仮面のロックンローラー   作:黄色ミミズク

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※幼少の頃に辛い思い出がある方はご注意ください。


69・世界はどんなふうに見えている?

「ご、ごめんね。マイナスくんごめんね……」

「俺は大丈夫だよ……! 落ち着くまで待つよ……?」

 

 月野さんが戻ってきた時、少し泣いていた。

 でも、月野さんが落ち着いたから大丈夫という事でバスに乗ったのだけども、その時にボロボロと月野さんが涙を流し始めた。

 

「駅よりいくつか前で降りて落ち着く場所探す……?」

「でも、その、私のせいで、マイナスくんの立ててくれた予定崩すなんて……」

「月野さんの方がよっぽど心配だよ! 無理しないで……!」

「あっ、うぅ……」

 そう声をかけると月野さんが涙がどんどん溢れて零れていく。

 

 ――やっぱりこれは良くない。

 

「どこか落ち着ける場所に行こう」

「ご、ごめんね……」

「サッと良い場所思いつけたらよかったんだけど、俺、わからなくて……

 月野さんのお気に入りのお店とかってあるかな?」

「わ、わかんない……」

「そっかー……! あ、カラオケとかどうかな?」

「う、うん……」

「じゃあ、そうしようっか」

 

 

 ――

 

 

 慣れないながらも何とかカラオケに入る。

 ゆっくり落ち着いてね、と伝えて様子を見守っているんだけども……

 

 ――ここに連れてくるの悪手なんじゃ……?

 

 男女ふたりきりでのカラオケっていう密室……

 この間の月野さんが大変な事になった状況そのままだよ!!

 なんで俺ってこんなバカなの本当にバカ……

 

「何か温かいものでも飲む?」

 後悔してても仕方ないから、一呼吸入れてから月野さんに聞いてみる。

 

「あ、えっと……」

「美味しいものを食べると元気も出るっていうし……どう? お金は気にしなくていいから」

「い、いや……カラオケ代出してもらってるうえに、ご飯もなんて……」

「バイトもしてるから大丈夫だよ。それに俺もお腹空いちゃったしさ」

 

「何が好き?」

 

 

 〜〜

 

 

 ――何が好き?

 液晶に映るメニューを眺める。

 

 ――私ってこういう時、何を選んでたんだっけ?

 ああ、思い出した。

 みんなでシェアしやすいものを選んでた。

 

 ……選んでたっけ?

 決めてもらってたっけ?

 正解がわからない。

 

「マイナスくんの好きなものでいいよ……」

 

 私にはマイナスくんの正解がわからない。

 マイナスくんに全部決めてほしい。

 私はそれに合わせるから大丈夫だよ。

 

「勉強会の時、お菓子作ってきてくれたよね。

 月野さんはお菓子作るの好きなの?」

 

 ――え? どうなんだろう?

 私は料理も含めて家事を手伝う。

 お菓子も喜んでもらえたらって思って作っただけだった気がする。

 

「月野さんのお菓子、すごい美味しかったよ。妹も絶賛しててさ」

「別に大した事ないよ」

 

 食べてもらえてよかった。

 不味くなくてよかった。

 

「俺は料理が全然できないから、すごいって思うんだよね。

 いつから料理始めたの?」

「手伝いなら……小学生かな」

 

 お母さんの手伝いで……役に立てたと思って……

 必要とされてるって思えたから……

 

「すごいなー」

「すごくないよ」

 

「すごくないよ。当たり前だよ。これくらい普通だよ」

 

「そんな事――」

「すごくないよ。私はがんばってない。何もできないよ」

 

「がんばってるなんて、そんな、私、してないよ。

 当たり前の事を普通にしてるだけだよ。

 なんでがんばってるなんて言うの。

 私、変な事してるの?

 私、おかしいの?

 

 普通にしてるの。がんばってないよ。

 すごいなんて言わないで。

 私はおかしくない。普通にしてるのに。

 

 なんで、そんな事言うの」

 

 ――どこかで同じ事を言ってる人がいた気がする。

 

 

 〜〜

 

 

 先ほど以上にボロボロと涙を零す月野さんを見ていると、俺はなんだか悲しくなってしまった。

 

 ――だけど、月野さんはそんな自分自身を"普通"だって信じている。

 なんて声をかけてあげたらいいんだろう。

 

 ……月野さんには世界はどう見えているんだろう。

 

 俺が二年前に、舞台の上から見た光景なのかな。

 それとも……奈落に飛び込んだあの子の光景なのかな。

 

 ミスをしたらまるで全てを失うような恐怖……?

 受け入れてもらうために自分を捨てるような感覚……?

 

 すごく怖かった。あの時。

 ――もし、あの時の自分たちに言葉をかけられるなら……

 

「俺は月野さんの敵じゃないよ。

 安心して。大丈夫」

 

 どこか虚ろな目をしていた月野さんは呆然として、それから両手で顔を覆う。

 

「ご、ごめんなさい……私、何言ってるんだろ……」

「大丈夫だよ。思ったことを、そのまま言って大丈夫だよ」

「私……私、がんばってない……普通……普通のはずなのに……なんでって」

 

 月野さんは嗚咽を――息を詰まらせ声にならない声をあげながら泣く。

 

「……俺、一緒にいても良いかな?」

 

 ……月野さんからの反応は無い。

 

「大丈夫。ゆっくり落ち着いてね」

 

 ……

 

「私……なんでこんなに泣いてるんだろ……」

 だんだんと落ち着いた月野さんが、呟く。

 

「あの公園で何かあった?」

「……その……」

「大丈夫だよ。何でも話して」

 

「……すごく、イライラしたの。なんで、あんなに困ってる子をすぐに保護しないのって」

「月野さんは……あの子が心配でたまらなかったもんね」

「だって、見たらわかるもん……辛いって……」

「あの子はきっと辛いって、月野さんは思ったんだね」

「きっとじゃないよ。絶対だよ」

「なんでそう思ったの……?」

 

「……わかるから……」

「どうして……?」

「私もあんなふうにしてたから……家族の為に、ああしてたから……」

「そうなの……? それなら月野さんも辛かったって――」

「私は平気」

 

「……私は平気って……慣れてるから大丈夫って……それが普通で当たり前って……」

「……だから、スゴくはない……の?」

「……うん。私なんかが居ても良いように、やらなくちゃいけない事をしてるだけ」

 

「私が、がんばってるなんて言ったら――」

 息を詰まらせながら、言葉を続ける

「おかしいよ……変だよ……」

 

「ねえ……私、がんばってるのかな……?

 おかしいの……? 変なの?

 私は、私の事なんてどうでもいいのに、

 消えても仕方ないって思ってるのに、

 それならなんでがんばってるの?」

 

 ――スゴく、すごく哀しい……

 

 色んな気持ちや言葉が込み上げてくるのに、それをどう伝えたらいいんだろう。

 ここまで哀しい気持ちを俺は知らなくて――

 

 ――いや、哀しい叫びを知ってる。

 

「……月野さんの思う事と俺の思う事が違っていても、それは月野さんを否定してる訳じゃないってわかってほしいんだけども……」

「……」

 

「この歌は知ってる?」

 ――森夜先輩の教えてくれた曲のひとつを月野さんに見せる。

 

「一緒に聴きたいんだけども……どうかな」

「……いいよ」

 

 曲を再生する。

 

 ――その曲は美しいのに、まるで心の悲鳴をそのまま歌にしたような曲だった。

 世界は全部敵で、自分なんていなくて良いって叫んでて。

 初めて聴いた時、俺は哀しくて哀しくて仕方なかった。

 

「――俺、教えてもらったばかりなんだけどもね、この歌、好きだなって思ったんだ」

「……」

「色んな歌、明るいとか楽しいとかあるけども……

 哀しい歌も好き」

 

「……月野さんはがんばってると思う。

 自分が居ても良いって思えるように、がんばってると思う。

 でも、月野さんが居るために、居て良い理由を作る必要なんていらないと思うんだ。

 

 消えなくて大丈夫だよ。

 月野さんはどうでもいい人じゃないよ。

 辛い気持ちを無視しなくて大丈夫だよ。

 

 色んな歌があるみたいに、

 月野さんは月野さんの世界があるから」

 

「……俺が思った事だけど、どうかな……?」

「……ありがとう……でも……わかんないよ……」

「うん。これは俺の思った事だから。それを聞いて、月野さんはどう思ってもいいんだよ」

「……私は……私はどう思ってるだろう……」

「ゆっくりで大丈夫だよ」

 

「……ゴメンね……」

「……こういう時にね、ありがとうって言うと良いんだってさ」

「……そっか」

「うん」

「……ありがとう」

「どういたしまして」




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