仮面のロックンローラー   作:黄色ミミズク

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86・谷あり山あり

「どうもーこんちゃーっす」

「おう来たな! 鷹坊に近藤の嬢ちゃん! そいつらが話してた奴らか?」

「はじめまして! マイナッス! 今日はお世話になります!」

「はじめましてー! 山岸って言いまーす!」

「は、波多野です……よろしくお願いします……」

「う、馬園でーす……」

 

 放課後に6人で俺達は”ヤキニク”屋にやってきた。今は開店前の準備中なのだけども、お店の中にはテーブルや座敷席がある。”ヤキニク”って屋内でやるのかなぁ? そうなるとテーブルに一人ずつコックさんが付くのかな? いや、でもそれだと絶対大変だしなぁ……

 

「鷹坊も面白い事考えやがってなぁ。こっちでも周りの奴らに声をかけておいといたぜ。これは連絡先な」

「うおっ、これはめちゃくちゃありがたいっすねー。なんだかんだ時間が足りなくて困ってたんであざっす!」

「詳しくはお前さんらで話してやってくれな。俺も正直よくわかってねえからよ」

「説明したつもりなんだけどなぁ。まぁいいや。馬園くん、練習ついでに説明できる?」

「えっ!? あ、はい……」

 

 そうして馬園はあらかじめ用意してただろう手帳を読み上げていく……すごい緊張してるのがわかるし、だから聞き取りづらいうえにわかりにくい……

 

「おいおい、緊張し過ぎだぞ、馬坊」

「ヒッ……す、すみませんー……初めてで……」

「一生懸命なのは伝わるんだがな! 鷹坊や近藤の嬢ちゃんが慣れすぎてるだけだったわな」

「私もバイトって初めてなんですよねー。だから割と不安で、上手くできるかなーって知りたくて今日は顔を出してみたんですよー」

「おー、そりゃ確かになー。うちはまだバイトを雇い慣れてるから教えるのはできるが、もっと小さい店だと教えるのも難しい所もあるだろうなぁ」

「わ、私も不安だなぁ……怒られたら……怖いなって……」

「マイナスとか馬園は本来の業務外の事でもワカリマシタ!って聞きそうだな」

「ええー!? そんな事あるー!?」

「契約内容がなぁなぁだとあり得るからね。お店側も働く側もきちんと善意と責任を持ってやらないとトラブルになるものだしね」

「うー、確かにそっかー」

 

 鷹田について行っていただけだからわからなかったけども、悪いお店もあるのかーって初めて知る。そのうえで働く時に悪いお店かどうかも自分で気をつけないといけないんだなぁ。

 

「とりま最初は俺の知ってる店から紹介していく予定だし、そこでどうなってくかを見てから調整って感じだなー」

「今日は馬園くんを試しに雇ってもらう予定だけども、どうですか?」

「おう、構わないぜ。ビシバシ指導してやるから安心しろよ。馬坊!」

「よ、よろしくおねがいしまーす……!」

「あ!もしよかったら私も見学とかってできますかー?」

「山岸来てくれるの!? 来て!来てきて!」

「おう、良いぜ! って言いてえけどもこの場合はどうなんだ?」

「うーん、見学だけなら大丈夫だと思う。だけど厳密にするなら、研修期間して最低賃金は出さないといけなくなっちゃうのかな?」

「どんぶり勘定しすぎるとまた嫁さんから大目玉を食らうに違いないっすねー」

「そりゃ困るなー」

「これも解決すべき課題になるね」

 

 実際に働かないとわからない事が多いけども、お店側も初めての人を気軽に雇うには費用や時間の面で難しいんだなぁ。

 

「そっかー。私、馬園が何かやらかすの心配だから一応見ておくよ。店長さんも良いですか?」

「面倒見の良い嬢ちゃんだ! 馬坊は良い彼女がいて幸せだなぁ!」

「山岸は彼女じゃないですよー! 山岸は俺を蹴るのが好きなだけなんですー!」

「私も馬園は勘弁だからやめてくださいよー! もっとカッコよくて頼れる人がいいですからー!」

「ハッハッハッ!わりぃわりぃ! セクハラで訴えないでくれよなー!」

 

 

 ――

 

 

「バイト……やっぱり大変そうだよね……」

「よくわかんねえ法律いっぱいあるしなー。研修中は最低賃金割っても良いとかなんねえの?」

「そうしたら鷹田が社長になった時、ずっと研修中にしてそう」

「おいおいマイナスに魂胆バレるとかどういう事だよ」

「流石に俺も鷹田のそういう所はわかるからねー」

「抜け道を作ると鷹田みたいなのが堂々と大変なことするね」

「ルールは守ってるから問題無いだろー」

「そういう事じゃないでしょ!」

 

 鷹田は鷹田だから、お金を稼ぐ事に関して目ざとい、良い意味でも悪い意味でも。働く側でも雇う側でも何とかしていくんだろうなぁって想像できるけど、なんだか心配にはなっちゃう。

 

「てか、働く側を保護し過ぎだっつーの。そのせいで働くハードル高くなってるわけで面倒な事になってるわけだしよー」

「いやいや、力関係は働く側が弱いんだから保護しないと大変なことになるでしょ?」

「けどそのせいで即戦力募集になっててバイトしにくいってどうなんだよー」

「確かに、バイトするための一歩目が高くなってるのはあるかも……」

 

「そういえば……」

 波多野さんが口を開く。

「ゲームで工場を皆で作ったけども、事故が多くて大変で……安全性を高くしようとすると場所も手間も効率も悪くなるからどうしようって……悩んでるのを見たことあるなぁ……」

 

「労働者を守るために改善しようとすると工場の機能性が落ちる、法律とかも一緒って事なのかな……」

「何より儲かった方が働く側も工場側も良いに決まってんだろー。事故は仕方ないって事でよー」

「でも、事故に遭った一人一人の家族や事情を思うと、仕方ないで済ませるのは俺はイヤだなぁ」

「バランスが大事……なんだろうね」

「あー今の世の中ってめんどくせー」

 

 

 ――

 

 

「ミヤネはバイトに興味ってある?」

「特に無いが……何故聞く?」

「この間に話した"ヤキニク"会の事とか、先輩の事とかでバイトをする話が盛り上がっててね。でも色々大変でさ」

「マイナもバイトをするのか? 余計な仕事を作りそうで心配だな」

「いや俺でもできるよ!? むしろバイトした事あるから!!」

「……そうなのか?」

「おう! 友達に誘われて一緒にした事あるからね!」

「そうなのか……」

 

 怒られる事はあったけども、何とかこなしたのは間違いない! なんだかんだできたって事が、今更だけど自信にもなるなぁ。

 

「もしもだけどさ、ミヤネがバイトしたらどうなるかな?」

「僕がバイトをしたらどうなるか……?」

「たぶん、力仕事は向かないよねぇ……掃除とかも違う気がするし」

「まぁ、しないだろうな」

「接客だとどうかな?」

「人に媚びるような事はしたくない」

「何ならできそう??」

「いや、バイト自体しないだろう」

「そっかー……どうしたらバイトしたいって思える?」

 

 ショウくんはうーんと考え始める。

 

「どうしてそんなに聞くんだ?」

「バイトを始めるのって大変みたいだからさ、始めやすくするためにはどうしたらいいかなぁって考えてるんだー」

「なるほどな……」

「どうかなぁ?」

「まぁ……誘われたら、仕方なく行くかもしれないな」

「俺も誘われなかったら始めなかったし、誘うのが一番かぁー」

「僕が誘われる事なんて無いと思うがな」

「忙しいもんね。バイトする暇があったらレッスンしたいだろうしねー」

「マイナも他のことをする暇があるなら練習しろ。まったく……」

「でも、時間ができたら何か一緒にしてみようよ」

「考えておく」

「楽しみだなぁー」

 

 

 ――

 

 

 家に帰ってからベースを手にとって練習をする。思ったことを反芻しながら。

 

 色んな人と会って色んな事を知ってほしいっていうのが原田先生やマスターの考えてる事なのかなぁ。

 ルールも色んな側面があるんだなぁ。守るために作られたはずなのにいつの間にかハードルになってる事もあるんだってね。

 

 そういえば、ジャズは禁酒法がきっかけで流行ったんだっけ……

 ルールの良い悪いについて俺は難しくてわからないけども、今ある曲の多くはいろんな社会があるから生まれたって言ってもいいんだろうなぁ。

 悲しい曲も楽しい曲も、切ない曲も嬉しい曲も、色々な人がいるから生まれる……偶然。

 

 たくさんの人ができるだけ幸せになれる世の中になったらいいなって思うけども、なんだかんだ難しいっていうのもなんとなく思えるようになったのかもしれない。

 でも、それを踏まえてもう一度ベートーベンを聴くと感慨深くもなる。

 

 ――交響曲第9番第4楽章『歓喜の歌』

 

 悲劇に見舞われた彼が、晩年に作ったこの曲に込めた想いはなんだろう。

 辛い事があっても最後はどうにかなる、なんて安直な話じゃないのはわかってる。

 でも、諦めないで音楽を愛し続けた彼の気持ちを考えると……なんだか勇気づけられるような気持ちにもなる。

 

 大変かもしれないけども、がんばろう。なんだかそう思える。




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