風都探偵 The ANOTHER CASE 作:竜・M・美日
休暇から一カ月近くが経ち、盆まで数日後と迫ったある日。
依頼を終えた男は事務所に帰る途中で、路地裏に規制線が張られていることに気づいた。
「
そこには馴染みの交番勤務の巡査がいた。
「あっ、鳴海の旦那! 今日も暑いですね」
「そうですね。また何かあったんですか?」
「……えぇ。最近の崩落事故と来て、今度は骨抜き事件ですよ」
「それは、それは……だれにですか?」
感覚がおかしくなっていたのか「惚れている」という意味だと思った。
だが、巡査は真面目な顔をして言った。
「……違いますよ、旦那。文字通り『骨抜き』にされちまったんですよ。……
「何?」
「これでもう四件目。頭も腕も足も。全部の骨がなくなってたんです。まるでゴムみたいになってますよ……」
見れば警官たちでさえ近づくのを嫌がっていた。
「私が見ても?」
「本気ですか、旦那。見て気持ちいいもんじゃないですよ……」
男は規制線の中に入ろうとする。もちろん止められた。
「あっ、ちょっとちょっと! 通してやってくれ!」
巡査に許可を貰い、男は事件現場に入った。
言っていたとおり被害者の身体がゴムのように平べったくなっている。
「血と肉はあるみたいなんですが……。骨だけがなくなってるんですよ」
「見て回っても?」
「本当は良くないんですがね……。旦那は特別ですよ?」
諦めたように言って、巡査は手袋を貸してくれた。
「ありがたい」
服の上から触ってみた。本当に骨がない。気持ちが悪い感触だ。
次に着ているスーツを探ってみる。財布があった。
「物取りじゃないな。……骨は持ってったようだが」
「笑えないですよ旦那……」
財布を改めてみると免許証があった。
「被害者の名前は
財布を巡査に渡し、他に何かないか探ってみる。
名刺入れを見つけ中身を見た。
「
そこから相手方の名刺を確認していく。
「おそらく取引相手の名刺と……キャバレーやスナックの名刺ばかりですね」
「接待とかで使うんでしょう」
何気なく名刺を入れ替える。
「!」
ある名刺が目に入った。
「……旦那? どうかしたんですか?」
「……いや」
首を振ると名刺を戻し、巡査に渡す。
「失礼した。邪魔したな」
「えっ、旦那?」
男は足早に現場をあとにする。
まさか……。
混じっていたのは女の店の名刺。
嫌な考えが
事務所のドアを開く。
「あっ⁉」
「!」
小僧がガレージへ続くドアに耳を
「……いつも言ってるよな、翔太郎。その扉には触るな。幽霊が出る」
「いや、違うんだよ、おやっさん! こっからなんか物音がしたから耳を当ててただけで……!」
文音か。
「屁理屈を言うな。……何か聞いたか?」
「いや、何も聞いてない、と思う……」
小僧が申しわけなさそうにしている。
「翔太郎……」
雷を落とそうとして、ふと頭に浮かぶ。
『翔ちゃん!』
この間の仲間たちと笑顔でいた小僧の姿。
……このままだと翔太郎まで……。
こいつまで不幸になるかもしれない。
彼らからこいつを奪っていいのか?
……いいわけがない。なら、ここできっぱりと別れたほうが良い。
「……おやっさん……?」
「翔太郎」
いい加減にしろ。ここから出て行け。
それだけで済む。そう言おうとした。
コンコン。
だれかが事務所のドアを叩く。
寸でのところで言いとどまり、男は小僧にどこか諦めたような顔を向けながら入り口に向かう。
「どうぞ」
ドアを開くと女性が入ってきた。
「鳴海さん、こんにちは……」
あの墓場で会った奥さんだった。
「どうも。どうかされましたか?」
「あの……またお願いしたいことができて……。警察には相談しにくい問題で……」
言い淀んでいることで察した男は小僧を見た。
「翔太郎、依頼人だ。帰れ」
「いや、あの……できればいっしょに来ていただけませんか……? 詳しいことはそこで……」
「わかりました。翔太郎、説教はまた今度だ。今日はさっさと帰れ。いいな」
「は、はい……」
男は帽子を整えると、依頼人を伴って事務所を出た。
「ちぇっ……。相変わらず、俺は
不貞腐れた様子で、入るなと言ったドアを見た。
「ちょっとだけなら……」
好奇心には勝てずドアノブを握る。
コンコン。
「いっ⁉ はーい!」
(あっ、やべっ! 声出しちまった!)
声が聞こえたのだろう、事務所のドアが開く。
(仕方ねー。依頼だったらおやっさんはいないって言わないと……)
小僧は入ってきた相手に目を向けた。
依頼人に連れられて、男はあの墓場にいた。
「遺骨が盗まれた?」
「はい……。主人の遺品の指輪を入れようと思い立って……確認したら」
「骨壺が割られて……中身がなくなっていた」
「はい……」
事情を確認していると、この墓場の管理人がやってくる。念のための立ち合いのためだ。
「お待たせしました」
「すみません……」
「構いませんよ」
依頼人が先だって管理人とともに墓場に入っていく。
男も足を踏み入れた瞬間、足元に違和感を感じた。
なんだこの感触は?
硬いはずの地面が柔らかすぎる。直感が叫んだ。
「! 進むな!」
「えっ……キャッ!」
「なっ、何を⁉」
急いで二人の腕をつかんでひき戻す。
ズドドドドドドォッ‼
瞬間、目の前で墓場が崩れ落ちた。
「う、うそ……」
「……な、何が起きたっ⁉」
突然のことに二人が愕然としている。
「ここでも陥没、だと……?」
大穴を覗くとかなり深い。五メートルはある。
あと数秒気づくのが遅かったら……ただでは済まなかっただろう。
どうやってこれだけの穴を……。
「な、なんちゅう罰当たりな……! 天罰か⁉」
いや。自然発生したものじゃない。これだけの人間離れした技ができるのは……ドーパントしかいない。
「二人はここで待っていてくれ」
状況をたしかめるために大穴の中に滑りながら入った。
「おい、危険だぞ!」
管理人の静止を振り切り、底に降りる。
至る所に墓石が散乱していた。
まず普段なら見ないであろう光景だ。
だれがなんの目的でこんなことを……。
そこで異変に気づいた。墓場に絶対にあるはずの物が一つも見当たらない。
適当にそこら辺りを掘ってみるがやはりない。
確信を得た男は管理人に向けて言った。
「遺骨がすべてなくなっているようだ」
その言葉に二人は絶句していた。
夜。調査どころではなくなり、泣きだしてしまった依頼人を家まで送り届けて事務所に戻ってきた。
だれもいないが、電気がつけっぱなしだ。
翔太郎の奴……。帰るときは消していけと言ってるだろうが……。
そこでデスクに置いたクラシックな固定電話が鳴った。すぐに受話器を取る。
「はい、鳴海探偵事務所」
「すみません、翔ちゃ……左翔太郎のおばです。いつもお世話になっています」
電話をかけてくるとは珍しい、と思いながら応対する。
「ああ、どうも。所長の鳴海です。どうかされましたか?」
「……翔太郎君、そっちにいませんか?」
……何?
「帰ってないんですか?」
「はい……いつもなら遅くなるときは連絡をくれるんですが。今日はそれがなくて、何かあったんじゃないかって……」
こんなときに、何かに巻き込まれたか?
「わかりました。そちらは念のため風都署の刃野という警察官に連絡を。私も探してみます」
「すみません……。お願いします」
受話器を置くと、小僧を探すために事務所を出ようとした。
「ん?」
ガレージのドアの前に何かが落ちていることに気づいた。
「……こいつは……」
小僧が欲しがっていたキーホルダーだ。
それがここにあるということは……。
まさか!
ガレージに入る。
相も変わらず、幼馴染が作業をしていた。
「文音。翔太郎はどこだ」
「追い出したかったんじゃなかったの?」
やはり事情を知っているな。
「答えろ。翔太郎は……」
問いつめようとしたところで、作業台の上に青図が置かれていることに気づいた。
何気なく手に取る。
「……『スパイダーショック』。『バットショット』。……俺への当てつけか?」
初めて戦ったドーパントたちの名前が使われた、腕時計とカメラの設計図だ。
「モチーフとして最適だっただけよ」
幼馴染は手を止めず、あっけらかんと言う。
他にも恐竜の形をした設計図もある。
「……それは『ファングメモリ』。
「勝手に動くメモリだと?」
話を聞いただけで気持ちが悪い。
「文音。悪いがおもちゃの話をしている暇はない」
「その『おもちゃ』で何度命を救われたと思ってるの? とくにこれは絶対に必要になる」
幼馴染は男には目も向けず、男が持っているベルトに近い形状の「兵器」を作っていた。
「名づけてガイアドライバー2G(セカンドジェネレーション)。通称、『ダブルドライバー』。これを使えば来人と意識を一体化し、相手が使うメモリの能力に対処できるようになるはず」
それはつまり息子を兵器にするっていう意味か……?
「……そいつが完成するのはいつだ?」
「使用するメモリの選定に、最終調整、諸々で五年以上はかかる予定よ」
随分と気の長い計画だ。
「荘吉が園咲琉兵衛を撃っていればこの手間を省けたわ」
その嫌味に男はあきれてため息が出た。
「……文音。おまえは俺をどうしたい?」
「息子の奪還に組織への復讐。園咲琉兵衛……恐怖の帝王を倒す。その依頼は変わらない」
昔から少し
「わかった……なら、その依頼」
作業台にベルトとメモリを叩きつけるようにして置く。
「断らせてもらう」
「……なんのつもり?」
「俺は浮ついていた。
「スカルにならずにドーパントと戦うつもり? 死ぬわよ」
「それなら、その程度の男だっただけだ。俺は今……こいつの力が憎くすら感じる」
「……骨抜き事件のメモリならわかっているわ。『スカル』よ」
テーブルに置いたメモリを見た。
「スカル……俺と同じメモリ」
「相手がスカルを使っているのなら対処は困難よ。骸骨を殺せないのは良く知っているはず。生身で対抗策なんてあるの?」
暗に力を使えという幼馴染の問いには答えず、怪物マシンに駐車していた普段は乗らないバイクにまたがる。
「荘吉!」
「……対策なんてものは、動いてから考える」
「ちょっと待ちなさい!」
幼馴染の静止を振り切り、男はガレージから続く廃線を通って夜道を駆ける。
目的地は事情を知っているであろう女の店だ。
店は完全に閉まっていた。
ドアには閉店した
街から出たか? いや、手がかりがあるかも知れん。たしか従業員用のドアが裏手に……。
店の裏に回る。そこで枝葉で隠すように何か置かれていることに気づいた。
……なんだ?
かき分けて見えた物に驚いた。
なんでこんなところに……。
墓石だ。洋型墓石と呼ばれるいわゆる横長の墓だ。
そこであることに気づく。
「この名前は……」
骨抜きにされた被害者の名前が彫られていた。
隣を見る、背筋が凍った。
一基だけじゃない。少なく見ても十基はある。
一つひとつ確認していくと、最後の辺りにあの遺骨が盗まれたご主人の名前が刻まれていた。
「なら、盗んだのも……」
そして、横にあった墓石を見た瞬間、自分の目を疑った。
「こいつは……!」
墓標には男の名前が彫られていた。
「!」
その隣に……男の助手を気取った小僧の名前もあった。
翔太郎!
すぐにバイクまで戻ってまたがる。時間は残されていないと直感した。
考えろ! 今回の遺骨の盗難と骨抜き事件。どれも骨が関連している。
関係ないようですべてがつながっているはずだ。
犯人が骨に執着しているなら……。
そこで街を見た。ここは比較的高い所にあるため、ある程度、街を見渡せる。
いくつかの工事用車両の回転灯が見えた。
もし、陥没事故も関係があるとしたら……。
頭の中にある街の地図を思い浮かべ、事故があった場所に印をつけていく。
そこで関連性を見つけた。そこから一カ所だけまだ事故が起きていない場所があった。
「あそこかも知れん」
確証はなかったが迷っている暇はない。すぐにバイクのスロットルをひねった。
ある場所にキャペリン帽子をかぶった女と小僧はいた。
「翔ちゃんは本当にいい子ね……」
「サ、ツ、リ……さん……」
「あぁ……翔ちゃん……。私の可愛い子……」
女は骨の城の中で虚ろな目をした小僧の頭を優しくなでている。
「ねぇ、そう思わない? あなた……」
向かいに座る「
正気の
「いい年して、中坊をままごとに付き合わせるな」
「だれ!」
男は骨でできた階段を下りた。周囲を見る、骨だらけだ。
海外のカタコンベと呼ばれる地下の埋葬場に似ているが、男には日本人が想像する「地獄」に見えた。
骨の家具に、骨の壁、骨の天井、骨の床……。悪趣味極まりない。
すべて盗んだ骨だろう。
見れば一体だけ人の姿で骨の椅子に座っている。
店に来て気に入った男の骨を抜き取って、父親代わりにしていたのか。
「荘ちゃん……。どうしてここに?」
「ここ最近の陥没事故は、すべて霊園や墓場で起こっていた。まだ起きていなかったのがここだった」
おそらく女は墓場の地下に骨で作った自分の城を作り、遺骨をすべて奪うと移動した。
そして支えがなくなったことで、墓石や訪れる人の重さや時間の経過によって崩れたということだ。
「さすがね。……ねぇ、荘ちゃん。風都を離れて私たちいっしょに暮らしましょう。家族として」
女ににこやかに提案された男は一瞬、
たしかに三人で過ごした、あの日々は悪くはなかった……だが。
「……俺も翔太郎もこの街を愛している、出て行く気はない」
「嘘……」
信じられないという顔をしている。
「友人にはなれても、おまえの家族にはなれん。諦めろ」
「嫌よ……」
「おまえの境遇には同情できる。だが……そいつを
「……嫌! 翔ちゃんは渡さない! 翔ちゃんは私のものよぉっ‼」
穏やかだった様子から豹変し髪を振り乱して吠えるように叫んだ。
「サツキ……」
諦めるしかなかった。女は完全にメモリに心を喰われてしまっている。
「……いいわ。言うことを聞かないなら……。あんたも骨抜きにしてあげる!」
女は帽子の中から見覚えのあるメモリを取り出す。
「スカル!」
額に浮かんだ模様にガイアメモリを刺した。
帽子をかぶると薄気味悪く笑う女に骨が次々とくっつき、片目だけは人間の目が残り、それ以外はまるで骨でできた着物を着たようなドーパントになった。
人差し指の骨か、額に二本の角と口に牙のようになると、さらに頭には自分の物以外の頭蓋骨がいくつか合わさり、頭頂部の頭蓋骨は骨を咥え、その両端から紫色の炎が灯る。
例えるなら「骨だけの
「鬼か……骨女だな……」
「荘吉。あんたも私のコレクションに加えてあげるわ!」
骨女は右角をなでると、小さな骨でできた人形を放り投げた。
人ぐらいの大きさになり、何体もの人骨が立ちあがる。
「骨抜き事件のタネは。そういうことだったのか」
「行きなさい。私の愛する家族たち!」
昔、見た映画のように骨人間たちが襲ってきた。
男は帽子を整えて向かっていく。
蹴りを当てれば簡単に崩れるが、間を置かず人の形に戻る。
「ちっ。随分と骨のある連中だ……」
男が戦う間、骨女は骨の椅子に座ると、片手では咥えている骨を触り、片手は相変わらず愛おしそうに小僧の頭をなでている。
片手間でやりやがって……。
「翔ちゃん。待ってて、もう少しで終わるからね」
優しい言葉とおかしな状況に頭が混乱しそうになる。
「……悪いがそいつは、おまえにはやれん!」
男は一体の頭蓋骨を骨女めがけて蹴り飛ばす。
それが骨女の片側の炎を消し去った。
「くっ……!」
すると骨人間たちが崩れ落ちる。炎は再び灯った。
「よくもやってくれたわね……。いいわ。私が直接やってあげる」
骨女が右角をなでて立ちあがる。
手を広げると、骨で作った銃ができあがった。
「そんな芸当まで……」
「私は自由自在に骨を操れるのよ」
骨女は銃口を男に向けた。
「……撃っていいのは、撃たれる覚悟がある奴だけだぞ」
「強がりを言ってられるのかしら」
骨女は遠慮なく紫の炎を撃ち出す。
もちろん男は当たってやる気はない。
その炎の弾を避けながら、骨のテーブルを盾にする。
骨女に近場にあった骨を投げた。
……こんな雪合戦みたいなことをしている場合じゃないんだがな。
やはり、ベルトとメモリを置いてきたのは悪手だったと思った。
だが、まだ手はある。
「スタッグ!」
携帯がクワガタに変形し、骨女に体当たりしていく。
「な、何これっ⁉」
それに気を取られた骨女の手から銃を弾き飛ばすと骨に戻る。
「くっ!」
そこで一気に距離をつめた男は腹に蹴りを一発入れる。
「うっ⁉」
少し距離を離したところで、小僧を抱えようとする。
瞬間、背後から殺気がした。
あわてて横跳びするとそこに骨が突き刺さった。見れば骨の大鎌だ。
「さながら死神だな……」
「似合うでしょ?」
男は縦横無尽に振るってくる骨女のそれをかわし続ける。
クワガタは……⁉
いつの間にか骨の檻に閉じ込められていた。
なんとか紙一重のところで避けていたが、大鎌の峰の部分で壁に叩きつけられた。
「……ぐうっ⁉」
「そうは問屋は下ろさせないわよ。荘吉」
骨女は小僧を骨の椅子に座らせる。
すると椅子を構成していた腕や足の骨が小僧を守るように包んだ。
翔太郎……!
痛む身体を抑えながら、なんとか立ちあがった。
カタカタカタ……。
「?」
そこで壁から小さな音が聞こえてきた。
音がするほうに目を向ければ骨の柱からだ。
精巧な調整でバランスが成り立っているのだろう。今までの戦いの衝撃で崩れかけているように見える。
ここを壊せば……!
男は帽子を抑えると骨女につっこむ。
「あら、
待ち構えている骨女が男の顔に触れようとしてきた。
おそらく触られたら男も骨人形の仲間入りだろう。
「終わりよ」
だが、そうはさせん。
「? ……なっ⁉」
帽子を使って、力を使っているのであろう骨女の手が開かないように握りこむ。
「生意気なっ……!」
そのまま骨女の顔面めがけて、足を上げた全力の蹴りを食らわせる。
「ぐうぅっ⁉」
持っていた大鎌が崩れる。先ほどの銃と同じく本体が攻撃されると
「終わりにするのは、おまえの夢のほうだ」
「荘き……うっ⁉ くっ!」
檻から解き放たれたクワガタが部屋の至る所に体当たりしながら、骨女の邪魔をしている。
男はその隙に小僧を拘束している骨を引き剥がし担ぎあげた。
そこで部屋を激しい揺れが襲う。
天井が崩れはじめ、上からいくつもの墓が落ちてきた。
直撃すれば間違いなくお陀仏だ。
しかし、伊達に死地は潜り抜けてはいない。
それらを必死に避け、男たちは階段に辿りつく。
「荘吉! 荘吉ぃぃぃぃ‼」
骨女の叫びを背後に受けながら、崩壊する骨の城から脱出した。
ズドドドドドドッ‼
男たちが外に出たとたん、風都で唯一残っていた墓場が大きな音を立てて崩落した。
一息つく。小僧を下ろすと相変わらずうつらうつらしている。
「変なところで肝が据わった奴だ……」
そうあきれて笑った。
さて、この状況をどう収めるか……。
大穴が開いた墓場を眺めて考える。
ドゴォォォォォーン‼
「くっ⁉」
いきなり地面が吹き飛んだかと思うと、土煙の中から巨大な影が現れた。
「こいつは……⁉」
「荘吉ィ……! ヨクモヤッテクレタワネェ……!」
そいつは男をつかむと持ちあげる。すさまじい力だ。
土煙がやむと、辺りの電灯や月明かりによってその姿が照らされる。
右目部分に骨女を置いた十メートルはある巨大な
「ぐうっ……! まるで『がしゃどくろ』だなっ……!」
「死ンダト思ッタ? 残念ネェ! マダ奥ノ手ガアッタノヨォ!」
がしゃどくろは笑うと、地面で寝ている小僧に顔を近づけ、優しい手つきで持ちあげる。
「翔チャン。ソンナ所デ寝タラ、風邪ヒイチャウワァ……」
「サツキ……翔太郎を……どうする気だ……!」
「大切ナ物ハ、チャーント閉マッテオカナイトネェ」
がしゃどくろは胸の辺りに小僧を持っていくと、あばら骨を構成していた腕の骨が開き、小僧を包むようにして閉じ込めてしまった。
「……翔太郎!」
「コレデ安心。ジャア次ハ、アンタノ番!」
がしゃどくろのつかむ手にさらに力が入る。
「ズゥット、イッショヨ。荘吉!」
「グッウゥッ……!」
いかんこのままだと、潰される……!
万事休すだと思った。
「ボム・マキシマムドライブ!」
目の前でつかんでいた腕に光弾が直撃すると爆発が起こり、地面に投げ出される。
「ナニッ⁉ ガハァッ⁉」
目の前のがしゃどくろを怪物マシンが跳ね飛ばすと、男の背後に停車した。
ふと見れば、がしゃどくろを作っていた骨がタイヤに踏みつぶされて粉々になっていたが、少しずつ修復している。
「……今、勝手に死なれたら困るのよ。荘吉」
すると怪物マシンの口を開き、中からオレンジ色の銃を握った幼馴染が降りてくる。
「文音……」
「ドーパント相手に一人でここまで立ち回るなんて……。聞かせて、命を懸けてまでどうしてあのボウヤに肩入れするの?」
驚き半分、あきれ半分といった様子で問いかけてくる。
「あいつは……翔太郎は、俺たちが失くした物をたくさん持っている。むざむざと死なせたくない」
「そう。なら……
選択ではなく強制に近いことを言って、男にベルトとメモリを差し出した。
この調子だと本気で男が死ぬまで、この「幽霊」は
「……わかった。俺にも覚悟が戻った。だが、使うタイミングはこれからも俺が決める」
言いながら心の中では自嘲した。
本当に甘くなったな。簡単に意見を変える。
だが、それでいいのかもしれない。
「
「死なないのなら、好きにすればいいわ」
人殺しを勧める幼馴染に再びあきれつつ両方を受け取った。
ズレた帽子を整え、がしゃどくろの前に立つ。
たとえ化け物と
「……サツキ。メモリを使った
男の仕事の八割は決断だ。そこから先はおまけみたいなもんだ。
男は決断する。
腰にベルトを巻いた。帽子を取り、メモリを掲げる。
「⁉ ソノ、メモリハ……⁉」
「スカル!」
メモリを起動した。
「変身」
スロットに押し込み、力を込めてベルトを開いた。
「スカル!」
真夏にも関わらず冷風が身体を包むと、首にはボロボロのマフラーが漂い、骸骨の頭の上に赤の閃光とともに「S」字の傷跡が入る。
スカルはそれを隠すように帽子をかぶった。
「! 骸骨男……ナルホドネ。マッチャンヲ殺シタノハ、アンタダッタノ」
「メモリを使い、街を泣かせる奴を人とは思わん。たとえ相棒であっても……もう倒すことでしか救えなかった」
スカルは右手を指鉄砲のようにして骨女を指す。
「さあ」
突きつける。街を泣かせる悪党への怒りと、街を泣かせた自分への自戒がこもったこの言葉を。
「おまえの罪を」
手首を軽くひねって掌を上に向けた。
「数えろ」
「ハハッ……。『罪ヲ数エロ』デスッテ? コノ辺リノ骨ヲ数エレバ分カルンジャナイ!」
がしゃどくろは身体をくねらせながら、スカルに襲いかかってくる。
スカルはあわてず銃で応戦する。狙いは本体であろう骨女だ。
そこが弱点であることはわかっているらしくがしゃどくろも腕で防ぐが、構成している骨が何本も折れて、ゆっくりと修復していく。
「グゥウウッ! 大人シクシナサイヨォ!」
「断る。おまえが諦めろ」
銃を連射する。見る見る内に身体が崩れていく。
「イヤ、イヤ、イヤァッ! 翔チャンハ渡サナイ! コノ子ハ私ノ子ナノ! 絶対ニ渡サナインダカラァァァ‼」
幼児帰りしたような口調になったがしゃどくろは、蜘蛛のように腕を何本も作ると逃げ出す。
「逃がさんぞ」
スカルは乗ってきたバイクにまたがる。そして、怪物マシンを見た。
「……来い、怪物マシン」
バイクごと怪物マシンの口から中に乗り込む。
接続すると怪物マシンの馬力がさらに上がっていく。
怪物マシンはがしゃどくろにすぐに追いつくと何度も体当たりをする。
ぶつかった所から骨がバラバラと道路に落ちていく。
やはり、勝機はある。
スカルはバイクに乗ったまま腰に着いたスロットにメモリを入れる。
「スカル・マキシマムドライブ!」
スカルの胸から骸骨の形をした魂が飛び出すと、それが怪物マシンに伝う。
吠えるように口を開き、さらにスピードを上げがしゃどくろを追い抜き、Uターンして真正面に向かいあった。
スカルは怪物マシンの頭の上に立つ。
「……長い付き合いだったな、サツキ。おまえの店は本当にいい店だった……。だが今日でお別れだ」
「翔チャンハ私ノ物ォォォ‼ 荘吉ィィィィ‼」
なりふり構わず襲いかかってくるがしゃどくろに向かって、スカルは怪物マシンの勢いで飛びあがり、紫色の光をまとった右足で本体を蹴りあげた。
「アギャッ⁉︎」
がしゃどくろが上を向いて大口を開ける。
身体が一直線になり、その奥深くにいくつもの腕の骨に守られた小僧の姿が見えた。
「見えた」
すかさず口の中に飛び込む。
蹴りで骨でできた身体を砕きながら、遂に小僧の下に辿りつくと身体をつかんだ。
「スカル・マキシマムドライブ!」
スカルはもう一度スロットを叩き、今度は拳を握る。
骸骨の光をまとったパンチをぶつけた。
「トォッ!」
がしゃどくろの
「アアアアァァァァァァッ⁉」
がしゃどくろが取り戻そうと
「翔チャ……アグギャァァァァァァッ⁉」
バキバキバキバキバキィッ‼︎
だが、小僧を取り返す前に骸骨マシンが顔面に突撃し、馬力でがしゃどくろの骨を粉々にしていく。
これが答えだ。修復不可能になるまで本体と骨を粉砕する。
がしゃどくろから飛び出したスカルは怪物マシンの上に降り立った。
「……返してもらったぞ。
「イヤ……イヤ! ギィイヤァァァァァァッ‼」
スカルの背後で、ボロボロになったがしゃどくろが断末魔を上げて爆散した。
「……おやっさん……?」
ジャケットを羽織らせ、帽子を頭にかぶらせていた小僧が目を開ける。
「おばさんが心配してる。帰ったら説教だ。……それまでは寝てろ。翔太郎」
「……うん……」
穏やかな笑顔を浮かべると再び寝息を立てはじめた。
そして、男は地面に倒れているボロボロの女に歩み寄る。
周りには骨が散らばり、メモリは砕けていた。
女を抱きあげる。
「……荘、ちゃん……」
「サツキ……」
二人の目が合う。
「やっとちゃんと私を見てくれたわね……。もっと早く私の『目』を見てくれたら、こんなことはならなかったのに……。……メモリを使う内に気づいたの。私の目には『男を誘惑する力』があるって……」
「だから俺の顔を見ようとしていたのか……」
女が苦しむような笑みを浮かべて震える手で男の頬に触れた。
……子蜘蛛が、反応しない……?
「荘、ちゃん……。あんたの言っていたとおりね……。『俺に触ったら死ぬ』って……」
「サツキ……」
そういう意味だったわけじゃない。
「……俺は、マツから愛する者に触れると爆発する子蜘蛛を仕掛けられた……」
女はそれを聞いて小さく笑う。
「……なるほどね……」
パシン……。
そのなでる手で男は力なく頬を叩かれた。
「あんた……まさか、本気で私が惚れてる、って思ってたの……?」
男は言っている意味がわからず呆気に取られる。
「……だとしたら、
女は小僧に目を向ける。
「おまえ……まさか、本気だったのか?」
「……血もかよってないような、
その目には母親のような
「見えるわ……あの子がいずれ、大きなことを成すのを。……でも、そこにあんたはいない」
冷たい口調で女は男を見た。
「荘吉……予言するわ。あんたは
そう女は呪いじみた言葉を吐き捨てると、ケタケタと笑いだした。
すると女の全身の皮膚と肉が溶けはじめた。身体が……骨だけになっていく。
「……スカルの能力を強力にしすぎた反動ね」
いつの間にか背後にいた幼馴染が無感情に言った。
「サツキ……!」
そして、女は
こうして、骨抜き事件を含むすべての事件が解決した。
犯人が不明のままで、突然道路に骨の山が残され、それも粉々にされたという未解決の怪事件。
もうどれがだれの骨かわからない。
情けない話だが男は超能力者ではない。
遺骨を元の場所に戻せないし、墓場もすぐには直せない。
死人を蘇らせることだって無理だ。
今回の被害者や無関係の街の人間には申しわけないが……男にとっては大きな犠牲を払って、これ以上の被害を減らすことができたことが、街を泣かせた者としてのせめてもの
「鳴海さん。少しはうまく
いつもコーヒー豆を注文している
「全然だ。だが、下手の横好きでも少しは進歩したいからな」
「そうかい。これからも頑張ってくれよ」
「あぁ」
事務所に戻ると小僧がソファで靴も脱がずに体育座りをして塞ぎこんでいる。
その手には女の遺品となったキーホルダーが握られていた。
「……サツキさん……」
事情を知らない小僧には「女が街を出たときに事故で亡くなった」と伝えた。
男はそれを横目に見ながら買ってきた豆を自己流でコーヒーを淹れ、テーブルに置く。
「飲め」
小僧はゆっくりと頭を上げると、コーヒーを一口飲んだ。
ブーッ!
「まずぅ⁉︎」
「吹くな」
「おやっさん、コーヒー淹れるの全然うまくなんねーな!」
「黙れ。男なら苦味をかみ締めろ。味も過去もな。……探偵という仕事は綺麗事ばかりじゃねぇんだ」
「それとこれとは話が別だろ! おやっさん!」
そう
「……わかったわかった。詫びに事務所を閉めたら『
「えっ、マジで⁉ やったぁ!」
小僧のお気に入りのアイスクリームがある店に連れて行ってやると言ったとたんに、すっかりいつもの心根を取り戻したようだ。
……おまえのその切り替えの早さは見習いたいもんだ。
その明るさに心が救われる気がして、再び男はこの街の未来を守り続けることを決意しながら、淹れたコーヒーの苦味をかみ締めていた。
「これがサツキが起こした。『骨抜き事件』のすべてだ。……余談だが。サツキのスカルと鳴海荘吉のスカルの力が違うのは、サツキが能力系に、鳴海荘吉が肉体系に力を伸ばしたからだろう」
フィリップが話してくれた
「……翔太郎、大丈夫?」
ときめが心配してくれている。
「……フィリップ」
「なんだい?」
「サツキさんの……墓はあるのか?」
「……ある。鳴海荘吉が作った。彼女が経営していた店の裏の丘だ」
それを聞いて、俺は防寒ジャケットを羽織って事務所を出た。
「あっ、待って! 私も行ってくる!」
「頼むよ」
ときめが俺のあとをついてきた。
「……お父さんも大変だったんだね……」
意気消沈した様子の亜樹子の言葉にフィリップがうなずく。
「……一人で十年近く戦い続けていたんだ。普通の人間ならば心が壊れていてもおかしくはない……。並みの忍耐力ではないよ。鳴海荘吉はまさに『英雄』だった」
だが、とフィリップは話を変える。
「ぼくとしてのいちばんの驚きは翔太郎が感情を押し殺したことだ。もっと感情的になると思っていたよ」
「翔太郎君も精一杯の我慢をしているのかもね……」
「『左翔太郎は悪女と惹かれ合う』。子供のころからそのジンクスがあったとは。しかし、その理由は彼の『ハーフボイルド』にあるのかもしれない。翔太郎のあの優しさが
フィリップは事務所の窓から街を眺める。
「まったく罪作りな男だよ。左翔太郎は……」
俺とときめは冷たい風に吹かれながら、いっしょにスナックの裏道を歩く。
「……ときめ」
「何?」
「サツキさんは一つ嘘をついてたと思ってるんだ」
「どんな嘘?」
「『おやっさんに惚れてない』って部分だ」
「そうなの?」
「きっとサツキさんは『スカル』の力で生と死が
じゃなかったらおやっさんを生かしたまま父親にしようとはしなかったはずだ。
多かれ少なかれ、サツキさんはおやっさんに惹かれていただろう。
でも、俺のことが好きだって言っていたのも、
「あの最後に見たときのサツキさんの目は本当に綺麗だった……。でもあの目に、俺を殺す気はなかったと思うんだよ」
「本当?」
あの目には魅惑する力の他に……慈愛に満ちていたと感じた。
「おやっさんが止めなかったら、俺を連れて街を出てたかもしれない。事件は起こしてたかもしれないけどな」
一つ違えば母親と息子という関係になっていたかもしれない。
そして、俺たちはフィリップの言葉どおりに作られていた墓を見つけた。
「!」
「翔太郎?」
「……おやっさん……?」
墓の前に見間違うはずのない白いスーツに白い帽子のあの後ろ姿を見た。
『サツキ。いつか必ず翔太郎には真実を言う。それまでは待っていてくれ』
目を擦った。おやっさんの影は消えていた。
「大丈夫?」
「あっ、あぁ……」
墓標の前まで行くと、刻まれていた文面が目に入った。
「……そういうこと、だったのか……」
おぼろげに骨の城で囚われていたときのことを思い出す。
『……そう言えば……サツキさんの本名って……なんて言うんだ……?』
『知りたい?』
『……うん……』
『ちょっと答えからズレるけど、私はね、もし子供が生まれてたら自分の名前を付けたいって思ってたの。女の子なら
ここから先の記憶がないから、答えは聞こえていなかったがこれを見てはっきりした。
『
「翔太郎と同じ漢字……」
「縁を感じてたんだな……。墓がわかって良かった……」
墓の前に買ってきた花束を献花し二人で手を合わせる。
「さよなら……サツキさん」
おやっさんとサツキさんと俺。家族をなくした三人で、いっしょにいるのも悪くないと本気で思ってたぜ。
ちゃんと別れを言えた。
『……ありがとう。翔ちゃん』
そこでサツキさんの声が聞こえた気がした。
サツキさん……?
俺は空を見上げる。サツキさんの面影が見えた気がして、それに向かって笑みを浮かべる。
今日の凍えるような風都の風に、どこか母親のような温もりを感じたのはきっと気のせいじゃなかったはずだ。
なあ、できるならこれからも見守っててくれよ。
~墓標に刻まれたS・s~
おまけ
ハードボイルド妄想日記
〈もしも、みんなが家族だったらぁぁぁ‼〉
「ときめちゃんはしっかりしてるお姉さん!」
「お姉ちゃんか……似合うかな?」
「フィリップ君は好奇心旺盛な長男の弟くん!」
「姉が二人いたから違和感はないね」
「で、私が優しいお母さんで。竜くんが厳しいお父さん!」
「おい、いいのかよ照井」
「……俺に質問するな」
「厳しいどころじゃねぇ、怖え父親だな……」
「……って、あれ? 俺は?」
「翔太郎君は……探し物が得意だから、ペットの犬で!」
「グルルル……ワンッ! って、なんでだよっ!」
「ちなみにミックがおじいちゃんね」
「いや、なんで猫がじいちゃん扱いで、俺がペット扱いなんだよっ!」
「……気のせいだろうか。亜樹ちゃんが言った役割が、ピッタリと当てはまっている気がする……」