昼休み。俺は学食のパン売り場に来ている。
速水先輩には見つからないようにこっそりとしつつ……目的の人に声をかける。
「あの、森夜先輩!」
森夜先輩は面倒くさそうに俺へ顔を向ける……この反応は想定内。
「マイナスか……いや、なんか用?」
「見かけたので挨拶と……速水先輩が言ってたように今度、一緒に練習できないかなって相談したいんです」
鷹田には怒られるだろうな……って思うけども、やっぱり声をかけたくて仕方なかった。
黒間先輩がいない今なら、まだ声をかけやすいのもあるし……
「いや、まぁ……」
森夜先輩は曖昧な返事をする。
なんだか目が泳いでるようように見えるし、周りをチラチラと気にしているようにも見える……?
「森夜って黒間いないとイキれないんだよねー」
え……? 別の2年生がニヤニヤと森夜先輩を見ながら、そう口を挟んでくる。
「いや別にイキるとか別に――」
「じゃあいつもみたいに偉そうにしてあげればいいじゃん」
森夜先輩は愛想笑いを浮かべながら、目の端で俺の事を見る。
「あー……いや、まぁその……」
「食べながら話しましょっか! あ、ついて行きます!」
「いや……まぁ、そうすっか……」
どうしたらいいかわかんない……けども、一旦場所は変えたほうがいいんだろうな……
――
「す、すみません……その、なんか……」
「いや別に。大したことじゃないし」
人通りが少ない階段で適当に腰を下ろして話す。
「俺、声かけないほうがよかったですか……?」
「いや、別に」
全く話は弾まない……当然といえば当然だ……
練習について話ができれば一番だからそれを……?
さっきの話は気になるけども、俺が聞いた所で答えてくれるとは思えないし……
黒間先輩の事を聞く……のもよくなさそう……
何か良い取っ掛かりないか……?
そんな風に頭を抱えそうになりながら考えていた時に……
ぐうー、と俺のお腹が鳴る……そこそこ大きい音で。
は、恥ずかしい……
「……いや、腹減ってんの?」
「あ、は、はい……!」
「昼飯は?」
「あはは……買いそびれちゃって……」
森夜先輩に声をかけたくて、学食に行く理由作りにも昼は買ってきていない……加えて流れで一緒にここに来たから何も買ってなくて……
「食いかけだけど、いる?」
「えっ、いいんですか……?」
「いや、別に食欲あんまり無いだけだし」
森夜先輩が食べかけのパンをくれる。
「あ、ありがとうございます……!」
「んじゃ」
そして森夜先輩はこの場を後にしようとするけども――
「あの、森夜先輩」
「……何?」
「連絡先だけでも交換してくれませんか……?」
「いや……別に……」
「ダ、ダメですか……」
「いや、別に……まぁ良いって事だけど……」
「良いんですか!? ありがとうございます!!」
「いや、別にそんな……まぁいいか」
最低限の目標の連絡先の交換は達成できた。
やったー!!
――
教室に戻れば馬園がソーラン節の練習をしていて、山岸さんが指導している。
山岸さんの容赦のない指導キックが馬園に飛んで、馬園が痛いと叫ぶ。
だんだんと見慣れてきた、いつもの微笑ましい光景だ。
「マイナスなんだか嬉しそうだなー」
「あ、熊谷。そうなんだよね。ちょっとだけ作戦が上手くいったっていうかなんていうか……」
「おー、よかったなー! 何したんだー?」
「うん、先輩と……この間の駅での先輩たちなんだけどね、仲良くなりたくて、連絡先交換できたんだ」
「あー……あの先輩たちなー」
「あの時は先輩が迷惑をかけてごめんね。それに熊谷も助けてくれて本当に感謝してて」
「いやー、それは別に構わないぞー。でも……あー、うーん……」
「え、どうしたの?」
熊谷が微妙な反応をするのは意外。でも、考えてみたら当然の反応か……?
「ここで話すのは良くないかなーって思うから、後でなー」
「お、おう……?」
どういう事だろう……。やっぱり、あの時に何かあったのかな……
馬園の悲鳴と助けを求める声を流しつつ、想像を巡らせる……
――
放課後の紅組応援団の練習時間。
いつもは紅蓮先輩が一人、前に立って呼びかける形で始まっていたけども今日は違かった。
輪を囲むようにして皆で座り、紅蓮先輩がそのまま話し始めた。
「あー……まずなんだが……お前たちに一言ある」
紅蓮先輩がいつも険しい顔をしているのは変わらないけども、言い淀みながら話すのは初めて見る。
なんだろう? と全員が先輩に注目している。
「すまん……今まで独りよがりだった」
紅蓮先輩が……謝罪!?
「悪いがこのまま聞いてくれ。俺の考えとこれからについてだ」
いつもと違う語り口に全員、静かに聞いている。
「まず、厳しい課題についてだが、日程を考えるとそうせざるを得なかった。今までなら、こうして話し合いをするのも時間が惜しいとしなかっただろう」
「しかし、お前たちと俺とで熱意にズレが有ることに気がついていなかった。怒声を浴びせ、罰を与え、厳しくする前に、お前たちと俺との間の認識を共有する事が先決だと、今更だが思った」
「俺は『ソーラン節』をやりたい。
できる限り最高の、できるなら級友に届く、俺達の応援をやりたい」
「時間は無く、その分だけ練習は厳しいものになる。
だが、どうか付き合ってくれないか?
最高の応援をやりたい」
しん、と静まり返る部屋。どう返答すればいいか、悩んでる人もいるだろう。
少なくとも俺はがんばりたいな、ってやっぱり思う。
「やりまーす! 俺、やりまーす!!」
馬園が沈黙を破る。
「俺、まだまだ下手くそなんですけども、でも、なんだか楽しくなってて……!」
調子良いことを言うなぁって思うけども、でも、嫌いじゃない。むしろ馬園のそういう所が好きだな。
「そうか。そう言ってもらえるなら……なんというか、ありがたい」
紅蓮先輩も照れてるなぁ……!
「よし、今日の練習を始めるぞ。お前ら! 声を出せ!」
よろしくお願いします! と団員たちは大声を張り上げる。
――
「紅蓮先輩があそこまで言ってくれるなんて……頑張り甲斐がすごい出てきたね」
「俺はマイナスのおかげだと思ってるなー」
「そ、そうかな……?」
練習を終えた後、熊谷とバス停までの道を一緒に歩く。
「なんだかんだ俺はさー、先輩にはものを言えないからさー」
「上下関係とか……そういうのでだよね……俺が差し出がましいっていうか……」
「ううん、伝えるのが苦手なんだー」
「そうなの……?」
俺もどっちかっていうと伝えるのは苦手な方だと思ってるけども……熊谷にとっては違うのかな。
「なんだろなー……言いたいことを探してたら、ゆっくりになっちゃってなー」
「うー、わかる……俺も伝えたいことあるのに、上手く言えなくて……」
「マイナスは気持ちを伝えるの上手だと思うなー。言葉は
「そうなのかな……?」
「うん。なんか……言いたいことがわかるんだなー」
「面と向かって言われると照れるね……でも、先輩と話す時、サラッと喋るよね、熊谷」
「あれは練習したからだー。揉めたりしないように、良いとか悪いとか全部置いておいて、その場しのぎっていうのかなー……」
「ええ……!? でも、なんていうかすごいって俺は思ったけど……」
「俺も紅蓮先輩の事を応援してるって、ちゃんと伝えたかったんだなー」
……そっか。
事なかれで話すのに慣れすぎて、自分の気持ちを伝えるのができないのが……歯がゆいって事なのかな……
「態度とか、成果とかでも伝わる所はあるよ……! 紅蓮先輩、そういう所見てくれてるって思ったし!」
「そうだなー、そこでがんばるつもりだー」
少なくとも、熊谷は真面目で良い奴で、だからそこで伝える事も絶対できると俺は思う!
「それでなー……」
「ん? なんだろ?」
「昼に話せなかったことだー。そのなー……」
熊谷が言い淀む。ゆっくりと言葉を待つ。
「森谷先輩たちなー、そのなー……」
「イジメにあってるみたいなんだよなー……」
「そ、そうなの……?」
イジメにあってる、そう言われて昼のあの様子を思い返すと……納得はいく。
「でも、熊谷は気にすることは無いっていうか……その」
「それが違うんだー……」
熊谷は言葉を続けようとするけども――
いつの間にかバス停にたどり着いていて、そしてバスもやってくる。
「あー、ごめんなー。また、ちゃんと話すなー」
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