風都探偵 The ANOTHER CASE   作:竜・M・美日

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時系列は『風都探偵』12、13巻の間を想定しています。


CASE of A・a
前章1「怒れるAたち/倦怠期」


 風都は私、鳴海(なるみ)……今は照井(てるい)亜樹子(あきこ)にとって、第二の故郷とも言える街。

 そりゃあ、人間を怪物にするガイアメモリとか、それを使った怪人・ドーパントとか問題はたくさんあるけどね。

 それでも地元の大阪を離れて、この街に来て良かったこともたくさんある。

 名探偵だったお父さん・鳴海荘吉(そうきち)が残した探偵事務所の所長になって、悩んでる街のみんなの役に立てて嬉しいし!

 賑やかな友達や仲間も増えたし!

 なにより、相思相愛の旦那様・照井(りゅう)くんに会えたから!

 ……って、言えれば良かったんだけど。

 

「「倦怠(けんたい)期ぃ⁉」」

 鳴海探偵事務所で二人が叫んだ。

 この二人は私の「部下」……というか、あんまり上下関係はないから「仕事仲間」かな。

 所員・(ひだり)翔太郎(しょうたろう)君と、私が彼の探偵助手に任命した「ときめ」ちゃん。

「嘘だろ。おまえらが? ありえねぇ……」

 翔太郎君はお父さんに憧れて探偵になった、ハードボイルド気取りの「ハーフボイルド」。

 猫探しが一番得意で、人に対して真っ直ぐに寄り添える男。

 ……美人に弱くて、キザったらしいのが玉に(きず)だけど。

 私にとってはお兄さんみたいな存在。

「私、聞いてないよ……!」

 ときめちゃんはそんな翔太郎君のことが大好きな女の子。

 最初会ったころは「魔女」なんて呼ばれてたけど、翔太郎君と出会ってすっかり事務所に馴染(なじ)んでる。

 ……いつか絶対くっつけてやる……。

 って、ちゃうちゃう! 今はそんなことはどうでもええ!

 私は今、ほとほと旦那に愛想を尽かしてんねん!

「……何があったんだよ……?」

「昨日! 昨日や! 昨日のことや!」

「き、昨日? あれ? たしか、おまえら『サザンアイランドパーク』にデートに行ってたんじゃなかったのか?」

 せや! まさに、そこで問題が発生したんや!

 

 ということで、つい昨日のこと。

 竜くんが久々に休みを取ったから、二人でラブラブしようと思って遊園地に行ったの。

 周りは子供連れやカップルでいっぱいだった。

「竜くぅん。どこ行くぅ?」

「うむ……。すまん所長。俺はこう言った所はさっぱりだ。どこがいい?」

 いつもの不機嫌そうな顔じゃなくて微笑む竜くん。

 ちなみに竜くんは私のことを「亜樹子」じゃなくて「所長」って呼ぶ。

 結婚前からの癖で変えられないんだって。

 まあ、それは私も別に良くなった。

「そうだなぁ……お化け屋敷とかどう?」

 でも、多分そういうだろうな、と思ってこっちは計画してた。

「お化け屋敷か。悪くないかもしれん」

 よしよし。私がキャーって叫んで、ギューッと抱きつくチャンス!

 そこで吊り橋効果も合わせてもっと竜くん「が」私にメロメロになるって作戦!

「フッフッフッ……」

「……所長。少し顔が怖いぞ……?」

 あかん、あかん。顔に出てたわ。

 そんなことを考えてた矢先。

 目の前の広場に男の人がいた。賑やかな場所で一人でくたびれた服装なのがすごく目立つ。

「みんな幸せそうだなぁ……ムカつくぜ!」

「アノマロカリス!」

 男の人はポケットから骨みたいにゴツゴツとしたガイアメモリを出した。

「嘘! 私、聞いてない!」

 むっ、とそこで旦那も異変に気づく。

 男の人はメモリを腕に刺す。身体がドーパントに変わった。

 前に何度か見たことがある奴。

「あっ! 巨大エビのドーパント!」

「下がっていろ! 所長!」

 私を守るように旦那が立つ。

 カァッコいいぃぃぃッ!

 って、ドーパントに向かって子供たちが駆け寄ってる⁉

「着ぐるみ?」

「目が可愛い!」

「握手して!」

「なっ⁉ は、離れろ!」

 あっという間にドーパントは子供たちに囲まれて動けなくなってる。

 なんだか……人気みたい。

 たしかにあのつぶらな目は結構可愛いのかも……。

 いやいや、そうじゃなくて! 子供たちが危ない!

「みんな離れてえ!」

 私があわてて大声で呼びかける。

 

「アクセル!」

 その間に旦那はバイクのハンドルみたいなベルトを腰に巻いて、綺麗な赤いメモリを鳴らした。

「変ッ……身!」

「アクセル!」

 ベルトに入れてスロットルを回して赤い光が輝くと、旦那が頭に「A」の字を貼り付けた、人とバイクを合わせたみたいな赤い「仮面ライダー」に変身する。

 ちなみに仮面ライダーは風都のヒーローで、旦那はその一人。

「所長! 俺が奴を引き剥がす。その間に子供たちを避難させてくれ!」

「ら、ラジャー!」

「あっ! 仮面ライダー!」

「かっこいい!」

 子供たちの興味がドーパントから仮面ライダーに移ったみたいで、こっちに走ってくる。

「あっ、ああ、そう! そうだよ! こっちこっち! こっちおいで!」

 うまく子供たちが離れてくれた。その間に旦那はベルトを外して、バイクに「なる」とあっという間にドーパントを跳ね飛ばす。

 最初のころはビックリしたけど、いつの間にか気にならなくなったなあ。

 慣れって怖いね。

「いてぇ⁉ 嘘だろ、仮面ライダー⁉」

 体当たりした旦那はすぐに人の姿に戻る。

「貴様、何が目的だ?」

「目的……本当なら俺はこんな人生を送ってるはずじゃなかったんだよ……! 有名大学を卒業して、大企業に勤めて、結婚して、子供ができて……。そうならなかったのは全部世の中のせいだぁ! 俺を無視して、みんなが幸せなのがムカつくんだよぉ! 滅茶苦茶にしてやるっ‼」

「……そうか。なら俺も、人々の幸せを守るために……振り切るぜ!」

 旦那の顔の丸くて青い部分が光り輝く。

 エビのドーパントが弾丸、たしか「歯」を旦那に向かって撃つ。

 旦那は大きな剣を出すと、中に銀色のメモリを入れる。

「エンジン!」

 そういえばあの剣、どこから出してるんだろう? 持ち歩いてるわけじゃないし……。

「ジェット!」

 私の疑問をよそに旦那は剣から矢みたいなのを撃つと、それが歯を折ってドーパントに当たる。

「ウワアアアアッ!」

 倒れたドーパントを旦那は無理矢理起こして滅多切りにしていく。

 相変わらず悪者相手には容赦ない。

 こっちが気の毒になるくらいフラフラになってる。

 

 そして、旦那はドーパントを片手でつかみ上げて、もう一方の手でバイクのブレーキ部分を握った。

「アクセル・マキシマムドライブ!」

「俺も腹が立っている。子供たちを危険にさらした挙句、よくも愛妻(あいさい)とのひとときを邪魔してくれたな」

「竜くん……!」

 旦那はスロットル部分を回しまくる。

 全身が炎が出てるみたいに赤くなっていく。

「あち、(あち)いぃぃぃぃぃ‼」

「ガイアメモリに手を出した罰だ。我慢しろ。すぐに終わる」

 旦那は燃えるような手を握りしめると、思いっきりドーパントの顔を殴り飛ばした。

「ブ……ウギャァァァッ!」

 ドーパントが爆発する。

 翔太郎君たちが言う「メモリブレイク」をしたから男の人は元に戻ると、身体からメモリが飛び出して壊れた。

 

「絶望がおまえのゴールだ」

 

 旦那が決め台詞を言い終わったと同時に周りから歓声が響く。

 その声にどこか恥ずかしそうに少しだけ手を振ってた。

 私もその姿が誇らしかった。

 

「所長さん。今のところドーパント以外で問題があったようには思えないけど……?」

「大事なのはそのあと! そこでデートが終わっちゃったの!」

 せっかくの休日だったのに、旦那はデートをほっぽりだしてガイアメモリ事件担当の警察官としての仕事をはじめた。

 それで私はそのまま家に帰されて……。今日になるまで一人きり……。

「どう⁉ 愛想尽かしてもおかしくないでしょ⁉」

「いや、まあ、でも……原因は照井じゃなくてドーパントのほうじゃ……」

「何を⁉」

「イヤ、ナンデモナイッス……」

 愛用のスリッパを取り出すと翔太郎君は子犬のように大人しくなった。

「……どうやら、久々に仮面ライダーアレルギーを発症させたようだね? 照井竜」

 事務所の隅で静かにコーヒーカップを持つ黒ジャケットの旦那に声をかけたのは、厚手の本を持った私のもう一人の部下・フィリップ君。

 翔太郎君の相棒で、頭の中に「地球(ほし)の本棚」っていう、簡単に言えば地球規模の検索サイトがあって、「検索」したらなんでもわかっちゃうすごい子。

 ただ、何か興味を持ったら、好奇心のまま突っ走っちゃうのが欠点だけど。

「……俺に質問するな……」

 旦那はどことなく気まずそうにコーヒーを飲んでる。

「『仮面ライダーアレルギー』って?」

 ときめちゃんがそのことについて尋ねてきた。

「照井竜は……亜樹ちゃんとの結婚式の直前に、怪物退治を優先させたことがある」

「うわっ……」

 さすがのときめちゃんもドン引いている。

「せやろ⁉ それにお父さんも、翔太郎君もフィリップ君も仮面ライダーだから、もう頭に来て仕方なかったんや!」

 あのときはマリッジブルーだったこともあって、身内全員が仮面ライダーなんてありえない状況にキャパオーバーした。

 そのあとはなんとかなって無事に結婚したけど……。

「だぁかぁら、大事な用の前に仕事優先させたら、普通、愛想尽かされても仕方ないと思うけどねえ」

 旦那に聞こえるように嫌味を言う。そのくらい腹が立ってた。

 四人が気まずそうにしているけど、少なくとも原因を作ったのは私じゃないよね。

 

「……なぁ、ときめ、なんとかしてくれよ……」

「えっ、私……⁉」

「同性だからある程度、気持ちがわかるだろ? 俺たちじゃ難しいんだよ……」

「付き合いはそっちのほうが長いんじゃないの……⁉」

「頼むって……! 亜樹子の機嫌を取ってくれ……! このままだと気が済むまで、俺にスリッパの嵐が来るんだよ……!」

「……何話してるの?」

 二人が肩を震わせて「ヒッ」と悲鳴をあげる。

 なんや、私は鬼かなんかか。

「あっ、その、えっと……そ、そうだ! 私、所長さんと旦那さんの馴れ()めが聞きたいな!」

「えっ、馴れ初め?」

「そう、そう! ねっ、いいでしょ?」

 ……馴れ初め、かあ……。

「……私が旦那のことが気になってたのは会ったころからだけど。……親密になったきっかけは、あの事件かなあ」

 あれはたしか、人が宝石になるジュエルの事件のあとだったかな……。

 

 ある晩、街の観光スポット・風都タワーのライトが遠くからでも見えたことを覚えてる。

 このとき、私は結婚する前の旦那といっしょに事務所に帰るところだった。

「ごめんね、竜くん。荷物持ちなんかお願いしちゃって」

「構わない。所長には荷が重そうだったからな。にしても、フィリップは今度は何に興味を持った?」

 竜くんが持つ両手の袋の中には缶ジュースが大量に入ってる。

「いやー、ゴミの分別してたら『アルミ缶とスチール缶の違い』に興味持っちゃったみたいでね。『容器が違うとは興味深い』、『味が違うのか?』ってことで止められなくて、あっちこっちの自販機とかスーパーを回って買ってきたの……」

 竜くんが苦笑いする。

「相変わらずだな。左は?」

「翔太郎君はおばさんに呼ばれて、ご両親のお墓参りで少し休暇中」

「……そうか。墓参りか」

 竜くんの顔が少し曇った。

 ヤバっ! 竜くん、あの極悪医者のドーパントに家族全員を……! 話題変えないと!

「えっと……ホント! 缶ジュースって何本も買うと重くなるから、竜くんが通りがかってくれて助かったわあ!」

「……そうだな。一度、フィリップには強く言い聞かせたほうが良いかもしれん」

「それで聞いてくれたら苦労しないんだけどねえ……」

 そんなことを話してると。

「キャァァッ⁉」

 女の人の悲鳴がした。

「えっ、今のは……?」

 私が困惑していると竜くんが悲鳴が聞こえた方向に走っていっちゃった。

「ちょ、ちょっと! 待って!」

 私もあわてて追いかける。

 

 ちょっと先には街灯に照らされた二人の女性がいた……んだけど。

 髪をポニーテールにした一人は地面に尻餅をついたまま固まってて、もう一人はストレートヘアで真っ黒な姿をしてた。

 服が黒い、って意味じゃなくて、本当に全身が鉛筆で塗り潰したみたいにどす黒い人形(ひとがた)

「何あれ⁉ 『幽霊』⁉」

 時期が夏だったから、そう叫んだ私に気づいたのか幽霊がこっちを見た。

 黒いけど表情と女性の顔をしていることはわかった。ゾッとするほど気持ち悪い笑顔。

 竜くんはその幽霊に向かって両手の袋を思いっきり振りかぶった。

 袋がぶつかる……と思った瞬間、サラッと姿が消えた。

「何?」

 空振った竜くんは驚きながらも辺りを警戒してる。

 私は尻餅をついていた女性に駆け寄った。

「大丈夫で……えっ⁉」

 その人の顔を見て驚いちゃった。

 顔が……幽霊とそっくりだったから。

「い、今の何……? わ、わ、たし……?」

 青ざめてパニックってる彼女。

「……大丈夫か? 何があった?」

 竜くんも同じことを思っただろうけど、なるべく優しく声をかけてくれた。

「……突然、わたし……? が、目の前に……。えっ……て、照井、さん?」

「えっ? 竜くん、知り合い?」

 私はびっくりして竜くんを見たけど、不思議そうな顔をしてる。

「いや。生憎(あいにく)、記憶にないが」

「あっ……いや、あの……その……」

 焦っててうまく話せないみたい。

「……とにかくこの場を離れたほうがいい」

「そうだね。事務所に行こっか」

「……えっ、は、はい……?」

 私たちは彼女を立ちあがらせると、落ち着かせるために事務所に連れていった。

 これがいろいろときっかけになる出会いになったの。

 

 まだ(おび)えた様子の彼女を依頼人用の椅子に座らせると、竜くんがコーヒーを淹れて出してくれた。

「……ありがとうございます」

 彼女はコーヒーに口をつけると、ふぅ、と息を吐いた。

「落ち着いた?」

「……はい。ありがとうございます……」

「じゃあ、改めて自己紹介するね。私、この探偵事務所の所長・鳴海亜樹子です」

「風都警察署刑事・照井竜だ」

「……はい。あの……私、藍沢(あいざわ)あざみと言います……。風都中央病院の、看護師です……」

「へぇー、看護師さんなんだ」

「いえ……今年から入った新人です……」

 うつむいて小声で言うあざみさん。

「風都中央病院。なるほど。俺の怪我の治療ですれ違うことがあったかもしれん」

「はい……。目立つ服装ですし、院内や噂でお名前も聞くので……」

「……少々、個人情報の扱いについて考えてほしいところだな……」

「すみません!」

 大声で謝られて驚く私たち。

「いや、君を叱責したわけではない。そこまで気にしないで欲しい」

「……すいません……」

 私と同じくらいの身長の子だけど、もっと小さく見えた。

「とにかく、何があったか聞かせてもらえる? 力になれるかも」

「……その、話すことなんてあんまり……。家に帰ってたら目の前に、黒い幽霊……みたいな『私が』出てきて……それだけで……」

「そっか……」

 彼女も私たちが見たままのものを見てたんだ。

「……すいません……」

「ううん。謝らないで」

「……すいません……」

 この子、何か悪いと思ったら謝ることに慣れてると思った。

 もしかして……。

「……その幽霊の目的が何かわからんが、彼女一人にするのはまずいだろう」

 このときには、竜くんはドーパントの可能性も考えていたのかも。

「うん。私もそんな気がする」

「そんな、ご迷惑ですよね……!」

 ものすごく遠慮するあざみさん。

「ううん。迷惑なんて! ここは困った人が来る探偵事務所。ここで会ったのも何かの縁! 今回の幽霊事件が解決するまで、依頼人として護衛の仕事をさせてもらいます!」

 翔太郎君たちに相談しないで決めちゃったのはあれだけど……人助けをやらない理由はない。

 ちょっとあざみさんと押し問答をしたけど、結局は私が強引に押し切っちゃった。

「……そ、その、ありがとうございます」

「提案だが。身の安全のためしばらくは誰かといっしょにいたほうが良いだろう。頼れる人間は?」

「いえ……風都には就職のために引っ越してきたので……」

「そっか……」

 私が大阪から来たみたいに、あざみさんも風都が地元じゃないから友達も少ないみたい。

 だから放っておけないのかな。

「あっ。じゃあ、私があざみさんの家に泊まるのはどうかな! 私、宿暮らしだからさ、こっちに来てから仲の良い女の子もそんなにいなくて、お泊まりとかしてみたかったんだよね! もちろんあざみさんが良ければだけど!」

 あざみさんは少し目を泳がせると、安心と申しわけなさの半分、半分の顔でうなずいてくれた。

「狭いですけど……」

「かまへんかまへん! ドーンと来いや!」

「……よろしく、お願いします」

「うん! よろしくお願いします! じゃあ、いろいろ準備してくるから、ちょっと待っててね」

 

 私はあざみさんを竜くんにまかせると、一旦、買い物袋を持って事務所の隣のガレージに入る。

「重っ……フィリップくぅん!」

 そこは広い空間で、真ん中には大きな戦車みたいなマシーン・リボルギャリーが停まってる。

 その傍に作業台があって、フィリップ君が熱心にゴミに出すはずだったアルミ缶とスチール缶を見比べてた。

「持ってきた……よ、っと!」

 買い物袋をテーブルの上に置く。

「ありがとう亜樹ちゃん!」

 フィリップ君が袋から次から次へと缶ジュースを取り出して、嬉しそうに眺めてる。

「ふぅ……。あれ、『検索』しなかったの?」

 いつもなら隅から隅まで書きなぐってる備え付けのホワイトボードが真っ白なのが気になって尋ねると、一瞬、フィリップ君の顔が曇った。

 ……あれ? 私、変なこと言ったかな?

「……たまには『地球(ほし)の本棚』に頼らずに、実物の観察だけをしてみたいと思ってね」

「そっか、まあそんなときもあるよね。そうだ。幽霊に襲われた依頼人に会ってさ。これからしばらくその人の傍にいるつもりなの。竜くんもいるから大丈夫だと思うけど」

「そうかい」

 缶を触りながら生返事を返すフィリップ君。

 多分、聞こえてないか……。

「じゃあ、行ってくるね」

 

 事務所を出た私たちは竜くんに警護してもらって、私の下宿から着替えを取って、あざみさんのアパートに移った。

「では、また明日、風都病院で落ち合おう」

「うん、お休み!」

「お休みなさい……」

 竜くんとはアパートの前で別れると、私はあざみさんに部屋に案内される。

「……どうぞ……散らかってますけど」

「いえいえ、お邪魔しま……」

 中を見て、ギョッとした、と同時にプーンと鼻に刺激臭が漂ってきた。

 本当に言葉どおりに、部屋に分別されずにそのままゴミをつっこんだ袋が片隅に放置されてる。

 服とか下着も脱ぎ散らかされたまま。

「あっ、えっとお……」

「……すいません。忙しくて……」

 この光景を見て、前にテレビでゴミ部屋の清掃業者の特集で、そこが女性の部屋だって聞いて驚いたことを思い出した。

 とくに夜のお店の人と、意外に看護師の人が多くて、忙しすぎてそこまで気を回す時間がないのが原因の一つだって言ってた。

 どこか他人事のように思って見てたけど、これがまぎれもない現実なんだと思った。

 ちなみにトイレとお風呂も入るときに見せてもらったけど……四カ月分くらいの汚れが溜まってた。

 うん。これじゃあ精神衛生上良くない。私が代わりに掃除しよう。

 私がお風呂に入っている間に、あざみさんが彼女の布団の隣にスペースを開けて私の分の布団を敷いてくれていた。同じくらいの身長だからサイズも丁度良い。

 あざみさんがご飯を済ませて、良い時間になると私たちはそろって布団に潜る。

「……すいません、亜樹子さん……。ご気分を悪くされましたよね……」

「う~、ううん……まあ……ね」

 嘘をつくのも悪い気がして……こういうときの返事って本当に困っちゃう。

「でも、忙しいからでしょ? これから片付けていこうよ。大丈夫、私がいる間は手伝うよ」

「……そこまでしてくれるんですか?」

「気にしないで、私がやりたいから」

「……ありがとうございます。すいません……」

「謝らないで。ね?」

「……亜樹子さん、お姉ちゃんみたいです」

「えっ、そう?」

「お姉ちゃんがいたわけじゃないけど、そんな感じがします」

「まだ二十歳(はたち)なんだけどね」

 頼られると悪い気はしない。

「えっ……私より年下なんですか」

「ほよっ? あざみさん、いくつ?」

「二十一です」

「なんだ、びっくりしたあ。ほとんど変わらないじゃん」

「……年上なのに情けないな……」

「そんなこと言わないで、人を頼るのに年齢なんか関係ないよ」

 するとあざみさんは複雑そうな表情をする。

「? どうかした?」

「……亜樹子さん……少し聞いてもらってもいいですか……?」

「私で良いなら。もちろん」

 そう言ったらポツリポツリと話してくれた。

「……私、人の悪口は言いたくないんですけど……職場でいびられてる、と思うんです……」

「そうなんだ……」

 じつはなんとなくそんな気がしてた。威圧されて極端に委縮してる感じ。

「『仕事が遅い』、『頼まれたこともできないのか』、『学校で何を勉強してきたんだ』、『給料分くらいは働いてほしい』……とか……」

 うわっ。ハラスメントのオンパレードやん。

「たしかに一つの小さなミスが命に関わる仕事です。私も理解できるし直さないといけない部分もあります。だけど……毎日のように叱責されて、患者さんからの暴言もあったりして……自信なくなっちゃって……」

 あざみさんの目から涙が流れたのが見えた。

 きっと今言ってた以上のことがあるんだと思った。

 

 ふと昔のことを思い出す。

 私も子供のころ、お父さんが学校行事で姿を見せないのを理由に男子に揶揄(からか)われてた。

「おい! 父親がおらん鳴海!」

「……ちゃう、おるもん……」

「おかんがいうとったで、『きっと他に女の人作って出ていった』って。『不倫』いうらしいで」

「ちゃうもん……!」

「探偵とかいうて、どうせ遊んで帰ってけーへんだけやろ」

「ちゃ、ちゃ……う」

 たしかに当時、お父さんは風都で仮面ライダーとして戦ってて帰って来られなかったから、事情を知らなかった私もはっきりとは言い返せなかった。でも。

『おまえが嫁に行くときには、必ず傍にいてやる』

『えっ、ほんまに⁉』

『約束するよ。亜樹子』

「……お(とう)ちゃんを馬鹿にすんなぁ!」

「うっ……⁉」

「お父ちゃんはな! あんたらなんかよりメッチャカッコいい名探偵なんやあ!」

「なんやねん……ちょっと言ったくらいで……」

「行こうや……」

 それからはもともと少し勝気だったけど、男子にも言い負けないくらいの根性を持てた。

 

 でも、彼女はそうじゃない。状況も立場も違う。

 たしかに可哀そうだけど、同情するのは少し違う気がした。

 私が助けられる範囲じゃない、って思わされた。

「すいません……。さっき会ったばかりなのにこんな話をして」

「ううん。良いよ。それで、あざみさんの気が済むなら。ドーンと来い」

 そう冗談めかして言うとあざみさんが笑った。

 良かった。やっと笑ってくれた。

「亜樹子さんにはなんでも話したくなっちゃう」

 すると彼女は胸元からハートと天使の羽が合わさったような形のペンダントを取り出す。

「それは?」

「私が看護師を目指そうと思った……恩人から貰った物です」

「そうなんだ。怪我か何か?」

「いえ……。あの……」

 あざみさんが口ごもる。

「大丈夫だよ。必要なとき以外は絶対に話さない」

「私、じつは……高校時代。電車に飛び込もうとしたんです……」

「えっ……」

 あまりに重い事情に言葉が出てこなかった。

「当時、ちょっと問題が重なって……で、もう無理、ってなって通学に使ってた電車に飛び込もうとしたら」

『ちょっと君!』

「飛び込む直前にある人に手をひっぱられて、助けてくれたんです」

『危ないじゃないか!』

「その人は人目もはばからずに叱ってくれました。私、それで安心して泣いちゃって。それから今の状況を無茶苦茶に喋ってたら、親身になって聞いてくれました」

『……大変だね。でも、ずっとは続かない。生きていればなんとかなる。自らの手で楽になろうなんてズルいよ』

『えっ……?』

『この世には、生きたくても生きられない人が、君が思うよりたくさんいるんだ。僕はそういう人を嫌というほど見た。これからも見ていくと思う』

『……あなたは……?』

「涙でグシャグシャになった視界の中で、その人がニコッと笑ったのは見えて」

『ただのお節介な医者さ。新米のね』

「それでお礼を言ったら……」

『そうだ。良かったら、これあげるよ』

「このペンダントを私にくださったんです」

『お守り代わりに』

『……えっ、でも……』

『良いんだ。僕には似合わないし、必要な人に渡したほうがあいつも、きっと喜ぶと思うから』

『あいつ……?』

『おっと、そろそろ次の電車に乗らないと遅刻しちゃう』

「その人は風都行きの電車に乗っていきました」

「そっか。だから、風都の病院に?」

「はい。もし会えたらお礼を言おうと思って。お医者さんになるのは、私じゃ無理だと思って、だったら看護師になろうって。目標ができてここまで頑張ってきたんですけど……」

 彼女の声のトーンがまた下がった。

 頑張ってきて、やっと働けて、それでいびられちゃったら自信なくすよね……。

「その先生とは会えた?」

「……いえ……。泣いてたから顔を覚えてなくて……。いらっしゃるのかどうかも、わかりません……」

「そっか、会えたらいいね」

「……そうですね。でも、明日来てほしくないな……」

 明日が来るのがつらいんだろうな。

「大丈夫。今は私がついてるから」

 私があざみさんの手を握ると、ハッとした顔をしたあと、穏やかな表情になる。

「そうですね。亜樹子さん」

「そろそろ寝よっか。寝不足はお肌と仕事の敵だよ」

「ふふっ。はい。お休みなさい」

「お休み」

 私たちは目を閉じる。

 仕事ではいびられて、幽霊に襲われて、私たちに会って……あざみさんにとって長い一日だったろうな。

 明日は事態が良い方向に進んだら良いな、って願いながら。

 私もいつの間にか眠っていた。

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