芻する。マイナくんが変で寂しく感じていたのはハヤトの仕業だった。マイナくんに改めてよろしくって言われて嬉しく思えたのは月野さんのおかげだった。

 

「その……その、あのね……私、私……あの、月野さんと……」

「お、落ち着いて。大丈夫だよ。ゆっくりで……!」

 

 月野さんの言葉にゆっくりと頷く。息を吸ってから落ち着いて声にする。

 

「友達に、なれないかな……もっと知りたい……! 仲良く……なれたら……嬉しい……」

 

 少し戸惑う様子の月野さん。渋谷さんの方に目を向けたのを見て、私もつられて見る。

 

「ウチにはわからんけども、自分が友達でええのか悩むんやろ?」

「え!?あ、その……うん……私なんかって……」

「ノンノンがそう言ってたんや。ツッキーもそうやったんやね」

 

 渋谷さんはニッコリと笑う。月野さんは私にもう一度顔を向けてくれる。

 

「わ、私……良い友達……月野さんの……なりたい……がんばる……」

 

 アガってしまって上手く言えなくて、やっぱり私ってやつは……私ってやつは……

 だけど、月野さんは小さく笑い始める。

 

「私もね、今は友達になれる自信が無い……けども、そうなれるようにがんばる」

「こんな私だけど、よかったらよろしくね……波多野さん」

 

「あ、ありがとう……! よろしくね……月野さん……!!」

 

 不意に渋谷さんが私と月野さんの手を取る。

 

「知っとるか? こういう時は友情の握手やで! アニメじゃ定番や!」

「渋谷さんの価値観アニメに染まりすぎだよ!? いや、わかるけど!」

 

 月野さんが笑う。渋谷さんも笑う。そして思わず私も笑いはじめてしまう。確かに定番かも! だけども最近の作品でそういうのあったっけ?

 

「ノンノンが腹の底から笑っとるで! 初めて見たで!」

「そ、その……ベタ展開だよねって……! ゲームとかアニメでよくみるよねって私も思って……!」

「波多野さんもそう思うよね! いや、でもやってみよっか」

「うん……!」

 

 月野さんと手を結ぶ。

 

「よろしくね……!」

「こちらこそ……よろしくね……!」

 

 私たちの結んだ手を、渋谷さんが両手で包む。

 

「ウチら、仲良くしてこうな」

 

 

 

 世界ではきっとありふれてる事なんだけども、

 私には特別の出来事。

 

 

 〜〜

 

 

「ツラいからこそがんばらなくちゃな……!」

 

 本格的に始まった数学だけど、良い先生なのは間違いない! そして俺がバカなのは今に始まったことじゃない! 申し訳なくてツラいから逃げてロックをするのを諦めるなんて、そんなわけあるか!

 

 ホント、波多野さんが勉強を教えてくれて助かってるなぁ……ありがとう。

 そして、波多野さんの言葉を信じる勇気をくれた月野さん、ありがとう。




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