風都探偵 The ANOTHER CASE   作:竜・M・美日

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時系列は『風都探偵』11、12巻の間を想定しています。


CASE of F・f
前章1「Fの決断/令嬢対魔女」


 風の街・風都。

 街全体にたえず風が吹くため風力発電を主とする日本随一のエコの街。

 だがその評価を受ける一方で、時折その風にまぎれて、さまざまな思惑や問題が表面化することがある。

 それを解決するのが「ぼくたち」の役目だ。

 

「フィリップ! メモリブレイクだ!」

 ぼくの相棒である私立探偵・(ひだり)翔太郎(しょうたろう)が十分だと判断したのだろう、ぼくの名前を呼ぶとそう宣言した。

《了解した》

 ぼくもそれに(こた)えると、「ぼく」の右手が「W」の文字のようなベルト・ダブルドライバーから力の源である黒のガイアメモリ・ジョーカーを引き抜く。

「ジョーカー・マキシマムドライブ!」

 慣れた手つきで右腰に着いたマキシマムスロットに装填。最大出力発揮を示すガイダンスボイスが鳴り響く。

「ぼくたち」は緑色の竜巻によって、右肩から伸びるマフラーを激しくはためかせながら身体を巻き上げられた。

 薄暗い路地裏から夜空の月に照らされ、その姿を現す。

 V字型の鋭い二本の触覚を立てた、赤い複眼の超人。中央に走る銀のラインが左半身と右半身を分ける、強化皮膚に全身を(おお)われた戦士・(ダブル)

 ぼくと相棒が一つになった姿。

 このシステムを説明するのはいつも苦慮(くりょ)しているが、相棒の体にぼくの意識・魂がある、という考え方でおおむね間違いはない。

 右側がメタリックな緑、左側がマットな黒。

 ぼくたちはこの姿をサイクロンジョーカーと呼ぶ。

 これがWの基本形態だ。

 

 そして、今は目の前の怪物・ドーパントの撃破をこころみているところだった。

「《ジョーカーエクストリーム!》」

 ぼくと相棒は息を合わせて技名を叫ぶ。

 決して格好つけて、ではない。

 ドーパントは地球の「記憶」を封入したUSB型のデバイス・ガイアメモリを使用した人間だ。

 その相手に極力ダメージを少なく変身解除(メモリブレイク)するためには、二人の息を合わせる必要があるのだ。

 空に浮かぶWの身体が中央のラインから左右に分離した。これも強化皮膚(ゆえ)になせる技だ。

 左足に黒のオーラ、右足に緑のオーラをまとい、敵に二連続キックをお見舞いした。

「ウギャアアアア‼︎」

 絶叫を上げてドーパントが爆発する。

 人の姿に戻った相手の身体からグロテスクなガイアメモリが落ちると、地面で完全に砕けた。

「ウェ……ウェザー……!」

 壊れたガイアメモリから、うめき声のようなガイダンス音声が響いた。

「ったく、(おど)かしやがって」

 相棒があきれた様子で言った。

 たしかにぼくもこの姿を見たときは一瞬、冷や汗が出た。

 かつて風都で暴れていた殺人鬼・井坂(いさか)深紅郎(しんくろう)が変身したウェザー・ドーパント。

 風都にガイアメモリを広めた元凶である旧組織・ミュージアムにさえ反抗しようとしたあの圧倒的なパワーは、今でも思い出すと背筋が凍る思いがする。

 

 だが、今回の相手は拍子抜けするまでに、あまりにも弱かった。

《井坂ほどの適合者ではなかったのだろう。能力もまともに扱えているようには見えなかった》

 それというのも使用者とガイアメモリには相性がある。

 適合率が高いほどメモリから強力な力を引き出せるのだ。

 ぼくらはこのことについて「()かれ合う」といった表現を使う。

 だが、最近戦っていて思うことがあった。

 人がメモリを選ぶのか、それとも、メモリが人を選ぶのか。その境界が曖昧(あいまい)になりつつある、そんな気がしていた。

 そうなれば今回に関しては、使用者とメモリが「惹き合わなかった」ということなのだろう。

 

「ああ。大方、ネームバリューだけで大枚(たいまい)はたいて買ったんだろうぜ。身分不相応、って奴だな」

《だったら、人生込みで高くついたね》

 さて、と言ってWは携帯電話型ガジェット・スタッグフォンを取り出す。

「あとは警察にまかせて……っと。ん?」

 警察への連絡を済ませた矢先、着信音が鳴った。

 ぼくらが所属する鳴海(なるみ)探偵事務所所長・鳴海亜樹子(あきこ)からだった。

「亜樹子。どうし……」

「たぁいへんなのぉ‼」

「いっ⁉」

 右耳に当てていたWが思わず耳からスタッグを遠ざける。

 そのつんざくような声は、もちろんぼくの物でもある耳の鼓膜(こまく)にまで届いた。

《やれやれ……》

「翔太郎君! フィリップ君! 今すぐ帰ってきて‼ 大至急‼ とくにフィリップ君は!」

「はぁ? なんで……」

「いいから戻ってきなさぁーい‼」

 よほどあわてているのだろう亜樹ちゃんはそういうなり通話を切った。

「たっく、なんだってんだ亜樹子の奴……」

 Wがベルトを閉じると、変身が解除されてぼくの相棒が人に戻る。

 

 翔太郎は黒のジャケットと大きな(つば)付きの帽子を整えると、「地面に倒れている」ぼくに手を差し伸べてくる。

「大丈夫か? 相棒」

 意識が戻ったぼくがその手を握るとひっぱり上げてくれた。

「問題ない。突発的な変身だったが、うまく倒れることができたよ」

 立ち上がりながらグリーンのロングベストについた少々のゴミを払う。

 この数年ですっかり倒れるのが板についた。誇れることなのかはわからないが。

 ぼくたちは夏の風都の繁華街で発生していた奇妙な商品凍結事件に関して、珍しく二人で調査していたところで犯人であるドーパントと遭遇した。

 偶然とはいえ、素早く対応できたのは不幸中の幸いだろう。

 

「それよりも、翔太郎。あの亜樹ちゃんの様子はただ事ではなさそうだ」

「おう、とっとと戻ろうぜ。また、あーだこーだ、どやされる前にな」

 翔太郎はバイク用のヘルメットにかぶり直すと、愛用のバイクであるWの専用マシン・ハードボイルダーにまたがった。

 それにしても、「とくにフィリップ君は」とはどういう意味なのか。

 答えが出ないまま、相棒から渡された予備のヘルメットをかぶってバイクの後部に乗る。

 ぼくたちを乗せたバイクは夏の夜道を駆けていく。

 結論を言えば、ぼくはその言葉の意味を事務所に戻ったときに「思い出す」ことになった。

 

 風都の街中にひっそりと(たたず)む、かもめビリヤード場の二階に鳴海探偵事務所はある。

 身寄りのないぼくにとっての「家」には違いなく、住み心地のいい所だ。

 ところが、このときは戻ってきたとたんに嫌な気配がした。

 これは前にぼくも感じた……いや、ぼく自身が出していたような気もする。

 事務所全体が黒いオーラのような威圧感と寒気を放っている、そんな印象を与えてきた。

「おいおい……なんだよ、この気配は……?」

 相棒もそれを感じ取ったらしい。

 初対面の相手がときに彼のことを凡庸(ぼんよう)な人間と評価するが、それは断じて違う。

 彼の直感や観察眼は驚くほどに(あなど)れず、いくつもの事件を解決に導き、ぼくたちの窮地(きゅうち)を救ってきた。

 一方でぼくは強烈な違和感を(ぬぐ)い去れなかった。

 言葉に表すならば……そう、ゾクゾクしている。

 何か忘れているような……。

 

 相棒がゴクリと喉を鳴らし、戦々恐々としながら帽子を整える。

 そして事務所に通じる一階のドアを開けようとした。

『今晩。鳴海探偵事務所に(うかが)います』

 脳裏に浮かぶ、ぼく用のスタッグフォンに刻まれたメールの文面。

 血の気が引いていく気がした。

「しまった! 忘れていた!」

「えっ……いでぇ⁉」

 翔太郎を押しのけて階段を駆け上り、あわてて事務所のドアを開ける。

 中の状況を見て、このときほどぼくは自分を(おろ)かだと思ったことはないだろう。

 事務所では二人の女性がにらみあっている。

 その間では亜樹ちゃんがポニーテールを揺らしながら、必死に二人を抑えている……というより、二人の胸部で顔が押し潰されそうになっている、というのが正しい表現かもしれない。

「……ふぃ、ふぃりっぷ、くぅん……!」

 子犬のような目を浮かべながら、『ストップ!』『止まって!』と書かれたスリッパを握りしめて助けを求めていた。

「大丈夫……じゃなさそうだね、亜樹ちゃん……」

「ふ、ふたりを、とめてぇ……!」

 

 一人は、(ふじ)色の長髪、シースルーのキャミソールにローライズジーンズを着こなす女性の名は「ときめ」。

 最近、鳴海探偵事務所に入ってきた翔太郎の助手だ。

「魔女」と呼ばれていたこともあったが、今では相棒による親身な教育の成果か、探偵助手として完成されつつあると、ぼくは考えている。

 だが、良い面ばかりではない。現段階でははっきりとは言えないが彼女もメモリ使用者で、そのメモリはジョーカー。翔太郎が使用する物と同じメモリだ。

 そして、先ほどの理論から考えると、相棒は認めたがらないが、二人は互いに惹かれ合っているのは間違いない。

 かつてはそんな翔太郎の恋愛事情を茶化すこともあったが、今ではそれが悪い方向に出ないで欲しいと願っている。

『左翔太郎は悪女と惹かれ合う』。そんなジンクスを取り払ってほしい、と。

 

 ……いけない。思わず現実逃避をしてしまった。

 もう一方は、彫刻のような端正な顔立ちに(たば)ねられた亜麻(あま)色の髪、シンプルな白のドレスを着て、初めて会ったころよりさらに大人の女性としての美しさに磨きがかかった美女の名前は……。

「フィリップ! いきなり何すんだ……って、禅空寺(ぜんくうじ)香澄(かすみ)さん⁉」

 ドアの前で動かずに陣取っていると、相棒がぼくの肩越しにその名前を叫んだ。

 

 禅空寺香澄。彼女は以前、ガイアメモリ関連の事件でこの事務所を頼ってきた依頼人の一人だ。

 以前、風都には「禅空寺オルガナイザー」、略称・ZENON(ゼノン)という一大リゾート企業があった。

 そこで兄妹の間の遺産相続を巡る怪事件が起こった結果、彼女以外の「身内全員がガイアメモリ使用者」というとんでもない状況を生み出したが、無事に解決することができた。

 それからの彼女は祖父・禅空寺義蔵(ぎぞう)の意志を継ぎ、ZENONリゾートの資産の大半を売り払い、現在は遺産である広大な自然の保全に尽力している。

 

「……お久しぶりです。翔太郎さん。フィリップ君」

 再会の言葉とは裏腹に、香澄さんはぼくたちには目も向けず、ときめと絶対零度のような目つきでにらみあう。

「い、いったい、どうなってんだよ、こりゃあ……⁉」

 驚愕する翔太郎の前でときめが口を開いた。

「……あんた、フィリップのなんなのさ」

「聞いていなかったの? 先ほど『親しい間柄』だと言ったはずだけど。それにしても口の()き方がなってないわね。お里が知れるわ」

「お生憎(あいにく)様。こっちは記憶がないし、『魔女』なもんでね。口が悪いのは生まれつきだ」

 香澄さんは「魔女」という単語に鼻を鳴らす。

「私は家柄、『魔女』にはいくらでも会ってきた。今さら、あなたくらい怖くないわよ」

「なら、ここでそのお口に似合わない小綺麗な服をひん剥いてやろうか」

 互いに売り言葉に買い言葉だ。

「やれるものならやってみたら? でも、その前に訂正してもらうことがあるわ」

「……あぁ。そのとおりだ」

「「認めなさいよ」」

 すると二人の細い指がぼくと翔太郎に向けられた。

「翔太郎のほうが」「フィリップ君のほうが」

「「……格好いいって!」」

 二人の言葉にしばらく沈黙が包んだあと。

「はぁーいぃーっ⁉」

 会話の意味が理解できず呆然とするぼくに代わって相棒が叫んだ。

 

 あとから聞いた話によると、時間は数十分前にさかのぼる。

 端的に言えば、香澄さんがぼくを訪ねてきたのだが、そのとき、ときめだけが残っていたことが少々まずかったようだ。

 ときめには少し前のディープの一件もあって、様子見と療養(りょうよう)を兼ねて、しばらく事務所の留守番を頼んでいた。

 そこに香澄さんが来たため応対に出たそうだが、香澄さんはぼくのことを特別視している(ふし)があった。

 服装からは探偵らしさがなく、また探偵助手という役職だけを聞いて、香澄さんはときめを翔太郎……ではなく、ぼくの助手だと勘違いしたらしい。

「……あなたのような破廉恥(はれんち)な人が(ぼく)の助手だなんて信じられないわ」

「『(翔太郎)の助手だって信じられない』? なんでそんなことを言われなきゃならないんだ」

「フィリップ君にはもっと相応(ふさわ)しい人がいるはずよ」

「フィリップ? 違う。私は、翔太郎の助手だ」

 この勘違いだけで済めば、まだ良かったのだろうが……。

「翔太郎? あぁ、フィリップ君の仕事仲間の。なるほど。たしかにあの人には助手が必要そうね」

 口論が白熱した結果、つい意地を張ってしまった香澄さんは、ぼくのことを立てようとしてか、そんなことを言ってしまったらしい。

 だが、それがときめの逆鱗(げきりん)に触れた。

「……なんだと。あんたに翔太郎の何がわかるのさ」

「あなたこそフィリップ君の何がわかるっていうの」

「「……格好いいのは」」

「翔太郎だよ!」「フィリップ君よ!」

 些細(ささい)な意見の食い違いで喧嘩に発展しかねない……そう思われたとき。

「たっだいまー! と、き、め、ちゃ……うへぇ⁉」

 ()がいいのか悪いのか、ここで亜樹ちゃんが戻ってきたらしい。

 すぐに仲裁(ちゅうさい)に入ったが一人ではどうしようもないため、あわててぼくらを呼び戻したというわけだ。

 

「いや、それより。なんで、香澄さんがここに……?」

「フィリップ君に『今晩伺う』……とメールを送っていたはずですが」

 なんとかぼくたちが二人を離すと、なぜか依頼人用のソファに座らされたぼくの隣に座った香澄さんが、向かいに座る翔太郎とときめに対してつっけんどんに返す。

 駄目だ。口調が初めて会ったころの慇懃(いんぎん)無礼なものに戻りつつある。

 しかも、ときめのみならず翔太郎にまで敵意を向けている。

 まずい、非常にまずい。今回の件は完全にぼくの失態だ。

 大切な約束を忘れるなど、やってはならないことだ。

 

「フィリップ……『に』?」

 事情を知らない相棒が目で、どういうことだとぼくを見た。

 自責から頭を抱えたくなるのを抑えながら、黙っていたことを順を追って話をはじめる。

「あぁ……。じつはズーの事件のあとも、ぼくと香澄さんは何度か連絡を取りあっていたんだ。現状の報告を……。詳細はなるべく伏せて……」

「嘘! 私、聞いてない!」

「ぼくにとって、当時久しぶりにできた『友達』だったから……。興味が湧いて、つい……」

 ぼくの言葉に香澄さんの顔がまた若干、(けわ)しくなった。

「お、おう。そうか……」

 翔太郎が気まずそうな顔をしている。

 何かまずいことを言っただろうか。

 こういうときにダブルドライバーを付けておきたくなる。

 ドライバーを付けていれば翔太郎とぼくの意識は一体化して、何を考えているのか手を取るようにわかるのだ。

 

 いや、違う。今、ぼくがするべきことは現状から目を(そむ)けることじゃない。

「香澄さん、申しわけない」

 謝罪することだ。

「約束を忘れてしまって……。せっかく来てくれたのに……」

 ぼくの謝罪に香澄さんはふっ、と笑った。

 事務所の雰囲気がいくらか(やわ)らいだ気がした。

 頭を上げるとさっきよりは香澄さんの表情が柔らかい。

 ただ、相変わらず対面に座るときめの目つきは鋭いが。

「いいですわ。ときにはそんなこともあります。それにフィリップ君と喧嘩をしにきたのではありませんし。でも次は気をつけてくださいね?」

 ぼくはこのとき、ニコッと笑う香澄さんから旧組織(ミュージアム)の首領・テラーと対峙(たいじ)したときでも感じたことのなかったプレッシャーを感じたのは、きっと気のせいではないのだろう。

「……あ、あぁ。善処する」

 

 すると笑みを浮かべていた香澄さんの顔が、スッと真剣な面持ちになった。

「失礼しました。本日、伺ったのは依頼があってのことです」

 一呼吸置いて話を続けた。

「……おそらく皆さんのお力を借りるべき案件ではないかと……」

 その言葉に事務所の雰囲気が先ほどとはまた別の意味で引き締まった気がした。

「それはつまり……ガイアメモリ(がら)み、ってわけかい?」

 翔太郎の質問に香澄さんはうつむく。

「正直なところ……まだわかりません。ですが、最近……島にいるスタッフの……消息がわからなくなっているのです」

「『島』?」

「もしかして風流島(ふりゅうとう)のことかい?」

 亜樹ちゃんの質問にかぶせるようにしてぼくは尋ねた。

「……はい」

「えっ。フィリップ君知ってるの?」

「ああ。香澄さんから、その島を所有していることは聞いていた」

「はい。祖父の遺産の一つです」

「「島ひとつぅ⁉」」

 翔太郎と亜樹ちゃんが驚きの声をあげた。

「島と言っても小さな島です。それを私がZENONの解体をしている際に知って、ここも売却しようと思ったのですが……」

「そこも禅空寺義蔵の別荘兼観察所のような場所だったんだ。主に水中生物の観察がメインのね」

「そうです。ですので、私は売却を思いとどまり、その件は白紙にしました」

 ところが、と香澄さんは顔を曇らせる。

「最近になって、ある不動産会社が執拗(しつよう)に私に島を売却するように迫ってきたのです。アミューズメントパークを建設すると言って……」

 ぼくはその話に衝撃を受けた。

「……それは、聞いていなかった……」

「フィリップ君に……伝えるほどのことではないと思っていたので……」

 香澄さんが申しわけなさそうに言った。

 なぜだ。なぜ自分が困っているのにそんな表情をしているのか、ぼくには理解できなかった。

「……彼らの事業は自然を破壊し動物たちの居場所を奪う……。共生を目指していた祖父の想いとは相反(あいはん)します。私一人で食い止めていましたが、今では禅空寺家の権威(けんい)などなくて等しいもの……。しばらくして追い出すための嫌がらせ行為がはじまりました」

 そんなことまで……。

 どうして相談してくれなかったのか。どうしてもっと早く頼ってくれなかったんだ。

 言ってくれさえすれば力になれたのに……。

 

「それがスタッフの失踪と関係があって、ガイアメモリを使っているかもしれないと?」

「……先ほども言ったとおり、確実なことはわかりません……。しかし、スタッフがいなくなっているのは事実です。単純に荒事に巻き込まれている可能性もあります。ですが、それを理由に島を離れる者も出てきました……。このままでは本当に島を乗っ取られてしまいます。お願いします。どうか依頼を引き受けては、いただけないでしょうか……」

 香澄さんが深く頭を下げる。

 横にいたぼくからはその目から涙がこぼれそうになっているのが見えた。

「……承知した」

「えっ」と、ぼく以外の全員が声をあげる。

 ぼくが率先(そっせん)して依頼を受けたことに驚いたのだろう。

「そんな卑劣な連中のために、香澄さんが傷つくことはない。スタッフ失踪の件を含めて力になりたい。構わないね? 翔太郎」

 相棒はぼくの問いかけに帽子の鍔をなでた。

「……当然だ。香澄さんがその島を守りたいって想いは十分に伝わった。そいつらを追い出すまではいかないかもしれないが、力になるぜ」

 話が早い。さすがはぼくの相棒だ。

「うん! 鳴海探偵事務所総力を上げて依頼を受けさせてもらいます!」

 亜樹ちゃんも意気込んでいる。 

 ただ、ときめだけは複雑そうな顔をしていた。

 口論になった手前、自分から言い出すのは気まずいのだろう。

「……ありがとう、ございます……」

 香澄さんは声を震わせながら感謝の言葉を言ってくれた。

「……では、いきなりで恐縮ですが。今週末、島に来ていただけませんか?」

「週末か。ぼくは大丈夫だが」

 他の三人を見ると、それぞれうなずく。

「それでは元ZENONリゾートにあるヘリポートまで来ていただけますか。そこからヘリコプターで島まで向かいます」

「へ、ヘリ? ヘリまであるの……?」

「さ、さすが、禅空寺家……すごいわぁ……」

 全盛期より(おとろ)えたとはいえ、一般人からすればすさまじい禅空寺家の財力を見せつけられた翔太郎と亜樹ちゃんの口は開きっぱなしだった。

 

「それでは失礼いたします」

 話を終えた香澄さんは「ドアノブを軽く持ちあげるように」してドアを開けると、手を軽く振ってきた。

 ぼくも振り返すと、香澄さんは微笑みながらドアを閉めた。

 同時に張りつめていた空気から解放されたからか、亜樹ちゃんがふぅ、と息を吐く。

「なんだか、またすごい依頼を頼まれちゃったねー」

「まあ、どこだって(風都)の人間が泣いてるなら、その涙を拭うのが俺たちの仕事。やるしかねぇさ」

 それにしても、と翔太郎がニヤケ顔でぼくの肩に腕を回してきた。

「男見せたじゃねーか、フィリップ。見直したぜ」

「そうなのかい?」

 ぼくはただ香澄さんを助けたいと思っただけなのだが。

「なあ、相棒。この件が片付いたら早いとこ、香澄さんとくっつ……」

「帰る」

 翔太郎が何かを言い終わる前に、ときめが不機嫌そうに事務所から出ていった。

「あ? ときめ? どうしたんだ、あいつ……?」

「……ありゃー」

 何かを察したのか亜樹ちゃんが頭を抑えた。

「亜樹ちゃん、どうかしたのかい?」

「あれは嫉妬やなー。ジェラシーやなー」

 うんうん、と腕を組みながらうなずいている。

 だが、ぼくには何に納得しているのかわからない。

「嫉妬? ぼくと翔太郎に? いまさらかい? その件に関しては解決したと思うが」

「ノンノン。そこだけじゃなくて。フィリップ君と香澄さんを見て」

「ぼくと……香澄さん?」

「いい雰囲気のカップルを見て、嫉妬の炎がこう、メラメラーっと来ちゃったんだろうね。しかも、そこの『ハーフボイルド』が奥手でフィリップ君のことばっかり褒めたからなおさらカチンと」

「い、いや、だから俺とときめはそんなんじゃねーし! それにハーフボイルドって言うな!」

「ハーフボイルド」とは、ぼくたちが翔太郎本人や言動について指すときに使う造語(ぞうご)だ。

 半熟、とは本来の意味合いではないが、その優しさがWを両立するための強さでもある。

 彼だからこそWはW足り得るのだ。

 

 それはともかく、要約すれば「ときめが()ねている」という亜樹ちゃんの奇妙な分析に思考を巡らせた。

「つまり、ぼくと香澄さんの関係は……翔太郎とときめの関係に近い、ということなのかい?」

「私からはそう見えるけどねえ」

「……気に食わねーが。俺も一部、同意見だぜ」

 ……ということは、ぼくは……。

「ぼくは香澄さんに『恋をしている』……のだろうか?」

 ぼくの疑問に亜樹ちゃんは黄色い悲鳴を上げ、翔太郎はあわてふためく。

「いや、なんでその結論になんだよ! 間違って……いや、間違ってねーけど! でも、その理屈だと俺とときめもイコールになるだろうがぁ‼」

「ついにフィリップ君の恋が数年振りに成就(じょうじゅ)する⁉」

 二人が騒がしくする中、意外にもぼく自身はあまり実感がなかった。

 そういうことに(うと)い人生を送ってきたからだろう。

 それにこれまでで、ぼくがいちばんの好意を寄せていたのは「じつの姉」だったのだから。

 

 ……いや、それより今はやるべきことがある。

「翔太郎、亜樹ちゃん。口を挟んですまないが『検索』をはじめたいと思う」

「えっ、お、おう」

「香澄さんと敵対する勢力について調べたい」

「……そう、だね」

 ぼくは事務所奥のベッドに置いていた愛用の本を手に取り、パラパラとページをめくる。

 厚手の表紙に、白紙のページが続く本。

 これはぼくが「特殊能力」を使うときに愛用しているツールだ。

「さあ、検索をはじめよう」

 ぼくは目を閉じて、両手を広げると全身を緑色の光が包んだ。

 

 周囲が白一色となり、広々とした「無」の世界になる。

 その中心にぼくはいた。

 すると何かが近づいてくるのを、風を伝って感じ取った。

 書架だ。無数のそれが空間を埋め尽くす。

地球(ほし)の本棚」だ。

「知りたい項目は、香澄さんに敵対する企業。キーワードは『布川(ふかわ)』『不動産会社』」

 香澄さんから聞いた会社名をキーワードとして『Fukawa』『real estate』と打ち込む。

 あっという間に本棚が減っていくと、一冊だけ残った。

「名前がわかっていれば一発だ」

地球(ほし)の本棚」は、地球で生まれた生物・文化・道具などあらゆる記憶がデータベースとして刻まれ、それをぼくにとって理解しやすい「本」という形で具現化されている。

 故に地球の記憶が注入されているガイアメモリも、検索すれば並行して能力を閲覧することができる。

 ぼくはこの「地球」の記憶にアクセスできる唯一無二の人間だ。

 

 本の内容を閲覧し終えたぼくは心中穏やかではなかった。

「それでどうだった?」

 検索結果を二人に伝える。

「東京に拠点を構える典型的な悪徳企業だ。社長は布川(わかつ)。不動産会社とは名ばかりの悪質な地上げ屋で、裏社会にも精通しているようだ。あっちこっちで裁判沙汰(ざた)を起こしているが、代理人の弁護士が法の穴を突いて大半を無罪もしくは軽微な賠償(ばいしょう)で済ませている。報復を恐れて泣き寝入りしている被害者も多い」

 それを聞いた翔太郎が帽子を目深(まぶか)にかぶると口を歪ませた。

「……反吐(へど)が出るぜ」

「同感だ。旧組織(ミュージアム)と関りがあってもなんら不思議ではない……が、ガイアメモリに関してはとくにヒットしなかった」

「風都じゃなくて東京に会社があるからかな?」

「それもあるかもしれない。そもそも風流島は風都ではなく東京都の敷地だしね。だが、だからと言って野放しにしていい連中でもない」

「メモリ関係なく香澄さんに危害を加えてくるかもしれねーな……。取り返しがつかなくなる前に、相談してくれて良かったぜ」

「まったくだ。相手は暴力行為も()さない連中だ。気を引き締めて行こう」

 二人がうなずくのを見て、ぼくはパンッと本を閉じる。

 

 あとは、その日が来るのを待つだけ……しかし、それでは遅かった。

 本当に香澄さんの安全を考えるならば、すぐにでも島への航行(こうこう)を止めるべきだったんだ。

 そうすれば……みんなが危険な目に遭うことは、避けられたのかもしれない。

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